伝書士
「伝書士?」
身分を軽々明かしたのも少し後悔しながらも、答える。
「術士協会のな。まあ専属の配達員ってとこかな」
伝書士。聞き慣れない職だったのもあるだろう。聞かれ、そのまま答えてしまった。
世界全域に広がる機関、術士協会。魔術を生業にする者達の互助組織。それらの研究、報告、資料、成果物。それらを本部や支部に運んだり、逆に個人や末端組織に融通するための人員。
街道沿いの酒場。馬車なり徒歩なりで旅する人々の憩いの場のカウンターで、マスターに話をする。
世間話ではあるが、自分の軽薄さを省みる。配達業などという身分を、こういう場で明かすものではない。
大きな街で、常連も見知らぬ顔も分からないところであればそこまで問題にならないかも知れない。しかし、ここは一期一会。"見知らぬ人間しかいない"そんな土地だ。
誰が聞いてるかも分からないし、目撃者がいたところで何の責任もない。
(とは言っても…)
現在、依頼を受け運んでるものを思い出す。
見た目はタダの水晶玉だ。目利きが効かないチンピラ同然の自分にはその認識しかない。魔力感知が特別上手いわけでもないからなんとも言えないが。
欲しがってる相手が、問題ではある。何の魔術知識も持って無さそうな一国の大臣。そんな相手が、どんな理由があって術士協会のつてにこんなモノを運ばせるのか。
事情を追求しても仕方がない。自分はただの伝書士、配達屋だ。ただ物品を運ぶだけ。それでその先何があっても責任も、呵責もない。ないのだが。
自分に向けられる欲にまみれた視線に、ため息をつく。
*
「待ちな」
声をかけられる。木々に囲まれた街道。とはいえ人影はない。一国の王都・城下町に向かってるとは言え、そんなに頻繁に馬車が通るわけでもないのだろう。
振り向いて、一瞥する。武装した数人の男達。まあ、強盗だろうな。と予想して言葉を返さないままどうしたものかと思案していると、声をかけた男から言葉が続く。
「持ってるモノを置いていけ」
ありがちな脅し文句。当然拒否する言葉を返そうとするが、男はさらに続けて。
「大人しくするなら命までは………っ」
言葉を紡ぐが、そこで詰まる。男に付き従う他の武装強盗の男達も反応が芳しくない。
「…同業者か?」「いや…」「顔怖…」
おい。
いや、確かに褒められた面をしていない自覚はあるが、盗賊然した男達に言われても苛立ちしか覚えない。
自分の顔を、毎朝の鏡で見ているわけだが、その"悪さ"を再確認する。普段は極力目を大きく見せようとしている努力のお陰か、いつもはここまで恐れられることもなかったのだが。
近隣国家のトラブルで染料が手に入らず中途半端に染められた総白髪。
目は細く、睨めば殺意が漏れ出すかの様な鋭さ。眉間に皺が寄り、年に合わず老けた、トカゲに例えられるようなその顔面。
―――をさらに険しくさせる。
「ひっ」
そんな盗賊の悲鳴すら聞こえてくる。
「い、いいから所持品全部置いていけ」
脅してる相手に怯むなよ。と呆れて細い目をさらに細く睨み付ける。それがむしろ良くなかったか。
戦意ありと見なしたか、盗賊の一人が襲いかかってきた。
「ひやああああああ」
なっさけない悲鳴。そんな感想すら抱かせる自分を鼓舞するための叫び声を上げ、手に持った剣を振りかざしてくる。
だが。間合いをつめ、男の懐に潜り込むと顎を一撃。昏倒させる。何人殺してきたか知らないが、ろくに訓練もしてなさそうな盗賊風情には遅れをとるわけにはいかない。
「な…」
「術士協会所属だから、まあ魔術士だとは分かると思うがね。非力と侮ったからフィジカルで勝ると思ったんだろうが。生業として一人旅さ。護身ぐらいは学んでるとは思って欲しいかな」
仲間を一人落とされて狼狽える盗賊達に、今度こそ本気の敵意を向けて、言い放つ。
「爪よ、描け、光の軌跡」
それが声を触媒にする呪文魔術であったことに気づいた者がいたのかは知らないが。
『光爪』
頭に浮かべた軌跡を描き、光弾が男達の体を貫き、血を吹きだし、倒れていく。あっという間にできあがる散々たる光景を一瞥してため息をつく。
人を殺した。盗賊であるが、人を殺した。しかしそのことに何の感慨も感傷もない。
命が惜しければただ、真っ当に稼げばいいだけの話。
ただ、こんな見た目もただの水晶玉目当てに命を落とすのにすこし哀れに思う。
そんな一抹の感情を物言わぬ死体に向けたところで大げさに梱包され荷物袋に突っ込まれている水晶玉が振るえた様な気がした。
*
見た目は鋭く、チンピラにも例えられる顔つき。
男の名前は、クェード・フレアス。術士協会所属の伝書士で、魔術士。
そして。
術補足
光爪
呪文魔術。魔力の光弾を思考通りの軌跡で稲妻のように高速移動させ貫く。
あくまで思考通り、なので集中力と考える時間を要求される。