第07話:離反
「A班、A6~7に移動する途中、沢を発見。新鮮な水が手に入りそうだって」
「C班、どうやら、隠れられそうな洞窟を見つけたらしい。場所は、C8」
さっきからアレクは、妖精が上げてくる報告をサンディから教わり、それを翻訳して(といってもそのまま話すだけだが)、メイミに伝える役をしていた。
「つーか、お前、話せるんだから話せよ! 俺に言わせてないでさぁ」
しかし、サンディはくちびるをひんむき、ふて腐れた顔をするばかりだ。
その顔がまた、実に厭らしい。
「何とか言えよ!」
ほっぺをつねりあげ、左右に引っぱるが、サンディがしゃべる気配はない。
アレクとサンディがじゃれている間に、メイミはバックパックから生えた無数の魔導ゴーレムの腕で、マッピングを終えていた。
「ほれ。簡易的なマップだが、無いよりはマシだろう。まだ、我々に対する罵詈雑言は続いているのかぃ? 可能なら、このマップ上のどこかにいないか、探してみて欲しいんだがねぃ」
マッピングを始めてからはや数刻が過ぎ、そろそろ、寝床を探さないとまずい頃合いだ。
アレクは自分たちに対する害意に意識を集中させた。
「ああ。まだ追ってきてる。今、先遣隊と別れた少し先――そうだな。地図で言えばB1のあたりだ。近くの樹に先遣隊が刻んでくれた印が見える」
「アレク氏の〈千里眼〉による監視は今のところうまく機能しているようだね。しかし、早い。それで、アレク氏、さっき頼んだ件はどうなっているかね?」
アレクは皆と一緒に逃げながら、もう一つミッションをこなしていた。
それは、諜報。
アレクのスキルがあれば、『敵』がいかにして天の底に穴を開けたのかを知ることも出来るはずだが――、今のところ成果は出ていない。
「しゃべらないね。もしかしたら、クァンルゥ島を落としたやつらと、今俺たちを追って来ているやつらは別者なのかも知れない」
「それならそっちのほうがありがたいんだけどねぃ。ナルガン氏が言うように、こっちから打って出たほうが、手早く安全が確保されるかも知れないが。相手の奥の手が分からない以上、迂闊に手出しはしたくないねぃ」
「なぁ、それよりさ。メイミは、なぜ『敵』は俺たちを狙うんだと思う?」
すると、先行していたパルドゥスがその声を聞きつけ、アレクたちのもとへやってきた。
「オレもそれ気になってたんだ。確か、歴史で習った話じゃ、天人と地人はもともと地上で一緒に暮らしていたんだよな?」
「そうだねぃ。だけど、地人たちは天人の持つ才能を妬んで、幾度となく戦争をしかけてきたそうだよ。それで、クァンルゥ島の〈破軍〉の竜帝を始めとした七星スキルを持つ星級の御方々が、大地を浮上させ、我らを救って下さったってのが正史だねぃー」
澄んだ高く通る声で、メイミは淀みなく答える。
「正史ってことは、外史があるのか?」
「外史っていうより秘史かねぃ。どぉ~も、何かとんでもない秘密を国は隠していると私は見ているんだけど、それが何かまではまだつかめていなくてねぃ」
パルドゥスの問いに、メイミはやれやれと痩せぎすな肩をすくめ答える。
その時、アレクが叫んだ。
「ちょっと待って! なんであいつがそこにいるの?!」
アレクのスキルは、本来ありえざるところにいるクラスメイトの姿を捉えていた。
鬼気迫った顔で、友人たちに告げる。
「ねぇ、二人とも。ナルガンがB3……『敵』のすぐ近くにいる! いや、違う、ナルガンだけじゃない。イリアとポリィもだ! このままじゃ、『敵』と鉢合わせる!」
「はぁ?! なんだって、あいつら。……そうか、自分たちで『敵』を狩りに行ったのか。勝手なことを……」
「シッ。待って」
パルドゥスが毒づくのを片手で制し、アレクはさらにスキルに集中。
「『敵』が何か言ってる。『この先に天人がいるようです。〈聖勇者〉様』だって」
「アレク氏、今なんだって? 〈聖勇者〉と言ったのかぃ? 単なる称号の可能性もあるが、それがスキルの名なら、絶級に位置するスキルだよ」
シルヴィアの持つ〈聖女〉のスキルと対となるスキルに〈勇者〉がある。
このスキルには更なる発展段階があった。
それが〈聖勇者〉だ。
ただの〈勇者〉でさえ超級上位に位置するスキルだが、それが〈聖勇者〉となると、絶級に位されるレアとなる。
「まさか。言っちゃ悪いが、地人はもともと、生まれつきのスキルを持たない。訓練だけで、そんなスキルを持つことなんてあり得ないだろ?」
パルドゥスは半信半疑だったが、アレクは素早く思考を巡らせていた。
仮に本当に〈聖勇者〉持ちだとするなら、ナルガンたちが危ない。
「サンディ! ナルガンたちとはB班が一番近い。B班の妖精を飛ばして、ナルガンのところへ向かわせ、逃げるよう説得してくれ。 ……あぁ、そっか。魔力源となる味方が近くにいないと、サンディから千ルヮイス(≒千メートル)以上は離せないのか。仕方ない。俺たちが直接向かおう」
「おい、待ちたまえよアレク氏。本当にお前さんが行く気かぃ? もし、〈聖勇者〉というのが本当なら、それこそ〈神衣〉持ちのパルドゥス氏でも勝てるかどうか。〈勇者〉系統のスキルは少々厄介な特殊能力を持っているからねぃ」
「何も、倒す必要はないんだ。隠れて連れ帰ればいい。そりゃ、ナルガンたちが『敵』を倒せるなら、それが一番いいんだけど」
「なるほどね。なら、こういうのはどうだい? B班の隠密スキル担当はエミーリヤ氏だ。B班の妖精氏とエミーリヤ氏に、先にナルガンたちの元に向かってもらうってのは。他のB班の面々には、自力で本隊に合流してもらえばいい。幸い、今のところ本隊とB班の間には、これといった障害もなかったようだからねぃ」
エミーリヤは数少ない超級スキルを持つ〈拳帝〉だ。
さらに、自分と他者の気配を絶つことができる〈隠伏〉のスキルを持っている。
何かあった場合、戦力としても充分に期待できるし、ナルガンたちを敵の目から隠して連れ帰ることもできる。
「いいね、助かる。どのみち、詳しい道案内には俺が行かなきゃいけないし。エミーリヤが先に向かっていてくれるなら、中間地点で合流できるから、ナルガンたちに追いつくまでの時間を短縮できる。いざって時は千ルヮイスだけでも妖精を先行させて、ナルガンたちと連絡を取りたいから、こいつも連れて行く。出来れば何かあった場合に備えて、シルヴィア……さんも借りたいんだけど、ダメかな」
「〈聖女〉氏にまで抜けられるわけにはいかないねぃー。代わりに、ファビュラ氏を連れていくといい。〈光翼神族〉だから〈聖勇者〉の攻撃に耐性があるし、シルヴィア氏ほどではないが回復魔法も得意。それに彼女は〈叡知〉持ちだ。敵の能力を見抜いてくれる」
ファビュラ・アール・ブライトブラックは、先の襲撃でヒカップの下半身が潰された際、彼にすがりついて泣いていた女生徒である。
地上では大天使とも呼ばれる〈光翼神族〉で、白く美しい翼を持ち、頭上には光の輪っかが浮いている。
彼女の母親は『国家財産』たる〈運命視〉のスキル持ちであり、思いっきり公私混同してファビュラとヒカップの交際にお墨付きを与えていた。
そのため、〈天資の学院〉で大っぴらにラブラブしていた数少ない公認カップルの一組であった。
「ファビュラさんかぁ……まぁ」
実はアレクは、このファビュラを内心で苦手にしていた。
しかし、この際、四の五の言ってはいられない。
アレクはサンディの手を取り、駆け出した。
今回のお話でAとかCとか地球産の文字が出てきますが、
これは現地の文字をアルファベットに置き換えたものの可能性があります
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