第1話 二軒隣のお前んち
おばけの類は出てこないホラーです。安心してお読みください。
長く続いていた海外ドラマの最終話を見終わり、飲みかけのハイボールをローテーブルに置いて大きく欠伸をする。
音を消して伏せていたスマホでショートメッセージが来ているランプが点滅している。電話番号は誰にも教えていない。
『お前、透、暇だろ? 地図上でな、ちょっと奇妙な事を発見したんで見に来ないか?』
隣の家に住んでいる小学生からの友人、佐伯からのメッセージだ。暇なのは暇だが、俺は暇を潰すのに忙しい。それに、コイツの思い通りに動くと面倒な事になるので、何か言い訳を見つけて無視したい。
リモコンを操作してドラマの続きを探す。
この作品を見た人にオススメ……ならダメだろうなぁ。
「第一シーズンは面白かったけど、そこから右肩下がりだった……あそこで切っておけばよかった。他の……ゾンビとか出てくるやつを見るか。それとも前に見て面白かった奴を最初から見るか」
つい、ダラダラと見続けてしまったドラマへの不満を呟く。一人暮らしが長いのでついつい独り言が増えている。このドラマは面白くないけれど、ここから盛り返していくのを期待し続けて、盛り返すことなく尻すぼみになっていった。
「映画館で見た映画だったら『金返せ』っていう所なんだろうけどな」
いろいろ加入したサブスクの一つなので見放題だ。対価は支払っているのだが、金銭的に損した気にはならない。
「時間を返せ、ってのも。仕事してた頃なら言うかもしれん」
今の俺、三浦透は無職だ。もともと親の残した遺産がかなりあったので、金銭的には不自由していなかった。けれど、やりがいとか、人との交流を求めてそこそこ忙しい会社に就職していた。
しかし最近のコロナ禍で在宅ワークが増えて、煙草休憩での雑談や仕事終わりの呑みが無くなった事で仕事を続けるモチベーションがプツリと切れてしまった。
円満に会社を退社してからは、積み上げていた本を読み、買ったまま封を開けていなかったゲームを次々にクリアし、ウォッチリストに入れていた『いつか見ようと思っていた映画』を見つくした辺りで、暇に苦しむようになった。
うっかり転職情報誌を買ってきたり、短期バイトの斡旋アプリを入れてしまうくらいだ。
佐伯のメッセージに返信すれば、確実に暇は潰れる。未練がましくスマホを眺めて、暇と面倒くささとの天秤を揺らしているとインターホンの音が鳴った。
<ピンポーン>
「おい透。返事が無いから直接来たぞ。どうせ暇だろ、ちょっと協力してくれ」
玄関の外から佐伯の声がする。家にいるのはバレているようだ。もともとインドア気質なので仕事を辞めてからはずっと家にいる。隣の家に住んでいるのだから全て把握されている。
仕方がない。心底嫌そうなポーズをとりながら、少しだけ救われた気持ちで玄関のカギを開けた。
「居ると思ったよ」
「お前に便利に使われるのが嫌で居留守してたんだよ」
「でも暇で暇で仕方ないんだろ。プラモいるか?」
「いらない。作るよりフィギュア買って飾る方がいい。細かいのは性に合わないわ」
「なんだ勿体ない。時間が売るほどあるなら作り放題なのに」
「去年あたりまではそう思ってたよ」
あがりこんだ佐伯は勝手に台所に行くと、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出す。机の上に放り投げたカバンから紙の資料が零れ落ちた。
「クーラーでキンキンに冷えた部屋でビール! 最高だな!」
「下界はまだ残暑か?」
「昨日は涼しかった! 今日からまた暑い!」
「労働にいそしむ下々は大変だな」
「ほんとだよ! お前も羨ましいだろ、そろそろ働きたくなっただろ」
「来月に新作のゲーム出るから、そこまで凌げば楽しく没頭できるよ」
普通に考えれば若くして引退した羨ましい身分のはずだが、溢れかえった『自由な時間』という財宝に押しつぶされて苦しんでいる。佐伯はそれをわかって嫉妬せずにいられる稀有な友人だった。
「で、地図上で何があったって」
「聞きたくなっちゃった?」
「話すならさっさと話せよ、追い出すよ」
佐伯の出したビールのもう一本を手に取るとチビチビとすする。
一缶を一気に飲み干した佐伯が、散らばった資料を床に並べはじめた。測量のデータと地図。カルパスと避けるチーズ。コンビーフの缶。後半はツマミだな。
「マヨネーズある?」
「ツマミはいいからそっちの話しろよ」
「これ、この地図見ろ。あとお皿も借りるよ」
「うちの周辺の地図か?」
「周辺っていうか、このブロックだな。お前んちと、俺んちのある一角」
うちの家はデカい。爺さんが戦後に事業で成功したとか聞いたことがあるが、昔は広い庭があったそうだ。今は相続で切り売りして爺さんの住んでいた本宅と、離れを増築したウチが隣り合っている。そしてその隣が佐伯の家なのだが……
「なんかもう一軒挟まってるな」
「だろ?」
うちの二階の廊下の窓を開けると、正面に佐伯の自室がある。カレンダー丸めた棒でつっつくと呼べるほどの距離だ。間に他の家が挟まっているようには見えない。
「ちょっと二階の窓から見てくる」
「あいよ」
窓を開けてみるが、見えるのは佐伯の家の窓だ。網戸の端が少し破れている。突っついて破ったのは俺だ。
「ちょっと外見てくる」
「良し来た」
階段を駆け下りて一声かけると表に出る。室外機からの蒸し暑い熱風に眉を顰める。
「こんな暑かったのか」
「引きこもりめ」
門を出て、敷地の境界を眺める。間違いなく隣の家は佐伯家だ。
「地図が間違ってるよね」
「やっぱりそうだよな」
「なんでこんな事になってるのかはわからないけど、良く見つけたね」
「仕事でね」
「……市役所の?」
「おう」
佐伯は、ここ見浦市の市役所に勤めている。見浦市役所の境界管理課とかいう所で、地図と格闘しているのだそうだ。
「まあ、間違ってるなら測量とかして修正してもらうことになるんじゃないか?」
「でもな、住所もお前んとこは✖✖ー1だろ。おれんちはー3なんだよ」
どういう事なのかと、二つの家の敷地境界を眺めてみると、一つの事に気がついた。
「なぁ、見てみろ」
「どうした」
「境界の杭あるだろ」
「境界標だな、うん?」
「二本刺さってるな」
土地の境界を示すコンクリートの杭が、並んで二本。汗ばんできたのでさっさと屋内に戻りたいので閃いたことにして適当なことを言う。
「わかったぞ」
「何がだ」
「ここと、ここの間に敷地があったんだ。家一軒分の」
「そんなバカな」
地図上では存在していることになっている家は『荒笊家』と言うらしい。
あらざる。この世にあらざる家の名なのか。
もちろん、俺も佐伯も荒笊家の方には会ったことはない。




