1.ユカちゃんが襲われた
ユカちゃんが襲われた。ツヨシくんからの報告に僕たちはびっくりした。ツヨシくんはクラスメートでユカちゃんのボディーガードを自称している。
昨日の放課後、クラブ活動を終えたユカちゃんは、帰り道がいっしょの友だちと校門を出た。ツヨシくんはいつも通り尾行を始めた。柔道部のキャプテンではあるけれども、ユカちゃんのクラブ活動が終わる下校時刻にはきっちり校門で待機している。ユカちゃんは公園の手前で友だちと別れ、自宅までは一人っきりになる。距離は200メートル程度。そこで襲われたという。
ユカちゃんの自宅は大邸宅だ。お父さんの仕事についてユカちゃんは何も言わないが、今までの言動から察するにまともな職業ではないような気がする。ただ大金持ちには違いない。僕たちは別荘に泊ったこともある。あまりいい思い出ではないが。
ツヨシくんがユカちゃんといっしょに僕の家へ来たいと言うので、住所を教えた。ユカちゃんは黒塗りの車で到着した。ユカちゃんは大喜びで僕の父と母にあいさつした。
「はじめましてー。アキちゃんの友だちのユカだよー」ため口か。
「おお、すごい美人だ」父が思わず感想をもらした。
「お父さん」母がたしなめた。
「おお…」父がユカちゃんの胸を見て思わずもらした。
「お父さん」
ツヨシくんによれば、後ろからバンが近づいてきて男が出てきたそうだ。その手法はこの町で流行っているのか。僕も二度ほど経験した。犯人はユカちゃんのお父さんの部下だったけど。ツヨシくんはすぐに察知して、助けに入った。この時ツヨシくんは、以前僕とアキちゃんが襲われた時、相手が二人だったこと、スタンガンを持っていたことを思い出して、最善の方法を選択した。ユカちゃんを抱えてダッシュで逃げたのだ。ユカちゃんの家の門の前でユカちゃんを下ろし、警備員に門を開けてもらって、無事家に入った。
「監視カメラの映像は?」父が聞いた。
「警備員に見せてもらったけど、バンは映ってなかった」ユカちゃんが答えた。
「計画的ね。ちゃんとカメラに映る範囲を避けて、その手前を狙ったんだわ」母が言う。
「映ってたのは、ツヨシくんがアタシを抱えて走って来るとこだけだった。だから消してもらったー」
「えー?」父と母と僕とアキちゃんが同時に叫んだ。
「なに?だめ? だってー、恥ずかしいじゃん。それにお父さんには知られたくないしー」
「なんで?」
「小学生の時にもあったのよ。お父さんったらそれから毎日アタシにボディーガードつけたんだよー。もー、サイアクだったー」
「そりゃこんな娘をもったら、どんな父親でもそうするだろ」父が言った。
「お父さん」母がたしなめた。
「ウチにそんな娘がいなくてよかったな」僕が言った。
「アキちゃんは自分の身を守れるしね」母は自慢げに言った。
「それよりお腹すいたー。なんか食べたーい」
母がユカちゃんをにらみつけた。
「やだ、こわーい」
「わたしもお腹すいたー」アキちゃんが助け舟を出した。
母はしかたなく支度を始めた。
「でもさ、今日みたいにツヨシくんがいたら安心じゃん。違う?」
「のんきなやつだな。これで向こうがあきらめてくれたらいいけど」
「まあ、こういうのは一度相手に警戒させてしまったら、失敗するリスクが高くなるからな。手を引く可能性はある」父が冷静に言う。
「お父さんの車で送り迎えしてもらったら」
「だからそれがイヤなんだってばー」
「でも心配だよ。しばらくわたしがいっしょに帰ってあげようか?」アキちゃんが言う。
「それよりアタシがここに住んだ方がよくない?」
「断る」僕はきっぱり言った。
「オレはいいと思うぞ」と父。
「反対」母もきっぱり言った。
「でもアキちゃん、アタシをウチまで送ってから、ひとりでここまで帰るの?」
「じゃあカレもいっしょについてきてもらう」
「やっぱりアタシといっしょに暮らさない?」
「それは、やだー」
「えー、つまんないー」
「わたしたち、新婚だって言ったよねー」
「そうだっけー? 証拠見せてよー」
「ちょっとだけだよー」アキちゃんはちょっとうれしそうに言った。
2階のベッドルームにユカちゃんを案内して見せたら、ユカちゃんは驚いて
「すごーい。でもこれだったら3人でいっしょに寝られるじゃん」と言った。
「殺されたいの?」後ろで母が言った。
放課後、ユカちゃんはアキちゃんといっしょに帰ることになった。二人は並んで楽しそうに話しながら歩いている。その少し後からツヨシくんと僕が尾行している。問題の場所が近くなってきた。僕たちの近くを小さな女の子が歩いている。突然男が飛び出してきて、女の子を蹴り飛ばした。女の子は地面に倒れて泣き出した。ツヨシくんが助けに行った。バンが走って来て男を乗せるのが目に入った。まずい。僕は全力で追いかけた。バカバカバカ。僕が女の子を助けて、ツヨシくんに男を追いかけてもらうべきだった。もう間に合わない。僕は大声で
「逃げろ!」と叫んだ。
アキちゃんが気が付いて、ユカちゃんの手を引っ張って走り始めた。監視カメラに映るところまでたどり着いた。バンはバックしてきて、なぜか僕の横で止まった。スライドドアが開いて男が出てきた。アキちゃんが青い顔をして全力でこっちに向かって走ってくるのが見えた。僕は車に引きずりこまれた。車が発車した。僕は手足を縛られ猿ぐつわを咬まされた。またか。アイマスクをされ、何も見えなくなった。
ドラマではこういう時、犯人がいろいろ状況説明をしてくれるものだが、こいつらは何もしてくれなかった。アイマスクの上からヘッドホンを付けられて雑音しか聞こえない。突然アイマスクとヘッドホンが取り上げられ、カシャッと音がした。スマホのカメラがこちらを向いている。撮影された? スマホを持った男は仮面マスクをしている。ハロウィンの仮装によくあるやつだ。男は3人いた。全員仮面マスクをしている。僕を撮影した男はスマホを操作し始めた
全部あとから聞いた話だが、この時男は僕の写真をユカちゃんの携帯に送って
「こいつを助けたかったら、誰にも言うな。ひとりでここへ来い」と場所を指定したらしい。ユカちゃんは「ひとりじゃ怖くて行けないから、親友といっしょでもいいか」と返して、アキちゃんと二人の写真を撮って送ったらしい。
「どうよ」
「いいねえ、SNSで見たまんまじゃねえか」
「最初は修正してると思ったけどな」
「こっちの女はおまえらにやるよ」
「こっちもかわいいじゃん」
僕は最初、身代金目的の誘拐の可能性も考えたが、そうではないようだ。目的はやっぱりユカちゃんらしい。ほらみろ。オスの性欲はこういうバカなことをさせてしまう。どこかの使われていない事務所のようだった。埃まみれの椅子やテーブルが隅に寄せられ、僕は手足を縛られて床に転がされていた。エロ動画に出てくるような攻め具がいろいろ置かれている。こんなのを使うつもりか。ユカちゃんは未成年だぞ。まだ処女だぞ。きっとスマホで撮影もするんだろう。なんて情けない。こういうオスにとってメスは快楽を得るための道具にすぎない。心を持ったひとりの女の子だなんて、思っちゃいないんだ。
「おい、来たみたいだぞ」男の一人がスマホの画面を見ながら言った。
外にWiFiカメラでも仕掛けてあるのか。
「カメラから目を離すなよ。変な動きがあったらコイツを人質にしてすぐ逃げるぞ」
「オッケー。だいじょうぶそうだ」
しばらくしてユカちゃんとアキちゃんが入って来た。ユカちゃんはふるえながらアキちゃんにしがみついている。アキちゃんもこわがっているフリをしながら、間合いを測っているようだ。チラッと縛られて床に転がされている僕を見た。アキちゃんの目に涙が浮かんだ。ドラマだとここで犯人たちのセリフを延々と聞かされるところだ。
だがアキちゃんはセリフを待たなかった。不用意に近づいて笑いながら何か言い出そうとした男をいきなり蹴り飛ばした。そのままクルッと一回転してもう一人も蹴り飛ばした。逃げようとした3人目も壁まで蹴り飛ばした。手加減なしだ。3人とも骨が砕けたか、内臓が破裂したか…。
父と母が駆け付けた。
父が倒れている男たちを見て、うろたえながらアキちゃんに聞いた。
「あいつら、だいじょうぶなのか?」
「死ねばいい」アキちゃんが言い放った。
その場にいた全員が震え上がった。アキちゃんは本気だ。
公衆電話から匿名の通報をして、僕たちは家に帰った。僕は犯人たちのスマホを回収していた。父もWiFiカメラを回収した。警察に調べられたくなかった。メールと画像が残っているはずだ。
「もう、大変だったんだからねー。アンタが連れ去られたあとアキちゃんパニックっちゃって、青い顔でどうしよう、どうしようってずっと言い続けて、腹いせに何かされたらどうしようとか、二度と会えなくなったらどうしようとか、どんどん悪い方に考えていって、犯人たちからメールがきて、警察に通報しようかと迷った時も『ぜったいダメー』ってみんなを止めて」ユカちゃんがまくしたてた。
父はユカちゃんの髪留めにGPS装置を仕込んで追跡することにした。携帯のGPSは電源切られたらアウトだし、服は脱がされたらアウトだ。持ち物は取り上げられても、髪留めなら取られない確率が高いと判断した。アキちゃんはあの部屋で僕の姿を確認してやっと安心したらしい。あの涙はそういうことだったのか。
アキちゃんは僕の手を引いて、2階へ上がった。ベッドの上でアキちゃんは僕に抱きついて泣き始めた。そのまま朝まで泣き続けた。
「あの3人もバカよねえ。うちの息子に手を出してアキちゃんを本気で怒らせるなんて、この世でいちばん踏んじゃいけない地雷を踏んじゃったって感じ」母が言った。
「ニュースで話題にもなってないし、こりゃ闇に葬られたかな」父が言った。
「あ、それアタシがお父さんに頼んじゃった」ユカちゃんが言った。
「ほんとに? 自分の娘があいつらに何をされそうになったか知ったら、お父さん…」
「知らない。アタシのせいじゃないもん」
「…別の地雷も踏んでたのね」




