第二十七話 見目麗しい仲間たち
ステラたちを置いて、キャスはミセリアと共に一足早く町へと帰り着いていた。先程異能で確認したところ、ステラたちの到着は明日になりそうだと見受けられる。動き出すまでに時間もかかっていたようだが、何よりあの二人の移動速度自体が、意図してのことか非常に緩やかだった。
キャス達の方は現在、そこらの店の席に腰掛け、料理に手を伸ばしているところだ。町に着くなり二人して、腹が減ったと主張し出した結果である。
昼時からは多少遅い時間だが、周りの席にもそれなりに客がいた。
「そういえば、キャス達ってどこか目指してる場所でもあるんだっけ?」
向かいの席から、ミセリアの声がかかる。
「うん。一先ずは、僕の故郷に向かってるところ」
「そうなんだ。里帰り?」
「ああ、いや……。そんな感じ」
その目的に関しては、ステラに対してそうしているように、誤魔化した。
しかしながら、ミセリアはこちらの答えを受けて訝しげにしており、如何にも追及がなされそうな気配だ。
「どういうこと? まさか、そのまま故郷で落ち着くつもりじゃないよね?」
「ええと……」
問われた内容は、敢えてこれまで考えるのを避けていた事柄だった。
故郷に帰り、その後はどのようにすべきだろうか。告白して上手くいかなかったのならば、これまで通りに旅を続ければよい。告白が上手くいったら、その時は姉と一緒に考える。本来ならそれで済んだはずの問題が、実際に人狼となったことによって、というよりもステラと出会ったことによって、一気に複雑になっていた。
単純に、自身の気の多さが露呈しただけのこととも言えるのだが。
「ちょっと、嘘でしょ」
答えないでいる間にも、相手の眼差しは疑念を強めていく。
「いや、大丈夫。少し用があるだけなんだ」
「どんな用?」
「それは……」
「流石にそんなふうにされると、怪しすぎるんだけど。教えて」
「いやあ………………」
どうやら、初手の段階で誤魔化し方を間違ったようだ。苦笑いを浮かべるこちらに対して、ミセリアは割と真剣な表情になってしまっている。
「どうしても?」
「怪しいんだもん」
流石に、ステラのようにはいかないようだ。
「………………秘密にしててくれるなら」
「分かった」
本当に黙っていてもらえるのか怪しみつつも意を決し、若干声を潜めてキャスは話し始める。それは彼にとって、まるで悪事の白上のようにも感じられる行為だ。
「故郷にね、好きな人がいるんだよ。エルフの」
「ん?」
「最近、その人に告白するための用意が整ってね。ほら、前に見せた『あれ』。あの力が手に入って、寿命の問題が解決したから。それで今は、もう一度その人に会いに故郷に向かってる所」
自分がエルフの里で育った経緯など、細かい部分まで説明しようとすれば長くなるが、今求められている回答については凡そ、この説明で伝わるだろう。
ミセリアは目を丸くした不思議そうな顔になっていて、暫く何も言おうとしなかった。
キャスも、その理由は察していたために黙って彼女の反応を待ち受ける。
「つまり、故郷で好きな人に告白するために『あれ』になって、故郷に帰ったらその人に告白するってこと?」
「いや、それはどうだろう……」
「はあ?」
「最近、色々悩むようになっててさ」
答えながら、中々に話し辛い話題だけに、要領を得ない返答に逃げようとしている己がいることを自覚していた。したがって、若干ミセリアのまなじりがきつくなり始めている気がする。
「話が見えてこないんだけど」
はっきりとした指摘を受けて、いよいよキャスも観念せざるを得なかった。
続きを口にする前に、つい溜息を一つ吐いてしまう。
「『あれ』になったのと同じ時期に、ステラと出会っちゃって。それから、どうするべきかずっと悩んでる」
斜め下に視線を逸らしながら、これで察してくれと祈って告げた。あまりはっきりと明言するのが恥ずかしいからである。もっとも、これだけで全てを悟ってくれというのは難しいとも理解していた。
料理を挟んだ向かい側から、幼い声で難しげに呻るのが聞こえてくる。
「聞きたいんだけど、キャスが好きなのって、その故郷にいる女の人ってことでいいの?」
やはり、そこを明言しなければならないのか。
「半分は、それで合ってる」
「………………半分ねえ」
ふと、目を上げてミセリアの様子を窺う。
まるで面白いものを見るような目で、こちらを見つめていた。
「ステラのことも気になってる」
とうとう本当の所を告げると相手は口元を手で押さえて笑いを堪え、言い放った側のキャスは何故か脱力してしまう。
再び、溜息が漏れた。
「何それ、馬鹿じゃん。二人とも好きってことでしょ」
椅子の背もたれに倒れ込みながら、ミセリアも力の抜けた様相で笑っている。てっきり深刻な反応が返ってくると予想していたのだが、思ったよりも場の空気は柔らかかった。
「うん。二人とも好き」
改めて言うと、彼女は先程よりも可笑しそうに笑いだす。
「ちょっと、どうするつもりなの、それ」
「だから、故郷までゆっくり旅しながら、考えようかなって」
「そっか」
そう言って、ミセリアは笑いを収める。
「まあ、それも良いんじゃない。あたしは恋愛のことなんてよく分かんないけど」
これには答えず、キャスは飲み物に手を伸ばした。どの道、今の段階で答えを出す必要のある話ではないのだ。
甘い液体を舌に乗せ、味わう。
「まさか、二人とも欲しいとか思ってないよね?」
身体の動きが、完全に硬直した。
それを見て、ミセリアがまた笑っている。だが、その笑い方は先程とは異なり、ずっと静かなのだ。
「さ、流石にそんな都合のいいことは……」
口内の液体を飲み干して、何とか答えを返した。
「そう? それならそれで良いけど、本当に本音? 欲しいって気持ちがあるなら、素直にそう認めて、どっちも手に入れる努力をしても良いんじゃない」
何故だか、先程と同じ声で語りかけられているはずが、全く違うものに感じられる。
「いや……」
その変化に、キャスは戸惑った。
「お互い特殊な境遇なんだし、欲には蓋をしないでどんどん出していかないと、そのうち行き詰っちゃうと思うから。先輩からの忠告。今回のことで学んだの」
いよいよ彼女に対して年相応の、十以上年上の相手としての空気が感じられるようになって、彼は何も言えずに視線を料理に戻す。そして、食事を再開することによってこの話題を終了させた。
果たしてフィリアを巡るこの一件の間、彼女は何を感じていたというのだろうか。
赤い髪の束を通してステラたちが既に町中まで辿り着いてるのを感知したのは、翌日の昼食後だった。
ミセリアに声をかけ、早速二人の下へ向かっている。
「大丈夫かな」
町中を歩いている最中、何となくフィリアと再び顔を合わせることに不安を感じ、独り言が漏れた。単純に、盛大に泣かせた相手と会ってどのように接するべきか、分かりかねていたのである。
「何が?」
「いや、フィリアさんと、上手くやれるかなって」
「平気だって。あたしとステラもいるんだから、時間をかければ何とかなるよ」
ミセリアから励まされつつ進んで行くと、二人がいるはずの場所に見慣れないものを見つけた。
赤い髪をした女性が、黒く洒落た衣服に身を包んでいる。ステラだ。彼女があのエルフの装束以外の格好をしているのを、彼は初めて目にした。
新鮮な姿をした彼女を認識した瞬間、心臓が大きく高鳴る。彼の目には、それだけきれいに映ったのだ。
その隣ではフィリアが、これまた新しい服装に変わっている。色こそ以前のような深緑色の服に黒いズボンだったが、見た目は町中にいても全く違和感のないものになっていた。もっとも、フードが消えてその非常な美しさを宿した面が良く見えるようになった分、それはそれである意味目立っている。
「いたよ」
ステラたちの姿を先に見つけたキャスは、隣の彼女に教えてやった。こちらは相変わらず大きめの帽子に、いつかの地味な衣服に着替えている。
「どこ?」
「ほら、あそこ。服装が変わってるから、見つけにくいかも」
「……あっ、いた! ほんとに着替えてる。ずるい」
彼女らの姿を見つけるなり、ミセリアは子供の様に駆け出した。それをキャスも、早足になって追いかける。
「お帰り!」
「あっ、ただいま」
一足先に辿り着いたミセリアの声に、ステラが反応。フィリアの方は、ステラより一歩下がった位置で、娘の方を窺っている様子だ。
そんな母親へとミセリアが歩み寄り、改めて声をかける。
「お帰りなさい」
「ええ、ただいま」
ミセリアに答える際、フィリアの顔には安堵したような笑顔が浮かんでいた。
それから少し遅れ、キャスもまたステラの前に辿り着く。
「お帰り」
「はい。えと……」
声をかけると、ステラは何かを言い淀んで自身の服装を見下ろしていた。
「凄く似合ってる」
「……ありがとうございます」
察して素直な感想を伝えたら、相手は朗らかな笑顔を浮かべて、とても可愛らしい表情を見せてくれる。
それから、視線をフィリアの方へ。
彼女と一瞬ばかり目が合ったものの、即座に逸らされてしまった。
あからさまな拒絶の姿勢を見せられ、キャスもまた対応に困り果てる。すると、周囲から助け舟が出された。
フィリアの背後に回り込んだミセリアが彼女の背をぐいと押し、ステラがキャスの隣に立ってその背を軽く押す。両者が一歩ずつ踏み出して、フィリアとキャスの距離が接近。
「その…………これから、よろしくお願いします」
フィリアは依然として目を逸らし、尚且つ体が小刻みに震えているようだったが、そんな彼女に対してキャスは控えめな挨拶を飛ばす。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そんな状態のまま、か細い声を振り絞ったような返答だった。それでも、一応は挨拶を交わすことに成功したのも事実である。
キャスは内心でほっとした。
「さっ、挨拶も終わったし、行こ!」
直後、ミセリアが元気な声を上げ、フィリアとこちらの手を取って何処かへと歩き出そうとする。
「ちょっと、どこに行くの」
手を引かれた途端にフィリアから元の調子に戻った声が上がって、声をかけられた相手は肩越しに振り返った。
「お母さんたちだけ新しい服なんて、ずるいでしょ?」
ミセリアが、わざとらしい笑顔でその母親に問う。
「これは、仕方なく……」
歯切れ悪くフィリアが答えると、彼女は自分とステラの方を向いてこう聞いた。
「良いよね?」
「うん」
「僕も構わないよ」
揃って、ミセリアの方に同調してやる。
「だってさ」
彼女はフィリアに向き直ってそういった後、再び手に力を込め直して歩き出した。
「もう、仕方ないわね」
キャスとフィリアはミセリアに手を引かれながら引きずられていき、ステラも並んで歩いて行く。
「っていうか、服を選ぶのに僕までついて行くの?」
「何言ってるの、キャスの分も新しいのを選ぶんだよ? お金はあるんだから、いつまでもみすぼらしい格好してないの」
以上で第三章は終了となります。今回のお話は、全員無事に生存ですね。ファンタジーを書くにあたって死傷者無しで終わらせたのは初めての経験です。
引き続き第四章の執筆に入りますので、また何か月も掛かってしまうかとは思いますが、完成した暁にはお付き合いいただけることを祈っております。また、執筆状況等、ツイッターで呟いていることもあるので気が向いた際には覗いてみてください。
それでは、ここまでお付き合いいただき、本当に有難うございました。




