30.王都へ
動物園の話を聞いてから、ヨアキムくんとファンヌは、カミラ先生が忙しい勉強の時間には、リーサさんと図鑑を見るのが日課になっていた。新しい家庭教師を雇っても良いのだが、それにはちょっと私たちの年齢は低すぎる。それでも勉強したい欲はあるので、カミラ先生が自由になる時間には、私たちに付き合ってくれていた。
食事は子ども部屋で一緒に摂っているし、ヨアキムくんとファンヌと私は子ども部屋で勉強をしているので、冬休みの間はお兄ちゃんも子ども部屋に来ていることが多かった。
お兄ちゃんのお膝に乗せてもらって、薬草の文献を見ているが、ヨアキムくんとファンヌの見ている図鑑も気になって仕方がなかった。
「こえ、なぁに?」
「ぺ、ん、ぎ、ん……ペンギンってかいてあるの。はねがあるから、とりたんかな?」
「とりたん?」
文字は読めるようになったファンヌがヨアキムくんに読んであげているが、難しい説明までは分からないようだ。名前だけ教えられて、ヨアキムくんの頭の上に大きなクエスチョンマークが出ている気がした。
お兄ちゃんが薬草の文献を閉じて、ヨアキムくんとファンヌに向き直る。
「一緒に見ようか。ヨアキムくん、ファンヌ、僕たちも見て良い?」
「どーじょ」
「よろちくてよ」
ヨアキムくんが椅子を詰めて、ファンヌと半分こで座って、お兄ちゃんが私を降ろして椅子を寄せてから、もう一度お膝の上に抱っこしてくれる。
「ペンギン、飛べない鳥なんだって。泳ぎが得意で、冷たい海にいる」
「ちゅめたいうみ……うみ、なぁに?」
「しょっぱいおみじゅ、いっぱいあるの」
「海は広い水たまりみたいなところかな。波があって、いつも水が動いているんだ」
海には行ったことがあるので得意げにヨアキムくんに説明するファンヌに、お兄ちゃんが言葉を添える。
「こえは?」
「ライオン、って書いてあるね。肉食獣だって」
「こえ」
「象……あ、象さん如雨露の象さんだよ」
「ぞうたん! みちゃい!」
お兄ちゃんに説明してもらって、ヨアキムくんは興奮して図鑑に見入っていた。最近のヨアキムくんの関心は、動物と列車にあった。文字は習い始めたがまだ読めないヨアキムくん。列車のおもちゃを持ってきては、ファンヌが使っていた教科書の列車のページを開く。
「こえ、おなじ」
「わたくち、のったのよ」
「よーも、のりちゃい」
その時点で、私とお兄ちゃんとファンヌが、カミラ先生に強請ることは決まっていた。
おやつの時間に休憩で抜けて来たカミラ先生が席に着くと、ファンヌはリーサさんのお茶の準備が終わるのを待ちきれず話し出した。
「カミラてんてー、ヨアキムくんと、れっちゃで、どうつぶえんにいけない?」
「王都までなら、二時間くらいですね。行けないことはありませんよ」
行ったことがないが、王都は夏に行った海よりも近いようだ。海までは半日かけて行った記憶がある。
「近いんですね」
「近いというより、特急列車が走っているのですよ」
「とっちゅうれっちゃ、なぁに?」
「幾つか停まらない駅を決めて、そこを飛ばして行くので、全部の駅に停まる列車よりも早く着く列車です」
ルンダール領の海に行くまでは、全部の駅に停まる普通列車しかなかったので時間がかかったが、王都までは特急列車があるらしい。
「特急列車は、普通の列車よりも内装も豪華なのですよ」
「たかいのでは?」
「イデオンくん、そういうことは気にしなくて良いのですよ」
つい値段を気にしてしまう私に、カミラ先生は悪戯っぽく目を細めて見せた。
「暖かい季節に元気な動物もいれば、寒い季節に元気な動物もいます。それに、魔物も結界を張って展示されているのですよ」
動物園とは、動物の生態を研究するために動物を集めている場所だとカミラ先生は教えてくれた。その中には、魔物もいる。
「バジリスクも、コカトリスも、ワイバーンも、ドラゴンもいる?」
「まぁ、ファンヌちゃん、詳しいのですね。ドラゴンとワイバーンはいませんが、バジリスクとコカトリスはいた気がします」
「わたくち、くわちい」
褒められて嬉しそうな顔のファンヌが、魔物の図鑑にも夢中なのを私は知っていた。ヨアキムくんは、図鑑のページを捲って、カミラ先生に一生懸命見せている。
「ペンギンたん、ぞうたん、いりゅ?」
「いますよ。象は寒いのが苦手なので元気がないかもしれませんが、ペンギンは元気だと思います」
「げんち、ない?」
「冬にしか動物園に行ってはいけないなんてことはないのですから、春にも、夏にも行きましょう」
何度でも行って良い。
カミラ先生に言われて、ヨアキムくんは図鑑を抱き締めて喜んでいた。おやつの間も図鑑と列車のおもちゃを抱きしめて放さないヨアキムくんに、ファンヌが「あーん」とクッキーを食べさせているのが可愛い。
うちの妹とその婚約者は今日も可愛いです。
二日後のカミラ先生の休みの日に、特急列車に乗って王都の動物園に行くことが決まった。
その二日間はヨアキムくんは動物図鑑での予習に余念がなく、ファンヌは魔物図鑑を抱いて寝るくらいで、私とお兄ちゃんも話すことは動物園のことばかりだった。
「おにいちゃんは、ほんもののどうぶつ、なにをみたことがある? わたしは、いぬとねこをとおくからみたくらい」
「魔術学校に行く途中に犬や猫は見たけど、それ以外は……精肉売り場に吊るされてる鶏くらい?」
「それ、いきてない」
笑い合って、お兄ちゃんもあまり動物を見たことがないのだと知る。ましてや、触れ合ったことがない。
出発の日には、余所行きの服を着て、コートにマフラーに手袋という完全防備で、私たちは列車の駅に馬車で行った。今回はヨアキムくんもいるので、リーサさんが同行してくれた。
個室の席の窓側は、二つ。ファンヌとヨアキムくんの兄として、私はリーサさんとカミラ先生に席を譲って、リーサさんがヨアキムくんを膝に乗せて、カミラ先生がファンヌを膝の乗せて列車に揺られていた。
「イデオン、おいで。お膝の上なら、ちょっとは外が見えるよ」
私はヨアキムくんとファンヌの兄だが、お兄ちゃんは私の兄。優しい言葉に甘えて膝の上に座ると、物凄い速さで外の風景が流れていくのが見えた。農地はほとんど雪に埋もれて、春を待っている。
「まえにのったれっしゃより、はやいね」
「特急だからね」
初めての特急列車は、座席がビロードで高級感があって、目が回るほど早かった。
それでも、二時間は座っていないといけない。
ずっと外を見ているヨアキムくんとファンヌはいいが、私は途中でちょっと飽きて来た。お兄ちゃんの膝から降りて、肩掛けのバッグから図鑑を取り出すと、ついでとばかりに大根マンドラゴラ、蕪マンドラゴラ、ジャガイモマンドラゴラが出て来る。
「まちがえてうられちゃったらどうするの? おうとにいくんだよ?」
「びゃ」
「びょえ」
「びぎゃ」
ぴこぴこと手を振って何か訴えかけるマンドラゴラたちに、ファンヌもポシェットを開けると、人参マンドラゴラが出て来る。
人参マンドラゴラも、私の三匹のマンドラゴラに加わって訴えかけてくる。
「にぃたま、にんじんたんも、どうつぶえん、いきたいんじゃないかちら」
「え!? いきたいの?」
マンドラゴラたちに聞いてみると、こくこくと頷いている。どうしようかとカミラ先生を見れば、私たちに話すときよりも強い口調で、カミラ先生がマンドラゴラに言い聞かせていた。
「良いですか、はぐれたら売られてしまいますからね? それに、触れ合い動物園では、草食動物と触れ合えます。そのときに齧られないようにしてくださいね?」
「びゃい!」
「びゃびゃ!」
「ぴょわ!」
「ぎゃい!」
びしっと根っこの手に当たる部分を上げて返事をするマンドラゴラたち。
マンドラゴラと動物園に行くなんて、私たちくらいかもしれない。
「ルンダール領はマンドラゴラの産地です。これからマンドラゴラを売って行かなければいけません。宣伝にもなるでしょう」
ルンダール領の当主代理のカミラ先生は、単純にマンドラゴラがいると盗まれないか心配な私よりも、策士だった。見るひとが見れば、私たちがルンダール領から来た一行だということは、簡単に分かるだろう。
特に、オースルンド領で「魔女」と名高い美女のカミラ先生がいるのだ。目立たないわけがない。
特急列車が王都に着く。
動物園までは、馬車で行く予定で、駅には馬車が待っていた。
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