第51話 女装男、共闘する。
《月代 茜 視点》
「‥‥‥‥え? 何、ここ、どこ‥‥?」
目を開けると、そこは‥‥壁際にダンボール箱が積み重ねられた、倉庫のような内装をした見知らぬ一室だった。
窓はどこにも見当たらず、天井に備え付けられている蛍光灯が、薄暗く辺りを照らしている。
自分はそんな広い部屋の中、両腕両足を縄で縛られ、地面に座らせていた。
その状況に理解が追い付かず、あたしは思わず、困惑の声を溢してしまう。
「な、何、これ、いったいどういう‥‥」
「あら、ようやく目覚めたみたいね」
「え‥‥?」
その時。突如ドアが開き、外からゾロゾロと数人の男女が姿を現したのだった。
その集団の中にいる、花ノ宮女学院の制服を着た生徒は‥‥以前から、あたしに嫌がらせをしてきた、女優科の上級生と一年女優科のクラスメイトたちだった。
あたしはそいつらの姿を見て、ようやく、こうなるに至った状況―――今朝、彼女たちに襲われ、薬のようなものを嗅がされて無理やり車に乗せられたことを思い出した。
「あんたら‥‥! いったいこれは、何の真似よ!! あたしをこんな目に遭わせてどうするつもり!?」
「ったく、お前さぁ、状況、分かってんの?」
「状況‥‥?」
「アタシ、前に、先輩には敬語使えって言ったよね? なのに何でお前は、いつまで経ってもアタシらに敬語使わないの? 舐めてんの?」
「申し訳ないけれど、あたし、本当に尊敬できる人間にしか敬語は使わない主義なの。あんたらみたいな、下種な行いをする人間に、敬意なんて欠片も持ってはいないわ!!」
「てめぇ‥‥!!」
ミディアムストレートの茶髪の女は、あたしの髪を掴むと、そのまま――――バチンと、思いっきりビンタを炸裂させてきた。
あたしは口元から血を流し、キッと、茶髪の女を睨みつける。
「気は済んだ? だったら、早くあたしを解放してくれない? あたしは、こんなくだらないことに構っていられるほどヒマじゃないの。三日後の劇に向けて、さらに演技の稽古に身を入れなければならないのよ。フーマのために、ロミオとジュリエットを成功させないといけないのよっ!!」
「‥‥‥‥はっ! だったら、劇に出られないくらいに、ボコボコにしてやるよ! おらっ!」
「あぐっ!!」
お腹を蹴られ、あたしはゲホゲホと咳をして、その場に倒れ伏す。
それでも、茶髪の女の猛攻は止まらない。延々とみぞおちを狙い続けて、蹴り続ける。
その光景に、あたしと同じクラスメイトの一年生の三人が、顔を恐怖に歪めながら、恐る恐ると上級生へと声を掛けた。
「あ、あの、そ、それ以上はや、やめておいた方が、い、いいんじゃないでしょうか‥‥!!」
「は!? 何でよ? あんたたちもこいつのこと、嫌いって言っていたじゃない!!」
「その‥‥もう、私たちは満足したと言いますか‥‥さ、流石に、暴力は使いたくないというか‥‥」
「ちっ! つまんねーやつ! みんな! その三人、押さえといて!」
他の上級生の女子生徒たちが、一年生の三人を囲むように迫って行く。
あたしはその光景を見つめた後、痛む身体を無理矢理起こし、立ち上がり‥‥叫び声を上げた。
「本当に‥‥くっだらないわねっっ!!!!!!!!」
「‥‥あ?」
「あんたらみたいな奴ら、見ていて本っ当に腹が立つわ!! そこの三人も!! 日和るくらいなら、最初からあたしにちょっかい掛けてくるんじゃないわよ!!!! だからこんなことになるのよ!! もうちょっと頭くらい使いなさいよ!!」
あたしはペッと口の中に溜まった血を吐き出し、上級生たちを睨みつける。
「あたしは、どんなことをされようがけっして折れはしない。あたしは、魔性の怪物、柳沢 楓馬のライバルよ。いつか彼を追い越し、彼と共に役者界の頂点に立つ女優‥‥。だから、あんたらなんか、あたしの敵じゃないの。あんたらなんか、端役‥‥いえ、舞台の上にすら上がれない、それ以下の存在よ!」
そう言って睨みつけると、上級生たちは憤怒の表情をその顔に浮かべ始める。
そして、その後、彼女たちのリーダー格である茶髪の女子生徒は‥‥ニヤリと、不気味な笑みを浮かべ、私の髪を放した。
「どんなことをされようが、けっして折れない、ね。だったら試してやろうじゃない。――――みんな、こいつ、ヤッちゃっていいよ!」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、彼女の背後から他校の男子生徒たちが姿を現す。
ガラの悪そうな恰好をした彼らは、皆、下卑た笑みを浮かべると‥‥ゆっくりと、あたしの元へと近寄ってきた。
「奥野坂、本当にこいつ、ヤッちまっていいのか? この女、有名な女優なんだろ? 後で大きなトラブルになったりはしないだろうな?」
「大丈夫よ。アタシのパパに言ったら、問題なく事後処理してもらえると思うから」
「え‥‥? 奥野坂‥‥? ―――――って、も、もしかして‥‥?」
「そう。あんたが所属しているツキカゲプロダクションの社長は、アタシのパパなのよ。今更気が付いたの?」
そう言って、彼女は邪悪な笑みを浮かべた。
まさか、あたしが所属しているプロダクションの社長が、この女の父親だったなんて‥‥寝耳に水の話だ。
名前を知ろうともしなかったから、全然、気が付かなかった。
「さて‥‥今からあんたの痴態をビデオにでも撮って、アタシらに永遠に反抗できないようにしてやるとしよっか。奴隷になれよ、月代! あはははははは!」
そう言って、スマホのカメラをこちらに向ける、茶髪の上級生‥‥奥野坂。
そして、興奮した様子の男子生徒の一人が近寄り‥‥あたしの制服のボタンに手を掛けてきた。
「へへへ‥‥。俺、前からお前のファンだったんだよ。まさか、あの月代 茜とヤれるだなんて、夢にも思わなかったぜ」
「い、嫌‥‥や、やめて!!!! 触らないで!!」
「おっと、暴れんなよ!! どうせ逃げられはしないんだ!! 俺たちと楽しもうぜ、茜ちゃん!! ギャハハハハハ!!!!!」
「嫌、嫌嫌、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
「あははははははっ!! そうよ!! その顔が見たかったのよ!! 無様ね、月代 茜!! いっつも、アタシらのこと見下しやがって‥‥せいせいするわ!!!!!」
男たちはあたしのブレザーを脱がし、次に、瞬く間にワイシャツも脱がしていった。
下着姿になり、あたしは、悲鳴をあげる。
「いやだ!! いやだ!! 見ないで、やめて!! もうこんなことはやめてよっ!! あたしの初めては‥‥フーマに上げるって決めてるの!! だから‥‥だからお願い、やめて、よぉぉ‥‥!!!!」
「おお、すっげぇな、流石女優。肌はきめ細やかで絹のようで‥‥スレンダーで、綺麗な身体付をしていやがるな!!」
「へへへ。さぁて、観念して、下着も脱ごうか‥‥なぁ、茜ちゃん?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! た、助けて‥‥助けて!! フーマぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
どうして、こうなってしまったのだろう。
あたし、何か悪いことしてしまったのかな? 誰かを傷付けてしまっていたのかな?
あたしはいつも不敵な笑みを浮かべて、自信満々な態度をしているが‥‥それは単なる演技のひとつだ。
本当のあたしは、今の、男たちに服を脱がされて泣き叫んでいる自分のような‥‥弱くておどおどとした、自信の欠片もない、どこにでもいるただのひ弱な少女だ。
フーマの横に並ぶライバルだったら、常に、強い自分でいなくてはいけない。
フーマだったら、常に、こうするだろうと考えて‥‥あたしは今まで、理想の自分を演出してきた。
本当のあたしは、目が悪いから眼鏡を掛けていて、人との接し方もあまりよく分からない、ただの暗いだけのおさげ髪の少女だ。
自分を変えようと芸能界に入っただけの、どうしようもない、ダメダメな子だ。
「でも‥‥あたしは、彼に恋、しちゃったから‥‥」
あたしは、柳沢 楓馬という人間に憧れを抱いてしまった。
彼のような、大胆不敵で常にニヒルな笑みを浮かべている、かっこいい役者に憧れた。
だから、あたしは‥‥月代 茜は、強くなくてはならない。
彼の隣に立つのに相応しい、強気な女の子でなくてはいけない。
「でも‥‥もう、無理かな‥‥」
涙が視界を歪めて行く。興奮した男たちが、あたしの下着へと手を伸ばしてくる。
あたしは、目を閉じ、幼い頃に出逢った、舞台の上で輝くあの少年の後ろ姿を思い浮かべた。
「――――――――――――――茜!!!!!」
「ぇ‥‥?」
その時だった。突如、扉が開け放たれ、外から光が入ってきた。
その方向に視線を向けると、そこには‥‥白金色の長い髪の少女と、長身のショートカットの少女が、並んで立っていた。
突如、室内に入ってきたのは‥‥如月 楓だった。
でも、何故か、彼女のその姿が、あたしには‥‥柳沢 楓馬とダブッて見えてしまっていた。
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空きテナントの中に入り、奥の倉庫へと足を踏み込むと、そこには‥‥服を脱がされ、見知らぬ男たちに地面に組み伏せられている下着姿の茜と、その光景をスマホで撮影している、花ノ宮女学院の生徒たちの姿があった。
オレはその光景を見た瞬間、思わず、自分が女装をしていることも忘れ‥‥完全に、柳沢 楓馬として、奴らに怒鳴り声を上げてしまっていた。
「糞どもが!! てめぇら、自分が何やってんのか分かってんのか!!!!」
その怒声に、上級生と思しき花ノ宮女学院の女子生徒たちは一瞬ビクリと肩を震わせるが‥‥クスクスと口に手を当て、嘲笑の声を溢しだす。
「警察でも来たのかと思ったら‥‥まさか、花ノ宮女学院の一年三年のお姉さまコンビだったとはね! びっくりさせないでよ!」
「本当本当! 男みたいな口調で怒鳴っちゃってさ! そんなんで私たちがビビると思ってんのかね?」
次第にクスクスから、アハハハハと大きな笑い声を上げ始め、完全にこちらを馬鹿にし始める二年生の女子生徒たち。
そんな彼女たちの中から、リーダー格と思しき生徒が前へと出て、オレたちに声を掛けてくる。
「このまま何も見なかったことにして、回れ右して帰るのなら、許してあげるけど? 誰かにチクる気なら‥‥そこの紅髪の女みたいに、あんたも裸に向いちゃうよ~? お姉さま?」
「‥‥お前が、このいじめの主犯格か?」
「だったら何?」
「‥‥普段だったら女を殴るだなんて、躊躇するところだろうが‥‥今のオレは正真正銘、女子だからな。別に、絵面的にも何も問題はないだろう。うむ。問題ないな」
「は? いったい何を言って‥‥ぎゃっ!?!?」
オレは、茶髪の女の腹へと――――容赦なく、拳を打ち込んだ。
すると、彼女は涙目にして、お腹を押さえながら‥‥声も無く、その場に静かに膝を付いて倒れていく。
その光景を見て、茜を押さえつけていた男たちは舌打ちを放ち、こちらに近寄ってきた。
「おいおいおい、何やってくれてんだ、お前」
「てめぇも裸に向いてヤッちまうぞ? 外人のねーちゃん?」
「俺、こっちの女の方がタイプかも。こういう、ロリっぽいの好きなんだよね、俺ー」
ギャハハハと下品な笑い声を轟かせながら、男たちはオレの元へと歩いて来る。
オレは拳をポキポキと鳴らしながら、彼らへと鋭い視線を向けた。
「いいぜ、かかってこいよ、クソ野郎ども。全員、ぶっ飛ばしてやる」
「待つんだ、如月さん」
背後から、銀城先輩が声を掛けてくる。
オレは彼女に一瞥した後、静かに口を開いた。
「何ですか? 止めようとしているのなら無駄ですよ? 私は、あいつらを、絶対に許すことが出来ません」
「逆さ。僕が、彼らを許すとでも思っていたのかい?」
「え‥‥?」
銀城先輩はオレの隣に立つと、両の拳を握り、ボクシングの構えを取る。
そして、ニコリと、肩越しに微笑みを見せて来た。
「幼い頃に、キックボクシングを習っていてね。僕も、それなりには戦えるよ」
「銀城先輩‥‥」
「君も以前、入学早々に痴漢男を撃退した、と‥‥学校新聞に載っているのを見たことがあるよ。そのことから踏まえて、それなりの実力があると見て良いのかな? もし、自信がないようなら‥‥後ろで待っていてくれると助かるけれど。君が傷付く姿は、僕も見たくないからね」
「残念ですが‥‥遅れを取るつもりは毛頭ありません」
「良い答えだ」
オレは彼女にコクリと頷いた後、同じように拳を眼前に構えて、ボクシングの構えを取った。
そんなオレを見つめて目を伏せると、銀城先輩は近付いて来る男子生徒たちを鋭く睨み、咆哮を上げる。
「それじゃあ‥‥いくよ!! 如月さん!!」
「はい!!」
オレと銀城先輩は、そのまま男子生徒たちへと突っ込み‥‥戦闘を開始した。
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