第10話:女神蜂
「こいつ……〈翅神族〉だよね」
つまみ上げた〈翅神族〉と思しき少年をサンディ親衛隊一号に見せる。
だが、一号はすぐさま否定した。
『むっかー! こんな小物と一緒にしないでもらえますぅー? サンディ様はもっと気高く立派ですぅー』
「ジガ! ガヌヌジ! ムガ!」
蜂のような尻尾をはやした彼の言葉はアレクとサンディが戯れに作った存在しない言語、蟲語によく似ている。
なんとなく驚き、恐れ、喚いているのは分かるのだが、何が言いたいのかわからない。
すると、いつの間にか剣から人の姿に戻っていたミリコが精神感応で意志を読み取った。
「こいつ、親衛隊一号を見て驚いてるー。えーと、なになに。女神蜂さまだ、ってー」
「『女神』蜂? ……女王じゃなくて?」
一号が鼻の穴を膨らませる。
『ふんっ! 当然ですぅー! そいつみたいな小物からしたら、サンディ様の分身たる私はまるで女神の使いのように見えるに違いないのです』
「一号、っていうかお前、こいつが何言ってるかわかるだろ。翻訳してよ」
『嫌ですぅー。ミリコに頼んでください』
一号はにべもない。
近い種族ならではの忌避感のようなものでもあるのだろうと、アレクはあきらめた。
「んーっとねぇ。一号を見て騒いでる。女神蜂さま、女王蜂様をお救いくださいって」
「今度は女王か。女王がここにいるの?」
「うんー。我らが女王が邪悪なるエルフにつかまり、必死の思いでここまで追跡してきたって。仲間はここに来るまでにみんな脱落したって」
「んんー。一応、こいつの警戒が本来の依頼内容ではあるんだけど……。サンディみたいな格好してるし、無下に追い返すのもなぁ。ちょっと、ティリスが今何をしてるのか、〈千里眼〉で覗いてみるよ」
アレクは視界を動かし、エルフがいるであろう地下へと飛ばした。
「ん~。特に女王蜂らしい人は見当たらないな。ティリスのほうも集中してるのか、机からほとんど動かない。いや、待て。机の上の瓶を取った。飲もうとして中身が空なのを見て、どっかに……あ、あれ? あれが女王蜂ってやつじゃないのか?」
そこには、サイズこそ一号と変わらないが、気品あふれる美しい女性の姿をした〈翅神族〉と思しき種族がいた。
彼女は鳥籠のような檻に入れられ、檻の中で、小さな瓶を抱えていた。
ティリスが空になった瓶を無造作に檻に放り込むと、女王蜂であろう彼女はおずおずと新しい瓶をティリスに渡す。
ティリスはその瓶に口をつけ、一口飲むとまた作業に戻っていった。
「女王からなんか受け取った。小さな瓶。なんだろう、あれ? 気つけ剤? 栄養剤みたいなもんかな。今の様子を見ると、女王蜂があの薬を作っているのか?」
「っ! ……アレク、その瓶に何か紋様のようなものは描かれている? 荷車の底に描かれていたようなやつ」
「ん? あぁ、帝国の紋章? ちょっと待ってね。うん。瓶の側面が印の形にへこんでる」
「それ。私がさっき見ていた、私たちの食料事情の改善の、ヒントになるかもしれない薬」
ミリコの言葉に、アレクはうなる。
それが本当なら、もう少しこの件について調査してみる必要があるだろう。
「別に、俺たちにあいつの言うこと聞く義理なんてないからなぁ。うまいこと出し抜いて、女王を助けて逃げたほうがヒントも得られて助かるんだよな。……今後、冒険者として仕事はできなくなるかも知れないけど」
「でも、相手は位階550だよー? ギルドのおっちゃんが、人間にはない失伝スキルをエルフは持ってるって言ってたの、アレクは聞いてた?」
「うん。そうなんだよな。……〈看破〉なんて補助スキルを持ってるってことは、戦闘系スキル一辺倒だった騎士たちと違って、出し抜くのも容易じゃないだろうし。ミリコ、やっぱりティリスのスキル、全部は分からない?」
「何度か見破ろうとはしてるんだけどなー。残念ながら分からないー」
ミリコがティリスのスキルを調べても、偽装されているらしくすべては分からないらしい。
ということは、級の上で〈看破〉と同等か、より上位のスキルによって巧妙に隠されているということである。
「〈看破〉というか〈鑑定〉系のスキルにラックベル山の結界を破る能力はないから、あいつが【迷いの森】に入っちゃえば、それで無力化できるかも知れないけど。あいつ、『目』のスキルを持ってないとも限らないんだよな」
人間の間では失伝している〈幻霊視〉をティリスが持っている可能性も捨てきれない。
彼女を攻略する決定打がない限り、下手を打って犠牲者を出したくはない。
イリアの過ちを繰り返すのはごめんだった。
「〈叡知〉持ちのファビュラに空から来てもらって、こっそり確認してもらうか? 誰か、上位の視覚系スキルから隠れられる隠密系スキル持ってなかったっけ」
「ジギギ……ミガ?」
アレクが悩んでいるのを、蜂のしっぽをはやした少年が見上げる。
「ミリコ。一応、エミーリヤ達とも相談してからだけど。場合によっては助けてやってもいいって、こいつにそう伝えてくれる?」
そう言って、アレクは思索の淵へと沈み込んでいった。
* * * * *
イシュカ・ベラトラムは己が不運を他人事かのように感じていた。
髪は男ばかりの騎士団でナメられぬように短くそろえている。
うなじや首筋からどうしたって線の細さが出る柔らかな肢体は、今は血と泥にまみれている。
元は帝国の属国に下った小国フィズコットの、継承権からは遠い十三番目の姫だった。
自分がこんな荒事に巻き込まれるなど思ってもいなかった日々は、もはや六歳のころの幸せな記憶とともに薄れている。
朝露に濡れた葉をなめるが、まるきり、のどは潤いもしない。
「この道もだめ。もう動けない……。でも、動かなきゃ。ねぇ、もと来た道に戻りましょう」
イシュカは傍らにいた騎士に、朦朧とした目を向けて声をかけた。
この自然の牢獄に閉じ込められてから、二十日以上が経っている。
始めは殺しあっていた騎士たちだが、何人かはイシュカたちのように出口を探すのに協力していた者たちもいた。
しかし、どう彷徨い歩いても、同じ道に舞い戻ってしまい、出られそうにはない。
幸い、一時の混乱を生き延びたものの中には、地虫などを食らい、生きながらえるだけの知恵が戻っていた。
それでも、一人また一人と飢えから仲間がいなくなっていく。
イシュカが声をかけた若年の騎士もまた、そうした一人だった。
目を開くのもおっくうだが、よく見れば息がない。
もうしばらく前には死んでいたようだ。
「ごめん……。もしも、だけど、生きて帰れたら、あなたの遺髪はきっとあなたの故郷に届けるね」
ふらつきながら、それでもこの二十日で何度も行ってきただけにすっかり手慣れた動作で、イシュカは騎士の後ろ首を切り裂き聖紅晶を取り出した。
それから髪を一房切って結び、懐に押し込む。
「それから、いただきます。あなたの肉を。ごめんね。許してね。ただ、解体は、ちょっと休んでから……」
もはや騎士の体も皮ばかりでほとんど食うところも残ってはいないだろうが、それでもないよりはましだ。
今眠ったら二度とは目が覚めないと思いながら、それでもイシュカは疲れに抗いきれず、仰向けに寝っ転がった。
と、その時。
イシュカは騎士が何かを握りしめていることに気が付いた。
先程、何かを渡そうと騎士が手を伸ばしていたことを思い出す。
手を開かせると、手に持っていたのは欠けて砕けた聖紅晶だった。
何かしらの遺志を感じ、震える手でそれを持ち上げ、自分の首筋に当ててみた。
極度の疲労によって、意識が遠のいていく。
完全に、彼女の意識が途絶える間際、イシュカは耳元でこんな声を聞いたように思った。
『スキル〈悪食〉の継承に成功しました』
『スキル〈教化〉の継承に成功しました。スキルをロックします』
それから、
『スキル〈聖勇者〉は現在継承不可能です。スキル〈聖勇者〉の一部をサルベージ可能です。復元を試みますか?』




