16.オースルンド領の別荘にて
夏休みの初めの日は、ダンくんとミカルくん、それにご両親とのお話合いから始まった。夏休みの間も私たちがお屋敷にいるときはダンくんとミカルくんもお屋敷に来て良いし、ダンくんは私たちと海に行ってもいいかという許可をもらうために来てもらったのだ。
お茶を飲みながらカミラ先生が説明する。
「海沿いの街には、うちの執事の息子夫婦もいて、ダンくんと年の近いお孫さんもいます。農家で向日葵駝鳥を育てているので、ダンくんには良い勉強になると思います」
「本当によろしいんですか? ダン、ちゃんとイデオン様たちに無礼がなくできるか?」
「とうちゃん、イデオンはおれのともだちだよ」
海の話が纏まりそうになると、ミカルくんが口をへの字にしていた。
「ミカルくんもいきたいの?」
「みー、とーたんとかーたんいないと、ねんねでちない……」
「ようねんがっこうにはいるとしになったら、いっしょにいこう?」
「にーたん……」
置いて行かれるようで寂しくて悔しいミカルくんだが、まだお泊りができる年ではないので我慢するしかないようだ。幼年学校に行く年になったら一緒に連れて行くと約束すると、大きな黄色っぽい目に涙を浮かべて、こくんと頷く。
「ミカルがなっとくした!?」
「ファンヌ様とヨアキム様と遊ぶようになって、ミカルも聞き分けが良くなって、本当に助かってます」
驚くダンくんと、感謝するご両親。
お話合いは無事に終わって、海に行く日にはダンくんを迎えに行ってから列車に乗ることが決まった。移転の魔術で飛んでも良かったのだが、列車に乗るのもまた私たちにとっては楽しい出来事である。特にダンくんはまだ列車に乗ったことがないと言っていたから、せっかくだから乗りたかった。
「オースルンド領には移転の魔術で行きますからね。ヨアキムくん、これを」
「かーいー! カミラてんてーあいがちょ」
私の肩掛けのバッグやファンヌの人参のポシェットと同じく、魔術で中が拡張されていて大量に物が入る小さな肩掛けのウサギのポーチを渡されて、ヨアキムくんは黒いお目目をキラキラと輝かせていた。
さっそくリンゴちゃんを捕まえて、ポーチに入れようとするのを、ファンヌが止める。
「リンゴちゃんと、ニンジンさんはちがうの。リンゴちゃんはそのままつれていくのよ」
「ちやった……リンゴたん、ごめしゃい」
嫌がって手足をじたばたさせて逃げていたリンゴちゃんは、ポーチに納まらなくていいと分かって安心してヨアキムくんの方に寄って来た。大事な列車のおもちゃも入れて、リーサさんに着替えも用意してもらって、ヨアキムくんは荷造りを終える。
いそいそと薬草を叩く棒をポシェットに入れているファンヌは、あれで何と戦うつもりなのだろう。
目をそらして部屋に戻って私とお兄ちゃんも着替えや勉強道具などを荷造りして行った。肩掛けのバッグには仕切りがあって、種類別にできるので助かる。
「イデオン、それは詰めなくていいよ」
着ていく服もうっかり中に入れてしまいそうだった私に、お兄ちゃんが手を貸してバッグの中身を確認してくれた。
「綺麗に畳んで入ってるね。偉いよ」
「ほめてもらえちゃった。ありがとう」
お兄ちゃんに褒めてもらえて嬉しい気持ちのままで、私はカミラ先生とビョルンさんの到着を待った。一年前の夏休みはカミラ先生が忙しくてゆっくりとした休みはとれなくて、現地では一緒ではなかったが、今回は新婚旅行も兼ねてということでカミラ先生もビョルンさんもゆっくり一緒にいられることになっていた。
一週間もルンダール領のお屋敷以外の場所に滞在するなんて初めてで、私は胸がドキドキする。
最初に移転の魔術で着いたのは、オースルンド領の領主のお屋敷だった。待っていてくれたお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が歓迎してくれる。外は暑かったがお屋敷の中は涼しい風が通る魔術で冷えていて、滲んだ汗が引いていくようだった。
「いらっしゃい、オリヴェル、イデオンくん、ファンヌちゃん、ヨアキムくん。カミラとビョルンさんも元気そうだね」
「孫たちが来るのを、このひとったら一週間前から楽しみにしてたのよ」
「本人たちの前で言ってくれるな。恥ずかしいだろう」
大歓迎されて、順番にお兄ちゃん、私、ファンヌ、ヨアキムくんとハグをされて、本当のお祖父様とお祖母様に会ったかのような気分になる。ヨアキムくんはリンゴちゃんを引っ張って、お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様に見せているし、ファンヌは人参マンドラゴラを見せている。
「リンゴたん、おおちくなった!」
「にんじんさんも、げんきなのよ」
「リンゴちゃんは本当に大きくなったね。二人が乗れそうだ」
「のれるの!」
「まぁ、リンゴちゃんに二人が乗れるの? それはすごいわね。人参マンドラゴラも元気そうで良かったわ」
自分たちの話をしゃがんで聞いてくれるお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様に、ヨアキムくんとファンヌは興奮して、ポシェットとポーチの中身を全て見せそうな勢いだった。
さすがにそこまで行くと止まらないので、カミラ先生が会話に入る。
「領主の別荘を借りようと思っているのですが、どこならば良いですか?」
「美しい庭のある別荘があるわ」
「ひと家族で暮らすのにちょうどいいくらいの広さだよ」
別荘の場所を教えてもらって、鍵を借りるカミラ先生に、お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は名残惜しそうだった。
「お茶の時間にはときどき訪ねて来てくれるね?」
「オリヴェルは背が伸びて。ますますレイフにそっくりだわ」
懐かしい面影をお兄ちゃんに見ているお祖父様とお祖母様の視線は優しい。本当のルンダールの子ではない私やファンヌ、それに養子でもないヨアキムくんまで可愛がってくれる二人は、本当のお祖父様とお祖母様のような気がしていた。
別荘に馬車で行くと、周囲が広い庭で囲まれていることが分かる。田舎風の雑草も生えている庭は、整えられたものではない素朴な美しさがあった。
雑草は食べて良いと教育されているリンゴちゃんの目が光るのを止めるのが大変ではありそうだったけれど。
子ども部屋にはベッドが二つ。
客間にもベッドが二つ。
大人が泊る部屋には二人用のベッドが一つ。
考えるまでもなく子ども部屋がヨアキムくんとファンヌ、客間が私とお兄ちゃん、大人が泊る部屋は当然カミラ先生とビョルンさんとなるのだが、4歳のファンヌと3歳のヨアキムくん二人きりで子ども部屋というのも心配だ。夜中にお手洗いに行きたくなったり、漏らしてしまったりしたときに、すぐに対処できる大人がいない。
「客間に子ども部屋のベッドを持ち込みましょう。そこにファンヌとヨアキムくんに寝てもらって、イデオンと僕とみんなで泊ればいいでしょう?」
「そうなると、オリヴェルが大変ですよ? 子どもたちみんなの面倒を見ることになりますから」
「僕は慣れてるし、イデオンは手がかからない、ファンヌとヨアキムくんも良い子だから大丈夫です」
お兄ちゃんの提案を受けて、筋力強化の魔術を使ったカミラ先生が、お兄ちゃんとビョルンさんと子ども部屋のベッドを一台、客間に運んだ。
これで夜は安心だし、昼間は子ども部屋が広く使えて、ファンヌとヨアキムくんとリンゴちゃんはたくさん遊ぶことができる。
食事も自分たちで準備しなければいけなかったので、みんなで馬車で市まで買いに行った。目立つのでリンゴちゃんにはお留守番をしていてもらったが、肉売り場でつり下がっているウサギの亡骸に、ヨアキムくんは立ち竦んでショックを受けていた。
「リンゴたん、おとと、ひとりでださない」
「リンゴちゃんは、わたくしがまもるわ!」
「ふぁーたん、まもって」
ファンヌの手を握って一生懸命訴えているのも可愛い。
うちの妹と婚約者は今日もとても可愛いです。
食材を買い込んで戻ると、ビョルンさんが手際よく保冷の魔術のかかった冷蔵庫に食材を詰めていた。
「恥ずかしながら、私、あまり料理をしたことがなくて」
「カミラ様、私ができるから安心してください」
「僕も、おやつなら作れます」
オースルンド領で領主の子どもとして生きて来たカミラ先生は、早いうちに次期領主と分かって、魔術の勉強ばかりしてきたのだという。その分料理などは手を付けたことがない。
お兄ちゃんは私たちのおやつをときどき作ってくれるし、ビョルンさんは診療所で一人暮らしをしていたから、その点は安心だった。
「教えてくださいね」
「わたしもおてつだいします!」
「わたくしも!」
「よーも!」
おやつ作りは手伝ったことがあるけれど、本格的な食事作りはない。
やったことがないことに挑戦するのも、夏休みのいい経験かもしれないと私は思っていた。
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