柊穂乃果ルート 第3話 お団子少女は、叶わぬ恋を受け入れる。
《穂乃果 視点》
私は……柊穂乃果は、母のような舞台女優に憧れを抱いている。
母は特別有名な女優などではなく、ただのアマチュアの劇団女優だった。
小さな劇場の座席座るお客さんはいつも、5,6人くらいのもので、お母さんが一生懸命演技しているのに、たまに劇も見ずに眠っている人もいた。
でも、お母さんはいつも、舞台の上で誰よりも輝いていたのを、今でもよく覚えている。
『――――穂乃果。お母さんはね、好きなことをやるんだったら、別にプロじゃなくても良いと思うんだ』
舞台の終わりに控室に行くと、母はいつも、そう言って私に笑みを向けてきた。
プロじゃなくても良い。
誰に見向きされなくても、自分が好きなことに一生懸命になっていれば、人は幸せになれる。
勿論、夢だけじゃお金は稼げない。ご飯は食べていけない。
だから、大人になったら、人は、夢を追い続けるのが難しくなる。
でも―――――――。
『でも、この舞台を一人でも見てくれている誰かを、幸せにできるのだとしたら……僅かしかない休日の時間を、役者の仕事に回しても、お母さんは全然苦じゃないんだ。プロの世界は、生き残りを賭けて、どうしても他の役者さんたちと相争うことになってしまうもの。でも、アマチュアの世界に争いなんてない。だからお母さんにとっては、すごくすごく、ここは居心地の良い場所なんだよ』
人によってはそれは、逃げた者の言い訳に聴こえるのかもしれない。
母は、元はプロの役者だった。
だが……ブレイクすることなく二十代を終え、結局、お母さんは役者で食べていくことを諦めた。
それでも、母、柊恵理子は、役者で在り続けることを選んだんだ。
プロでもアマチュアでも関係ない。自分が表現したいことを、演じ続けていく。
その姿は、私にとっていつしか、目指すべき役者の姿となっていた。
―――――だが、今の私にとっては、母以外にももう一人、目指すべき人がいる。
「………そうですぅ……穂乃果は、いつか必ず、お姉さまのようにかっこいい女性になるんですぅ……」
私を守るように前に立ち、凛とした姿で変質者を撃退してくれた……あの御方の凛々しい姿は、今でも、脳裏には深く焼き付いている。
倒れそうになりながらも、ロミオとジュリエットの劇を素晴らしいものへと変えた……あの御方の気高き姿は、今でも、脳裏には深く焼き付いている。
私にとって、柊穂乃果にとって『如月楓』は、昔から夢見ていた理想の女優の姿そのものだ。
あんな風にかっこいいヒロインに憧れて。私は幼い頃、役者を目指し始めた。
「………うぅん……お姉さま……」
チュンチュンという小鳥の鳴き声と共に目を開ける。
すると、目の前には――――作りもののように美しい、人形のような姿の白金髪の美少女が眠っている姿があった。
その姿はまるで、白雪姫が眠っている姿のように…神話のワンシーンのように、神秘的だった。
私はその光景に思わず、頭を真っ白にさせてしまう。
「お、おおおおお、お、お姉さまぁ!?」
思わず、顔を真っ赤にさせて驚きの声を上げてしまう。
3、4cm先にある、目と鼻の先にある、私が尊敬して止まない人の姿。
私のようなちんちくりんな女は本来、関わるはずもない、別世界の美少女。
そんな、楓お姉さまのお顔が、私の目の前にはあった。
「な、何で、お姉さまがここに………って、そ、そうだった! 私が昨晩、お姉さまをおうちに呼び出したんだった……!」
朝起きてお姉さまのお顔が目の前にあったから……混乱のあまり、昨晩の記憶が吹き飛んでしまっていた。
と、というか、わ、私、楓お姉さまと一晩、同じベッドの中で寝たんだ………。
う、うわわわわぁ~~~!!
今思うと、とってもすごいことをしでかしたような気がしますぅぅ!!
し、深夜テンションだから、す、すごく大胆なことをしてしまいました……あわわわわ……!!
「ん……」
楓お姉さまは身動ぐと、辛そうに、眉間に皺を寄せ始めた。
そして、突如、呻くように、苦しそうな様子で言葉を呟き始める。
「オ、オレが……ないと……」
「え……?」
「……オレが、しっかりしないと、ルリカを守らないと……もう、母さんも、父さんもいない……だから……だから……!!」
「おれ……? ルリカ……?」
「うぅぅ……」
苦しそうに荒く息を吐き出す、お姉さま。
その額からは、玉のような汗が浮かび始める。
彼女は……明らかに、悪夢を見ているような様子だった。
「お姉、さま………」
楓お姉さまが、時折、辛そうな表情を浮かべているのは……私も気付いていた。
以前、私が彼女を無理矢理この家に連れて来た時もそうだった。
彼女はしっかりしていそうで、どこか、精神的な弱さを感じる時が多々ある。
それは……多分、私が知らない、お姉さまの過去に関することが原因、なのだろう。
きっとこの人は、産まれつきの境遇で、強くならざるを得なかった人なんだと思う。
辛いことを抱え込んで、抱え込んで、抱え込んで……誰にもそれを吐き出さずに、ただ、前を向いて歩き続ける、孤高の人。
優しいから、自分の抱える痛みを、他人にゆだねることはけっしてしない。
優しいから、他者に自分の弱みを見せることはけっしてしない。
常に、強い自分を演出して、他者に見せている。
それは多分、お姉さまが守ろうとしている、私の知らない、誰かのため――――なのだろう。
………だったら、私は……お姉さまの妹分である、柊穂乃果は………。
「―――――私は、お姉さまの荷物を半分担げるような……そんな、貴方様だけの味方になりたいです、楓さま」
布団から起き上がる。
そして私は、そっとお姉さまの綺麗なお顔を持ち上げて、枕をどけて……彼女の頭を、自身の膝の上に置いた。
すると、お姉さまは安堵したのか……苦悶の表情が晴れて、静かに寝息を立て始めた。
その頬を、優しく撫でて、私は笑みを浮かべる。
「お姉さま。穂乃果は……けっして結ばれない運命だとしても、お姉さまのことをずっとずっとお慕いしておりますよ。女の子同士で愛し合うなんて……きっとお姉さまは、嫌でしょうからね。この想いは、そっと、胸の奥にしまっておきます」
この恋心は、けっして叶うことのないもの。
この恋心は、ずっと胸の奥にしまっておくべきもの。
私のこの初恋は、必ず、失恋に終わる運命が決定付けられている。
きっといつの日か、この御方は、相応しい男性を見つけて、私の元から離れていってしまうのだろう。
でも……それでも別に構わない。お姉さまが幸せになれるのなら、穂乃果は、妹として、祝福するだけだから。
好きな人が幸せになれるのなら、私はそれでいい。辛いけど、それで、いいんです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………ん? 朝、か……?」
「おはようございます、お姉さま」
「え?」
目を開けると、そこには、大きな胸……じゃなかった、こちらを見下ろしている穂乃果の姿があった。
彼女はまるで母親のような優しい笑みを浮かべて、オレのことを静かに見つめていた。
「穂乃果、さん……? え? 何で……?」
「すいません、お姉さまが悪夢にうなされている様子でしたので……勝手ながら、膝枕をさせていただきました。嫌……でしたか?」
「い、嫌ではないですけれど、その……は、恥ずかしさは、ありますね……」
まさか同年代の女の子に膝枕をされて、目を覚ますことになろうとは……こんな展開、ラブコメ漫画の世界でしか見たことが無いので正直、どう反応すれば良いのかが分からない。
お、男としては、穂乃果のような美少女に膝枕されるなど、天国のような状態ではあるのだが……今のオレは女装男、だからな……。
うぅ……改めて考えると今の状況のオレ、変態でしかないな。何か、辛くなってくる……。
「あれ? お姉さま? ポケットに何か入れて眠られたのですか?」
「へ? ポケット?」
「はい。お姉さまの毛布に、ふくらみがありますですよ? ほら」
そう言って彼女の指さす方向に視線を向けると……オレの股間、ひいては、バハムート様が、お目覚めになられている姿があった。
オレはその光景を見て、思わず飛び起き、股間を隠してしまう。
「こ、ここここここれは!! 生理現象……なんて言い方はまずいか! も、もう一台のスマホをポケットに入れたまま眠ってしまっていたみたいですね!! はい!!」
「あっ、そうだったんですね~。納得ですぅ~」
あ…あっぶね~~!!!! こういうことになることは、流石に想定していなかった!!!!
お、お泊りしたら、そりゃあ、こういうアクシデントは起こるよな……完全に頭に入っていなかった。間抜けなオレのミスといえるだろう。
「さっ、お姉さま、朝ごはんを食べて、学校に行きましょう~~!! 今日はお姉さまもいることですし、穂乃果、頑張って豪華なメニューを作ってみせますですよ~!!」
「あっ、で、でしたら、私も手伝いますよ。料理の腕には結構自信ありますから」
「大丈夫ですよ~。お姉さまはお客様なのですから、ゆっくりしていてください! それじゃあ、着替えちゃいますね~」
「そんなこと、お気になさらなくてもよろしいのに……え? 着替える?」
穂乃果はベッドの上でいきなりパジャマのボタンを外すと……オレの目の前で、下着姿になり始めた。
「ちょっ!?」
ピンク色の可愛らしいブラジャーに、大きなメロンが二つ……オレの眼前に曝け出される。
オレはその光景に思わずベッドから飛び降りて、穂乃果と距離を取ってしまった。
「ちょ、ほ、穂乃果さん!? い、いきなり何をしているのですか!?」
「え…? 何って……着替えるんですよ~? 顔を真っ赤にして……どうかしたんですか、お姉さま?」
「駄目ですよ!! そんな……人の前で簡単に肌を晒しては……!! 破廉恥です!!」
「何を言っているんですか、お姉さまは~。女の子同士なんですから、恥ずかしいことなんて何もないですよぉう~~」
……そうだった。今のオレは、如月楓……彼女にとっては女性なのであった。
いきなり艶めかしい大きな胸を見せられてしまったから……思わず、動揺してしまった。
「……? あれ? お姉さまのスマホ、さっきよりも大きくなっているような……?」
「~~~~っ!?!?!?!? わ、私は、トイレで着替えてきます!! し、失礼します!!」
「え!? お姉さま!?」
鞄を手に取り、その鞄で股間を隠しながら、逃げるようにして部屋の外へと出る。
………くそっ……穂乃果に、邪な感情は抱かないと、昨晩、誓ったばかりなのに………。
何やってんだよ、オレは……!!
彼女は、男が苦手な女の子なんだぞ? 痴漢被害者なんだぞ?
そんな彼女に対して、反応してしまうとか……男として最低だろ、オレよ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
柊家のトイレでジャージから、花ノ宮女学院の制服へと着替え終える。
そして、スマホでルリカに、朝ごはんは冷蔵庫にあると、メッセージを送った後。
オレはトイレから出て、柊家の古めかしい廊下を、ギシギシと音を立てながら歩いて行った。
「……穂乃果は可愛い妹分であり、オレは、彼女のお姉さま、だ。良いな、柳沢楓馬」
けっして、本性である柳沢楓馬を表に出してはいけない。
眠れるバハムート様を目覚めさせてはいけない。
「…………よし。もう、あんな粗相はしないだろう。今度こそ、如月楓を演じ切ってみせる」
そう言って頬をパチンと叩いた、その時。
玄関の方から、突如、怒鳴り声が聴こえてきた。
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!! あんたたち!!!!!」
その声に瞠目して驚きながらも、オレは足早に廊下を通り抜け、玄関の方へと向かう。
すると、その声に驚いて二階から駆けつけてきたのか……穂乃果の姿が、玄関口には見られた。
「お、お姉さま、い、今の声! お母さんの声なのですが!! ど、どうかしたのでしょうか!?」
「分かりません。とりあえず、外に出てみましょう」
その言葉に穂乃果は頷き、彼女はオレと共に靴に履き替えると、玄関の外へと向かう。
引き戸を開くと、そこには―――以前会ったことのある、穂乃果の母、柊 恵理子の姿があった。
彼女の前に立っていたのは、ガラの悪い、ヤ〇ザのような風貌をした三人の男。
そして、そんな男たちの中央に立っていたのは………。
「だからぁ、さっきから、言っているじゃないですかぁ。この土地は、元々は花ノ宮家が所有していたものだってぇ。それを返して欲しいだけなんですよぉ、私はぁ」
男たちを従えるようにして立っていたのは、巻き毛ツインテールの、黒髪の少女―――花ノ宮家三代目当主候補の、花ノ宮有栖だった。
穂乃果ルート第三話を読んでくださって、ありがとうございました!
穂乃果はあまり攻略対象としては微妙、という読者様もいらっしゃるでしょうが、なるべく簡潔に終わらせる予定ですので、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします!
私事ですが、今日、カクヨム様でこの作品のブクマ数が1000を超えました!とても嬉しいです!
よろしければ、継続のモチベーション維持のために、いいね、評価、ブクマ、お願いいたします。
また、次回も読んでくださると嬉しいです! 三日月猫でした、では、また!




