36.ビョルンさんの助手
季節はまだ冬で、薬草畑に植えている薬草の数は少ない。
栄養剤の材料となる薬草の中で、乾かして保存できるものは良いが、新鮮なまま使わなければいけないものは、この時期は手に入らない。マンドラゴラ栽培も、この時期は難しいということだ。
マンドラゴラには薬効があるし、魔術薬の材料としても広く使われるので、高く売れることには違いないのだが、農家はそれだけでは食べていけない。ヨーセフくんの家では向日葵駝鳥を育てていたし、他の農家でも魔術薬の材料となる薬草や、冬場に育つ野菜を育ててしのいでいるのだろう。
重税からは領民は解放されたが、まだまだ豊かとは言えない。ビョルンさんの診療所も、現物で支払いを済ませる患者もいた。
「ふゆばもそだてられるやくそうって、ないのかな?」
「鱗草は水の中で冬を越して育つって言ってたけど、浄化の薬草にそんなに需要があるんだろうか」
農地を持っているものならば、大抵は用水路を活用している。ビョルンさんの畑でも用水路で鱗草を育てていたのを、私は覚えていた。
「きぞくは、のろわれたり、どくさつのきけんがあるでしょう?」
「売り手を貴族に絞るんだね。それはありかもしれない」
呪いの魔術を身体に纏わせられて、触れたものに呪いをかけるような体質にされてしまっていたヨアキムくんのような子が、今後現れないとも限らない。それ以外にも、あのアルビノの呪術使いのような、呪いを生業としているものもいる。
図鑑で調べると、呪いや毒に汚染されたものに鱗草を入れると、紫に色が変わるとあった。
「のろいや、どくを、みつけられるよ」
「そういう触れ込みで貴族が普段から持ち歩くようにしたら、いいかもしれないね」
夜、お風呂に入る時間はお兄ちゃんと二人きりで、内緒の話ができる時間でもあった。頭と体を洗ってもらって、湯船に浸かって、お兄ちゃんが洗うのを待って、温まりながら話をする。
今日の話題は鱗草。
春から薬草を植え始めるといっても、収穫できるまでの期間は、農家には収入がない状態が続く。それを救えるのは鱗草なのではないかと、閃いたのだ。
お風呂から出て、バスタオルで身体を拭いて、パジャマに着替える。
「あした、カミラせんせいにいってみようね」
「うん、お休み、イデオン」
「おやすみなさい、おにいちゃん」
額にお休みのキスをしてもらって、私はベッドに入った。
お兄ちゃんにお休みのキスをしてもらうと、物凄くほっとしてよく眠れるのだ。体も暖かくて、心地よい。
翌朝、お兄ちゃんと私とカミラ先生は薬草畑の世話に、ファンヌとヨアキムくんとリーサさんは池に金魚の餌やりに行った。冬で薬草が少ないので、ファンヌとヨアキムくんが手伝うまでもないのだ。
寒さに強い薬草とマンドラゴラに水をやって、雑草も生えていないし、害虫もいない時期なので、それで終わりにして、部屋に戻る途中でカミラ先生に鱗草のことを提案してみた。
「のうちには、ようすいろがあるでしょう? そこで、ふゆばはうろこくさをそだてられないでしょうか?」
「貴族は呪いや毒殺の危機に怯える生活をしています。鱗草は呪いや毒を感知して、紫色に変わる性質もあるそうです」
「良く調べましたね。悪くない考えだと思います」
ルンダール領の再建のために、少しでも役に立ちたい。そんな私たちの願いを、カミラ先生は汲んでくれた。
鱗草の栽培方法などがルンダール領の当主代理であるカミラ先生から、農家に公開されたのは、その日のうちだったので、魔術学校から帰って来たお兄ちゃんはカミラ先生の仕事の速さに驚いていた。
「叔母上は本当に有能なのですね」
「褒めても何も出ませんよ?」
「これにビョルンたんがくわわれば、さいきょうなの!」
「ファンヌ!」
あーあーあーあー……。
猪突猛進のファンヌは、ビョルンさんとカミラ先生の仲を取り持つことを、露骨にしようとしてしまう。もうちょっとさりげなくできないものかと思っていると、カミラ先生が両手を挙げて降参のポーズを取っていた。
「そうですね。ファンヌちゃんの言う通りかもしれません」
「ということは!」
「イデオンくん、短絡的に考えるものではないですよ。私には薬草の知識が足りないので、ビョルンさんを当主の相談役として抜擢しようかと思います」
あくまでもカミラ先生は恋愛のことは言わないけれど、ビョルンさんがこの屋敷に頻繁に来ることになれば、カミラ先生とビョルンさんの仲が深まるかもしれない。
期待する私に、お兄ちゃんがカミラ先生に口添えする。
「街医者としての仕事が大変かもしれないから、ビョルンさんに助手を雇ってあげたらどうでしょう?」
医者としての資格を取れるような、研究課程まで卒業しているのは、ほとんどが貴族だ。貴族がわざわざ街に出て医者として働くのを嫌がる傾向は強いが、ルンダール領の当主代理から命じられたのならば、喜んで引き受けるだろう。
「報酬次第ですが、ルンダール領から給料が出るとなれば、志願してくれるひとがいるかもしれませんね」
カミラ先生の専門は薬草学ではないから、薬草で領地を潤そうとしているルンダール領を治めるのは難しい。そのためにビョルンさんを相談役として抜擢する。そして、ビョルンさんの診療所には、助手の医者を派遣する。
決定して、ビョルンさんにお願いすると、快く引き受けてくれた。そこで、助手を募ったのだが、それが問題だった。
「街医者としての経験はありませんが、当主代理様の要請とあらば、精一杯務めさせていただきます」
深々と頭を下げて志願してきたのは、ビョルンさんより年下で、研究課程を卒業したばかりの若い女性だったのだ。
黒髪をひっ詰めて、きりっとした顔立ちが、どことなくカミラ先生と雰囲気が似ている気がする。
「よく志願してくださいました。大変とは思いますが、よろしくお願いします」
「ビョルン様を支えて頑張ります」
あれ?
なんだか、良くない感じになってしまった?
相談役として頻繁にビョルンさんがお屋敷に来るのは一歩前進だが、ビョルンさんの診療所に若い綺麗な女性が助手として入るのはどうなのだろう。
「おにいちゃん、だいじょうぶかな……」
「ちょっと、探りに行こうか?」
その夜にお風呂で作戦を立てて、私とお兄ちゃんは、週末、ビョルンさんの診療所を訪ねた。鱗草のことで実際に用水路に植えるやり方を見せて欲しいという口実だったので、ビョルンさんと私とお兄ちゃんで、ビョルンさんの薬草畑の用水路を歩く。
「温室が作れればいいのですがね」
「おんしつ、ですか?」
「冬の間も、魔術で中を暖かくして、薬草を季節に関わりなく育てられる施設ですが……魔術が使えるものが少ないですからね」
魔術師は圧倒的に貴族に多い。それ以外で魔術の才能を持っているものは、非常に少ない。それは、魔術の才能が血統でしか受け継がれず、この国ではかつて魔術師の血統を濃くするために、魔術の才能のあるものを片っ端から貴族が買い上げて、子どもを作らせた歴史があるからだ。今では人身売買は法律で禁止されているが、それでも、魔術師の血統というのは、非常に重要視されていた。
「おんしつをつくるしょくにんさんは、いないのですか?」
「そういう技術を伝える工房が、重税で幾つも潰れました。これからまたできると良いのですが、農家の手が届く金額ではないかもしれませんね」
技術にはお金がかかる。
魔術をかけるのも、更新しなければいけないので、更にお金がかかる。
それだけのお金を、ようやく立ち直りかけている農家では支払いきれない。
「援助金を出してはどうでしょう?」
「良い考えだと思います」
お兄ちゃんの提案にビョルンさんが頷いたところで、診療所からビョルンさんが呼ばれた。ついて行った私は、カミラ先生に挨拶をしていた女性が、エプロンを付けて床板と格闘している場面に出会った。
「こんなに床板が剥がれていたら、子どもや老人が足を引っかけます! 診療所は弱っているひとが来るのですから、考えてください!」
「は、はい、すみません、エレンさん」
目を吊り上げているその女性はエレンさんというらしい。
私とお兄ちゃんに気が付いて、ぱっと顔を赤らめる。
「すみません、わたくし、こういうのが気になって」
「立派な心だと思います。僕も手伝います」
「わたしも」
床板の剥がれている部分を完全に剥がしてしまって、張り直す作業をお兄ちゃんが釘を打って、私が釘や板を渡して手伝う。
「昔から、気が強すぎると言われていまして……お恥ずかしいところをお見せしました」
「でも、エレンさんは仕事熱心で、良い助手なのですよ」
「ありがとうございます、ビョルン先生。もう少し細かいところまで気付くともっと良いのですが」
「す、すみません」
ビョルンさんが圧倒されている。
甘い雰囲気など全くない様子に、ちょっと安心したが、油断はできない。
子どもの無邪気さを武器に、私はビョルンさんに探りを入れてみた。
「カミラせんせい、ビョルンさんがきてくれて、うれしそうだけど、なかよしなんですか?」
「な、仲良し!? カミラ様と!? そそそそ、そんな、こと……あったら、いいなぁ」
「ビョルン先生、せっかくの綺麗な顔が崩れてますよ」
ツッコミを入れられて、ビョルンさんはにやけた顔を押さえて隠した。
「カミラ様のところに行くときには、鼻歌交じりなんですよ」
おや?
エレンさんは敵になるどころか、私たちの味方かもしれない。
「イデオン、このことは、二人だけの秘密にしよう」
「え? なんで? カミラせんせい、あんしんするよ?」
「安心させないで、危機感を持たせるんだよ」
「あ、そうか」
帰りの馬車の中でお兄ちゃんは、私に口止めをした。
これがいい方向に転がれば良いのだが。
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