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銀の翼 金の瞳 -アルラの門2-  作者: 弓削 結
銀の翼 金の瞳 -アルラの門2-
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第四話

「母親の親友の小暮冴(こぐれさえ)さん。インテリア設計の会社経営してて、わたしの保護者。今年に入ってから外国で仕事してたんだけど…さっき帰ってきたところ。で、こちらが早瀬竜杜さん。普段は別の所で仕事してるんだけど、こっちにいるときは実家の手伝いしてるの。」

 ダイニングテーブルを挟んで、冴と向かい合う形で都と竜杜が座っている。

 都が家に入ってまずしたことは、着替える振りをしてコギンをカバンごと部屋に入れ、「しばらく大人しくしててね」と言い聞かせることだった。その後大急ぎでお茶を淹れたが、いったい何を淹れたのか自分でもよく判っていないほど慌てていた。むしろ隣にいる竜杜が平然としているのを見て、ようやく安心したほどである。

 竜杜が頭を下げ自己紹介するのを、冴はじろりと()め付ける。

「随分年上とお見受けしますけど、おいくつかしら?」

「いきなり尋問とはね。」

「尋問?質問でしょ。」冴は眉根を寄せる。

「大体、都ちゃん、あのメールは何?」

「な、何…って。」

 はぁ~と冴は溜息をつきながら、

「好きな人ができました。将来前提にお付き合いしてます。

 あのね、電報じゃないんだから!字数制限ないんだから!もうちょっと書きようがあるでしょ。電話も出ないし、返事書いてもその件にはノータッチだし。」

「だって出たら冴さん、今みたいに言いたいことだけ言うでしょ。」

「そりゃー言うわよ。早瀬さん、でしたっけ?あなたも、いい大人が高校生に手を出して恥ずかしくないの?」

「惹かれあった結果だ。」

「他に言い訳は?」

「ない。」

 冴は額を押さえる。

「顔がいいのは認めるけど、口は悪いのね。」

「正当なことを言って文句を言われるとは心外だな。」

「正当だと思うならお付き合い、で区切るべきでしょ。どうして将来前提がくっついてくるのよ!」

「なら、いい加減な気持ちで付き合っていいのか?」

「そういう意味じゃない!」

「じゃあどういう意味だ?」

「話が飛躍しすぎ!」

「これは当事者同士の問題だろう。事細かに報告する義務はないはずだ。」

「あたしは都ちゃんの保護者なの。どこの誰だかわからない(やから)に、大切な親友の娘を任せられると思ってる?」

「代々の家職はあるし、両親も健在だ。」

「学歴は?」

「日本じゃ受けてないから、言ってもわからないだろ。」

「てか、一体いくつよ?いちいち言うことが時代錯誤なんだけど。」

「二十五。あんたよりは十分年下だと思うが?逆に聞くが年相応の自覚はあるのか?」

「年下にあんたって言われたくない!」

 唖然として二人の会話を聞いていた都が、突然吹き出した。

「都?」「都ちゃん?」

 ごめんといって後ろを向き、笑いをこらえようとするが止まらない。

 ようやく落ち着かせ、目元の涙を拭いながら肩で息をする。

「二人のやり取り、おかしくって。」

 思い出してまた、笑う。

 冴と竜杜は顔を見合わせた。

「都ちゃん…あなたの将来のことなのよ?」

「あ、うん。そうなんだけど…。」

これ(、、)、でいいの?」

「これと言うな!」

「じゃあ、あんたってのも止めなさいよ!」

 都の肩がまた揺れる。

 と、軽やかな着信音が鳴った。

 冴が慌ててバッグの中から携帯を取り出す。

「小暮…ええ、そう。」言いながら左手のワールドタイマーに目を落とす。

「今自宅。わかった。とりあえず受け取っておいて。すぐにそっちに行くから。」

 いくつか電話越しに指示を出し、その間に名刺ケースを取り出す。ついでに手帳からペンを引き抜くと裏に何か書き込んだ。

「それじゃあ、よろしくね。」

 電話を切ると都に名刺を差し出した。

「ひょっとしてこれから事務所行くの?」都は驚いて聞いた。

 まさか帰国したその日に会社に行くとは思わない。しかも今日は日曜日だ。

「本当は事務所に寄ってからこっちに戻る予定だったんだけどね。送り出した荷物が届くから一応立ち会わないと。これオフィスの住所。言ったと思うけど引っ越したの。電話番号は変わってないから。」

 あれ?と、都は首をかしげる。見覚えのある町名は、以前地図を片手に歩いたエリアだ。

 冴は立ち上がるとキッと竜杜を(にら)み付けた。

「とりあえず今日のところは撤収するけど、早瀬竜杜!今度はきっちり時間とって話し合うからね!」

「必要あるのか?」

「問答無用!…っと忘れるところだった。」

 冴はリビングの隅に置いてある位牌に手を合わせると、文字通り飛び出して行った。


「で、なんであんたがいるの?」

 ぴく、と冴の眉が跳ね上がる。

 朝の(すが)しい空気が残る時間帯のフリューゲルの店内。昨日の今日でまさか会うと思わなかった相手と対面し、いささか声に剣が含まれる。

 だが相手はそれを無視し、注文は?と問いかける。

「質問に答えなさいよ。早瀬竜杜。」

「見ての通り手伝い、だ。それより注文。」

 促されて、冴はブレンドを注文する。

「外国だかどっかで仕事してるって言わなかったっけ?」

 上から下までじっくり相手を眺める。

 白いワイシャツにネクタイ。黒のズボンに黒のエプロンはいかにも喫茶店向きの格好だ。

「だから手伝い。ここは父親の店。」

「お父さん?」思いもかけない返事に力が抜ける。

「俺はあんたのように所構わず臨戦態勢になるほど、血気盛んじゃないんでね。」

「かわいくねー!」

 立ち去る後姿に思わず言ってから、怒りに任せてグラスの水を一気飲みする。

 朝一番で打ち合わせを終え、コンビニでも探そうと外に出て目に付いたのがこの店だった。商店街…といってもほとんど外れの住宅地に近い場所にある意外性と、リノベーションした古い洋館、そしてどこか懐かしさを感じてふらふらと入ったら、出くわしたのが昨日の対戦相手だったのだ。

 一息ついてから、ようやく店内を見回す。

 厨房(ちゅうぼう)は改装しているが、室内は昔のままの姿を残しているようだ。使い込まれた壁や天井はきちんと手入れされていて、掃除も行き届いている。席の数こそ少ないが、角度によっては窓から見える庭の芝生が借景(しゃっけい)になっているのも好ましい。奥にも部屋があるのか、階段らしきものが見える。

 その近くの壁に掲げられた写真に目が留まった。

 立ち上がり、近くまで寄って見ると、左下に「Miyako・K」の文字。

「都ちゃんの写真ですよ。」

 冴が振り返るより先に、香ばしいコーヒーの香りが鼻先をくすぐる。

 ことり、とカップが置かれたテーブルに戻った。

(せがれ)が失礼しました。」

 お詫びと言いながら、早瀬はクッキーの載った小皿を置く。

「お話は伺ってます。物凄くパワフルな保護者だって。ここしばらく海外でお仕事なさってたとか。」

「一段落したので昨日大慌てで帰ってきました。」そう言って冴は名刺を渡し、自己紹介する。

「ひょっとしてあの子、こちらでお世話になってたんでしょうか?」

「一人暮らしだというから、夕食には何回かお誘いしましたよ。帰りは僕がちゃんと送りましたけど。」

「その、二人が交際していることは。」

 ええ、と頷く。

「あなたにも言い分がおありでしょうが、僕は賛成してます。」

「あの子が詳しいことを言わないものだから、混乱していて。」

「あいつも言葉が足りなかったでしょう。」

 早瀬はカウンターの中にいる竜杜に目を向ける。

「えーと失礼ですけど、本当にあれと血のつながったお父様…なんですよね。」

 早瀬は苦笑した。

「ええ。れっきとした親子ですよ。ただ竜杜は容姿も気質も母親に似たので、真面目というか融通が利かないというか。」

「すんごく判ります。」

「奥さんの仕事を引き継いでいるので普段は離れて暮らしていますが、僕の息子にしちゃ優秀ですよ。」

「その…」家業が何かを尋ねようとしたのと同時に、連れ立った客が入ってきた。

 早瀬は「ごゆっくり」と笑顔で言ってその場を離れた。

「ま、いっか。」

 呟き、コーヒーの香りを堪能する。カップを口につけ、ほーっと息を吐き出した。

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