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第3話 『入部希望』


 噂というものは足が速いもので、その日の昼休みには「有居歩(ありい あゆむ)が二年の大谷飛鳥(おおたに あすか)先輩に振られた」という話がクラスで広がっていた。


「デマやん!」


 歩(あゆむ)は抗議の声を上げた。

 教えてくれた友達、佐倉咲希(さくら さき)は、


「目立っとったあんたが悪い」


 自席から立ちあがろうとした歩の頭をガシっと掴んで、耳元で囁いた。そして、


「……あんた、ただでさえ目立つんやから」


 と、さらに小さい声で言った。

 それは友への純粋な注意だ。だから、歩は素直に「はい」とうなずいた。


 朝だって、頭を小突いてくれなかったら、いつまでも駐輪場の所で立ちっぱなしだった。咲希にはいつも感謝している。


 それにしても、あの“車掌さん”のそっくりさんの名前は「大谷飛鳥」というらしい。


「安心して。大谷先輩に告白して玉砕した一年はアユだけじゃない」

「玉砕してな──!」

「あほ」


 叫ぼうとした歩の口を、すかさず塞いでくれる咲希。

 危うく「玉砕してない」=「付き合い始めた」という噂が広がるところだった──いや、広がりはしないか。

 

「……そんなにモテるんだ、あの先輩」


 その一年生たちは、当たり前だけど、歩と同じく入学してまだ一週間のはずだ。


「“イケメン”が服着て歩いてるような人やん」


 咲希は至って真面目な顔で言う。


 歩は「そりゃイケメンは服着て歩くやろ」と内心でツッコミを入れたが、彼女の言いたいことはわかった。

 確かに、ず(・)っ(・)と(・)綺麗な顔だと思っていた。でも、もちろんそれが追い続けてきた理由ではない。


 咲希には、『夜と朝の間』のことを話したことはない。この親友なら、話しても「おかしくなった」なんて思わない。口にはするだろうけど。


 それでも言えない。──「毎日、幽体離脱している」なんて。

 うまく説明できないけど、友達でも、いや、友達だからこそ、“霧の向こう”には近づけてはいけない気がする。

 

「部活見学、行くん?」

 咲希は唐突に話題を変えてきた。

「うん、行く」


 本当はもっと早く見学に行きたかった。だけど、今日まで、希望している部の活動日がなかったのだ。


「ほんまに行く?」

 しつこく訊いてくる咲希。

「行くてや」


 咲希は歩の目を見て、うなずいた。


「オッケー」


 歩は、友人の念押しの意味を放課後に知ることになる。

 

 *


 インターアクト部の部室をノックすると、


「どうぞ」


 “車掌さん”──もとい、大谷飛鳥先輩が扉の向こうから現れた。


 歩は咄嗟に同行していた咲希を振り返った。

 咲希は視線を逸らすどころか、「訊いたやろ?」と言わんばかりに睨み返してきた。


 確かに訊かれたけど! 大谷先輩のことなんて、口にしなかったやん!


 と、声に出さずに抗議した。


「こ、こんにちは! 入部希望です!」


 とにかく、歩は頭を下げた。


「ありがとう。どうぞ中へ」


 手を広げて、部室の中へ招き入れてくれる大谷先輩。柔らかな笑み。歓迎してくれているのがわかった。歩の顔を見ても、朝のことを気にしている様子は見せなかった。


(……本当に告白され慣れてるんだ)


 そう思って、すぐに気づいた。──私、告白してない!


 そんな虚しいセルフボケツッコミはさておき、ひょっとして顔を覚えられてないのかも、と思い直した。顔はともかく、自分の見(・)た(・)目(・)は客観的にも忘れにくいと思うんだけど──なんて思ったり。


 いや、違う。

 きっと大人の対応ってやつだ!


 ──なんて思い至ったところで、


「どうぞ?」


 大谷先輩がかすかに首を傾げた。

 そりゃそうだ、と思った。入部希望者に入室を促したのに、考え事をして動こうとしないのだから。


「ごめんなさい!」


 慌てて部室の中へと進んだ。チラッと振り向くと、咲希が挙げていた右手を下ろすのが見えた。──また小突こうとしていたのかもしれない。なんだか申し訳ない。


 歩と咲希は、案内されたテーブル席に並んで腰掛けた。

 部室は部室棟の一室ではなく、第三校舎の使われていない教室だった。真ん中に折り畳み式の古めかしい長テーブルが二台くっつけて置かれていて、その周りに生徒机が乱雑に並んでいる。

  

 部室には三人の先輩がいた。大谷先輩以外に、男子と女子が一人ずつ。その二人が、歩と咲希に向かい合うテーブル席に座った。

 大谷先輩は、窓際の生徒机の椅子に座った。


「本当はもっと部員はいるんよ?」


 向かって右に座った女子の先輩が、柔らかい表情でそう言った。


「大勢(おおぜえ)の上級生で出迎えて、引かれたら嫌やから」


 向かって左に座った男子の先輩が、説明を引き継いだ。


 つまり、大人数の先輩部員で威圧感を与えないための対応ということか。


「……と言っても、来てくれた希望者はあなたたちが初めて。だから、歓迎します。私は三年の藤岡凪沙(ふじおか なぎさ)。部長をしています」


 女子の先輩が、変わらず柔らかい表情のまま自己紹介をした。


「俺が同じく三年で、副部長の野間颯太(のま そうた)。よろしく」


 男子の先輩も自己紹介をした。


「初めまして。一年、有居歩(ありい あゆむ)です!」

「同じく、佐倉咲希(さくら さき)です」


 最後に藤岡部長は、後ろの大谷先輩を振り返って、


「知ってるかもしれないけど、彼は二年の大谷飛鳥」


 後輩部員を改めて紹介した。


「よろしく」


 椅子に座ったまま、あっさりと挨拶する大谷先輩。


 語彙力の乏しい自分が情けないけど、部長の藤岡先輩は美人さんだった。

 髪は肩よりも少し上で切り揃えられたワンレングス。体は細身だけど、痩せすぎでもない。すごくスタイルが良さそうなのが、座っていてもわかる。歩と同じ制服なのに、どこかのお嬢様学校の制服を着ているかのような着こなし。眼鏡もすごくオシャレなデザインだ。


 ──って、初対面でじろじろ見るのは失礼だ。


 野間先輩は、すごく身長が高いわけでも、がっしりした体型でもないけど、スポーツマンという印象を受けた。短く刈り込まれた髪の毛が、その理由かもしれない。

 

 そして最後に、歩は大谷飛鳥先輩を見やった。


 やっぱり綺麗な人だと思う。アイドルとか芸能人みたい、という表現はピンとこない。似ている有名人は思い浮かばない。


 似ているのはあの人──“車掌さん”だけだ。


 ──いや、違う。

 他にも似ている人がいるような気がする。

 でも、思い出せない──


「二人は入部希望ということでいい?」


 藤岡先輩が歩と咲希に確認した。


「この子はそうです。私は検討中だと思っていただければ」


 咲希の説明に、歩は「え?」と横を見た。

 昨日の段階では、咲希は「ただの付き添いで見学に行く」と言っていたからだ。


 ──まさか、飛鳥先輩目当て?


 なんて、一瞬でも思った自分の頬を心の中で引っ叩いた。


「インターアクト部って、ボランティア部やと思ってるんと違(ちゃ)う?」


 藤岡部長の質問に、


「違うんですか?」


 歩は問い返した。


「そういう一面はあります。定期的な清掃や募金は、代表的な活動です」


 部長の説明に、副部長の野間先輩がかぶせるように、


「ウチの部の目的は『地域貢献』やから。地域活性化のために、いろいろ自分たちで考えて活動してます。具体的には、コンテンツの掘り起こしとか、お城の観光ガイドをしたり、観光促進のプロモーションビデオを──」


 そんな力説を始めた。 

 だけど、それを遮って、窓際から大谷先輩が口を挟んだ。


「いきなり硬い説明はやめましょう。似合ってないし」


「はあ?」

 顔を歪めて振り向く野間先輩。彼から見れば、大谷先輩は後輩だ。生意気な口を聞くな、と思ったのかもしれない。


「そやね。一年生が身構えるかも」


 藤岡部長が、大谷先輩へ同調する。どこか楽しそうに。

 

 野間副部長は、顔をしかめたまま窓際を振り返り、


「なら、お前が柔(・)ら(・)か(・)い(・)説明せぇや」


 やや語気を荒げて言い返した。


「……ウチの部は確かにボランティア部に近いです。でも、何が求められているかを、町の人たちと一緒に考えながら活動しています」


「……わかりやすいです」


 大谷先輩の説明に思わず相槌を打った歩の二の腕を、咲希が肘でつついた。


 野間副部長は少し苦々しい表情を浮かべたものの、何も言わずにうなずいた。


「直近では、ゴールデンウィークにお城で開催されるイベントに参加します」


 部長が引き継ぐ形で説明を続ける。


「内容は?」

 咲希が問う。

「こどもの日にちなんで、甲冑武者に変装して、お城への入場を促します」

「へえ。面白そう」


 ちょっと身を乗り出す咲希。確かにこの人、そういうの好きそうだな、と歩は思った。


 ただ、歩は「こどもの日=甲冑武者」という式が結べず、内心で首を傾げていた。

 そして、それとは別に疑問が浮かんだ。


「その甲冑、鉄でできてます?」


 歩の質問に、部長はプッと吹き出した。だけど、机(・)の(・)下(・)の(・)歩(・)の(・)足(・)元(・)に視線を向けると、真面目な顔になった。


「塩化ビニールといって、まあ、プラスチックみたいな素材だから、鉄ほど重くはない、かな。ただ、服みたいに軽くはないし、暑いし、動きにくい……かも」


 丁寧に説明してくれた。


「わかりました。やってみます」


 歩は頭を下げて快諾した。でも、よく考えてみれば、まだ一緒にやろうと誘われたわけではなかった。


「やる気やな。頼もしい」


 野間副部長が、感心したようにうなずいた。


「私は、とりあえずそのイベントの後に、入部するかどうか決めてもいいですか?」

「もちろん」


 咲希の質問に部長はうなずき、次に歩へと向き直った。


「有居さん。あなたはどうしてウチの部に?」


 そんな質問をしてきた。


「えっと──」


 歩は言葉を探るように、説明を始めた。


「私、中学の時に事故で左足を失(なく)したんです。義足に慣れるまでは車椅子を使うこともあって、その時にこの部の皆さんにお世話になりました」


「それって、市民センターでのイベント?」

「覚えてます?」


 部長の言葉に、歩は驚いた。


 ちょうど一年前の四月、市民センターで行われた交流イベントに、歩は中学の生徒会の一員としてボランティアで参加した。

 その頃の歩は、人出の多い場所を義足で歩くことにまだ不安があり、車椅子で無(・)理(・)に(・)参加した。

 その時、この高校のインターアクト部の先輩たちがさりげなくフォローしてくれた。そのおかげで、歩は無(・)理(・)の(・)な(・)い(・)役割を果たすことができた。

 

「ええ。覚えてるわ。ねえ、飛鳥」


 窓際を振り返る藤岡部長。


 大谷飛鳥先輩は、


「ああ。……元気になってよかった」


 歩の目を見て、柔らかい表情でそう言った。


 対する歩の心境は、少し複雑だった。


 まず、その時の自分はそんなに元気がなかったのか?

 次に、じゃあ今は元気に見える? でもそれって、なんか能天気に見えてるってことない?

 そして最後に思ったことは──自分はあのイベントで、飛鳥先輩と会ってたんだ、ということ。

 

 事故から半年しか経っていなかったのに、“車掌さん”と同じ顔の先輩を見ても、自分は気づかなかった、ということ。


 やっぱり、大谷飛鳥先輩と“車掌さん”は別人なのだろうか。


 *


 その後、部長と副部長からさらに活動内容の説明を受け、次の会合の案内をもらい、ゴールデンウィークのイベント「甲冑隊参上!」への参加を約束して、歩と咲希は部室を後にした。


 校舎を出て駐輪場に向かう道すがら、咲希から衝撃の情報がもたらされた。


「──元カノ!?」


「有名な話やけど? 大谷飛鳥は一つ上の幼馴染、藤岡凪沙と付き合ってた、って」


「幼馴染?」


「食いつくとこ、そこなん? あの二人と副部長の野間颯太先輩は、小学校からの付き合いだって」


「そうなんや……」


 部室での三人のやり取りを思い出すと、確かに幼馴染という関係性はしっくりくる。


「先輩と後輩でかぁ。てか、なんで別れたんかな。仲良さそうやのに」

「それは知らんし。今度訊いてみたら?」

「訊けるか!」


 ツッコミながら、歩は別のことを考えていた。


 野間副部長は、大谷先輩に当たりがきつかった。ひょっとして野間先輩は藤岡部長のこと……? でも、もう別れたんなら……。


 なんてことを考えても仕方ない。興味がないわけではないけど、極端な話、自分には関係のない話だ。


 大谷飛鳥という人の過去の恋愛の話を聞いても、驚きこそすれ、心は大きく動かなかった。


 でも、気にならないわけではない。

 彼ともっと話したいと思った。

 知りたいと思った。


 それは“車掌さん”とそっくりだから、という理由もあるし、ひょっとしたら人(・)違(・)い(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)とも思っているのかもしれない。


 今の歩には、自分の気持ちを整理することはできなかった。



((What A) Wonderful Wold / Sam Cooke)

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