13.夏風邪の犠牲者
朝から調子が悪くて、頭ががんがんと痛んでいた。
薬草畑に行く時間になっても起きられない私を、お兄ちゃんが心配して額に手をやる。
「熱があるね、イデオン、叔母上とビョルンさんを呼んでくるから待ってて」
「おにいちゃん、やくそうばたけのせわにいっていいよ」
「先に呼んでくるよ。苦しいだろうけど待っててね」
ビョルンさんとカミラ先生が部屋に呼ばれて、私はビョルンさんに風邪だと診断された。一年生には多いらしい。
「集団行動を始めたばかりで、他の子から病気を貰うことが多いんですよ」
「今日は薬を飲んで幼年学校は休みましょうね」
「はい……」
カミラ先生にも言われて、私はベッドに入ったままで朝ご飯を食べて、薬を飲んで、また眠った。眠っている間にお兄ちゃんは薬草畑の世話に行って、魔術学校に登校したようだった。
目が覚めてがらんと広い部屋に寂しさが募る。
頭も喉も痛いし、涙が出てきそうになったところで、廊下から声が聞こえた。
「にぃたま、おかぜ?」
「そうですよ。うつるので入ってはいけません、ファンヌ様、ヨアキム様」
「いでおにぃに、くるちい?」
ヨアキムくんが泣きそうな声をしているのは、以前呪術師に毒素を吹きかけられて寝込んだのを思い出したからだろう。大丈夫だと声をかけてあげたかったが、喉が痛くて大きな声が出ない。
肩掛けのバッグから出て来たマンドラゴラたちも、心配そうに私を覗き込んでいた。
「びびゃ!」
「びょえ!」
「びゃー!」
話し合う声を聞きながら私は眠りに落ちていた。
事件はお昼ご飯の前に起きた。
厨房からスヴェンさんが走って来る気配に、目を覚まして枕元の水差しの水を飲んでいた私は、スヴェンさんから報告されて、水を吹いてしまった。
「申し訳ありません、イデオン様。ジャガイモマンドラゴラが自ら熱湯に飛び込んできてしまいました!」
止めようとしたのだが、既に遅くジャガイモマンドラゴラは助け出したときには茹で上がっていた。スヴェンさんの持ってきたお皿の上には、茹でられたジャガイモマンドラゴラが乗っている。
「もしかして、わたしのかぜをなおすために!?」
マンドラゴラには滋養があって、病気を治し、健康を促進する効能がある。
茹で上がったジャガイモマンドラゴラは、元には戻らない。こうなってしまったら、私が食べてあげるしかない。
「スヴェンさん、このこをりょうりしてくれますか?」
「心を込めて料理いたします」
蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラは、茹で上がったジャガイモマンドラゴラを見て神妙な顔をしていた気がする。三匹で話し合った結果、ジャガイモマンドラゴラが犠牲になることを選んだのだろう。
呪術師と相対したときに『死の絶叫』で呪術師を参らせた。呪術師に攫われたときに助けを呼びに行ってくれた。学校帰りに馬車に乗せられたときも助けてくれた。私のことを何度も助けてくれたジャガイモマンドラゴラ。その結末が茹で上がった姿というのは悲しかったが、その気持ちを無駄にすることはできない。
皮ごと美味しいじゃがバターになって出て来たジャガイモマンドラゴラを、私は皮まで残さずに食べた。そのおかげか、薬よりもよく効いて、私は午後には元気になっていた。
汗をシャワーで流して着替えて子ども部屋に行くと、ファンヌとヨアキムくんが真剣に紙に向かい合っていた。私の姿を見て、椅子から飛び降りて紙を手渡してくる。
「にぃたまにおみまいかいてたの」
「こえ、よーのれっちゃ」
ファンヌは人参マンドラゴラを描いていて、ヨアキムくんは黒い塊を描いていてそれは列車だと教えてくれた。自分の好きなものを描いてくれるあたり、二人とも幼くて可愛い。
「ありがとう。ジャガイモマンドラゴラのおかげで、なおったみたい」
「もうげんき?」
「うん」
「くるちくない?」
「へいきだよ」
二人に言われて答えると、ほっとした様子で二人はまた遊び始めた。
治ったばかりなので午後も安静にして、お兄ちゃんの帰りを部屋で待っていると、帰って来たお兄ちゃんが飴を買ってきてくれていた。
「喉飴だよ。喉が痛そうだったから」
「それが、ジャガイモマンドラゴラのおかげでなおっちゃったの」
「え? ジャガイモマンドラゴラが?」
自分から鍋に飛び込んだジャガイモマンドラゴラの話をすると、お兄ちゃんも神妙な顔で聞いていてくれた。二人で薬草畑に行って、新しいマンドラゴラを呼ぶ。
出てきたのはマンドラゴラではなくて、南瓜頭犬だった。
「あれ? カボチャあたまいぬ、そだててたっけ?」
「学校で苗を分けてくれてちょっとだけ育ててみてたんだけど、まだ収穫時期じゃないと思ってた」
いつの間にか大きくなっていた南瓜頭犬が、「ぎゃうぎゃう」と脚元にすり寄って来る。呼んだら来たのだからこれも縁だと、南瓜頭犬を新しいメンバーに加えることにした。
「カボチャ頭犬は栄養補給に凄く良いんだって。スイカ猫は水分が多くて、脱水症状を伴う病気に有効だって書いてあった」
「スイカねこもそだててるの?」
「内緒にして驚かそうと思ったのに」
笑いながらお兄ちゃんは薬草畑の奥に更に作られた新しい薬草畑に連れて行ってくれた。ネットが張られていて、水やりはヨアキムくんとファンヌに任せていて、収穫はまだだったので気付かなかったが、お兄ちゃんはマンドラゴラ以外でも魔術薬に使える薬草生物を育てていたようだ。
南瓜頭犬やスイカ猫は、呼び名通りに犬っぽい四つ足のジャックオーランタンに似た頭を持つカボチャと、猫っぽい四つ足のスイカなのだが、尻尾が蔓で繋がれている限りは畑から脱走することはない。充分に育つと自分で蔓を切ることもあるので、お兄ちゃんはネットを張って脱走防止用にしていたのだ。
こんなことを密やかにお兄ちゃんがしていたなんて知らなかった。
お兄ちゃんに秘密があったなんて驚いたけれど、こんな秘密ならば悪くない。
スイカ猫も育ったら一匹飼ってみたいなんて思って薬草畑を後にした。
すっかり風邪が治ってしまったので、晩御飯はみんなと一緒に食べることができた。ジャガイモマンドラゴラが自ら鍋に飛び込んだ件に関しては、カミラ先生もビョルンさんも驚いていた。
「余程、イデオンくんが大事だったのでしょうね」
「イデオン様はマンドラゴラに愛されていますね」
愛されているのは嬉しいけれど、鍋に飛び込んで自らを犠牲にするようなことは悲しいのでやめて欲しい。風邪だってそんなに急いで治さなくて良かったのにと、思わずにはいられない。
「にぃたま、いぬ! かぼちゃたん?」
「そうだよ。おにいちゃんがないしょでそだててたんだって」
「かぼちゃたん、かーいーねー」
ファンヌとヨアキムくんは、新しく仲間に加わった南瓜頭犬に興味津々だった。
「わたしにとっては、あなたたちもだいじだから、じぶんをぎせいになんてしないでね」
大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラと南瓜頭犬に言い聞かせたけれど、分かってくれたかは分からない。
食後にはカミラ先生から夏休みの予定を聞かれた。そうだ、魔術学校に夏休みがあるように、幼年学校にも夏休みがあるのだ。またお兄ちゃんと一日中一緒の日々が始まるのだと思うとワクワクしてくる。
「ドラゴンにあいたいの!」
びしっと挙手をしてファンヌがカミラ先生に発言する。幼年学校ごっこの成果だろうが、言っている内容にカミラ先生が目を丸くしていた。
「ドラゴン、ですか?」
「ごほんに、しんじゅうって、かいてあったの。やさしくて、ひとをおそったりしないって」
「確かに神獣と崇められていて、成体のドラゴンは周囲の生気を吸って生きるので食べたりはされませんが……ドラゴンが祀られていた場所があったでしょうか」
「どこかにドラゴンの祠があったような……」
魔物に興味のあるファンヌは、次の興味はドラゴンに移っていたようだ。カミラ先生とビョルンさんが二人で知恵を絞りだしている。気紛れとも言える幼児の要求にまで応えようと努力してくれるカミラ先生とビョルンさんは優しい。
このことが後々のルンダール領の統治に関わってくるなんてこのときの私は考えてもいなかった。
「ドラゴン、調べておきますね。他にはありませんか?」
カミラ先生の問いかけに、お兄ちゃんが控えめに手を上げた。
「叔母上とビョルンさんは新婚旅行にも行っていないでしょう? オースルンド領のお祖父様とお祖母様のところに、旅行に行きませんか?」
オースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は、領主なので別荘も持っているだろう。そこで夏休みを過ごすのも良いかもしれない。
まだ始まっていない夏休みに、私は胸を躍らせていた。
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