表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/72

そんな2人の時間がはじまりました

 自分の声には思えない、世にも珍妙な悲鳴をあげてから1時間程が経過した。

 腕時計の針は18:30を指していて、周りは夕闇の単語が似合う時間になったようだ。

 もうすぐでポスティングの仕事は終わりだったので、概ね元の世界と時間の流れは同じなのかもしれない。

 もう少し様子を見ないと確実なことは言えないけど……

 田所さんに聞けばすぐにわかることなのかもしれないが、今は何を聞いても答えてはもらえないかもしれない。

 田所さんは、現在、絶賛お怒り中だ。

 心当たり所か原因はハッキリとわかっている。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「とりあえず移動するのよ」


「すいません。何一つわかってないんですけど……」


 オレが悲鳴をあげた後から何やら上機嫌になった田所さんは、マイペースに話を進めて行こうとする。


「説明は移動しながらでも出来るし、こんな所で暗くなるまでジッとしていたいのよ?」


「まぁ、そう言われれば田所さんについて行くしか無いんですけど……何でうれしそうなんですか?」


「別にうれしくなんかないのよ。普通通り、普段通り」


 今まで長いと言えるほどの人生を送ったわけではないけれど、ここまでうれしいとわかりやすい表現法をオレは知らない。


ーーにやけたままの顔ーー

ーーよくわからない鼻歌ーー

ーー小刻みに揺れるしっぽーー


 少々あきれ気味に田所さんをジッと見つめる。

 うれしそうなのは構わないのだけれど……

 ジーーーーーーーーーーッと見つめる。


「な、な、なんなのよ!?」


「いや、別に……」


 うれしそうになったのは、オレが悲鳴をあげてからだった?

 と、するとあの悲鳴が……

 きれいな声だった?

 いやいやいや。

 じゃあ、何だろ?

 道中に連れが出来てうれしい?

 いやいやいや。

 なら、もっと好意的に話しかけてくれてきてもいいんじゃない?

 じゃあ、まさか……

 いやいやいや。

 まさかねぇ?


「悲鳴あげた……田所さんもオレも?」


 あっ、すごい驚いてる。

 当たったみたいだ。

 耳もしっぽもピンと立ってるし、相当驚いたんだな。

 どうやら、オレの前で悲鳴をあげたのがかなり恥ずかしかったみたいだ。

 オレも悲鳴をあげたがら、これでおあいこ! 悲鳴仲間! って訳だね。


「田所さん、意外に単純?」


 心の中で考えていたつもりが、ボソッと声に出ちゃったみたいだ。


「単純! なっ、しっ、失礼なのよ!」


 しまった……

 あっ、すごい怒ってる。


「あの、さっきの話の続きを……」


「………………」


 田所さんは、オレの方をチラリとも見ないでずんずんと進んで行ってしまう。

 しばらくは、何も話してもらえないなぁ……。

 チョコチョコ歩いていく田所さんに勝手に付いていきながら、出来る範囲の情報収集をしていくしかないか。

 まずは、周りの様子は……森だな。

 うん、森としかわからない。

 色々な木があるんだけど、知識がそんなにある訳じゃないし、花だって詳しくはない。

 まったく見たことがない植物って訳でもないげど。

 空気は、すっきりしていて深呼吸する度に清々しさが感じられる。

 これは、普段の街では感じられないものだな。

 聞こえてくるのは、鳥の声と虫の鳴き声位だけど。

 これは、何か聞き覚えがあるような無いような。

 とりあえずの感想としては、キャンプで行く山の中と大差ないのかな?

 見たことがないような知らない異世界って訳じゃなく、あくまでオレの知ってる世界と近い所なんだろう。

 そういえば、田所さんも『元の世界の過去』って所は否定していなかったし、昔話とも言っていた。


 オレの知ってる昔話ののどかな風景がこの後も続くと思っておこう。

 それにしても、何というか、田所さんは歩くのが遅い。

 遅いのは、あの身長に対する足の長さだから仕方ないとは思うけど、チョコチョコ頑張っている足が健気で泣けてくる。

 きっと、今までも一生懸命に歩いて来たんだろうなぁ。

 小さい体で頑張る姿に、お兄さん涙が出てくるよ。


「グスッ。ズズッ」


 オレが田所さんの健気さに感動していると、立ち止まり、振り返り、オレの顔をのぞき込んできた。


「大丈夫なのよ。心配しないでも私が必ず元の世界に帰してあげるのよ。だから泣かないで欲しいのよ」


 どうやら、オレが不安で泣いていると思ってしまったようだ。

 まだ、会ってから1時間位だけど、田所さんの優しさはすごく伝わってくる。

 単純で感情を押さえるのが苦手だけど、責任感はあってオレを気にかけてくれる。

 正直、まだ状況はわからないことだらけで不安なのは確かだけど、田所さんはオレを気にかけてくれている。

 放っとかれてもおかしくないと思えば、もっと田所さんに感謝しないといけないのかもしれない。




 まだ何もしてもらってないけど……




 ただ、泣き虫のように思われたままってのは勘弁していただこう。


「いや、何かゴミが両目と鼻に同時に入ったみたいで……」


「そうなのよ? じゃあ、これ使っていいのよ」


 と、ポケットからハンカチを出して渡してくれた。

 単純な田所さんとは、上手くやっていけそうです。

 会話をしたせいか、さっきよりも怒っている感じがしない。

 少し落ち着いたかな?

 今なら、話も出来るかもしれない。


「田所さん?」


「何なのよ?」


「さっきの話の続きというか、色々と質問したいんだけど。調査が終わるまで帰れないって言っていたけど、調査って何ですか?」


「………………」


「田所さん?」


 チョコチョコ動いていた足を少しだけスローにして田所さんはまた説明をはじめてくれた。

 何やら田所さんの中で葛藤がひとまずの決着をつけたようだ。


「世の中には、沢山のお話があるのよ。お話の世界は決められたストーリーの中を動いていくんだけど、たまにストーリーからズレてしまうケースがあるのよ。話屋の中に、そのズレを感じる専門家が居て、大なり小なりのズレを検知して他の話屋が派遣されたりするのよ。もちろん、大きなズレはそれだけ戻すのも大変だから、ベテランで力のある話屋が派遣されたり、多数の話屋がチームで派遣されたりするのよ」


 と、いうことは話屋ってのはかなり沢山居て、組織としても大きいのかもしれない。


「今回は、小さなズレがあるような気がするって位に小さなズレのようだから、ズレがあるのか無いのか、確認するのよ。ズレがあるなら戻して調査完了ってわけなのよ」


「じゃあ、この昔話のスタートに向かって移動中ってことなんですか?」


「……そうなのよ。あなた、さっきからかなり察しがいいのよ」


「ありがとうございます」


 田所さんは、大きくフゥーッと深呼吸して話を続ける。


「この昔話は、午前中に始まるから、今日中にスタート地点の近くに移動するのよ。世界から世界に移動する話渡りは、話の中の住人が近くに居ると移動できないから、ある程度人から離れた所に出現するのよ。正直、あなたが何でここに居て、何で私と関われるかはわからないのよ。まぁ、それは後から調べるとして、申し訳ないのだけれど、あなたには調査が終わるまで近くに居て欲しいのよ。あなたもこの世界にとっては異物みたいなものだから、勝手にされるといらないズレが出てきちゃうかもなのよ」


 話を途中で区切ると、急に歩いていた足を止めて体の向きをオレの方に向き直す。


「よろしくお願いするのよ」


 そして、とても礼儀正しい一礼をしながら、一言言って話を終えた。

 こちらとしては、頼まれなくても付いていくしかないわけで……


「こちらこそよろしくお願いします」


 出来る限りこちらも礼儀正しく頭をさげておく。


 田所さんとの距離が少し近くなった様に感じながら、もう10分程歩き、田所さんが足を止める。

 いつの間にか辺りは暗くなり、川のせせらぎが近くに聞こえる。


「着いたのよ」


 どうやら、スタート地点の近くに着いたようだ。


 午前中と言っていたので、今日はここで野宿なのかな?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ