表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)
89/491

14.魔術の基礎

 この国には魔術師がいて、魔術を使えるものと使えないものははっきり分かれているが、使えるものがいるのだから、対処法として幼年学校から魔術の基礎の授業がある。

 初めの頃は魔術については魔術学校に入学してから習うものだと思っていたので驚いたが、悪意ある攻撃の魔術や呪いなどに、幼い頃から周囲に魔術師がいる環境で育つ私たちは、晒されないとも限らない。魔術の構造を知り、それに対処することが求められる。それと共に、魔術の才能があるかもそれぞれに調べられていた。

 貴族は血統的に魔術の才能があるものばかりなので、当然として私には他の子よりも強い魔力があった。お兄ちゃんやファンヌ、「魔女」と呼ばれるカミラ先生、優秀な成績で専門課程まで卒業したビョルンさんと比べて、私の魔力は低いという認識だったから、魔力が他の子よりも秀でていることに驚きはしたが、ソーニャ先生はルンダール家の子どもだから当然と思っていたようだった。

 両親には魔術の才能はないダンくんと、片方の親に魔術の才能があるフレヤちゃんも、将来は魔術学校に進めるくらいの魔力があると聞いて、私はどうにかして二人を魔術学校に入学させることができないかと考え始めていた。

 フレヤちゃんは成績も優秀なので奨学金がもらえていけそうだが、ダンくんはミカルくんの世話をしなければいけない時間があって勉強が追い付いていない。


「ダンくんを、まじゅつがっこうにいれるために、わたしがべんきょうをみてあげる!」

「まじゅつがっこうなぁ……うちにかねがないからな」

「しょうがくきんがもらえたら、おかねをはらわずにいけるよ」

「べんきょう、むずかしいだろ」


 乗り気ではないダンくんを学校でフレヤちゃんと二人付きっきりで勉強を教え、お屋敷に来たときにはお兄ちゃんと二人で勉強を教える。成果が出て、ダンくんは夏休み前にはクラスの真ん中よりも上の成績になっていた。


「魔術には魔術師しか見えない術式というものを編む必要があります。それは、魔術の設計図のようなもので、それを脳内で編むことができるかが、魔術師としての才能があるかに関わってきます」


 ソーニャ先生の魔術の授業内容を、私はノートに書いていく。隣りの席のフレヤちゃんも真剣な顔で書いているが、逆側の隣りの席のダンくんは鉛筆を指先でくるくる回しているので、肘で脇腹を突いた。


「いてっ!」

「どうしましたか? 質問がありますか?」

「じゅつしきのあみかたが、どうやればわかりますか?」


 ダンくんの声にソーニャ先生がこちらを見ると、素早くフレヤちゃんが手を上げて質問をした。私も感覚としてカミラ先生が術式を編んでいるのを感じることはできるのだが、はっきりとその理論を聞いたことはなかった。


「いい質問ですね、フレヤちゃん。術式は脳内でイメージするのです。攻撃の魔術ならば降り注ぐ刃や炎を、防御の魔術ならば身を守る盾を、結界の魔術ならばその場を覆い隠す網を。その形が詳細であればあるほど、魔術は強く展開されます」

「あんだじゅつしきは、ほかのひとにもみられますか?」

「魔術の才能があるひとならば、周囲で術式が編まれていると感じることができます。才能のないひとは、残念ながら感じることはできませんが、魔術師が目標を定めるのは視線です。ずっと見られている場合には、術式を編んでいる可能性があるので、逃げてください」


 漠然としか理解できていなかった術式についての話が、詳細に分かって来る。カミラ先生の術式は緻密で、恐ろしく膨大だった。細い見えない糸で編み上げて、攻撃や防御の形を作るイメージなのだが、その糸が隙間が見えないほど完璧に編まれていた。


「編んだ術式に魔力を込めると、魔術が展開されます。このクラスに魔術の才能がある子は少ないですが、術式を編んでいる魔術師を見たら、近くのひとに知らせて、必ず逃げてください。次回の授業は夏休み明けになりますが、魔術が実際に展開されてからの対処の方法を教えます」


 授業が終わって、ダンくんはいまいち理解できていない様子だった。私は幸い、カミラ先生やお兄ちゃんやビョルンさんが魔術を使うのを近くで見ているから分かるが、両親も魔術師ではないダンくんには、実感がわかないのだろう。


「ダンくんとフレヤちゃんに、まじゅつがっこうにいってほしいとおもってるの」


 帰りの馬車の中でお兄ちゃんに相談すると、お兄ちゃんは穏やかにその理由を聞いてくる。艶やかな黒髪と大人のような立派な体躯、優しい青い目は、私を安心させる。暑いので開け放した窓から生温い風が入ってきて、お兄ちゃんと私の汗ばんだ髪を揺らす。


「どうして、二人に魔術学校に行って欲しいの?」

「まじゅつがっこうにいったほうが、べんきょうができて、ようねんがっこうをそつぎょうしてすぐにはたらかなくてすむよ。それに……」

「それに?」


 優しく促されて、私は正直に自分の気持ちを口に出した。


「わたしひとりだけ、まじゅつがっこうにいくのは、ちょっとふあん」


 幼年学校から何人が魔術学校まで進学できるか分からないが、魔術の才能があって、行ける可能性があるのならば、ダンくんとフレヤちゃんと一緒に魔術学校に行ってみたい。二人が一緒にいてくれるのなら、私も魔術学校で友達がいて安心して過ごすことができる。

 その話をすると、お兄ちゃんはカミラ先生に相談してくれた。

 お屋敷に戻ってのおやつの時間、カミラ先生は私たちの話を聞いてくれる。


「イデオンの学友として、奨学金が出なかった場合にはフレヤちゃんとダンくんに学費援助を申し出ても良いと思うのですが」

「ルンダール家の子息が魔術学校に入るのですからね。供が必要なこともあるでしょう。六年生になって、二人の成績を見て申し出ましょうかね」

「いいんですか? わたしのわがままで」

「才能ある子を育てることこそが領地を育てることだと、以前にお話ししたでしょう?」


 私のお供だと言われたらダンくんは反発するかもしれないが、12歳から働き始めるよりも魔術学校でしっかり勉強した方が、ダンくんの将来の可能性も広がる。

 カミラ先生に応援されたついでに、私はカミラ先生とビョルンさんにお願いをしてみた。


「まじゅつのじゅぎょうで、ダンくん、じっかんがわいてないみたいなんです。じっさいにまじゅつをつかうところを、みたことがないからじゃないかとおもっているんですが、カミラせんせい、ビョルンさん、まじゅつをみせてあげることができますか?」

「私とビョルンさんの模擬試合ですか? 面白そうですね」

「カミラ様、私は防御しかできないので、手加減してくださいね?」

「大事なあなたを傷付けることなどしませんよ」


 甘い雰囲気になって、ビョルンさんが顔を真っ赤にしているのに、私とお兄ちゃんもなんとなく照れてしまう。口の周りにオレンジのムースを塗り付けるようにして食べていたファンヌとヨアキムくんも、しっかりと話は聞いていた。


「わたくし、きんりょくきょうかのまじゅつ、つかえます」

「よー、のろい」


 二人がやる気になっているところで申し訳ないのだが、どちらも無意識で制御できるものではないし、ヨアキムくんの呪いに関しては恐ろしさが分かっているので、お願いする気にはならなかった。


「二人とも魔術が使えてすごいけど、術式の勉強だから、無意識に発動しているのは今回は良いかな」

「じゅつしき?」

「じゅちゅちき、なぁに?」

「魔術を展開するための設計図だよ」

「しぇっけいじゅ、なぁに?」

「形を決めるための絵かな」


 お兄ちゃんが止めてくれて、説明をしてくれて、私は心底ほっとしていた。二人が魔術を使いだしたら、ダンくんの勉強どころではなくなる。

 次の日、幼年学校が終わってから、ダンくんはミカルくんを連れてお屋敷にやってきた。おやつを食べ終わると、庭に出てカミラ先生とビョルンさんの模擬試合が始まる。


「ダンくん、これから私が攻撃の魔術を、ビョルンさんが防御の魔術を編みます」

「展開するまでに少し時間を置くから、よく見ててね」


 何が始まるのかとミカルくんも手に汗を握って見守っている。

 カミラ先生の脳内で緻密に編み上げられていくのは、細い氷の刃。対するビョルンさんは強固な盾を緻密に編み上げていく。


「みえないのに、なにがあまれてるか、わかる!?」

「魔術師の才能があるひとは、他人の術式を感じることができるんだよ」

「すっげぇこまかい……これ、あぶないんじゃないか?」


 カミラ先生の術式が小さいものだけれど物凄く緻密で、見えない光りの糸で編み上げられた氷の刃は、隙間が全くないほど完璧だった。


「参ります」

「はい!」


 合図に合わせて先にビョルンさんが盾を展開して、遅れて放った氷の刃を受け止めるのだが、細かく砕けて散って消えた氷の刃は、盾をもう少しで貫きそうになっていた。


「カミラ様、手加減をと……」

「す、すみません。なかなか難しくて」


 大きな力を持つ魔術師は、その力を加減するのも難しいようだった。

 実際の術式を感じ、魔術が目の前で展開されるのを見たダンくんは、興奮していた。部屋に戻って私の机を借りて、魔術の教科書を読んでいる。


「あれがじゅつしきか……とうちゃんもかあちゃんも、まじゅつしじゃないし、まじゅつしがいるようなちいきにいなかったからなぁ」


 幼年学校に入学するまでは、ミカルくんの世話もあって家庭と近所の子どもとの遊びだけがダンくんの世界だった。そこに魔術師はいなかったし、貴族が多い魔術師の血統は、市井にそれほどいるはずもない。

 ダンくんの場合は隔世遺伝で、数代前に魔術の才能があるひとがいたようなのだが、貧しさゆえに魔術学校に進学できずにいたという話だった。


「おれは、まじゅつがっこうにいきたい。やくそうのえいようざいとかいっぱいつくれるようになったら、とうちゃんとかあちゃんもらくになって、ミカルもまじゅつがっこうにいけなくても、いいこうぼうにはいれるかもしれない」

「それまでには、まじゅつがっこういがいのこうとうきょういくをするがっこうが、できてるかもしれないよ?」


 魔術が使えなくても、マンドラゴラの栄養剤は作ることができる。それに関しては、幼い私やファンヌを使って、カミラ先生が実証していた。

 これから先のルンダール領のことを考えると、保育所建設の次は、魔術学校ではない高等教育の場を作り出すことだと、私は考え始めていた。

感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。

応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ