悪しき力の正体・6
「さあ、同志の皆さん。早速、新たな時代の先駆者となる、あのお方をお迎えしましょう」
「おおおおおーー!!」
熱狂する黒いフードをかぶった集団の中で、アレシア、ウェイロン、ユージーンは各々辺りを注意深く観察していた。
「誰が出てくるのか見ものだな」
「『新たな時代の先駆者』……? 神ではないということですか」
「どうだろうな」
「じゃあ、トレヴァー卿とか……」
ウェイロンが最後まで言い終わらないうちに、周囲から歓声があがり始めた。
まるでヒーロー登場の瞬間を待ちわびるような人々の興奮が集会場に広がる。
アレシアは眉をひそめた。
「なんの匂いかしら」
「これは……もしかすると、もしかするかもしれないぞ!」
アレシアの声が聞こえなかったのか、ユージーンはプレゼントを開封する前の子どものように目を輝かせた。
ウェイロンがため息をつく。
「どういうことですか」
「僕たちは『見てはいけないもの』を目撃してしまうかも……」
ユージーンが正面のステージを見ながら、これ以上ないほど目を見開いた。すべての瞬間を見逃すまいとする集中力は凄まじく、周りの空気を吸い混むような気迫が感じられた。
アレシアは両手で鼻と口を覆う。
周囲の人々が足踏みをしたり拳を振り上げているのを、ウェイロンがただ一人冷めた目で眺めていた。
「あれだ!」
「『あれ』がなんだと?」
「歩く死体だよ。魔法で蘇った死体さ」
「……は?」
気がつけば、ステージ上には青白い顔に薄ら笑いを浮かべた中年の男が立っていた。背中が丸まっていて、頭髪は艶がなくボサボサだ。
しかし身綺麗にしているせいか、異様な感じはしない。
アレシアは漂ってくる腐敗臭らしき臭いが気になって仕方がないのだが、周囲の誰もがそんな素振りも見せないので、自分が過敏なだけかもしれないと思い始めていた。
「俺には、あれが死体に見えないな」
「それはそうだ。死んだ後、腐敗が始まる前に蘇らせる魔法を使っている。死んだときから歳も取らない」
「不老不死ということか。すごい魔法じゃないですか」
「だが、肉体を維持するために人間の生き血を啜るとされている」
「それはよくないな。維持費がとんでもない」
アレシアは男二人の会話に混ざらず、ステージ上の女性と猫背の中年男を注視していた。
(あの男は誰なのかしら。ファンヌは死人と腕を組むのも平気なのね。まぁ、顔がそれほど不気味ではないというか、むしろ……)
「しかし、ずいぶんと優男に見えるが。若い頃はモテただろうな。どことなくウェイロンに似ていないか?」
「全然似ていませんわ!」
反射的に口が動いたことに、アレシア自身が驚いた。
ウェイロンとユージーンの視線を一身に受け、気まずいことこの上ない。
特にウェイロンは目を丸くして不思議そうな表情をしているので、アレシアは一つ咳払いをしてから続けた。
「確かに両者とも典型的な優男ですが、まるでタイプが違いますわ。それにウェイロンのほうは少しもモテていませんもの」
ユージーンが何か言うより先にウェイロンがふき出した。
「アレシア様が俺をそのように評価してくださっていたとは驚きました」
「いやいや、この男がモテないわけないだろう。コイツでモテないなら僕なんか一生チャンスが巡ってこないじゃないか」
不貞腐れた様子でユージーンが愚痴る。
それを複雑な気持ちで聞いていたアレシアの耳に突然、男性の低い声が割り込んできた。
「我はそなたらを導く者――。新たな時代の足音は聞こえるか。偽りの王は倒れ、由緒正しき血筋の王が神の加護を受けて立つであろう。そなたらは新王を支え、腐敗しきった彼の国を新たな秩序の元で作り変えるのだ」
「おおおおおーーー!!」
参加者たちの興奮が最高潮に達した。
その光景にアレシアは衝撃を受けていた。
ステージ上の猫背の男が言うように、本当に現王家の執政のせいで国の組織が腐敗しているならこの熱狂ぶりも理解ができる。
しかし実際は諸外国との諍いもなく、内政も「稀に見る賢王の治世」と評価が高い。少なくともアレシアはそう認識していた。
(どういうことなの?)
怪訝な顔をしていると、ウェイロンが気づかう視線をよこした。
「どんなに優秀な人間が王になっても、すべての人を満足させ、すべての人から賛同を得ることはできないのですよ」
「そうだとしても『新たな秩序』って何よ」
「さぁ?」
肩をすくめてみせるウェイロンを、アレシアは睨みつけた。彼か悪いわけではないが、憤懣をぶつける相手が他にいなかったのだ。
ウェイロンはすぐに正面のステージへ視線を戻す。
つられてアレシアも前を見た。
「もうすぐ我らの王が完全に目を覚ます。そなたらは穢れた血の卑しい玉座簒奪者を滅ぼすのだ!」
「おおおおお!!」
この場ではアレシア、ウェイロン、ユージーンの三人は異邦人のように浮いた存在だったが、その他の参列者はステージ上の猫背の男と仮面の女しか目に入らないらしい。
「なによ、これ。異常だわ」
アレシアは思わずつぶやいた。
「ほう。アレシア嬢は魅惑の魔法にかからなかったのか。例の王宮での舞踏会でかなりの貴族を虜にしたようだが……」
「魅惑の魔法?」
「ステージ上の仮面の女性はなかなかの魔導士のようだ。人の心に巧みに入り込む。しかしすべてを支配しようとはしない。そうすれば疑われないと知っていて計算している」
ユージーンの言葉をアレシアは複雑な思いで聞いた。
(いいえ、わたくしもまんまとファンヌの魅惑の魔法にかかったわ。それを解いたのは……)
チラッと横目でウェイロンを見る。
彼がアレシアに助言したのはジェレルのためだ。彼の行動はすべてジェレルを助けるためのもので、アレシアを救う目的はなかったのだろう。
(だから私はウェイロンに感謝などする必要はないの。私がジェレル様の邪魔をすると困るから、この男は私を呼び止めたのよ。それで偶然私の魔法が解けただけのこと……)
不意にウェイロンがアレシアのほうを向いた。
慌てて視線を正面に戻す。彼の横顔を眺めていたことがばれたかもしれない。だとしてもアレシアの視界にたまたまウェイロンの横顔が入っただけ。特に意味のないことだから、アレシアはツンとした表情を保った。
すぐにウェイロンも視線をステージ上に向ける。
この間にも、ステージ上の猫背の男が低い声で参列者たちに檄を飛ばしていた。
ホッとして心の緊張を解いたアレシアに、ユージーンが言った。
「さて、そろそろこの茶番に幕を下ろそうか」
「どうするつもりですか」
「いくつか策は考えてあったが、こんな世にも珍しいものを見せてもらったのだから、それ相応の礼をするべきじゃないか」
そう言うや否や、ユージーンはステージに向けて腕を伸ばした。その手には小さな杖が握られている。一見、木の枝にしか見えない杖からわずかに紫色がかった光が発せられた。
「我々の新たな時代にふさわしい指導者! その名を呼ん……で、お……うっ、ぐふっ……」
ステージ上の猫背の男が、言葉の途中から喉が詰まったような仕草をし、両手で胸を掻きむしった。
すると、ずるりと喉元の肉が削り取られ、骨の一部が露わになった。同時にどす黒い液体が床にぼとぼとと落ちた。
急に場内がシンと静まり返る。
アレシアは鋭く息を吸い込んで、目を見開いた。
かすかに臭う程度だった腐敗臭が、突如集会場内に充満する。
「キャーーー!」
ステージにほど近い席の女性が、静寂を切り裂くような悲鳴を上げた。
猫背の男の顔は不自然に歪み、頬の皮膚と筋肉が垂れ下がった。
見目のよい顔立ちはみるみるうちに崩壊し、眼窩が異常なほどに強調され、かろうじてそこに眼球が収まっている状態だ。
頭髪が急に抜け落ちて、頭部はほぼ骸骨になってしまった。
集会場内に悲鳴や怒号が飛び交い始めた。
同時に、出入口には我先に逃げ出そうとする人々が殺到する。
「いったい何をしたのよ!?」
片手で鼻と口を覆ったアレシアは、空いている手でユージーンの肩にかかるフードの裾を引っ張った。
おしゃべりなユージーンだが、このときばかりは不敵な笑みを見せただけで黙っている。
ウェイロンがアレシアとユージーンを隠すように彼らの前に立つと、ユージーンは「よし」と勇ましく言った。
「この隙に離脱するぞ」
「手早くお願いします」
ユージーンは握った杖を床に向けて小さな円を描いた。その軌跡から魔法陣が浮かび上がる。
背中を押されたアレシアは勢いよく魔法陣の中に足を踏み入れた。光の洪水がアレシアを取り囲む。思わずぎゅっと目を閉じた。
行先もわからないまま空間移動用の魔法陣に押し込まれてしまったアレシアに続き、ウェイロンとユージーンも一瞬で集会場から姿を消したのだった。
ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございます。
次話の更新まで少しお待ちください。




