魔族
ぱち、ぱち、ぱち。
熊のような爪をもつ手の平で繰り返される気のない拍手の主。青白い肌に泣きピエロのような顔面を全身を覆う剛毛から覗かせている"それ"は唐突に現れた。今までの襲撃とは異なる正体不明の存在に、クェードは冷や汗を滲ませる。
魔力の感覚が警告を発する。先ほど自らの術によって引き起こされた恐震と似た感覚。そもそもの、人間と魔力量の違い。
目の前のそれに自己紹介もなく、理解する。本来は会ってはいけない。世界の裏側にいるもの。
魔族。
「では死んで貰おうか。 クェード・フレアス」
「ッ」
当然の様に、自分のことを知っている。自分はともかく、魔術をほぼ履修していないアムには危険すぎる相手。しかし弟子へ逃亡を促す前に、こちらに敵意を向けてくる。狙いは当然自分であろうが、それ以外に興味もないのは幸いかもしれない。
「名乗りも…無しか…ッ!」
魔導魔術の使用によって体力を喪失してる今、遭遇するには最悪の相手だ。自分にできる限りの抵抗を試みる。代償は大きかったが、魔術が使えなくなったわけでは無い。間合いギリギリ、自分を巻き込んでの攻撃なら可能だろう。クェードは覚悟を決め、術の詠唱をはじめる。が。
「アム…辞めろ…」
クェードと魔族の間に割って剣を構える弟子を制止する。
「しかし、その状態じゃ師匠も」
「分かってる、が。お前じゃ万が一つも勝ち目が無い。逃げろ」
弟子が例え、現実と異なり剣の達人であったとしても、魔族に勝てない理由がある。精神体というアドバンテージだ。存在そのものが、物理生命とは違う。いくら剣で斬り、刺しても、それは例えるなら"人が言葉でなじられた"程度の感覚でしか無いだろう。絶命には至らない。
そして、それは大部分の呪文魔術でも同じだ。ただの術ではやはり有効打にならない。炎熱も雷電の術も物理による干渉だ。自分が使える術には例外もあったが、まともに立てなくなっているこの状況では命中させるどころか嬲り殺しにされるだけだろう。だから自分を巻き込んでの攻撃を目論んだ。
「です…が!」
金属音が地下墓地に響く。鋭い爪で襲いかかる魔族に、剣で応じる弟子。
向こうもまた、物理をもって攻撃してくる。それは物理生命に対し物理がより有効なのもあったが、実際は物理生命であっても精神に対し攻撃を受ければ人は軽く死に至るダメージを負う。
だが魔族は"慢心"する。物理生命を"下に見る"。精神…心を軸に存在する生命ゆえに、「より下位の存在、侮蔑の対象に全霊を持って挑む」というのは自身を否定することでもある。人で例えるなら、ただの蟻一匹に対し、剣どころか攻城兵器を掲げ、我が身全てを持ってそれを討ち滅ぼそうという宣言をするようなものだ。恥だし徒労だ。
…逆にそれは"蟻一匹"と見られているということ、人と魔族にそれだけの差があるということでもある。
それを証明するように、アムの剣撃が名も知らぬ魔族を捉え、"切り裂く"。見事な袈裟斬りで魔族の胴に剣が通る。
だが、それだけだ。魔族は避ける必要もないのだ。何の影響もなく、そもそも傷を負うこともなく、裂かれた部位は何ごともなく元に戻る。
「……ッ!」
アムが狼狽する。これが現実だ。魔族は身に降りかかる剣に構わずアムを攻撃するだけで勝負がつく。今はそれを受け止められてはいるがやがては体力も尽きるし隙も出来る。このままではなぶり殺しになるだけ。子供が蟻を弄ぶかのように、殺される。
「く―――そ…」
悪態をつく。せめてこちらに近づければ、魔術を当てられるかもしれないが、今となっては自分どころかアムも巻き込んでしまうだろう。何か手はないか。辺りを見回す。
カチャリ。
と、金属音が響く。周囲を見回す為に体を捻ったからか、身につけていたそれが音を立てた。
「!」
ままよ。藁にも縋る気持ちで、その柄を握り、引き抜き。アムの足下に放り投げる。使え、と疲弊した体に鞭打ち叫びながら。アムもそれに気づく。足下に投げたはずのそれは、目論見通りには飛ばず、むしろ飛距離を伸ばして向かっていく。アムは咄嗟に自分の剣を収め、それの柄を握り止める。
まるで意志のあるかのようにアムの手の平に収まったそれは。
…いや、意志はあるのか。クェードは縋る気持ちを抑えて祈る。役に立ってくれ、厄介者。と。
アムが魔剣アールヴィを握り、構え直す。




