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セシル・ペリドットの誤算~旦那様を愛することはないと先手を打って言ったはずですが~  作者: ふとんねこ


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第1話.セシル・ペリドットの結婚

久々の新連載です、よろしくお願いします。


 若き侯爵ルシアン・ダイオプサイトは寝台の真ん中にちょこんと座って自分を待つ、今日己の妻となった女を見下ろしていた。


 柔らかな新芽のような黄緑の双眸が、自分をきらきらと見上げている。世間一般では愛らしいと称されるであろう容貌だ。


 だが、ルシアンは彼女を本当の意味で妻とするつもりは毛頭なかった――もう女という生き物にはこりごりなのだ。



「――先に言っておく、私は「わたくしは、旦那様を愛することはありませんわ!!」



 え、と一瞬素で言ってしまいそうになってグッとこらえる。

 意味不明な現実を飲み込みかねて、しかし聡明な彼はすぐに自分が言おうとしていたことを相手に先に言われたことをきちんと理解した。

 その上でもう一度、え、と言ってしまいそうになり再度こらえる。


「そう言うわけでございますので、わたくしはもう眠らせていただきます! おやすみなさいませ旦那様!!」


 そう言って、今日妻となった人は大変良い笑顔でおやすみの挨拶をすると、まだそこに立ち竦むルシアンがいるというのにガバッと布団を被って就寝の姿勢に入ってしまった。しかも三秒経って「すー」と健やかな寝息が聞こえてくる。ルシアンがまだここにいるというのに。


「あ、ああ……? そう、そうか……」


 疑問符を大量に浮かべながら、いつからか付けられた氷雪という二つ名に似合わぬ歯切れの悪さでもにょもにょ退室し、ルシアンは廊下で天井を仰いだ。



 自分はもしかしたら、とんでもねぇ女を嫁にもらってしまったかもしれない。



 氷雪の侯爵ルシアン・ダイオプサイト二十二歳、結婚初夜に大混乱。それは、オブシディア王国暦二百十四年、草花も人も華やぐ季節、麗らかな春の夜のことだった。




――――――




 わたくしはセシル・ペリドット。旧色位で濃墨、現在の爵位において伯爵位にあるペリドット家の長女です。


 趣味は物語を書くこと。それに没頭しすぎてしまって、ついつい引きこもりがちになってしまった結果、社交界で「ペリドット家の引きこもり令嬢」と噂される存在になってしまいました。


 お父様とお母様に申し訳が立ちません。けれど書きかけの物語を置き去りに、楽しくない茶会や夜会になんて行けませんもの。


 そんなわたくしも先日ついに十九歳になりました。ええそう、立派な行き遅れです。一つ下の妹はすでに嫁いで幸せな結婚生活を営んでいるというのに。


 社交界にほとんど顔を出していないので、皆様の想像の中のわたくしは、それはもう人目を憚る醜女であるとか、人前に出せない非常識な娘であるとか、悲惨で散々な存在です。

 それゆえに、わたくしのところに舞い込んでくる縁談はあまり良いものとは言えないものばかりでした。娘の行き遅れに焦るお父様もお母様も頷かないようなお相手ばかりです。


 ですから、この縁談を持ちかけられたときには驚いたものです。そして同時に、お相手も相当、花嫁探しに苦労していたんだろうなぁと思いました。


 けれどもまさか、そんな方からわたくしのような者のところへ縁談が持ちかけられるとは思っておりませんでしたので、お父様もお母様も慌てておられました。

 わたくし自身、お相手の評判は小耳に挟んでおりました。この「引きこもり令嬢」の耳にも入るくらいです、相当のものでしょう。


 氷雪の侯爵、ダイオプサイト侯爵家の若き当主ルシアン・ダイオプサイト様。


 かの御方は、氷雪の二つ名に相応しく冷淡で冷徹な方であると聞き及んでおります。これまで幾人もの婚約者が、その冷ややかな気質に耐えきれず逃げ出してしまったと。

 王立学園時代はその端整で怜悧な美貌、そして身分によって令嬢たちの視線を一身に集めていたようですが、その頃から女性には冷たい方であったとのことです。


 曰く、女性に対してトラウマがあるとか、曰く、男性を恋愛対象としているとか。


 ルシアン・ダイオプサイト様についてはこのような様々な噂が飛び交っているようです。わたくしの「引きこもり令嬢」もそうですが、皆様他人のことを好き勝手に噂して、失礼だとは思いませんこと?


 結婚することになるなら、わたくしはわたくし自身の目で相手の真実を確かめたく思います。それが礼儀ではありませんの?


 そんなことを考えつつ、結婚相手に困っている者同士、縁談はとんとん拍子にまとまっていき、交際期間やら婚約期間やらはほとんどすっ飛ばして、結婚の日がやって参りました。


 侯爵家当主と、腐っても伯爵令嬢であるわたくしの結婚式でしたが、参列者も双方の親族のみという、ぼんやり想像していたより慎ましやかなものでした。


 わたくしは、そんなことよりも昨日取り敢えず書き終えた物語をどう推敲しようかしら、と考えていて、旦那様となるルシアン様がどんなお顔をしていらっしゃったかすらよく覚えていませんでした。


 これだからいけませんね。悪い癖と分かってはいるのですけれど。


 そうして初夜。結婚して初めての夜、夫婦は床を共にするものと決まっております。わたくしは侍女たちに支度を整えてもらい、夫婦の寝室でルシアン様の訪いを待っておりました。


 いくらか待って、やっといらっしゃったルシアン様は、それはそれは美しい御方でした。物語にでてきそうな、氷のように怜悧で端整な美貌。白金の髪と、ダイオプサイト家でも発現が珍しいという白銀の双眸がとても綺麗。


 けれど、その表情は険しく、とても初夜の寝室には似合わないものでした。穏やかとは言い難いその雰囲気に、わたくしはふとある物語の冒頭を思い出したのです。



 ――「お前を愛することはない」――



 あらあら? とそわそわしてしまって、ルシアン様には申し訳なかったと思います。この台詞は、何を隠そうわたくしが昨日書き終えた恋愛小説の冒頭です。


 幸せな結婚生活を夢見て嫁いできた先で、冷徹と噂される仮面の公爵に衝撃的な告白を受ける主人公。その舞台もまさに、初夜の寝室でございました。


 ね、わたくしの状況に重なるようではありませんか?


 すぐに物語のことを考えてしまうのはわたくしの悪い癖。けれど、だってルシアン様はいかにも「お前を愛することはない」と言いそうな空気だったんですもの!


 そんなことを察してしまって、そのまま素直にその言葉をルシアン様に言わせるのもどうなのかしらと考えました。


 ルシアン様が本当にわたくしを妻として歓迎していない場合、先にこちらがそれをわきまえた態度を取れば今後の扱いも幾分かマシになるのではないかと思ったのです。


 決して、そう決して、気づいてしまったからその言葉をそのまま素直に受け止める義理はないのでは、と思ったわけではありませんよ。



 と、言うわけでわたくしはルシアン様を見上げ、喉元に言葉を構えました。そして、ルシアン様がお心の読めない淡々とした表情で口を開かれたその瞬間。



「――先に言っておく、私は「わたくしは、旦那様を愛することはありませんわ!!」



 あら、のんびりしたところが災いしてルシアン様のお言葉をやや遮る形となってしまいました。これは失礼、と思いましたものの、今のわたくしは「旦那様を愛することはない妻」ですからね、ルシアン様に関心を持った言動をしてはいけません。


「そう言うわけでございますので、わたくしはもう眠らせていただきます! おやすみなさいませ旦那様!!」


 これで決まったかしら、とそわそわしてしまいそうだったので掛布を被って寝るふりをいたしました。寝たふりは得意ですの、ふふふ。


 ルシアン様はしばらく呆気に取られたようにそこにおられましたが、やがて、やや歯切れ悪く「あ、ああ……? そう、か……」と答えて部屋を出て行かれました。


 きゃあ大変、緊張しましたわ。けれどこれできっとお互いにいらない面倒を避けることができるはず。


 もこっ、と掛布から頭を出して天蓋をじっと見上げます。


 ルシアン様はとてもお美しくていらっしゃったけれど、やはりどうしても彼に恋心を抱くことはできそうにありません。あの美貌は鑑賞対象ですわ。

 ならば、恋も愛も持てない者同士、ほどよい距離感を保ったまま各々の生活を営む、同居しているだけの人間、という関係性を築くことができれば幸いに思います。



読んでくださってありがとうございます!

感想、☆、ブクマ等励みになりますので是非よろしくお願いします!!

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ふとんさんだ!(描写が) ふとんさんだ!(設定が) ふとんさんだ!(地の文が) のめり込むように読みました。続きも楽しみにしています!
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