第11話:二人寝の朝
翌日。
アレクが目を覚ますと、何やら腕の中に暖かい感触があった。
ふんわり柔らかいそれは人の体だった。
「のわぁっ!」
アレクは慌てて飛び起きた。
アレクの腕の中ですやすや眠っていたのは全裸のミリコだった。
「ん……おはよ」
「な、ななな、なんでミリコが、俺のベッドで」
今はエミーリヤ達とエルフの護衛を交代し、例の、シューマス・ビュッデとかいう商人にとってもらった宿の部屋で、次の交代まで就寝中だった。
分担としては、昼の護衛は、ちょっかいをかけてくる町のごろつきへの威圧(と、それによるトラブルの未然防衛)が目的だから、数が欲しいということでエミーリヤとマクシスが指名されていた。
一方、夜の護衛はパーティーの中で最上位のスキル〈剣術家〉を持つアレク一人……ということになっている。
が、実際はアレクとミリコ、サンディ親衛隊一号の二・五人だ。
「なんでって……。アレクが私を抱いて寝たんでしょ」
「ご、誤解されるような言い方するなよっ。そりゃ確かに用心に剣を抱いて寝たけどさぁ。な、なんで人型で、しかも全裸なんだよ!?」
「私ねー……、鞘に入ってると寝られないタチなんだー。でも、抜き身だと切っちゃうから」
「寝る前は大丈夫って言ってたろ!」
「一度目が覚めて、寝ぼけて脱いだみたい……」
「と、とにかく。一号やエミーリヤ達にバレたら事が大きくなる! 服を着ろよっ」
ミリコの服は〈剣化〉の際、自動的に鞘に変化するようになっている。
逆の〈人化〉の際は、多少離れていても鞘を巻き込んで、服を着た状態で人の姿になれるはずだった。
今回は『鞘を脱ぎたい』と思いながら寝ぼけて人化したため、全裸で人化したようだ。
ミリコの部屋に備えつけてあった豪奢なネグリジェ、それが変化した立派な鞘はベッドのわきに転がっている。
「ジガっ?! ガギギギ……?! ム!」
アレクたちが騒いだからか、連れて帰ってきた例の侵入者が驚いて反応した。
ティリスがポーションを作っている工房に忍び込んできた侵入者を〈翅神族〉と呼ぶことは、サンディ親衛隊一号が頑強に反対した。
「んーじゃ、便宜上〈蜂妖精〉とでも呼ぶか。名前は……えっと、ジガで」
そうアレクが提案し、ミリコが「悪くない」と答えたのが寝る前のことだ。
次の交代で、しばらく昼番の二人にはティリスが拠点としている薬屋に留まってもらい、そこでジガの話をする予定だった。
「とにかく、服を着たら飯にしよう。日の傾き具合から見て、そろそろ交代の時間だ」
窓の外はすっかり夕方だった。
* * * * *
今日もエミーリヤの腹筋は惜しげもなく割れている。
アレクたちは薬屋の主人の部屋で、ジガに話を聞いてみることにした。
「女王蜂はあのエルフにつかまって、薬を作らされてるんだってー」
ミリコがぽやぽやした声で他のメンバーに説明する。
アレクはまださっきのことを思い出して顔が赤い。
昼の護衛中も何かあったときに飛んで連絡できるよう、睡眠の要らない一号はエミーリヤ達についていた。
そのため、二人の間に何があったのかは知らないのだが、アレクの顔が赤いのを見て何かしら察したようだ。
『むっかー! ミリコ、アレクさんに何かしましたか!? 言ったでしょ、アレクさんは私の主様のものだって~!』
「別に……抱かれて眠っただけ」
『ななな、なんですってぇーーー!? むっきー!!』
「ちょ、誤解されるからやめて。俺はサンディのことをほんの少しでも悲しませたくない。単に、何かあったときのために剣を抱えて寝ただけだよ」
性格が全然違うから忘れがちではあるが、一号とサンディ本体は精神的に繋がっている。
あまり一号を悲しませたり怒らせたりしたくはないアレクである。
そんな二・五人を見てため息をついたエミーリヤは話の続きを促す。
「で。相談ってのは何だい? とっとと助けちまえばいいんじゃないか」
「話はそう簡単でもないだろ? まず、あいつの能力が分からない。相手は位階550で、素の〈聖勇者〉より強いんだぞ。どう攻略していいもんやら」
「なら、あたしが盗み出してきてやろうか。あたしなら〈隠伏〉で盗んでこれると思うが」
「ティリスが『目』のスキルを持ってなければそれでもいいけど。あいつがこれ以上、仲間のいる山……地上の言葉でフレネク山って言ったっけ。あそこに近づかないよう、もう少し監視してたいんだよ。そのためには、冒険者としての地位もいずれ必要になるだろうから、持っておきたい」
「じゃ、あたしらの仕業だって思われず、勝手に女王が逃げてくれるのが一番か。そのうえ、冒険者としての評価になるべく傷はつけたくないと。まったく、我がままだな」
「もちろん、誰かの命が最優先だよ。そんな、『出来ればあったらいいな』程度の評価のために仲間の命は賭けられない」
すると、マクシスがおずおずと声を上げた。
「……なぁ、アレクくん。実は今日、町を出て狩りに行ってきたんだ。何でも、この近くの森に出る〈一角狼〉のツノがポーションに必要だからって」
「え、じゃあ、あいつの戦い方を見たの?」
「いや。オレたちに戦わせて、あいつは見ていただけだった。本当にあいつは強いのかな。オレたち全員でかかれば、いざってときは何とかなるんじゃないか? ここでやったらまずいけど、【迷いの森】に入ってからなら……」
「どう思う? エミーリヤ」
「甘いねぇ。マクシスは騎士団との戦いじゃ戦闘隊には入ってなかったから、仕方がないんだが。位階差ってのは、よっぽど対策を練らない限りはどうしようもないよ。ただし、決行を【迷いの森】に入ってからにするってぇのは賛成だ。あそこなら、多少問題が起きても隠しおおせる」
「そうだな……」
二人の意見を聞いて、アレクも次第に決心が固まっていった。
「よし。ティリスが山に入るまでに、予定ではまだ二~三日あるはずだ。それまでに、可能な限りあいつの情報を収集しよう。それから、エミーリヤはティリスが眠っている隙に、ミリコとジガを連れて一回女王蜂のもとに行ってくれ。救助の意志があるってことは伝えておいたほうがいいだろう」
「オーケー。任せときな」
と、エミーリヤがそう答えたときだった。
「皆さん、集まってるんですか?」
扉の外から、ティリスの声が聞こえた。
「なっ」
一階に侵入してきたジガの羽音を二階にいながらにして気づいたアレクが、まったくティリスの接近に気がつかなかった。
スキル〈順風耳〉なら、多少の対策をされても充分に気が付けるはずである。
アレクがスキルをまだ使いこなせていないというのもあるだろうが、多少どころじゃない対策を、ティリスが常時ほどこしている可能性も考えられる。
「あ、はい。護衛が終わった後のことについて相談していました」
「なら、ちょうどよかった。今日は探すのに四~五日はかかるだろうと思っていた〈一角狼〉があっさり見つかったので。ラックベル山へは明日もう向かおうと思います」
ラックベル山にはアレクが一計を案じた【竜の糞の結界】がある。
そのため、本来ならあまり山を下りてくることがないという〈一角狼〉が山の下の森で容易く見つかったのだろう。
早すぎる!
とアレクは思った。
そんなアレクたちの心中を知ってか知らずか、扉の向こうからティリスが続ける。
「皆さんには依頼通り、ラックベルまでの道中を護衛してもらいます。関所から先はついてこなくて構いませんので、そこで給金のお支払いということで。よろしいですか?」
「はい……」
アレクはうなだれ、作戦の早期練り直しを迫られていることを知った。




