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第7話 幼なじみの元へ

「いないのか……」


 僕が肩を落としていたら、背後から聞き覚えのある声がした。


「もしかして君、転校生?」


 振り返るとそこに立っていたのは、制服姿の美少女。

 美琴は俺の存在に気づくとにっこりと微笑む。


「ひさ、ひさしぶりー」


 僕はそう言って笑ってみるが、美琴は「ひさしぶり」と答えるだけだ。


 辺りを沈黙が支配する。

 僕は黙っていることが気まずくなって口を開く。


「なんかその、でかい、学校だな。思ったより立派というかその」


「うん。そうだね」


 美琴はぽつりと呟くように言うと、黙りこんだ。


 迷惑だったのだろうか。別に好きでがんになったわけではない。だけど、高校に入学してわざわざ音楽室までやって来ていたら彼女を探す気満々なのは伝わってしまうだろう。


「あの、その、美琴と別れた後、がんになって、手術できなくて余命宣告受けて、それで」


 口から出る言葉は真実なのに、まるで言い訳みたいに聞こえた。


「ユートピア・システム、受けたんだね」


 そう言った美琴の口調はまるで無機質なアバターそのものように聞こえる。


「うん。受けたよ」


「そっか。それじゃあ、こっちの世界、楽しんで」


 美琴は早口に言うと、俺の横を通り過ぎようとする。


 だけど僕は無意識のうちに彼女の腕を掴んでいた。


「やめて!」


 美琴の鋭い声に、僕は「ごめん」とだけ言って慌てて手を離す。


 やっぱり嫌われたんだ。もう、友だちにすら戻れないのかもしれない。


 そう思って、最後に美琴の背中を瞼に焼き付けようと振り返ると、美琴もこちらを見ていた。

 だけど、その顔にはほとんど表情がない。


「そんなに迷惑だった? 僕がこっちに来たの」


「……うん」


「そうか。なんか、ごめん」


 僕は頷いて、その場を立ち去ろうと思ったけれど、でも、どうしても美琴に言いたいことがあった。

 このまま彼女と離れるなら、伝えてしまおう。

 僕は美琴の顔を真っ直ぐ見つめて、それから言う。


「ありがとうな、美琴」


 彼女は困ったような表情をしてから俯いた。


「なにが?」


「美琴は僕にいろいろと教えてくれた。小説を書く楽しさとか普通に暮らすことの幸福さ。おまけにこっちでも作家って職業があるらしいじゃん。だからそれ目指すよ」


「そう。頑張ってね」


 美琴はにっこりと微笑む。

 僕との関係を断ち切りたいからこんなに他人行儀なのだろうか。

 そう考えて、目の前にいる美琴を見つめる。


 彼女が僕ともう関わりたくないと思うなら、潔く身を引くしかない。

 だけど、こうして今は手の届くところに美琴がいると思うと、離れる決心がつかなかった。


 前のようにとは言わない。せめて二人きりで少し話すだけでもできないものか。

 そんなことを考えつつ美琴を見つめていたら、彼女がきょとんとした顔で首を傾げる。


「どうしたの?」


 美琴の動作が、なんだか美琴らしくない気がした。

 ぎこちなさを感じる。まるで美琴じゃない別人のような……。


 もしかして僕はまったくの別人を美琴だと間違えているのか?


 でも、アバターはそれこそテレビ電話で散々見ているし、通っている高校も間違っていない。

 見た目だけじゃなく、声だって美琴だ。


 だけど、一度、疑問を持ってしまうと、目の前にいるのが美琴だという確信が持てなくなる。

 アバターが同じで声も似ている別人という可能性はあるのかもしれない。


 そう結論を下すと、僕は美琴に聞いてみる。


「あのさ、美琴、俺の名前、わかる?」


「なに言ってんの? 幸一君」


 美琴の返答に、胸がざわついた。


 今まで、美琴から『幸一君』と呼ばれたことなんて一度もない。 


 僕が怪しんでいるとも知らずに、彼女は満面の笑みでこう言った。


「幸一君はシステム受けたばかりなんでしょ? 案内くらいなら私がするよ」


 僕はまるで黒い塊を飲み下すような気分で、こんな質問をする。


「なあ、美琴は、中学の頃に何部だったか、覚えてるか?」


「吹奏楽部、でしょ」


「ああ、そうだな。僕も美琴と同じ吹奏楽部に入りたかったんだよ」


「よく言ってたもんね」


 僕は目の前のアバターを睨みつけて言う。


「お前は、誰だ?」


 すると、アバターから表情がすっと消えた。


 次の瞬間。


 アバターは目の前からいなくなっていた。

 まるで魔法のように消えてしまったのだ。


「何をしているのですか」


 その声に振り返ると、担任教師が立っていた。

 僕は今までのことを説明しようかどうか悩んだ後、こう聞いた。


「この学校に、羽原美琴はねはらみことという生徒はいますか?」


「はい。いましたよ」


 先生はそう答えたあと、眼鏡を人差し指で押し上げてから続ける。


「ただ、羽原さんは、一ヶ月前にシステム側の不具合によりデータが消えてしまったんです」


「……データが消えた? じゃあ、美琴は今どこに?!」


「ユートピアにも、どこにもいないということです。つまり本当に死を迎えてしまったのです」


「そんなうそだ! 美琴がいなくなるなんてありえない!」


 僕の叫び声は静かな廊下に響く。


 先生は落ち着いた様子で独り言のように呟く。


「そういう不幸な事故はあるものです。現実の世界だってそうでしょう?」


「じゃあ、さっきのアバターは……美琴の、替え玉……」


「替え玉という言い方は失礼ですよ。さっきのアバターは羽原さんのご両親とテレビ電話をするための、いわゆる代理アバターです」


「一緒じゃねえか。美琴の死を隠蔽するつもりか! あくまで『絶対安全』を押し通すつもりなんだな」


 僕は拳をぐっと握り、そして声を荒げる。

「そんなもので騙されるか! 最低だ!」


「君の手術を、わざと失敗しておけば良かった」


 担任教師は恐ろしい言葉を呟き、一瞬でラフなジャージ姿からスーツ姿に衣装を変える。


「君が大人しく騙されてくれていれば、こんなことをしなくても済んだのに」


「お前は一体誰だ……。なにをするつもりだ……。」


 その場から逃げ出そうとしたけれど、足が床に埋まったかのように動かなくなる。


「君にも消えてもらいます」


 男の言葉が廊下に響き、僕は口を動かす。声が出ない。

       

 頭の先からつま先まで一切の自由がきかなくなり、恐怖が波のように襲ってくる。


 消えたくない。

 そう思った瞬間、目の前が真っ暗になる。


 美琴の笑顔が見えた気がした。


 

<了>

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