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第09話:救出劇

「しかし、殿下ハイネス。この、〈清の巫女〉とは、女性向けのスキルではありませぬか?」


 騎士の一人が、ポリィに手をかけようとしていた〈聖勇者〉に問いかける。

 剣を止め、〈聖勇者〉が答えた。


「ほう。軍属の浅いそなたは知らなんだか。世には〈分化〉というスキルがある。案ずることはあるまいぞ」


 ポリィはおかしなほどに震えて、やがて恐怖から逃れようと自らの意識を手放した。

〈聖勇者〉は庭の雑草でも刈るように、よそ見をしながら剣を振り上げる。


 その時だった。

 辺りに冷気が舞い、空気中の水分が氷塵となって煌めく。

 氷塵は煙幕のように騎士たちの視界を覆い、無数の雹が彼らに襲いかかる。


「むっ!」


 その時、すぐそばのポリィではなく、数十ルヮイス先で昏倒している――超級上位スキルを持つナルガンを警戒し、振り返ったのが、〈聖勇者〉の間違いだった。


 ポリィのすぐ下の地面から手が伸び、ポリィを地面に引きずり込む。

 してやられたことに気づいて、〈聖勇者〉が自分の足元を見た一瞬の隙に、今度はナルガンが地面に引きずり込まれる。

〈聖勇者〉はイリアから奪った〈隠伏〉を発動し、自らも地中に溶ける。

 しかし、すぐさま諦めて再び地上に姿を現した。


 そこへ若い騎士が駆け込んできて、叫んだ。


「た、大変です! すぐに来てください、殿下ハイネス!」


「おのれ……。逃げられたぞ」


 それには答えず、〈聖勇者〉は忌々しげにつぶやいた。



   *   *   *   *   *


 その頃、彼らからそう遠くない山中で。

 ナルガンとポリィを背負い、アレクとエミーリヤは走っていた。


「おい、アレク。本当にやつらは追ってこねぇんだろうな? 闘ってみたいと思う気持ちもないじゃあないが、“アレ”に正面から闘いを挑むのは命を捨てるようなもんだ。あたいはどちらかっつぅと、暗殺拳が身上でね。追われる側ってのは、どうにも落ち着かない」


 そうぼやくエミーリヤは金髪碧眼の美女だ。

 下まつげが長く、ふくよかで弾力のある唇をしている。

 長い髪をすべて後ろに束ね、可愛らしい毛糸の帽子をかぶっているが、前髪がひと房だけ、秀でたおでこに垂れている。

 暑かろうと寒かろうといつでもマフラーをしており、パンチング・グローブと勘違いしそうな厚手の内起毛の革ミトンをはめている。

 帽子とマフラー、革のミトンは手放さないくせに他の部分はかなり薄着だ。

 ばきばきに六つに割れた、大理石の彫刻のように白く美しい腹筋を惜しげもなく外気に晒していた。

 地上では雪女や雪童子ゆきわらしとも呼ばれる〈氷神族〉の拳士である。


「あ、あぁ、悪い。説明している暇がなかったもんで。あいつ、イリアを殺して〈隠伏〉のスキルを奪ったとき『失伝スキル』って言ったんだ」


 アレクはナルガンを背負って走るので、早くも少し息が上がっていた。

 エミーリヤは、アレクの言葉を怪訝そうに聞き返す。


「失伝スキル?」


「うん。――おそらく、地上には使い手がいなくなって、知る人がいなくなったスキルのことだと思う。やつらは俺たちほどスキルに詳しくない。天人ティエンレンにはやつらの知らないスキルがまだ沢山ある」


「それと、やつらが追ってこない理由にどういう関係が?」


「――あいつら、俺が『視』ていた限り、B1地点でもB2地点でも、妖精のマーキングに気づいていなかった。多分、〈幻霊視セカンド・サイト〉系のスキルもまた、失伝スキルなんだ。もし、誰かが持っていたら、この山がそこらじゅうにマーキングされてることに気づくはずだからな。それから、〈隠伏〉スキルを使うと、異空間というか、ここではないどこかに消えるだろ?」


「あぁ。〈隠伏〉中は真っ暗であいまいな空間を、感覚だけを頼りに進んでいる」


「実は俺、〈隠伏〉スキルを使ってもらった時、あの空間の内部がはっきり見えてたんだよ。――いや、見えてたっていう言い方はおかしいな。あそこは上も下もない、高さも厚みもない空間だから。でも、何も遮蔽物のない白い空間にいるように、エミーリヤの存在を感じられた」


「本当かい? あぁ、それで、助けに入る前、どうやって異空間を進んでいるのか聞いたんだな」


「そういうこと。多分、視覚系のスキルが無ければ、肌が触れでもしない限り、あの空間の中じゃ、他者がどこにいるかなんて感じることはできないんだ。現に、あの後すぐ〈聖勇者〉が異空間に追ってきたけど、何も出来ずに引き返して行ったからね。視覚系上位のスキルが失伝しているなら、〈隠伏〉で逃げ切れると思ったんだ」


「あいつが追って来てたのかい。全然気づかなかった……。それも、あんたには『視えて』いたんだねぇ」


 エミーリヤが感心したように口笛を吹いた。

 しかし、彼女はすぐに表情をこわばらせて、尋ねる。


「だけど、それだけじゃ安全とは言い切れないだろう? 確かに異空間からの追手はないとしても、地上からの追手は、まだ――」


 と、エミーリヤの言葉が終わるか否か。

 二人の正面に、ひらりとサンディとファビュラが舞い降りた。


「それも問題ない」


 エミーリヤの言葉にアレクが答える。

 そのアレクの前にファビュラが歩み寄って、言った。


「まったく、アレクさん? 何の説明もなしに、サンディさんについて行けだなんて。しかも、サンディさんも一人でさっさと行ってしまうんですから。一体何かと思いましたわ」


 彼女らは自前の飛行能力で山を覆う霧の上を飛び、アレクの指示したある場所に行って帰ってきたところである。

 ファビュラの剣幕に、アレクは笑顔で応えた。


「ごめんごめん。サンディには言ってあったから、大丈夫だと思って。一刻を争う事態だったから」


「あれは、『言った』とは言いません。ちょっと、おでこをくっつけただけじゃないですか。――あら、そういえば、あなた。サンディがいなくて、頭の方は大丈夫ですの? こちらに向かう際、サンディがいないと絶え間なく頭痛に襲われるって言ってらっしゃいませんでした?」


「――え?」


 瞬間、頭の痛みがぶり返してきて、アレクは膝をついた。

 それまで極限の緊張下にあったおかげで、目の前のことに集中できていたのだった。

 サンディがアレクの手を取り、アレクは再び立ち上がる。

 それを見ていたエミーリヤが呆れたように尋ねた。


「しまらないねぇ、あんた。で、こいつらは一体どこへ行ってたんだい?」


「実は……、俺たちが最初に落ちたあたりに、やつらが糧秣りょうまつを運んできた荷馬車があったんだ。こんな何もない山中を二百人もの騎士たちが行軍するには、食糧だって膨大な量になる。馬にだってまぐさを食わせなきゃ、飢えた端から乗り捨てることになるだろ? 必ず、荷馬車が遅れてついて来てると思ったんだ。だから、二人にはそれを焼いてもらった」


「へぇ。やるじゃないか」


「ええ。わたくしの〈光の魔王(ライト・モナーク)〉なら、光をねじ曲げて〈隠密〉に似た効果を発揮することもできますからね。位階200の護衛がいたら危なかったですけど、ざっと見渡した限りいませんでしたし。上空から魔法で焼いて、見つかる前にさっさと逃げてきましたわ」


 と、エミーリヤはアレクのほうを向いて褒めたのだが、なぜかファビュラが豊満な胸をそらした。

 この辺りが、アレクがファビュラを苦手な由縁である。


 二人を尻目に、アレクはサンディに話しかけた。

 サンディは何を考えているか分からない目でアレクを見つめ返す。


「サンディ。まだ、千ルヮイス離れてないよな? いけるか?」


 サンディ、無言のまま、コクコク。

 サンディが集中を始めると、アレクはエミーリヤたちに向き直った。


「ちょっと聞いてくれ。俺はしばらく、この場を離れる。パルドゥスたちには、敵はスキルを奪うこと。敵は俺たちのスキルを狙っていること。――それから、イリアが死んだことと、イリアの聖紅晶(クリムゾン・ティア)が奪われたこと。遺体は持ち帰れなかったことを伝えてくれ」


「はぁ? 離れるったって、お前さん、戦う力は持ってないだろう」


 エミーリヤが口元にかかったマフラーを抑えてながら、心配そうに言った。

 対するアレクの答えは、淡々としたものだ。


「あぁ。だから、視聴覚だけな。今、妖精を使って、〈聖勇者〉に魔力のマーキングをつけてもらった。俺はこれから目と耳でやつらの後を追う。――よし、いいぞ。やつら、撤退を始めた――。俺のスキル、ちょっとでも気を抜いたら数百サウ(≒数百キロ)ズレちゃうから、集中したい。ファビュラはナルガンを、サンディは俺の身体を任せた」


「はぁあ?」


「今日はもう遅いから――、そうだな。C8の洞窟で一晩休んで、また山の反対側にでも、新たに拠点を探すように言っておいてくれ。この付近はいずれやつらが戻ってくる可能性があるし。じゃ、行ってくる!」


「ちょ、まっ」


 どかっとその場に座り込み、目をつぶる。

 エミーリヤの焦ったような声が聞こえたのを最後に、アレクは自らの身の回りの情報をすべて遮断した。

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