第53話 女装男、中二病少女にドン引きされる。
奥野坂たちに茜が襲われ、オレと銀城先輩が暴れ回った、あの騒動の日から――――――翌日。
オレは花ノ宮女学院へ通学するために、いつもの長い坂道を登っていた。
「ふわぁ‥‥」
ふいに、大きなため息を溢してしまう。
昨日は‥‥色々なことがあったからな。
銀城先輩と共に茜を救いだし、その後、奥野坂たちへある脅しを掛け、香恋へ騒動を内密に収めるための事後処理をお願いしたりと、とにかく‥‥色々なことをしなければならなくて、一日中、疲労困憊だった。
久々にあんなに身体を動かしたから、全身、筋肉痛にもなっている。
ここ数日の間は、ゆっくりと休んでいたいところだが‥‥二日後にはロミジュリの劇もある。
おちおち休息など、とってはいられないな。
「――――――青き瞳の者」
校門近くまで辿り着くと、そこには、ゴスロリチックな日傘をさして立っている花子の姿があった。
彼女はトテトテとこちらに近寄ってくると、いつもの無表情な顔で、オレを見つめてくる。
「貴方をずっと待っていました」
「花子さん? 私に何か御用時でしょうか?」
「何を言っているんですか、貴方は。結局、あの事件の後‥‥事の顛末がどうなったのかを、私は聞いていません。月代さんは無事だったのですか? いじめっ子どもは、無事、撃退することができたのですか?」
「あ‥‥そ、そうでしたね。あの後の出来事を、花子さんにお伝えするのをすっかり忘れていましたね‥‥」
「貴方もレズ女も、昨日は結局学校に戻って来ませんでしたし、レインの返信も、いくら待てども返ってはこなかった‥‥。フランチェスカさんがどれだけやきもきした気持ちで学校にいたのか、貴方には理解できますか? 青き瞳の者よ」
そう言って、唇を尖らせ、ジト目でオレを睨んでくるフランチェスカさんもとい花子さん。
オレはそんな彼女にクスリと笑みを溢し、口を開いた。
「花子さんは本当にお優しい方ですね。昨日は、私のサポートまでしてくださったですし。私、貴方のような優しい人とお友達になれて良かったと、昨日は心の底からそう思いましたよ」
「なっ――――」
突如、目を見開いて、頬を紅く染め始める花子。
しかし、すぐさまいつもの無表情な顔に戻ると、彼女はオレをジト目でさらに睨みつけてきた。
「‥‥うるさいです。歯の浮くようなセリフを言わないでください。レズ女のレズっ気が移ったのですか? 青き瞳の者」
「え‥‥えぇ‥‥? わ、私、今、そんなに歯の浮くセリフ言いましたかね‥‥? そ、それに、レズ?」
「うるさいです。それよりも、早く‥‥昨日のことを話してください!」
「そ、そうですね。では、中庭に移動しま――――」
「か、楓、さま‥‥」
その時、突如、背後から声を掛けられた。
オレは後ろを振り返り、そこに立っている集団を見て、目を細める。
「これはこれは‥‥おはようございます、奥野坂先輩と、そのお友達のみなさま」
そこに立っていたのは、怯えた顔でこちらを見つめる奥野坂と、その取り巻きの二年の女子生徒たちだった。
彼女たちは肩を震わせながらオレの顔を見つめると、深く頭を下げ始める。
「き、昨日は‥‥も、申し訳ございませんでした!! わ、私たち、か、楓さまに、失礼なことを‥‥っ!!」
「謝る相手が違いますよね? 貴方たちが真に謝る相手は誰ですか?」
「そ、それは‥‥あ、茜、さん、です‥‥」
「そうですよね。後でしっかりと、彼女には謝罪をしてくださいね」
「は、はい‥‥」
「フフッ。そうだ、奥野坂さん、昨日、私とした約束は‥‥ちゃんと覚えていますよね?」
オレは怯える彼女の傍に近寄り、そう、耳元で声を掛ける。
すると彼女はさらに、身体をガタガタと大きく震わせはじめた。
「も、勿論、です‥‥で、ですから、その、あの写真をネットにアップするのは、や、やめてくだ、さい‥‥」
「ええ。貴方が私に従順であるのなら、そのような非道な行いはしませんよ。ただし‥‥茜さんに再度、手を出そうとするつもりなら‥‥どうなるかは分かりませんけれどね」
妖しく目を細め、フフッと笑みを溢すと、奥野坂とその取り巻きたちは身体を硬直させ、気を付けのポーズをする。
オレはそんな彼女たちに、昨日演じた悪役の仮面を被ると‥‥冷たい声色で、一言、言葉を放った。
「行け」
「し、失礼いたしますっっ!!!!」
深く頭を下げて、顔を上げると、彼女たちはそのまま逃げるようにして校門の中を通っていった。
オレはそんな彼女たちの姿を見つめて、大きくため息を吐く。
「まぁ‥‥あの様子では、私に反抗する気は万が一にでもなさそうですね。もし、何かを企てようとする気配が少しでもあったのなら‥‥暴力による懐柔も考えてはいましたが‥‥その必要はなさそうです」
そう、ポソリと呟くと、隣に立っていた花子が、困惑した様子で声を掛けてきた。
「‥‥い、いったい、何をしたのですか? さっきの会話の流れを察するに、先ほどの方々は、月代さんをいじめていた人たちですよね? 何故、あんなにも青き瞳の者のことを恐れていたのですか‥‥?」
「それは‥‥彼女たちにはある脅しを掛けたからですよ」
「脅し‥‥?」
そう言葉を返してきた花子に、オレはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「‥‥‥‥なるほど。奥野坂たちの服を脱がして、その姿を写真に納め、ネットに痴態をアップすると脅した、と‥‥。顔に似合わず、中々エグいやり方をしますね、青き瞳の者は」
中庭のベンチに座り、事の顛末を話すと、花子はドン引きした様子でこちらを見つめてくる。
そ、そのやり方は、どこかのドSお嬢様の手法を参考にさせてもらったものなのだけれどね?
オ、オレが考えたやり方ではないよ? 発端は、妹と抱き合うオレを写真に収めた、あの紅茶ゴクゴクモンスターの香恋ちゃんだよ?
こちらを見てドン引きしている花子に対して、オレはコホンと咳払いをし、再度、開口する。
「ああいう、他人の痛みを知らない人間は、自分が痛みを覚えることで、その行いがどれだけ非道なものなのかを理解するんですよ。ですから私は、彼女たちと同じことをしてやろうと思ったんです。月代さんの服を脱がして、他校の男子生徒たちにレイプさせ、その動画を撮ろうとしていた奥野坂たちに対して‥‥ね」
「‥‥まぁ、裸の写真をネットにアップされるのと、レイプ動画を撮られるのとじゃ、その重みは大分違ってきそうですが。後者の方が、何倍も非道な行いだと、フランチェスカさんはそう思います」
「それはそうですね。ですが、ああいう手合いは総じてメンタルが弱いものなんですよ。群れることで強くなったと勘違いしている連中は、目の前でリーダー格の一人をボコボコにしてやれば、簡単に従順になるものなんです」
「‥‥ボコボコにしたのですか?」
「はい。先ほど、奥野坂が足を引きずっていたのは見ましたか? あれは‥‥私がやりました」
そう言ってニコリと微笑むと、花子はさらにドン引きした様子を見せ始める。
「‥‥‥‥やっぱり、貴女は性格が悪い人ですね。フランチェスカさんは最初から気が付いていましたよ。貴方が、可愛らしい外見とは裏腹に、その中身が、嘘つきの極悪人であるということは」
「え? う、噓つきの極悪人‥‥?」
「はい。出逢った当初から、貴女はどこか底が見えない恐ろしい人だと‥‥私はそう思っていました。私、幼少の頃はなかなか過酷な環境で育っていまして。ですから、人を見極める目にはけっこう自信があるんです」
「そ、そうですか‥‥」
ま、まぁ、オレ、女装した男の娘だしね。噓吐きなのは間違いないね、うん‥‥。
「もっと詳しく、昨日の事件のことをお聞きしたかったのですが、そろそろ―――――」
その時、ゴーンゴーンと、鐘の音が学校内に響き渡っていった。
その音を聞いて、花子はスッと立ち上がり、背中を見せる。
「今は、この辺にしておきしましょう。青き瞳の者、では、また‥‥」
そう言って彼女は小さくばいばいと手を振ると、静かに校舎へと向かって去って行った。
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