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第66話 女装男、天国と地獄を知る。


「‥‥」


 午前七時二十分。


 ザーザーと雨の音が鳴り響く中、オレは、仙台駅の中央改札前にあるステンドグラスの前に立っていた。


 背後にあるステンドグラスを見上げてみると、そこには、七色の色のガラスによって仙台七夕の絵が描かれていた。


 八月になれば、仙台七夕祭りが開催され、仙台駅から徒歩五分の距離にあるクリスロードに多くの人々が集まり――賑わいを見せるのが毎年の光景だ。


 オレは今まであまりお祭りというものに積極的に参加した経験がないので、今年は、誰かを誘って見に行っても良いのかもしれないな。


 前まではそんなこと一切考えたことはなかったのに、何故だか今のオレは、人との交流にそこまでの忌避感を感じることはなくなっていた。


 これも、イップスを乗り越えることができたおかげ‥‥なのかもしれないな。


「――――あっ、お姉さま! おはようございますっ!」


「おはようございます、穂乃果さん」


 いつものようにステンドグラス前で穂乃果と合流し、挨拶を交わす。


 彼女は手を振りながらとてとてとオレの前までやってくると、満面の笑みから一変、どこか心配そうな表情をして口を開いた。


「あの‥‥お姉さま、体調にお変わりはありませんですか? 穂乃果、舞台の上でお姉さまが倒られてから、心配で心配で仕方なかったんですよぉ」


「ご心配お掛けして申し訳ありません、穂乃果さん。私の方は見ての通り大丈夫ですよ。体調は完全に回復致しました」


「あぅぅ‥‥。私、舞台の上で苦しみながら演技なさるお姉さまに対して、何もできませんでしたぁ‥‥。お姉さまの第一の妹として、不甲斐ないですよぉ‥‥」


「そんなことはありませんよ。意識を失っていた私の傍に穂乃果さんが居てくださっただけで、とても心の支えになっていました。穂乃果さんは私の第一のご友人、ですから」


「お、お姉さまぁ~~!!」


 祈るように手を組み、キラキラとした目を向けてくる穂乃果。


 そんな彼女に微笑みを向けていると、背後から声を掛けられた。


「朝から可愛い巨乳妹分に慕われて、随分と良いご身分ですね、青き瞳の者」


「ちょっと、花子ー! 二人の邪魔しちゃダメっしょー!」


 その声に後ろを振り向くと、そこには、金髪ギャルの陽菜と、漆黒のドレスヘッドを付けたオカッパ中二病女、花子の姿があった。


 二人の姿を見つけた穂乃果は、にぱぁっと、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「陽菜ちゃん、花子ちゃん、おはようございますですよぉ~!!」


 穂乃果は二人の元に駆け寄ると、子犬のように、はしゃぎ始める。


 そんな穂乃果の頭を花子は優しく撫でると、オレにジロリとジト目を向けて来た。


「穂乃果、あのオ――――ンナに、何かされてはいませんね? その巨大な乳房を、揉まれてはおりませんね?」


「な、何を言ってるですか、花子ちゃん!! お姉さまがそんなことするわけないでしょう!?」


「分かりませんよ? 如月楓はああ見えてその身に、凶悪なバハムートを隠し持っているのかもしれません。ああいう善人そうな顔した奴ほど、恐ろしいものはないのですからね。フランチェスカさんはあのバハムートを思い出す度に、いつも身体がブルブルと震えるものです。寝る前に思い浮かぶのは、いつもあの凶悪なご尊顔です。はっきり言ってトラウマです」


「‥‥花子さん? 少し、お話、よろしいですか?」


「何ですか、青き瞳の者。まさか、私の純白なるこの身に、あのバハムートを突っ込む気ではないですよね? フランチェスカさんはそう簡単に股を開く女では―――――って、いたたたた! 何するんですか!」


 オレは花子の耳を引っ張り、頭に?マークを浮かべる穂乃果と陽菜から引き離し、誰にも聞こえない小声で花子の耳元に声を掛ける。


「‥‥オレの正体をバラさない、というのが先日の話じゃありませんでしたか? 花子さん?」


「バラしてはいませんよ。私はただ、あの時出逢ったバハムートが忘れられないという話をしていただけで――――」


「人のチ〇コのこと、バハムートって呼ぶの止めてくれないかな? 何か傷付くから」


「ん? 男は、『わぁ、おっきぃ~☆』と言われる方が喜ぶと、エロゲで学びましたが?」


「エロゲ知識を現実に当てはめて代用すんの止めろ!! あと、オレ、多分そんなにでかい方じゃないから!! 標準サイズだから!!」


「? 何をコソコソと話してるのかな、チミたちは?」


「そうですよぉう! 花子ちゃん、お姉さまを独り占めしないでください!」


 陽菜と穂乃果がこちらに近付いて来る足音に、オレと花子は同時に振り向き、コホンと咳払いして、平静を装う。


「何でもありません。さて、学校に行くとしましょうか、ビッチ、巨乳女」


「そ、そうですね。行きましょう、お二人とも」


「むむ~? 何だか、いつの間にか花子ちゃんとお姉さま、仲良くなってないですか~? ダメですよぉ、花子ちゃん! お姉さまは私のお姉さまなのですからっ!」


 ぎゅっと、穂乃果がオレの右腕に腕を絡ませて、その豊満な胸を押し付けてきた。


 その光景に花子は眉をピクリとさせると、オレの左腕を引っ張り、穂乃果から引き剥がそうとしてくる。


「その女から離れてください、穂乃果」


「嫌ですよぉう!! いくら花子ちゃんでも、お姉さまは渡しません!!」


「これは、貴方のためでもあるのですよ。青き瞳の者とは、節度ある距離感を保った方が良いです」


「嫌です! 離れません!」


 花子に対してべーっと舌を出し、穂乃果はさらにキツく、オレの腕に両腕を絡ませてくる。


 そんな彼女に対して大きくため息を吐くと、花子はオレの手首をギリギリと痛むくらいに強く握りながら、ジロリと、こちらを睨みつけてきた。


「穂乃果から離れなさい、ケダモノ‥‥」


「いえ、その、勿論このままではダメだと、自分もそうは思うのですが‥‥穂乃果さんが強く腕を抱きしめてくるので、その‥‥」


「離しませんです!」


 右側からは天使のような微笑みを浮かべる穂乃果、左側からは、悪魔のような形相を浮かべる花子。


 そんな天国なのか地獄なのか分からない状況に引き攣った笑みを浮かべていると、目の前にいる陽菜が楽しそうにゲラゲラと笑い出した。


「やー、モテモテだねー、楓っち。もし、楓っちが男の子だったら、両手に華、って感じだねー」


 その何気ない陽菜の言葉に、オレと花子はギョッとし、互いの顔を見合わせてしまう。


 そして、お互いに、疲れた笑みを浮かべてしまっていた。



 ―――――――6月 2日。木曜日。


 梅雨真っ盛りの中、花ノ宮女学院の夏季学期は、始まりを告げた。

第66話を読んでくださってありがとうございました。

いつも、いいね、評価、ブクマ、ありがとうございます。

とても執筆の励みになっております。

次回は、明日投稿する予定です。また読んでくださると、嬉しいです!

三日月猫でした! では、また!

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