31.動物園
馬車で動物園に着くと、冷たい風が吹いていて、粉雪が舞っていた。マフラーも手袋もコートも身に着けて、完全防備だったが、むき出しの顔が寒くて私はマフラーに顔を埋める。
お兄ちゃんと手を繋いで、私は大根マンドラゴラと手を繋いで、大根マンドラゴラが蕪マンドラゴラと手を繋いで、蕪マンドラゴラがジャガイモマンドラゴラと手を繋いで、はぐれないようにして歩いていく。
ヨアキムくんはリーサさんに抱っこされて、ファンヌは人参マンドラゴラを抱き締めてカミラ先生に抱っこされていた。受け付けで料金を支払って動物園の中に入ると、最初の広場にペンギンのプールがあった。大きなペンギンと小さなペンギンが、別々のプールに分けられて、すいすいと泳いでいる。
寒い中でも、冬休みだからか、動物園にはそこそこひとが来ていた。私たちがプールの柵に近付いていくと、マンドラゴラのせいで目立つのか、ざわめきが起きる。
「あれはオースルンド領の『魔女』?」
「ということは、ルンダール領の子どもたち?」
表情を引き締めるお兄ちゃんの手を、私はぐいぐいと引っ張った。
「おにいちゃん、ぺんぎんだよ! ずかんでみたのと、おなじ……じゃない! おおきいのがいる!」
「図鑑に載ってたのは小さいのだったもんね」
「わたしよりおおきいかも」
大きくて顔に黄色やオレンジの色が入っているペンギンを見ていると、ヨアキムくんがリーサさんの腕から落ちそうなくらい身を乗り出していた。
「えた! ペンギンたんに、えた!」
「餌はあげられないようですよ」
「えた、めー?」
池の金魚のように餌があげられるのかと思っていたヨアキムくんががっかりしていると、カミラ先生が慰めてくれる。
「触れ合い動物園では草食動物と触れ合えますからね」
「しゃわっていーの?」
「動物さんが嫌がらなければ」
触れ合い動物園を楽しみにしているヨアキムくんと、「バジリスクはどこ?」と魔物の飼育エリアを探すファンヌ。まずは動物園で飼育されている動物をゆっくり見ることになった。
象は寒いので屋根のある厩舎にいたが、その大きさにヨアキムくんが仰け反っていた。柵のギリギリまで近付いていた私は、マンドラゴラの方に象が長い鼻を伸ばしてきたのに驚いて、走って逃げてしまう。
「イデオン、お手手を離しちゃだめだよ」
「ごめんなさい。びっくりして」
「マンドラゴラを守ろうとしたんだね」
ファンヌの人参マンドラゴラの方にも象は鼻を伸ばしてきているが、柵があるので届かなくて、人参マンドラゴラは余裕の表情だった。マンドラゴラってこんなに表情豊かなんだ。
新たな発見をしつつ、鳥のエリアに入る。巨大なハシビロコウ、豪華な孔雀。放鳥エリアではフラミンゴやカモのいる大きな鳥籠のような場所に、私たちが入って歩いて行った。通路はあるのだが、柵はなく、目の前を名前を知らない鳥がとことこと歩いていく。
「とりたん、いっぱい!」
「フラミンゴ、わたくち、ずかんでみた!」
カモメの仲間もいたが、名前が分からなくて、帰りの列車で図鑑で調べようということになった。
キリンを見たときの私の驚きは、物凄かった。
「おにいちゃん、ながーい!」
「物凄く背が高いね」
図鑑に描かれている絵では、馬くらいの大きさだろうと思っていたのだ。それが思ったよりもずっと背が高くて、首と手足が長い。呆然と見上げている私の横で、マンドラゴラも「ぴゃー」と声を上げて見上げていた。
動物を見て回ると、お腹が空いてきて、屋根のある休憩所で、お昼ご飯になった。スヴェンさんが作ってくれたお弁当は、保温できるバスケットに入っていて、湯気を上げるスープにキャベツと鶏肉のサンドイッチで、スープの暖かさに私たちはほっと息をついた。
零してしまわないように、ヨアキムくんはリーサさんに、ファンヌはカミラ先生に食べさせてもらっていたが、私は自分で食べられる。そう過信していたら、うっかりとサンドイッチの中身がはみ出て、ズボンの上に落ちてしまった。
もう5歳なのに恥ずかしい。
涙目になる私に、お兄ちゃんは何も言わずズボンを拭いてくれて、綺麗に染みなく取ってくれたので、私は恥をかかずに済んだ。
「おにいちゃん、ありがとう」
「サンドイッチは食べてると後ろから具が漏れちゃうよね」
「うん、きをつける」
気にさせないためか、笑顔で言ってくれるお兄ちゃんに、もう零さない決意をして、私はサンドイッチとスープを食べ終わった。
食後は魔物のエリアに行く。
大きな建物に何重もの結界が張られていて、ガラス張りの飼育室に、バジリスクやコカトリスやグリフォンやハーピーなどの魔物が別々に入れられていた。
「……の……には……ので……カミラてんてー、むつかちい」
「バジリスクの視線には石化効果があるので、毎年何人ものひとが犠牲になっています。石化効果の解除のための研究をここでは続けています、って書いてありますね」
「コカトリスは?」
「コカトリスも石化が有名ですよね」
説明書きを一つ一つ読んでもらうファンヌ。ハーピーには魅了の歌があるので、それに対する抵抗策も研究中だとあった。
魔物の実物を間近に見る機会はなかなかない。あったとしても、危険なのでカミラ先生は私たちを避難させるだろう。
じっくり見られるのはこういう場所でしかなかった。
「こあいの……」
嬉々として見ているファンヌとは対照的に、ヨアキムくんは両手でお目目を隠して、見ないようにしていた。あまり怖がらせては可哀そうなので、魔物のエリアは早めに切り上げて、触れ合い動物園に行く。
大きな柵で囲まれた触れ合い動物園には、小動物の触れ合いエリアと、中型から大型の草食動物の触れ合いエリアがあった。
大型の草食動物には野菜を切った餌を上げられるというので、ヨアキムくんは期待していたが、柵に激突しそうな勢いで寄って来るヤギや羊の鼻息の荒さに、すっかり気圧されていた。
怖くてファンヌの後ろに隠れたヨアキムくんの代わりに、ファンヌが威勢よく野菜を上げていく。
「これは、わたくちのにんじんたん。たべていいのは、こっち!」
隙あらば人参マンドラゴラに柵から顔を出して舌を伸ばそうとするヤギや羊に、ファンヌはもらったキャベツを差し出して果敢に応戦していた。
小動物の触れ合いエリアはガラス張りのサンルームのようになっていて、椅子に座って、ウサギやモルモット、アヒルなどを撫でることができる。
ヨアキムくんは椅子に座らせてもらって、ウサギを撫でて幸せそうだったが、私たちは大変だった。
ウサギやモルモットやアヒルは、サンルームの中では自由に動くことができる。人間の方が、触って欲しくないときに入れないようになっている動物の避難所があるくらいで、ウサギやモルモットやアヒルは完全に自由なのだ。
「マンドラゴラはたべちゃだめー!」
「にんじんたん、だめーなの!」
追いかけられるマンドラゴラを守りつつ、走り回るファンヌと私。早いところ、肩掛けのバッグの中に避難させればよかったのだが、それをそのときには思い付かなかった。
ひたすらに逃げ回って、息を切らせて、ファンヌがヨアキムくんの隣りに座ったときに、悲劇は起きた。
「びゃー!?」
ヨアキムくんの抱っこしていたウサギが、ファンヌの人参マンドラゴラの葉っぱを一枚、千切って食べ始めたのだ。頭に当たる部分を押さえて、人参マンドラゴラががくりとファンヌの膝の上に倒れ伏す。
落ち込んで泣いている様子の人参マンドラゴラに、蕪マンドラゴラと、大根マンドラゴラは、どう慰めて良いのか分からない様子だったが、「びぎゃ」「ぎゃぎゃ」と話し合って、自分の葉っぱを一枚千切って、人参マンドラゴラに差し出した。
「びゃ?」
マンドラゴラにも友情はある。
葉っぱを差し出されて代わりになるとは思えなかったけど、そこまでは、良い話だったのだ。
差し出された葉っぱを、当然のようにヨアキムくんの膝の上に抱かれたウサギがむしり取って、食べなければ。
もしゅもしゅと食べているウサギを、よく分からずににこにこしながら撫でているヨアキムくんには罪はない。ヨアキムくんの手前、ファンヌも何も言えず、人参マンドラゴラをぎゅっと抱き締めて慰めていた。
ここは危険な場所だと認識した蕪マンドラゴラ、大根マンドラゴラ、ジャガイモマンドラゴラは、素早く私の肩掛けのバッグに退散していった。
「よ、ヨアキムくん……そのウサギ……」
「カミラてんてー、なぁに?」
「マンドラゴラの葉っぱを、食べましたね……」
愕然としているカミラ先生の姿に、私はようやくウサギをはっきりと見た。最初に抱っこされたときよりも、二回りほど大きくなっていて、ヨアキムくんのお膝からはみ出ている。
そうだった、マンドラゴラの葉っぱには色んな薬効があって、一枚でも貴重なのだった。ずっとマンドラゴラといるのが普通になっていたので、忘れていた。
結局、他のウサギよりも明らかに大きく育ってしまったウサギについて、カミラ先生は動物園の職員と相談しなければいけなかった。
「責任は取らなければいけませんね。マンドラゴラを連れて来て良いと許可したのは私です」
「ウサギたん、どうなるの?」
「このままでは、処分されるでしょうね」
「ちょぶん、なぁに?」
「お肉になります」
「いやー!」
泣き始めたヨアキムくんに、カミラ先生はそんなことはさせなかった。
ウサギを買い取って、ルンダール領に連れて帰ることにしたのだ。
帰りの列車は、やたら大きく育ったウサギの入ったゲージも一緒だった。
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