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柊穂乃果ルート 第8話 お団子少女は、叶わない夢を吐露する。



「お姉さま……」


 深夜一時半。毛布の中で、穂乃果は小刻みに身体を震わせていた。


 オレはそんな彼女の身体を、ギュッと、優しく抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫ですよ……」


 外からは、ひっきりなしに、男たちの「ギャハハハ」という粗暴な笑い声が聴こえてくる。


 あの声の元凶は、柊家の隣にある空き地でバーベキューをする、有栖の配下のヤ〇ザたちによるものだ。


 男たちは、夜通し、ああしてドンチャン騒ぎをして、大きく声を張り上げている。


 その目的は、柊家に対する嫌がらせ、そして……男性恐怖症である穂乃果を苦しめるためだろう。


 勿論、穂乃果の母、恵理子さんが事前に騒音だと警察に通報してはいたが……警察は彼らに厳重注意だけして去って行くだけだった。


 やはり、現状、彼らに対してできることは限られている。


 ………オレが、彼女を……守るしか、ない。


 オレは、穂乃果を強く抱きしめ、その頭を胸に抱きかかえる。


 そして、外の音が気にならないように、暗い毛布の中―――彼女の耳元に小さく、声を掛けた。


「安心してください、穂乃果さん。私は何があろうとも、穂乃果さんの味方ですから」


「え……?」


「以前、穂乃果さんが私にそう言ってくださったように、私も、どんな時でも貴方の味方です。絶対に、何があっても、貴方をお守ります。約束します」


「お姉、さまぁ……」


 嗚咽の声を溢し、穂乃果はさらに強くオレの身体を抱きしめてくる。


 そんな彼女の頭を、オレはぽんぽんと、優しく撫でていく。


 すると穂乃果は顔を上げ、頬を真っ赤にしながら……潤んだ瞳で笑みを浮かべてきた。


「私、お姉さまが男の子だったら、絶対にお姉さまのことを好きになっていたと思います」


「え……?」


「もしお姉さまが男の子だったら、かっこいいなーって、遠くから見つめていたと思います。私、引っ込み思案だから、声、掛けられないかもですが……それでも、ずっと、貴方様を遠くから見つめていて……それで、日に日に我慢できなくなって、告白しちゃって。奇跡的にOKを貰えたら、いっぱい、二人でデートとかしたかったです。色んなところにお出かけして、それで、毎日二人で笑い合って……。結婚しても、どんなに年を取ったとしても、桜の木の下で、穏やかで優しい毎日を過ごす……そんな未来を、過ごしてみたかったです……」


 そう言って突如、切なそうに、眉を八の字にする穂乃果。


 オレはそんな彼女に、動揺しながらも、口を開く。


「べ、別に、デートくらい、構いませんよ? 今度、二人でお出かけしても――――」


「絶対にダメです」


「え?」


「そんなことをしたら、私とお姉さまは……絶対に不幸になります。私たちは、同性ですから。この社会の常識の外側に行っても、多分、幸せを見つけることはできません……」


「穂乃、果さん……」


「たまたま好きになった人が、女の子だった。たったそれだけのことなのに……こんなにも、心が苦しいなんて思いもしませんでした。絶対に結ばれないって、分かっているのに、その人のことを目で追って、ずっと一緒に居たいと思ってしまう……。その先にあるものが、認められないことだって分かっているのに……。結婚して、一緒に子供を育てたいって、そう思ってしまう。可笑しな子ですよね、穂乃果は……」


 オレに顔を見られないように、彼女はぐりぐりと、オレの胸に顔を擦り付ける。


「おかしい、ですよね、私……。気持ち悪い、ですよね……」


「……そんなことは、ありませんよ」


「今こんなにも、おうちが酷い状況になっているのに、変なこと言ってお姉さまを困らせてばっかりで……本当に、穂乃果はダメダメな子ですよね……」


「ダメな子なんて、そんなことを言わないでください……!! 貴方は私の大事な…………い、妹分、なのですから……」


「ぐすっ、ひっぐ、お姉さまぁ……」


 悲しそうに、静かに涙を流す穂乃果。


 そんな彼女の小さな身体を、オレは強く、抱きしめた。


 ―――オレも君のことが好きだ。そう、心の底から叫びたかった。


 だけど……君にはけっして、想いを告げることはできないんだ。


 だって、オレは……君の大嫌いな、男性なのだから。


 心の底から大好きな君を、騙してしまっているから。


 だから、この想いを君に伝えることは、けっしてしてはいけない。


 このことを知ってしまったその時、君はさらに男性のことが嫌いになってしまうだろう。


 心の底から信頼していた相手が自分を騙していたと知ったら、深く傷付いてしまうだろう。


 その事実に、また、泣かせてしまうと思うから。


 オレは、君に、真実を告げることはできないんだ。


「穂乃果さん……っ! 穂乃果……っ!!」


 穂乃果の身体を抱きしめながら、オレは静かに涙を溢す。


 この子が再び笑って過ごせるようになったら……オレは、如月楓は、潔く彼女の前から消えるとしよう。


 どのみち、オレの考えでは『如月楓』は……もうまもなく、死んでしまうことになるだろうからな。


 オレは全てを捨ててでも、穂乃果を守ると、そう誓った。


 だから、香恋が造り出したこの虚像とはもうすぐさよならだ。


 その時までは、この愛しの少女の傍に、オレはずっといる。


 有栖が向けてくる悪意から、彼女のことは、オレが絶対に守り抜く。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「スースースー………」


 ベッドの上で、静かな寝息を鳴らして眠りに就く、穂乃果。


 そんな彼女の頬に付いた涙を指で拭き取った後、オレは静かにベッドから離れて、部屋を出た。


 外からは、先ほどまであった騒音の声が聴こえなくなっていた。

 

 恐らく、深夜三時辺りを回ったため、男たちは撤収したのだろう。


 過剰にやりすぎてしまえば、柊家以外の家からも苦情が入り、再び警察が来ることとなる。


 何度も何度も警察に通報されれば、いつか迷惑防止条例違反として、捕まる可能性があるからな。


 適度に騒いで、頃合いとみたらすぐに撤収する。


 何ともずる賢く、いやらしい手法を取ってくる連中だ。


 今日相対して分かってはいたことだが、どうやらあの女……花ノ宮有栖はとことん、性格が悪いようだな。


 香恋が善人だったから、ついつい忘れていたが……あれこそが、花ノ宮家の人間だ。


 有栖は、あの家を代表するに相応しい、極悪人と言える存在だろう。


「有栖は恐らく、今日の一件で何を置いても優先的に、オレを潰すことに躍起になってくることだろう。奴の行動は、安直なもので読みやすい。だが……遅かれ早かれ、オレの正体はあの女に見破られることになってしまうだろうな。……その前に………こちらから打って出てやる」


「おや、眠れないのかな、楓ちゃん?」


 一階に降りると、リビングには恵理子さんの姿があった。


 リビングの床にはたくさんのダンボール箱が置かれており、彼女が、家財整理をしている様子が伺えた。


 恵理子さんはテーブルの上に座り、一冊のアルバムに目を通しながら、湯立つマグカップを手にニコリと、オレに笑みを見せてくる。


「君も飲むかい? コーヒー」


「……いえ、今から少し、頭を冷やすために外に出てこようかなと思いまして。ですから、コーヒーは―――」


「もう、そんなこと言わないで、おばさんと一緒に深夜のティータイムしようよ~。おばさん、今日はもうすっごく忙しかったんだからさ~。愚痴に付き合ってよ~~」


「ですが……」


「――――楓馬くん。今の君の顔は、恭一郎が由紀と駆け落ちすることを決めた時とそっくりだよ。そんな、覚悟の決まった顔見せられちゃったらさ……流石に叔母さん、心配になっちゃうよ」


 そう言って恵理子さんは申し訳なさそうな表情をして、小さく肩を竦めた。


 オレは、彼女のその言葉に小さく息を吐いた後、大人しく、恵理子さんの向かい側の席へと腰かける。


「正直、あのクソ親父と同じにしては、もらいたくないのですけどね……」


「二人を知る私からしてみれば、君たち親子は本当にそっくりだよ。特に、好きな子を守るためならどんなことでもしてやろうとする……その意志の強さには、ね」


「……」


「ほら、この写真、見てみなよ。これには、若い時の君のご両親が写っているんだよ」


 そう言って恵理子さんは、自分の前に置いていたアルバムをオレに見せてくる。


 そのアルバムに張ってある大きな一枚の集合写真には……無表情の黒髪の美少女と、不敵な笑みを浮かべる、若かりし恭一郎の姿があった。


 それ以外にも、今よりも若い風貌をした恵理子さんと、万梨阿先生、そして……何と、我妻先生の姿もあった。


 彼らは仲良さそうに五人で集まり、桜の木を背景に、集合写真を撮っている。


 あれ? この桜の木って、もしかして……。


「そうだよ。この桜は、うちにあるものさ」


 顔を上げると、恵理子さんはニコニコと微笑みを浮かべながらオレのことを見つめていた。


 そして彼女はマグカップを手に取り、コーヒーをずずっと口の中に流し込む。


 オレはそんな彼女に、意を決して……前々から気になっていたあることを聞いてみることにした。


「恵理子さん、柳沢恭一郎は……いったい、どういう人間だったのですか?」


「どういう人間と言われてもねぇ。飄々としていて、いつも不敵な笑みを浮かべていて、キザな男だったよ。あと、昔から演技力が化け物じみていた。ただの大学の演劇同好会に、何でこんなプロ顔負けの男がいるんだって、当時は驚いたっけなー」


「……正直に言いますと、私は、父親のことが未だによく分かっていません。何故、彼は、私とルリカを捨てたのか。何故、花ノ宮女学院に教師として現れたのか。私にとって父は、言葉の通じない宇宙人のように思える時があります」


「まぁ、ねぇ。あの男は、凄くぶっきらぼうで口下手な奴だったからねぇ。君がそう思うのは、無理ないと思うよ」


 そう言って小さく息を吐くと、恵理子さんは首を傾げ、再度、開口する。


「お父さんのこと、嫌い?」


「ついこの前までは、大嫌いでした。顔も見たくないほどに」


「この前までは? 今は?」


「好きな人ができてから、考えが変わりました。分かろうとしないまま相手を嫌いになるのは違うのではないかと、そう思うようになったんです」


「へぇ……?」


「私が大好きな女の子であれば、多分、父のような人間にも優しさを向けるのだと思います。父は……私とルリカを捨てて家を出る際、一瞬、とても辛そうな表情を見せていました。以前までは、その顔にとてつもない苛立ちを感じていましたが……今では、そうは思いません。何か事情があったのではないかと、そう思えることができます」


「大好きな女の子……それは、うちの穂乃果のことかな?」


「はい」


「お、おぉ、思ったよりもはっきりと言うんだね……。つい先日までは、私にそのことを追求されたら、動揺して、在り得ない、好きになる資格などない、とか言っていたのに……子供は、一瞬で大人になるものだなぁ……」


「勿論、彼女にこの想いを伝えることは一生ないと思います。ですが……私が、柊穂乃果を好きなことは、紛れもない事実ですから」


「………そっか」


 そう言って、恵理子さんはマグカップの中のコーヒーを、何処か悲しそうな顔をして見つめた。


 オレはそんな彼女を一瞥した後、地面にあるダンボール箱を見て、声を掛ける。


「恵理子さん、見たところ、荷造りしていらっしゃる様子ですが……まさか、この家を花ノ宮有栖に明け渡すおつもりなのですか?」


「いいや、そんなつもりは毛頭ないよ。ただ、穂乃果は男性恐怖症だからさ。一旦子供たちを実家に預けようかなって、そう思ってるだけ」


「その必要はございません。数日の内に、この件は私の方で片を付けるつもりですから」


「え……?」


「私は明日、柳沢恭一郎に連絡を付け……花ノ宮樹に、ある交渉を持ちかけます」


 その言葉に、恵理子さんは席を立つと、驚いた声で叫び始めた。


「や……やめなさい、楓馬くんッ!! 貴方、いったい、何を考えているのッ!? 貴方は、花ノ宮香恋の陣営の人間なのでしょう!? そんな敵陣営の人間が、花ノ宮樹に会って……いったい何をするつもりなの!? 下手したら、花ノ宮香恋からも敵とみなされるわよ!? その行動の危険性、分かっているの!?」


「勿論です。ですが、私が、この家を守る方法は……これしかないんですよ。私が花ノ宮有栖に唯一対抗できることなど、持っているものを捨てる(・・・)ことしかないのですよ」


「楓馬、くん……」


「私はきっとこれから、世間から、最低最悪の男として見られることになるでしょう。色々な人間に恨まれ、蔑まれ、嫌悪されることになる。ですが……穂乃果の笑顔を元に戻せるのなら、別にそれで良いんです。どんな世界線でもオレの味方で居続けてくれると言っていたあの子の笑顔を守れるのなら……オレは、それで良い」


「捨てる、か………。きっと、その選択は、後々になって後悔することになるわよ、楓馬くん。自分が思っている以上に、貴方の持っているものは大きいものよ。その選択をすることで、貴方は……只の人になる。二度と、柳沢楓馬の名を誇れなくなる。それでも良いの?」


「私がやろうとしていることを、分かっているのですか? 恵理子さんには?」


「馬鹿にしないでくれる? これでも私、それなりに人生経験を積んできているつもりよ。貴方のやろうとしていることくらい、大体想像付くわ」


「そうですか……」


 そう口にして、オレは大きくため息を吐く。


 そして、恵理子さんの目を見つめて……静かに、口を開いた。


「父と対話をするには、あの男の……恭一郎の人生を知る必要がある。ですから、恵理子さん、今から――――父と母の過去を、私に……いえ、オレに聞かせてください。お願いします」


 そう言ってオレは、恵理子さんに頭を深く下げる。


 すると彼女は、チッチッチッと音が鳴る置時計を見つめながら……静かに、口を開いた。


「分かったわ。とはいっても、私が知っているのは、由紀と出逢って、駆け落ちするまでの、あの男の人生のほんの一部だけだよ。それでも良いの?」


「はい」


 オレの返事に、恵理子さんは目を伏せる。


 そして、瞼を開けると、過去を懐かしむように目を細めて―――過去のことを語り出した。

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