ep.56 もはやこの作品、ハーレムになってもおかしくない。
季節は冬。
バレンタインが近づく中、
またもミミルが休みを宣言する。
そんなある日、満は
恭弥のことで悩む春夜の話を聞いてしまう……
「うぇ!? あと4ヶ月!? なんで!? なんでそう思うの!?」
雲雀先輩の声が、ここまで聞こえてくる。
僕も正直、彼女と同じ気持ちだった。
聞いちゃいけない、そう思ってはいるのに体が動かない。
だって喧嘩もすることなくて、一番仲が良さそうなのに……なんで……
「春夜ときょうちゃんってね〜春夜が部活出来なくなったのがきっかけなんだ〜春夜の代わりにきょうちゃんが夢を叶えます〜って言ってくれて」
「……あっ、4ヶ月後って総体の月……」
「結愛ちんご名答〜最近のきょうちゃん、超調子よくてさぁ。今度の総体も先生に優勝狙えるって言われてて。その時にいわれたんだ〜約束を果たせそうだって。約束がなくなったら、もしかしたらきょうちゃん、いなくなっちゃうんじゃないかなぁって」
それは、僕にとっても身に覚えがある話だった。
以前、海に行った時に二人の話は聞かせてもらった。
春夜先輩の夢を、恭弥君が叶える。
そのことで繋がった二人は、徐々に距離を縮めて……
彼女の言うとおり、最近の恭弥君が好成績なのも知っている。
いつも夜にその報告を受けるし……
「おっとぉ、もう授業始まっちゃ〜う。それじゃあ春夜はこのへんで〜って……あれ? 満ちん?」
足早に去ろうとする彼女につい見つかった時も、僕はどうすればいいかわからなくなっていたー……
「はい、上がって上がって〜そこ座ってて〜お茶持ってくるから〜」
「あ、ありがとうございます……お邪魔しまーす」
「緑茶で、いい、ですか? すみません、今暖房ついたので寒いんですけど…」
「あ、大丈夫、気にしないで。私もみっちゃんも、急にお邪魔したわけだし」
ね? と彼女が目配せしてくれる。
先輩の優しそうな笑みに、たじらぎながらもか細く返事して見せた。
どうして僕は、ここにいるんだろう。
我ながら、状況がよく分かっていない。
偶然とはいえ彼女の話を聞いてしまった僕は、口止めとしてなのか寮に連れられてしまった。
結果、初めて女子寮に行くことに繋がっている。
自宅学習期間にも関わらず心配だから、と雲雀先輩も一緒に来てくれたけど……なんだかんだ女子寮になんて行ったことなかった僕にとって、居心地悪くて仕方がなかった。
虹己君や恭弥君がいたらまだよかったのに、まさか女子三人の空間に僕一人いることになるとは……
そもそも僕が聞いちゃったから、だよね。ほんと、ごめんなさい……
「それで? みっちゃんはどこまで聞いちゃったのかなぁ? 怒らないから、先輩に教えなさい」
「え、えっとぉ、バレンタインを用意してない〜って話してたあたりから……」
「わぁ、大分序盤じゃぁん。盗み聞きもここまでくると犯罪だよ〜? 満ち〜ん」
「うう……すみません……」
「で、でも、逆に聞けるんじゃないかなぁ? 藍沢君がどう思ってるか、とか……」
鳳先輩が、控えめながら僕を見る。
注がれたお茶の湯気がゆらゆら揺れる中、僕はどう答えていいか分からなかった。
聞いてしまった以上、僕は彼女達の不安をかき消さないといけない。
けれど余計なことは言えないし、間違ったことを言ったら逆に傷つけちゃいそうだし……ダメだ、何を言おうにもリスクしかない。
なんとか……なんとかしなきゃ。でも僕なんかに、何ができるって言うんだよぉ……
「ダメだよ〜結愛ちん、満ちん困らせちゃ〜」
「あっ……ごめんなさい、私……」
「でもさ、結愛ちゃんの気持ち私もわかる。私もみっちゃんにあげるチョコ、二人に聞きに来た身だし…」
ごめんね、と小さく謝る雲雀先輩に、大丈夫? と不安がる鳳先輩。
みんな、普段見ない春夜先輩の姿に心配そうだ。
実際僕だって同じである。
だからこそ、どうしていいか分からない。
……こういう時、ミミルならどうするだろう。
ミミルのことだから、大丈夫だろって笑ってくれるんだろうか。
いつも彼から返って来るのは曖昧な答え、根拠の無い自信。
それでも彼がいるだけで、前に進めた気がした。
ミミルがいるのといないのとじゃ、こんなに違う。
僕も、前に進まなきゃ。
合唱コンクールだって、自分達で乗り越えられたんだ。
僕に、出来ることはー……
「あのっ! だったら、また新しい約束を作ればいいんじゃないでしょうか!!!」
僕の言葉に、彼女達の目が向く。
不安そうな表情に、僕はまっすぐ自分の思いをぶつけた。
「約束を果たさないで、なんて頑張ってる恭弥君には言えません。だったら約束を作っちゃえばいいんです。卒業しても一緒だよ、とか、浮気しないこと、とか! 大丈夫です、恭弥君ならどんな約束でも交わしてくれます。だって恭弥君、三度の飯より春夜先輩大好きなので!!!」
僕の役目は、一緒に心配することじゃない。
彼女たちを、安心させること。
虹己君はもちろん、恭弥君のこともずっと僕は見てきた。
二人は僕がどうしようもない時も、ミミルと同じくらい、いやそれ以上に力になってくれた。
だから、僕はー……
「ぷっ……あははははっ! みっちゃん、何それっ! さ、三度の飯って……」
「面白〜い。それ、きょうちゃんが本当に言ったのぉ?」
「あ、藍沢君って意外と面白いんですね……ふふっ」
大真面目に返した、つもりだった。
が、三人はなぜかお腹を抱えて笑いだしていた。
予想外の反応に、僕はぎょっとしてしまい……
「あ、あれ?! 僕、なんか変なこといいました!?」
「言ったよぉ〜あー、お腹痛い……そんなに言うほど恭弥君ってはるちゃん好きなの?」
「そ、そりゃあもう! 毎日のように惚気聞かされますし、虹己君なんて聞きたくないからって他の人の部屋に避難するんですよ!?」
「後半から愚痴になってるよ〜〜はぁ〜〜……そっかぁ〜そんな簡単なことだったのかぁ〜〜」
笑い疲れたのか、ふぅっと春夜先輩が一息つく。
その顔はどこか吹っ切れたような顔をしていて、さっきとは打って変わったように清々しそうで……
「いやぁ、満ちんの言う通りだよ〜そうだよね〜約束なんて、何個でも増やしちゃえばいい話だもんね〜」
「言われてみればそう、だね。ありがとう、赤羽君」
「え、あ、ど、どういたしまして……」
「みっちゃんって、当たり前だけどすごく大事なことにいつも気づかせてくれるよね。そういうところ、私大好き」
3人の笑顔は綺麗で眩しく、とても明るい。
僕のやった事は間違ってない、と言ってくれているようでなんだか心がすっと軽くなった気がした。
これでいいんだよね、ミミル。
いないと分かっていても、どこかで見ていそうな彼に向けて、僕は心の中でつぶやいてみせた……
(つづく・・・)
バレンタイン編は、
春夜と恭弥をメインに描くつもりで始めましたが
正直問題を起こすこと自体に苦労しました。
あの二人、すごい仲がいいじゃないですか…
というわけで、
むかーーしに語ったなれそめを拾わせてもらいました。
春夜ちゃんがこんなに悩む姿は新鮮なので
やっぱり乙女なんだなぁと思う日々です。
次回は14日更新。
世間もバレンタインデーなら、
本編でもバレンタインデーをしちゃいますよ!




