魔剣の見せる夢~ダーラウ地方にて・4
ティオを先頭に屋敷の中へ足を踏み入れたジェレルたちは、燃えた室内の惨状だけでもひどく心を痛めたのに、こちらの神経を逆撫でするかのように金品目当ての盗人たちが乱暴に荒らした痕跡を見いだすたび、誰もが顔をしかめた。
屋敷の奥へ進んでいくと、家族で過ごすためのリビングルームだったであろう広々とした部屋に行き当たる。
ジェレルは急に振り向いて弓を引いた。
「キィィィィィ!」
胸部に矢を突き立てられた少年のような背格好の妖獣が、後ろに倒れていくと同時に白い煙と鳴って消えた。
同時に柱の影から拍手が聞こえてくる。
「いやーお見事。王宮でもバズの心臓を射抜いてくれましたよね。あのときは胸がスッとしたなー」
手を叩きながら出てきた妖獣使いの男に見覚えがあった。仮面舞踏会の夜、ルナリアを襲った妖獣使いの逃げた片割れだ。
こうして正面から向き合ってみると、この妖獣使いは男性としてはかなり小柄で少年のような印象を受ける。ジェレル一行の中で一番若いのはティオだが、もしかすると彼はそのティオより若いのかもしれない。
「おお、これはこれは、君はバカじゃないほうの妖獣使いだね」
ユージーンが薄ら笑いを浮かべて話しかけた。この魔導士は陽気な性質を十分に活かした巧みな話術で相手の情報を引き出すのが得意なのだ。
妖獣使いも口元に笑みをたたえながら嬉しそうに答えた。
「わかりますか? やっぱり滲み出ちゃうんだろうな。知性というヤツは、隠そうとしても隠しきれないものですよ」
「そのとおり! だけど知性溢れる君が、なぜこんなところで泥棒をしているんだい?」
「フフ、僕はあなたたちを待っていたのですよ。あの美しい銀髪のやんちゃなお嬢さんは王宮でお留守番ですか。お会いできなくて残念です」
「ほう。私たちがここに来るのを知っていた、と?」
ユージーンの問いに妖獣使いはわざと歯を見せて笑った。彼の幼さと異様さを印象づけるには十分過ぎるほど奇妙な笑みだった。
「むしろ僕があなたたちをここに呼んだ可能性もありますよ。待ちくたびれましたけどね」
妖獣使いが両手を後ろで組み、上体を左右に揺らしながらジェレル一行へ近づいてきた。
ジェレルが彼に向かってはじめて口を開く。
「なるほど。何の用だ?」
ヒーッ、ヒヒヒッ、と耳障りな笑い声が辺りに響いた。
「ジェレル王太子、あなたの剣を見せてください。僕は知っているんですよ。その剣で『裁きの雷』を放ちましたよね?」
「何のことだ?」
「とぼけるつもりですか。あの夜、あなたはその剣を手にして『裁きの雷』を放った。それで我々の尊師の大事な人が死んだ。でも、あなたはいったいどこにいたのですか?」
ジェレルがわずかに目を鋭くするのと同時に、隣のユージーンが「尊師?」とつぶやいた。
妖獣使いは非難するような視線をジェレルに向けている。
「その剣はこれからも多くの人間の命を奪い、あなたを不幸にするでしょう。だからそれをおとなしくこちらへ渡していただけませんか?」
後ろでティオが剣に手をかける音がした。
ジェレルは深く息を吸う。
「いいだろう」
そう言った途端、妖獣使いがまた「ヒーッ、ヒヒヒッ」と奇妙な笑い声を上げた。
ジェレルと妖獣使いは互いに歩み寄り、受け渡し可能な距離に来ると、ピタリと足を止めた。そしてジェレルは妖獣使いを正面から見据えたまま、腰に手を回し、魔剣を鞘ごと妖獣使いへ差し出す。
「受け取れるなら、受け取ってみろ」
笑い声を上げたまま妖獣使いは魔剣に手を伸ばした。
「キヒーッ!」
悲鳴のような叫び声とともに、ゴンッと魔剣が地面に落ちる鈍い音がした。
「何をしやがる!? こんなに重いものを急に手離すなんて、危ないじゃないか!」
妖獣使いが地団太を踏み、屈んで魔剣を取り上げようとした。しかし片手ではびくともしない。唸り声を上げて両手で持ち上げようと試みるが、それでも魔剣は地面にピタリと張り付いた強力な磁石のように少しも動かなかった。
「どういうことだ? 何をした?」
「何もしていない」
「なぜお前は平気で持てる? 持ち主を選ぶということか?」
「さぁな」
ジェレルが何事もなかったように軽々と魔剣を拾い上げるのを、妖獣使いは歯噛みしながら忌々しげに見つめた。そしてジェレルが剣を抜いた瞬間、後方へ飛びすさる。常人の倍くらいの距離を一瞬で後退したこの妖獣使いも人間とは思えぬ身体能力の持ち主だった。
「なぜ逃げる?」
魔剣を手にしたジェレルが妖獣使いのほうへ一歩ずつ進み始めると、妖獣使いは慌ててさらに後退した。
「来るな。僕を殺してもお前たちに何の得もないぞ」
「それはやってみないとわからない」
「待て。待て待て待て!」
妖獣使いは情けないほど腰が引けた格好で両手を前に突き出した。彼の背中がドアにぶつかる。
ティオがジェレルに「殿下、下がって!」と鋭く声を飛ばした。ジェレルの背後でユージーンが何かの術を唱える。
妖獣使いの背後のドアが圧力に耐えかねるように勢いよく開いた。
「キエェェェ!」
おびただしい数の妖獣たちが室内になだれ込んできた。人型の妖獣もいれば、狼のように獰猛な姿の妖獣もいた。灰や埃が舞い上がり、硫黄のような独特なにおいのせいでジェレルたちは顔を歪めた。
ティオと護衛隊はジェレルをかばうように前に飛び出し、剣で妖獣たちを薙ぎ払う。ジェレルは魔剣を真横に構えると、「雷撃」と小声で唱えた。
次の瞬間、妖獣たちの間で火花が散る。
数秒後にはほぼすべての妖獣が白い煙に変じた。
ティオが真っ先に走る。妖獣使いの姿を探してドアの向こうへ駆けていくが、すぐに戻って来た。
「逃げられたようです。どこにもいない」
「だろうな」
「僕も金縛りの術を使ってみたけど、彼も妖獣使いだ。それもかなり腕がいい。術破りは楽勝だったのかもしれないな。彼には物理的な攻撃が効きそうだね」
ローブについた埃を払いながらユージーンが肩をすくめた。
ジェレルは魔剣を鞘に納め、改めて室内を見回す。壁に掲げられた小さな額縁に手を伸ばした。
「家族の肖像画ですか?」
背後からティオに声をかけられたジェレルは、返事も忘れて手の中にある絵に見入った。
ユージーンもジェレルの肩越しに家族の肖像画を覗き込む。
「これはルナリア嬢が12歳くらいの頃かな。弟のフォルシアン君も幼いね。……ということはちょうどトレヴァーと婚約話が出た頃か」
「こんな年端もいかない時期に結婚相手を決められてしまうのですか?」
「貴族であれば普通のことだよ。むしろ早く決まっていたほうが互いにとって幸せだと考えられている」
ティオは「えー!?」と不満そうに返答する。
「婚約していても他の人のことを好きになってしまったらどうするんですか」
「条件によるだろうな。恋愛と結婚を一緒にしてはいけないよ、ティオ君」
「そういうものですか」
その言葉にジェレルはビクッと肩を震わせ、思わずティオを振り返った。
ティオは驚いたように目を丸くする。
「殿下?」
「……いや、何でもない。早く王宮へ戻ろう。ルナリアが心配だ」
ジェレルは小さな額縁の埃を手で払い、ティオに渡した。ルナリアのために持ち帰ってやれるものが他には見当たらない。
彼女にこの光景を見せるべきか――それを迷う以前に、ルナリア自身の安全を確保するのが急務だとジェレルは判断したのだ。
ティオとユージーンは互いに顔を見合わせ、短く「御意」と返答した。
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次回、第13話「仄暗い夜の海に沈む真実・1」は2025/05/23(金)20:20頃の更新
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