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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)
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15.4歳の決意

 小さな頃からずっと、私は悩み事や困ったことがあるとお兄ちゃんに相談していた。幼い私の分かりにくい話を、お兄ちゃんは遮ったり、馬鹿にしたりせずに親身になって聞いてくれた。

 二人きりで話す時間はとても大事で、私はお兄ちゃんと話すと安心していた。

 それが、今、私、イデオン、6歳にして、4歳の妹から呼び出されて真剣な話を聞いている。


「カミラてんてーとビョルンさんがけっこんしたでしょう?」

「うん、けっこんしたね」

「けっこんしたら、あかちゃんができるものだって、リーサさんがはなしていたの」


 赤ちゃんが出来たら、ファンヌやヨアキムくんを無碍(むげ)に扱うようなことを、カミラ先生は絶対にしない。それは分かっているが、ファンヌは心配なのだろうか。

 私の予想を裏切って、ファンヌの心配は斜め上だった。


「あかちゃんができたら、カミラてんてーを、だれがまもるのかしら」


 え!? どういうこと?

 赤ん坊が産まれてもカミラ先生の魔力は変わらないし、ビョルンさんもいる。このお屋敷は結界で守られているし、お兄ちゃんだっているのだから、私はなにも心配していなかったのだが、ファンヌはそうではなかったようだ。

 子ども部屋の隅で二人で話している後ろで、ヨアキムくんがリンゴちゃんにおやつの小松菜をあげながら、にこにこと聞いている。


「おなかにあかちゃんがいたら、カミラてんてーもたたかえないとおもうの」

「まって、ファンヌ。なんでカミラせんせいがたたかうことぜんていなの!? カミラせんせいはりょうしゅだいりで、オースルンドりょうのじきりょうしゅで、せめてくるひとなんていないよ?」

「わからないの。ヨアキムくんをつかって、のろおうとしたひとがいたように、しかけてくるひとがいるかもしれないし、にぃたまがまたさらわれるかもしれないわ」


 どういう事態に備えるつもりなんだろう、ファンヌは。

 とにかくファンヌが真剣だから、私も真剣に聞くしかない。小さいからといって馬鹿にされたりするのは、凄く傷付くことだからしてはいけないと、お兄ちゃんやカミラ先生から私は学んでいた。


「わたくししか、いないんじゃないかしら」

「へ? なにが?」

「カミラてんてーとにぃたまとヨアキムくんとオリヴェルおにぃたんをまもるのは」


 ファンヌ、4歳。何故か家族を守るポジションに目覚めてしまっている。

 確かにファンヌが肉体強化の魔術に秀でていて、もっと小さい頃から使えたのだけれど、それはそれとして、カミラ先生はファンヌを年相応の子どもとして育てたいと思っているし、大人の争いに巻き込みたくはないと思っているはずだ。


「ファンヌはつよいのはみとめるよ。でも、カミラせんせいはそんなこと、のぞんでないかもしれない」

「にぃたまが、わるいじゅじゅつしにおそわれて、わたくし、かなしかった。あんなことが、カミラてんてーにおきたら、こわいの」


 お腹に赤ちゃんがいたら、あんなことが起きたら赤ちゃんは死んでしまうかもしれないし、カミラ先生の命も危ないかもしれない。ファンヌの主張は分かるが、あれは私が小さくて非力で、ビョルンさんも攻撃の魔術を使えないから起きたことで、カミラ先生があの場にいれば呪術師はあっという間に倒されていた気がするのだが。

 小さな拳を握り締めるファンヌには、そんなことは聞こえていないようだった。


「わたくし、もっとつよくなりたい。もっともっと、みんなをまもれるようになりたいの」


 気持ちは分かるのだが、ファンヌはまだ4歳。守られる立場でいて良いはずである。それをどう説明したらいいのか分からないままに、ファンヌは満足してしまって、話は終わってしまった。

 自分の部屋に戻って椅子に座って、私はため息を吐く。


「おにいちゃん、あにとしてゆうえきなアドバイスをするってむずかしいね」

「ファンヌと話してきたの?」


 部屋に来たファンヌに「そうだんがあるの」と私が呼び出されたことを知っているお兄ちゃんは、宿題の手を止めて椅子を私の机の方に向けてくれた。


「カミラせんせいのあかちゃんができたときのために、ファンヌつよくなりたいんだって。カミラせんせいをまもりたいみたい」

「叔母上を守るって……あの、叔母上を?」

「そうおもっちゃうよね?」


 「魔女」とまで言われるオースルンド領のカミラ先生は、いれば領地に兵がいらないと言われるほどの魔術の使い手である。極めて攻撃に特化した魔力を持っていて、私たちの前ではあまり見せないが、ダンくんのためにビョルンさんと模擬試合をしたときにはビョルンさんの防御の魔術を貫きそうだった。


「ファンヌが強いのは確かだけど、身体が小さいし、危ないことをしないか心配だなぁ……」

「わたしもしんぱい」


 二人でファンヌのことは気を付けておこうという話になった。

 夏休み前の最後の幼年学校の登校日、体育館に全校生徒が集められて、校長先生のお話を聞いた。風通しを良くするために開け放された窓から蝉の声が聞こえて来る。

 夏休みも規則正しく健康に過ごすこと、有意義な学びをしてくること、暑さや事故に気を付けることなど諸注意を聞いた後で、「夏休みが終わってみなさんの元気な姿を見られるのを楽しみにしています」という締めでお話は終わった。

 話を聞いている間、蒸し蒸しする暑さに汗が一雫頬を伝った。

 帰りの支度をしていると、ダンくんが夏休みの予定を聞いてくる。


「ミカルが、なつやすみもおやしきにいきたがってるんだよ。おれも、べんきょうできるから、いきたいし」

「オースルンドりょうにりょこうにいくけど、いっしゅうかんくらいで、それいがいはおやしきにいるよ。やくそうばたけも、ほうっておけないし」

「そうか。それじゃあ、またいくよ」


 校庭でフレヤちゃんとダンくんに見守られて、馬車が来たら二人に手を振って私は馬車に乗り込んだ。お兄ちゃんが先に乗っているのを見ると、つい飛び付いてしまう。


「ただいま、おにいちゃん」

「お帰り、イデオン」

「ダンくんとミカルくん、なつやすみにもきたいって」

「向日葵駝鳥の世話を手伝ってもらおうか?」


 薬草畑に張り巡らされた柵の中で、できるだけ人間に触れないように魔術で水を降らせて水やりをしている向日葵駝鳥は、かなり大きくなっていた。そろそろ柵が壊れていないか、ちゃんと育っているか、見回りが必要になって来る。

 秋には種を収穫して、身も食べられるようになるのだが、どれだけ美味しく育ったかは、まだ分からない。痩せた向日葵駝鳥の身は美味しくないらしいので、良く太っていることを願うしかない。

 向日葵駝鳥は育てるのに手間がかかるが、その種からとれる油は魔力を高める貴重な魔術薬やお香の原料となり、高値で取り引きされる。ダンくんの家でも向日葵駝鳥が育てられるようになれば、収入が増えるだろう。


「海にも行きたいね」

「ダンくん、うみにいったこと、あるかなぁ」


 ぽつりと呟いた私にお兄ちゃんがハンカチで私の額の汗を拭きながら、提案してくれる。


「ダンくんのご両親の許可が取れたら、一緒に海まで行ってもいいかもしれないね」


 セバスティアンさんの息子さん夫婦とヨーセフくんの住んでいる海沿いの街。あそこに行けば、向日葵駝鳥を育てていたので、コツなども教えてもらえるかもしれない。

 今年初めて植えた向日葵駝鳥の収穫の仕方を、私たちは文献では読んだが、経験したことはなかった。

 良い学びの場にもなるし、ダンくんは農家の子なのでヨーセフくんと話も合うかもしれない。

 楽しい夏休みに胸を弾ませる私を、お屋敷に帰るとファンヌとヨアキムくんが迎えてくれた。


「オースルンドりょうに、ドラゴンのほこらがあるって、ビョルンさんがしらべてくれたの!」

「でんてつのぶちをまもってるって」


 伝説の武器を守るドラゴン!?

 なんだか嫌な予感がしたのは、私だけではなかったようだった。


「ファンヌ、ドラゴンは危険だから、近付いて行っちゃだめだよ?」


 祠でお参りをするくらいはできるかもしれないが、ドラゴンに接触することのないように言い聞かせるお兄ちゃんに、ファンヌは素直に頷いていたが、4歳児のことである、実際に見たら興奮でどうなってしまうか分からない。

 そのときにはどうにかしてファンヌを止めなければ。

 まだファンヌを止められると思っていたあたり、6歳の私は甘かったのだと後に知る。

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