第08話:聖勇者
「ぐ……、貴様ら地人じゃねぇのか? そんな能力、どうして」
ナルガンが二百を超える馬上の騎士たちを前にし、膝をつき肩で息をしている。
緋色の髪に紛れて分かりにくいが、頭からは血が溢れ、こめかみから伝っている。
応対したのは、陰鬱な顔をした灰茶色の長髪の男。
「まさか、本当に知らぬのか? この地上に置いて、貴様らは狩られる側の存在ということだ。天と地が分かたれてより千年。我らが何もせず、手をこまねいていたと思うなよ」
「うるせぇ! 〈聖勇者〉だなどと、地人の分際でナメやがって……!」
「……いや、見た目通り子供なのだな。何も教えられておらぬのも無理はない。だが、〈聖勇者〉の名に賭けて、手を抜いたりはせぬ。そっ首、差し出してもらうといたそう。我らがシャンディエフ皇国の礎となれ」
〈聖勇者〉と名乗る灰茶の髪の男は、馬上槍を片手にナルガンの前へと進んだ。
ナルガンは立ち上がることさえできず、尻をすって後ろへ下がる。
* * * * *
その様子を、アレクはやや離れた位置から克明に捉えていた。
本隊との中間地点で合流したアレクとサンディ、そしてエミーリヤとファビュラの四人は、ナルガンたちのいる地点へと向かって、霧深い山中をひた走っていた。
そこからさらに千ルヮイス先を、サンディの分身である妖精が先行している。
「まずい。あっという間にナルガンが追い込まれてる! なんでだよ。どういうカラクリなんだ?!」
先程からアレクが詳細に状況を説明しているが、後ろを走るファビュラはどうにも腑に落ちない様子だ。
「あ、あの、本当なんですの? だって、超級上位の〈神火〉持ちですよ? 力の位階だって我々のクラスじゃトップ3に入る60台後半ですし。スキルが解放されれば、並の大人たちでさえ敵わないエリート中のエリートのはずです」
ファビュラの持つ〈叡知〉や、その下位スキルである〈鑑定〉スキルなどの持ち主は、対する相手の能力を数値化して捉えることができる。
それによれば、訓練を積んだ兵士でさえ力の位階は50台がやっとのところを、クラスの第一席から三席たちは全員60オーバーだと言うのだ。
ナルガンの家系が代々〈聖隷騎士〉の筆頭を務めていたのは、クラス全員が知ることだ。
しかし、彼の父の代になって、筆頭の座をパルドゥスの父親に奪われてしまった。
それゆえ、ナルガンは幼少期より厳しい訓練を積まされていたのだという。
「俺だって、あいつが負けるなんて思えないよ。でも、事実だ」
すると、それまで黙っていたエミーリヤが静かに聞いた。
「なぁ、アレクよ。イリアとポリィの二人はどうしてんだい? あんたらは知らないだろうが、あいつらも〈水神族〉のエリートだぜ。一子相伝、級こそ特級でしかないが、一世代に一組しか存在しねぇ、希少スキルの持ち主だ。あいつらがつるんでんのは仲がいいからばかりじゃねぇ。いざって時に、互いを助けることができるからだ」
〈清の巫女〉と〈濁の巫女〉――イリアとポリィの持つスキルだ。
この二つのスキルはセットになって効果を発揮する特殊なスキルで、二つが揃えば互いの力を飛躍的に高めることができる。
エミーリヤの見立てでは、このスキルさえ発動すれば属性の相性もあり、一人一人の力がナルガンを凌ぐまでに引き上げられるはずだという。
「えっ、それって本当ですの? それならもしかして、我々が行かなくても勝てるかも知れませんわ。ナルガンさんの隠してらっしゃった超級上位のもう一つのスキル、わたくし知ってますの!」
ファビュラが興奮して叫ぶ。
と、アレクの見ている映像に動きがあった。
「待って。ナルガンたちがしかけるみたい!」
アレクの見つめる先で、ナルガンが二人の供に「来い」と命じた。
* * * * *
ナルガンが叫ぶと同時、〈隠伏〉で姿を隠していた二人の巫女が現れる。
青い髪を短く揃えたイリアと、長く伸ばしたポリィである。
「イリア、ポリィ。力を貸せ。さっき伝えた通りだ! 俺様たち三人でなら、こいつらを倒せる!」
突如現れた二人の少女を見て、〈聖勇者〉は少し顔をゆがめた。
「こやつら、一体どこから……? ふん、失伝スキルか。これはぜひとも、倒して帰らねば」
一方、イリアとポリィは怯えた様子でナルガンに問い返す。
「ほ、本当に大丈夫なのかよ」
「お前、だいぶやられてるみたいじゃん」
「うるせぇ! さっさとしろ。さっきも説明しただろ! 俺様のスキルを信じろ」
だが、ナルガンが恫喝すると、二人は渋々正面に向かい合い、両手を合わせた。
右手と右手、左手と左手を胸の前で合わせ、おでことおでこをくっつけて、二人は息を吐く。
彼女らが合わせた両手からは白き清水と黒き濁水があふれ出していた。
右手を上に、左手を下に伸ばし、円を描くように半周。
清流と濁流の混ざり合った渦が出来る。
渦は虚空に浮かぶ大鏡のように、二人の間に出現していた。
いや、二人の間だけではない。
二人と、ナルガンの間にも、それぞれ一つずつ。
合わせて三つ。
三人は意を決したように、それぞれの鏡をくぐる。
くぐると同時、鏡は消失。
出てきた三人に、変化はない。
ただ一つ、額に現れた、無限の深淵を映したような深い蒼色の宝珠を除いて。
「す、すげぇ」「何この力……?」
「俺様の言った通りだったろ? 行くぜ!」
ナルガンはそう言った瞬間跳ねあがり、次の瞬間には〈聖勇者〉の頭上に出現していた。
瞬間移動と言ってもいいほどの跳躍。
そのまま、振るわれた彼の脚が灰茶の髪の男の頬に突き刺さる。
男は馬上から吹き飛ばされて、十数ルヮイスほど先の大樹に激突。
口元から流れた血をぬぐう。
「……ハ! ハ、ハ。どうだ、見たか! 貴様ら地人ごときに、俺様を倒せるはずがないんだよ!」
狂ったように嗤うナルガンを見つめ、〈聖勇者〉はゆらりと立ち上がる。
ナルガンはおかしそうに、講釈を続けている。
「俺様のとっておきは〈三位一体〉! 特級以下のスキルであれば、対象下にある三人がスキルを『共有』できるッ! これがどういうことか、分かるか?!」
〈聖勇者〉は静かに抜刀。
二~三、剣をふるい、具合を確かめる。
「三倍だ! 本来なら裏と表で二人で分け合うはずのこの【清濁の紋章】が、一人に一つずつ! 体内に巡る水を活性化させ、超筋力、超回復力を与えるッ! 半分の力でさえ、ただの小娘を俺様を超す戦士へと変える紋章の力が、倍に」
ナルガンがそう言った時だった。
〈聖勇者〉の姿が掻き消え、一瞬で別の場所に現れていた。
別の場所――イリアの正面に。
ショートカットのイリアの背中からは剣が突き出している。
その剣は、血にまみれていた。
耳元で愛を囁くように、〈聖勇者〉が謝意を述べる。
「すまないね、お嬢さん。能力アップや炎魔法の上位スキルもいいが、失伝スキルのほうがもっと欲しくてね。等級の高いスキルはそれだけ習得が難しいが、そこそこの等級の失伝スキルなら、軍全体の底上げにつながる。――さっき、地中から現れたのはお嬢さんのスキルだろう?」
〈聖勇者〉の突き出した剣はイリアの心臓に深く突き刺さっている。
剣によって持ち上げられたイリアの体は、〈聖勇者〉が何か話すたび、ぐっぐっと揺れている。
「な、何しやがんだ、てめぇーッ!」
発狂し、〈聖勇者〉に殴りかかるナルガンを、それまで彼らをただ包囲するだけだった騎士の一人が瞬時に蹴り飛ばした。
先程の〈聖勇者〉と同様、いやそれ以上の距離をナルガンは吹き飛ばされ、大樹に頭を打って昏倒。
「――本当に、ただのガキか」
つまらないものでも見るかのように、〈聖勇者〉はナルガンを一度だけ振り返った。
「少しでも優勢と見れば調子に乗り、手の内を明かし――、もっとも、おかげで我らはこうも容易く、新たな力を得ることができるのだがな」
イリアを持ち上げたまま〈聖勇者〉は前進し、イリアの背中から生えた剣の先を大樹に突き立てて止める。
腰から湾曲した刃物を抜いて、穴に通した親指で器用に刃を操り、イリアの後ろ首を切り裂いていく。
「あ゛っ、あ゛っ」
生命の基幹部分を司る脳髄を切り裂かれ、それでも、【清濁の紋章】の超回復力ゆえか、イリアは生きていた。
だが、〈聖勇者〉の指はそんなことはお構いなしに傷口をこじあけ、探るように内部をかき混ぜる。
びくんびくん震えていたイリアの身体が、ある時を境に、動きを止めた。
股からは膀胱に溜まっていた尿が漏れ、直腸からも少しずつ便が垂れ始めている。
「あ……、嘘……、イリア……そんな」
ポリィもまた尿を漏らしてその場にへたり込み、自分の片割れが成すすべなく蹂躙されていく様を呆然と見つめていた。
彼女の見つめる先、〈聖勇者〉がつまみあげる指の間に、深い紅に輝く一つのクリスタルがある。
〈聖紅晶〉――魂を司ると言われる宝珠。
それさえ無事なら、〈聖女〉の力によって肉体を無から再生することも可能な、生命の設計図。
その、イリアそのものと言っていい宝珠を、〈聖勇者〉は自分の後ろ首に当てた。
〈聖勇者〉の首からは赤い光が触手のように湧きだし、イリアの〈聖紅晶〉を内部へと抱きこんでいく。
「おぉい、〈鑑定〉師。ちょっと見てくれ」
「ハッ。――左様ですね、〈清の巫女〉と〈隠伏〉というスキルが増えております。〈清の巫女〉のほうは特級。〈隠伏〉のほうは、おっと、これは朗報。上級上位。殿下の〈教化〉ならば、素質のある者でしたら二か月ほどで習得が可能かと」
「それは良い。これで、我がシャンディエフ皇国も、ますます精強なものとなろう」
その言葉に、騎士たちがどっと湧いた。
〈聖勇者〉が樹に刺していたままの剣を抜くと、イリアの身体がどさっと落ちる。
ナルガンは昏倒し、ポリィは発狂しかけている。
〈聖勇者〉は剣を振って血糊を落とし、ポリィの方へとゆっくり歩み寄っていった。
* * * * *
草陰から、サンディが放った妖精がその様子を見つめている。
千ルヮイス離れた場所で、アレク、そしてサンディもまた、それと同じものを見ていた。
サンディがファビュラの手を握る。
本来、ファビュラの〈叡知〉では自分の目で見たものしか内実を知ることは出来ない。
だが、精神そのものを同調させるサンディの種族の力によって、ファビュラは妖精の視界を己のもののように共有していた。
「スキルを……奪ったのか?」
〈千里眼〉と〈順風耳〉で一部始終を見聞きしていたアレクが絶望の声を発した。
その絶望をさらに色濃くした声で、ファビュラがあえぐ。
「聞いてください、アレクさん。エミーリヤさん。サンディさん。あの場の騎士たちの力の位階は、全員最低でも200以上。そ、それから、〈聖勇者〉とかいうあの男の位階は……1450です」




