35.子どもたちの企み
ビョルンさんとカミラ先生の仲を取り持つ。
そのためには、入念な事前調査が必要だと感じていた。
夏休みの終わりにはお兄ちゃんと一日過ごせなくなるのが寂しくて泣いてしまったが、冬休みの終わりは、目標があったのでベッドで涙ぐんだだけで済んだ。お兄ちゃんは魔術学校に行き始めて、カミラ先生は忙しい執務の間を縫って、私とファンヌとヨアキムくんの家庭教師をしてくれている。
ヨアキムくんは大きな絵と、描かれた物の名称の書かれた教科書で、文字の勉強をしていた。
「そんなに早く覚えなくて良いのですがね」
「よー、ふぁーたんと、ごほん、よみちゃい」
簡単な単語なら読めるファンヌと一緒に本を読むこと、それがヨアキムくんの目標になっているようだ。マイペースにファンヌは丸に長い耳を付けて、「りんご」と書いている。ウサギのリンゴちゃんが今日のファンヌの題材のようだ。
私は薬草の図鑑を広げていた。
「カミラせんせい、このせいかは、うらにわでそだてられますか?」
「青花ですか。ビョルンさんの方が詳しいでしょうね」
わざとビョルンさんから教えてもらった青花のことを話題に出すと、カミラ先生は普段通りに答えてくれる。
「あおいいろがきれいでしたよね。カミラせんせいのおにいさまの、レイフさまは、ブルースターがおすきでしたよね。カミラせんせいは、どんなはながすきですか?」
ちょっと強引だけど、カミラ先生の好きなものの話題に持ち込めた気がする。
「花は……何が好きでしょうか……。イデオンくんは花に興味があるのですか?」
「え? は、はい。ヨアキムくんも、おはながすきですし」
「私もお花はなんでも好きですよ。ヨアキムくんが摘んできてくれた花束も、大事にしていましたよ」
うぅん、失敗。
上手に好きな花を聞き出せなかった。
やっぱり、私一人では難しいようだ。協力者が必要だ。
勉強の時間が終わって、カミラ先生が執務に戻っている間に、私はヨアキムくんとファンヌを呼び寄せた。小さいが賢い二人は、私の力になってくれるはずだ。
「ファンヌ、ヨアキムくん、ビョルンさんとカミラせんせいがけっこんしたら、いいとおもわない?」
「ビョルンたんと、カミラてんてーが!」
「けこん……けこん、なぁに?」
「カミラてんてーいってたの、すきなひとが、ずっといっちょにいることだって」
「じゅっといっちょ。びょりゅんたんも、いっちょ」
オースルンド領では夫婦で領地を治める風習があるから、ビョルンさんはそれにぴったりだと思うのだが、どうすれば焦れ焦れとしているあの二人の関係が近付くのか分からない。
恋などしたことがないし、恋愛なんてまだ早い。5歳の私は3歳で仲良くしているファンヌとヨアキムくんよりも、恋愛経験は浅かった。
「にぃたま、ビョルンたん、おいしゃたんよ」
「まちいしゃになってくれる、こうけいしゃがひつようってことか」
「よーの、おいちゃたん」
ヨアキムくんの主治医でもあるのだから、ビョルンさんがこの屋敷にいてくれることはすごく心強い。何よりも、忙しすぎるカミラ先生の仕事が、ビョルンさんと分けられて半分になれば、もっとカミラ先生と一緒にいられる時間が増える。
もう一つ心配だったのは、カミラ先生が何歳なのか年齢不詳だが、未婚だということだ。貴族社会では、成人を待たずに結婚させるような早婚の風習が残っているが、そうでなくても、カミラ先生はオースルンド領の次期領主なので、結婚を望まれているはずだ。
それが、ルンダール領の当主代理になったせいで結婚できなかった、婚期を逃したと言われれば、その後でルンダール領の当主となるお兄ちゃんが申し訳なく思ってしまうだろう。
好きなひと以外とは結婚しないとカミラ先生は言っているが、ビョルンさんが好きならば、その点はクリアできる。
「わたくちに、まかてて」
気合を入れるファンヌに、期待をしてしまった私がいけなかった。
おやつの時間にはお兄ちゃんも帰って来て、カミラ先生も休憩で合流して、みんなで子ども部屋でおやつを食べる。
今日のおやつは、ビスケットにイチゴジャムとクリームを挟んだビスケットサンドだ。
「私、ビスケットサンドが大好きなんですよ」
「叔母上は、紅茶にジャムを入れるのも好きですよね」
「そうなのです、ジャムが大好きで」
カミラ先生の好きなものはジャム。
リサーチできたが、ビョルンさんがジャムを持ってカミラ先生を訪ねてくるという状態は、恋愛に発展しそうになかった。
「カミラてんてー、ビョルンたんのこと、すきなの?」
うわー。
3歳児に期待した私が悪かった。
ストレートに聞いたファンヌは、鼻息も荒く、誇らしげな顔をしている。苦笑してカミラ先生はファンヌを膝の上に抱き上げた。
「ファンヌちゃんは、おませさんですね。ヨアキムくんのことが大好きだからかしら」
「きらい?」
「うーん、嫌いではないですよ。私の背負うものは大きいですからね」
今はルンダール領の当主代理、いずれはオースルンド領の領主になるカミラ先生。魔術師としても優秀で、特に攻撃と防御が得意で、オースルンドにカミラあれば軍隊はいらない、とまで言われている。
こんなすごいひとがいたからこそ、アンネリ様の死の真相を突き止めて、私たちの両親を投獄できたのだが、私にとってカミラ先生は怖いというよりも、優しく素敵な大人の女性だった。私たちを助けてくれた分だけ、カミラ先生にも幸せになって欲しい。
「とうしゅのおしごと、ひとりではたいへんじゃないですか?」
「家庭教師ができなくなると心配なのですか、イデオンくん。大丈夫ですよ、時間を作って、どちらも両立させます」
「ふたりらったら、いーんじゃない?」
「二人? どういうことですか?」
あぁ、もう、ファンヌったら、露骨すぎる。
3歳児に期待した私も迂闊だったが、こんなにもファンヌが真っすぐに攻めてくるとは思わなかった。
天井を仰ぎ見た私に、カミラ先生は企みに気付いたようだった。
「あなたたち、私とビョルンさんをどうにかしようと思っているのですね?」
「叔母上は、ビョルンさんのこと憎からず思っているみたいだし、ビョルンさんも叔母上に夢中みたいだから、つい」
追及されて、お兄ちゃんが白状してしまった。
呆れた表情のカミラ先生に、みんなで謝る。
「ごめんなさい。オースルンドりょうは、ふうふでとうちするから、ビョルンさんならだいじょうぶかとおもったんです」
「カミラてんてー、ビョルンたんすきだから」
「もう、イデオンくんとファンヌちゃんったら。オリヴェルまで加勢して」
顔を赤くして頬を押さえるカミラ先生は、どう見てもビョルンさんが好きだと思うのだが、大人の恋愛は難しいらしい。それまでビスケットサンドを食べて沈黙を守っていたヨアキムくんが、飲み込んで、口を開いた。
「すちなの、いったら、めーなの? よー、ふぁーたん、すち。いわないと、ふぁーたん、わからない」
好きなものを好きといって何が悪いのか。
どうしてそんなに照れて、抵抗してしまうのか。
3歳のヨアキムくんには分からないようだった。
言われてみれば、どうして大人は素直に好きと言えないのだろう。カミラ先生がオースルンド領の次期領主で、今はルンダール領の仮の領主をしていると言っても、サンドバリの家はアンネリ様の母親の生家だ。アンネリ様が幼い頃に両親を亡くしてからは、サンドバリの家から当主代理が後ろ盾になっていた過去もある。釣り合わないわけではない。
「すきって、いったら、いけないんですか?」
私の問いかけに、カミラ先生は眉を下げて困った表情になっていた。
「大人は難しいのですよ」
「難しくしているのは、叔母上なのでは? 好きなひととしか結婚しないと決めていても、その好きなひとに、好きと言えなかったら、どうしようもないではないですか」
お兄ちゃんの言葉に、カミラ先生は頬の赤い困った顔のままだった。
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