柊穂乃果ルート 第4話 お団子少女と、朝ごはん。
「だからぁ、さっきから、言っているじゃないですかぁ。この土地は、元々は花ノ宮家が所有していたものだってぇ。それを返して欲しいだけなんですよぉ、私はぁ」
男たちを従えるようにして立っていたのは、巻き毛ツインテールの、黒髪の少女―――花ノ宮家三代目当主候補の、花ノ宮有栖だった。
花ノ宮有栖はニヤリと不気味な笑みを浮かべると、周囲をキョロキョロと確認し始める。
「私ぃ、この辺りに新しいブランド会社の工場を建ち上げたいんですよねぇ。でもぉ、花ノ宮の所有する土地って、この辺じゃ殆どが樹さんに取られちゃっててぇ、もう、使える場所が無いんですよぉう」
「言っている意味が分からないわね。この土地は、私が――――」
「勿論、知っていますよぉ。二十数年前に、柊恵理子さん、貴方が由紀叔母さんから正式に貰い受けたんですよねぇ」
(由紀、叔母さん……?)
有栖と穂乃果の母、恵理子の話の流れが掴めず、オレは思わず、首を傾げてしまう。
何故、彼女たちの会話に、オレの母親の名前が出てくるのか。
突然出てきた母の名前に瞠目して驚いていると、二人の会話は、そのまま続いて行った。
「そうよ。このお屋敷は、私があの子から貰い受けたもの。土地の譲渡契約書だってちゃんとある。法律上、もうこの土地は花ノ宮家のものではない。ここは私のものだ」
「そうですねぇ。ここはもう、花ノ宮家のものではありませんねぇ。でもぉ……返して欲しいんですよぉう。私の事業に、この土地は、必要不可欠になりますのでぇ」
「相変わらず、花ノ宮家の人間は話の通じない……。いいから、さっさと帰んな、小娘! 私は、この土地を花ノ宮家に渡す気は一切ない!」
「代わりに、他の土地をお渡ししますよぉう? 何でしたらぁ、もっと広い土地とお屋敷をプレゼントしてあげても……」
「ここは……この家は、由紀が大事にしていた場所だ。由紀を苦しめていたお前たち花ノ宮家の人間に渡す気は、絶対にない」
「…………へぇ……?」
有栖はその言葉に目を細めると、可笑しそうに口角を吊り上げる。
そして、何故か、柊恵理子の背後にいるオレの姿を一度見つめると……再度、恵理子に向けて、満面の笑みを浮かべた。
「でしたらぁ……容赦はしませんよぉう? この地で花ノ宮家に敵対した人間がどうなるのかを……まさか、知らないわけではないですよねぇ? 花ノ宮由紀の親友、柊恵理子さん?」
「………」
「では、失礼しますぅ」
そう言い残して、花ノ宮有栖は、ガラの悪い男たちを引き連れて去って行った。
その後ろ姿に、柊恵理子は怒り狂ったような様子で拳を握りしめ、眉間に皺を寄せる。
「………あんの、悪党どもがっ……!! 穂乃果! 塩持ってきて、塩! 庭に撒くわ!!」
「へ? し、塩ですか!?」
「早く!!」
「は、はひぃ!!」
その言葉に、穂乃果は急いで家の中へと戻って行った。
オレはその姿を確認した後、そっと、恵理子さんへと声を掛ける。
「………今のは……地上げ屋のようなもの、なのでしょうか?」
「そうねぇ。多分、そんなものだねぇ……」
そう言って疲れたように息を吐いた後、恵理子さんは、庭に聳え立つ桜の木を静かに眺め始める。
「ここは……あの子の……由紀の大事な場所なの。由紀の大切にしていた形見の桜が残る家。だから、もう絶対に、花ノ宮家の悪意に触れさせることはしたくないのよ、私は」
そう小さく呟くと、彼女はチラリとオレに視線を向け、ニコリと、優しく微笑みを浮かべてきた。
「いつか君には言おうと思っていたのだけれど、楓馬くんにとってはここは、実家のような場所なんだよ。何たって、この御屋敷は、君のお母さん……由紀が生まれ育った場所なのだからね」
「そうだったんですか。母さんの実家―――――――――って、え? 楓馬、く、ん…………??」
突如、本名で名前を呼ばれたオレは、思わず恵理子さんの顔をジッと見つめてしまう。
そんな驚き戸惑うオレの様子を見て、彼女はカラカラと明るい笑みを見せた。
「あはは、ごめんね。実は最初にウチに来た時から、私、君の正体は分かっていたんだ。貴方の担任教師……万梨阿から事前に聞いていたからさ」
「………え゛?」
「私と万梨阿と、貴方の両親の由紀と恭一郎は、大学時代の同級生だったんだ。それは、知っていた?」
その話は、万梨阿先生から予め聞いてはいたが……万梨阿先生が恵理子さんにオレの話をしていたことは、まったく知らなかった。
多分、これは、香恋も知らない話だろう。
……あの担任教師め、誰にも話していないとか言いながら、自分の友人には話していたのか……こりゃ、香恋が知ったら、怒り狂うことには間違いないだろうな……。
そう、今は疎遠になりつつある黒髪の少女のことを思い浮かべていると、恵理子さんはフッと柔らかい笑みを浮かべる。
「最初、君がうちに来たときは、驚いて顎が外れるかと思ったわ」
「は、ははは……恵理子さんと初めて会った時は、すごい状況でしたもんね。帰ってきたら、娘さんと見知らぬ女装男が抱き合っていたら、そりゃあ、顎が外れるのも当然―――――って、自分、本当に彼女にはやましいことはしていませんからね!! そ、そこの点は安心してくださいね!!」
「あっはははははははは!! そのことじゃなくって!! 貴方、由紀にそっくりだったから、おばさん、びっくりしちゃったのよ」
「え……?」
「最初に見た時、若い頃の由紀が、幽霊になって出てきたのかと思ったわ。本当、君は、あの子に生き写しのようにそっくり。……君がこの桜の木の下に立っているだけで、思わず、涙が出てきそうになっちゃうわ……」
「恵理子、さん……」
瞳の端に涙を貯めて、恵理子さんはそっと、オレの頭を撫でてくる。
オレは、父と母の過去を殆ど知らない。
だが、この人が……柊恵理子が、母、柳沢由紀のことを真に想ってくれていることだけは、この少ない会話の中でも感じ取ることができた。
この人と母さんは本当に、唯一無二の親友だったのだろう。
「お母さーん、塩、持ってきたですよ……って、な、何、お姉さまの頭を撫でてるんですかっ!!」
穂乃果はオレと恵理子さんの間に割って入り、塩の瓶を握りながら、ムッとした表情を浮かべる。
そんな彼女に対して、恵理子さんは可笑しそうに笑い声を上げた。
「穂乃果は本当に楓ちゃんのことが好きなのねー。本当、女の子同士のお友達とは思えないくらいに仲良しなことで」
「むーっ……」
「そうね、例えるならば……まるで、自分の彼氏を他の女に触れてほしくない、独占欲の強い、出来立てほやほやのアツアツバカップルの彼女……といったところかしら?」
「ちょ……え、恵理子さん!? な、何を言って―――」
「何を言ってるですか、お母さんは!! 穂乃果は、お姉さまの一妹分として、不用意にお姉さまのお身体に触れないようにと、お母さんを注意しただけですぅ!! 勘違いしないでくださいっ!!」
「クスクス。そんな妹ムーブしていて、楓ちゃんに恋愛対象として見られなくなっても知らないわよ~?」
「私は……お姉さまとは、そういう関係ではないですから……」
何故か俯き、穂乃果は辛そうな表情を見せる。
だが、すぐに顔を上げ、頬を膨らませると、穂乃果は恵理子さんへと怒った顔を見せる。
「お母さんは、百合漫画の読み過ぎで、少し、おかしくなっていますよ。反省してください!」
そう言って恵理子さんに塩の瓶を渡すと、穂乃果は「朝ごはん作ってきます!」と言って、そのまま家の中へと入って行った。
そんな娘の後ろ姿を見つめながら、恵理子さんは優しげに微笑み、静かに口を開く。
「………楓馬くんは、穂乃果のこと、どう思ってる?」
「どう……とは?」
「んー、穂乃果とえっちがしたいか、したくない、とか?」
「な、なんつーこと聞いてんですかっ!?!? 相手は自分の娘なんですよ!?!?」
「あははは、ごめんごめん。うら若き男女をからかうのが趣味なのだよ、おばさんは」
「何か……恵理子さんは、オレの友人に似ている気がします……主に、性格の悪いところが」
恵理子さんは、香恋のドSさをマイルドにした感じ、だろうか。
香恋と言い、花子と言い、何だか、人をからかって遊ぶ人間がオレの周りには多いような気がするな……。
「まぁ、少年、君が誰を好きになろうが、君のお母さんは、息子の選んだ人を快く歓迎してくれるでしょうよ。そして、私も、親友の息子の幸せを大いに祝福するよ。……だけど……母親としては、穂乃果も幸せになってほしいところなんだよね~。悩ましい話だ~」
「……」
「私の理想としては、君と穂乃果が結ばれてくれれば、この上ない話なんだけど……。現時点で、君以上に穂乃果を任せられそうな人もいないし、ね。どうかな? 母親の目を抜きしても、結構、優良物件だと思うよ? 顔は幼いけど整ってる方だし、まぁ、胸も大きいし? 料理もそこそこできるし。将来、良い奥さんになれると思うよ?」
「有り得ないですよ」
「え?」
「オレは、男性恐怖症である彼女を騙している、最低最悪のクソ男です。あんな優しい女の子の傍にいる資格などありません。彼女には……オレなんかよりも相応しい人が、きっとどこかにいるはずです。さっき、恵理子さんが言っていた通り、花ノ宮家の人間は悪魔なんですよ。オレも、その血を引いた……一族の末裔です」
「楓馬くん……」
「穂乃果さんの朝食の準備を手伝ってきますね。失礼します」
そう言ってオレは恵理子さんに深く頭を下げた後、家の中へと戻って行った。
それにしても、花ノ宮有栖、か……。
どんな人物かは全く知らないが、まさか後継者候補の人間が、穂乃果の家を地上げしに来るとはな……。
何か、対策を打っておいた方が良いのだろうか……?
これは、後で、香恋に連絡を取っておいた方が良いかな。
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「「「いっただきまーす!!」」」
柊家の朝の食卓は、とても賑やかなものだった。
一家の大黒柱、母、恵理子は朝から缶ビールを開け、穂乃果の小学生の弟のヒロトと幼稚園生の妹のユズキが、喧嘩をし始める。
「ぷはぁ~!! 朝ビール最高ー!!」
「うわぁぁぁぁん!! ヒロトがユズキのタコさんウィンナー取ったぁぁぁ!! 酷いよぉぉう!!!!」
「の、残してるのかと思ったんだもん!! そ、そんなに泣くなよ、ユズキ!!」
「ひどいよぉぉぉぉ!! ぶぇぇぇぇん!!!!!」
朝から騒々しい喧嘩をする、ヒロトとユズキ。
そんな二人を仲裁しようと穂乃果は席を立つが、そこに、先に朝食を食べ終え、学校の支度をしていた小学六年生の妹のアカリが、穂乃果へと駆け寄って行く。
「お姉ちゃん! アカリの洗った体操着、どこやったっけ! 今日、小学校の授業で使うんだけど!!」
「それなら、洗面所の棚に置いてますよ。って、こら! ヒロト! ちゃんとユズキに謝りなさい!」
「ぼ、僕は悪くないもん!! ユズキが―――」
「お姉ちゃん、怒りますよ!! 朝ごはんは、みんな仲良くして食べるんですよぉう!!」
「穂乃果お姉ちゃーん、アカリのお箸セット、どこだっけー?」
「それなら、台所に……」
「あっはっはっはっ!! 朝から我が家は賑やかだねぇ!!」
「お母さん!! 朝ごはんの席で缶ビール開けないでください!!!!」
何というか……この家の大黒柱は、恵理子さんではなく、穂乃果だと、そう思えるような光景だな。
せっかくの朝食の場だというのに、穂乃果の休める暇がない。
「うぇぇぇぇぇん、ユズキのタコさんウィンナーがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「な、泣かないの、ユズキ! 分かった、お姉ちゃんが、今からもうひとつ作ってあげ―――」
「穂乃果さんは休んでいてください。ユズキちゃん、タコさんウィンナーは、私が作ってあげますよ」
「え? お姉さま?」
席を立ち、オレは泣きじゃくる幼女の前にしゃがむと、そう言って彼女の頭を優しく撫でた。
するとユズキは瞳の端に涙を貯めながら、コクリと、小さく頷きを返してくる。
「良い子です。では、泣かずに待っていてくださいね? ……穂乃果さん、お台所、お借りしますね?」
「で、でも、お姉さまはお客様なのですから、そんなことはしなくても……」
「良いから、任せてください。穂乃果さんはみなさんのお姉ちゃんなのでしょうが、私も、おにい……じゃなかった、一応、妹がいる姉ですから。これくらい、慣れたものですよ」
そう言って俺はそのまま、台所へと歩いて行った。
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「わぁ、なにこれー!! タコさんだけじゃないー!! カニさんとウサギさんもいるー!! すごーい!!」
ユズキはオレが作った動物を模したウィンナーの数々に、キラキラと目を輝かしていた。
オレはそんな彼女にクスリと笑みを浮かべる。
「喜んでもらえて、良かったです」
「すごーい、かえでおねえちゃん、すっごーい!!!!」
無邪気に喜ぶユズキの頭を優しく撫でる。
すると穂乃果が、驚いたようにオレの顔を見つめてきた。
「お姉さまが席を立ってから、5,6分しか経っていないのに……そ、それなのに、こんな飾りウィンナーを作れるなんて……す、すごいですぅ~!!」
「昔、妹のお弁当を作っていた時期がありましたから。それで、色々なバリエーションが作れるようになったんですよ」
ルリカの奴は、ウィンナーだけではなく、このオレにアニメキャラのデコ弁を作ってくれと、よく駄々をこねてきやがったからな……。
そのおかげなのか、今では手先の器用さには、ある程度自信が付くようになっていた。
「お姉さまの妹さんは、幸せ者ですね。このウィンナーさんを見て、一目で、お姉さまがその妹さんに深い愛情を持っていることが理解できましたから。…………少し、嫉妬してしまいます」
「え?」
「な、なななな、何でもありませんよぉう!! さ、さぁ、ご飯、食べましょう、お姉さま!! 早く学校に行きましょう!!」
そう言って、穂乃果は慌てた様子で茶碗を手に持ち、ガツガツとご飯を食べ始めた。
―――――賑やかで暖かな、柊家の食卓。
妹と二人での寂しい食卓しか知らないオレにとっては、そこはとても眩しく、場違いな場所だった。
でも、本当は、少し未来が違えば、オレにもこんな暖かな家庭の姿はあったのかもしれないな。
オレ、ルリカ、母さん、クソ親父。
四人で、ご飯を囲んでいる……そんな光景が、もしかしたら違う未来ではあったのかもしれない。
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