令嬢
「クェード様クェード様~♥ 早歩きは辞めてくださいな」
「うるせえ離れろめんどくせえ!」
アムを名乗る自称弟子から逃げられたと思ったら今度はアリシアと名乗る少女が付き纏ってくる。
王都に向かう街道。取りあえず近場の宿場か街に駆け込み、少女の保護を求め、別れる算段ではあったが、少女はやたらとクェードのことに興味津々で何度も質問を繰り返してくる。
ただ一旦の護衛に、好きな食べ物を聞く意味が分からない。それどころか子供を作るとしたら何人がいいかまで聞いてくる。このまま何か良くない流れになりそうなので距離を取って歩く。
フィジカルの差で多少離れると思っての早歩きだったのだが。
(何で令嬢が"飛ぶ"んだ)
この令嬢、空を飛ぶ。しかも、常にだ。
浮いている、という表現が正しいか。地面から十数センチという低空ではあるが。飛空の魔術だろう。
クェードも一応は使えるものであるが、少女のそれの恐ろしさはその持続時間であった。通常、その呪文は数分で効果が切れるためかけ直しが必要となる。
そしてその都度魔力を消費する。だがこの少女はクェードの同行を決めてからただの一度もその呪文をかけ直してはいなかった。その状態で体力を消費せずに追ってくる。距離がなかなか離せない。
(ドレスで出歩くためにはいいんだろうが)
長い丈のスカートが地面を擦ったり痛まないように、何にも触れず出歩けるわけだ。何のために?と軽く疑問を持つ。
まあ案外着替えるのが手間とかそんな理由なのかも知れないが。ドレスの着付けにはそれ用の侍女を要すると聞いたことはある。クェード自身身分が低いため詳しくはない。
何かの魔道具を持ちいてるのかも知れない。呪文魔術ではなく"呪紋"魔術というものがあり、発声とは違い、図形を持ちいるものがある。
おそらくは少女の履いている靴か衣服に何かに仕込まれているのかも知れないが、それでも起動と維持には膨大な魔力が必要となる。
「あっ私が飛ぶことが疑問に思われたのかも知れませんね。こうすると汚れにくくていいんですの。埃払いの魔術も使えますし私」
そんな理由だった。しかも埃払い…随分と家庭的な術を持っているな。
「って使えるんだな魔術。飛んでるのは魔道具だと思ったが」
「意外かも知れませんが、私術士学校で寮生活をしたことがありまして。その生活のため多少の家庭魔術も覚えましたわ。母の方針だったのですが、父がだだをこねてしまって大変で…」
今までそういった話をする相手がいなかったのか、自分のことを楽しそうに話し始めるアリシア。家庭魔術といってもそういった分類には余り意味が無い。
弱火を鉄板に浮かび上がらせてフライパンを温めたり、水桶に水流を生んで洗濯物をかき回したり、道具や設備の代替を行う"生活臭のある弱い"魔術のことである。
魔力の消費の代わりに術士が家事の手を抜くためのものだ。そんなことを思い出しながら。確認のため声に出す。
「つまるところ…護衛いらないよな? 魔術使えるし空飛んで逃げられるし」
そういえば魔物との遭遇で悲鳴を上げてはいたものの自分が割って入ってすぐに撃退出来るほど距離を保っていた。術を使う前に適切な距離をとっていたのかもしれない。
「でも次出会う魔物は飛ぶかも知れませんじゃありませんか」
それもそうだ。なんたって令嬢が飛ぶんだから魔物も飛ぶかも知れないな。
そんな冗談が浮かんだが、場を和ませるつもりもないし少女と談笑して仲良くなるつもりもない。そこまで面白い冗談かはさておいて。
「しかし、学校に通ってたんだろ」
魔術で魔物倒す授業もあるはずだ。学校に通ったことはないが少なくともそういった修行はつけられたし術士には必須である。
相手の動きを捉えながら、距離を保ち術を放つ。これが出来無ければ術を履修する意味は無い。直接的なものでないものも多いが、あくまで魔術は"相手に勝つため"―――"殺すため"に覚えるもの。
令嬢とはいえ術士の育成機関に通っていたのならばその理念は学んでいるはず。
「ええ…もちろん私は攻撃的な術も持ち合わせていますけれども」
少女は魔術行使を躊躇う理由を綴る。
「ドレスが焦げたら嫌じゃないですか?」
ああ、そう。
「家を飛び出してきたので手持ちはともかく着替えがありませんし、クェード様が代わりに戦ってくれるのであれば距離をとって愛する夫を応援する妻、みたいな感じでいい感じでねんごろになったり初夜を迎えたり子供は取りあえず三人迎えて一人目は女の子がよかったり」
何を…言っているのか。やはりそのつもりで付き纏ってきていた少女に、この数日繰り返されたため息の中でも最大級のものを吐き出すクェードであった。
術補足
埃払い
家庭魔術。衣服に用い、土や汚れの付着を防ぎ綺麗に保つ術。効果は永続しないため都度かけ直しを要求される。




