ジェマ
見知らぬ女性は、ポピー先生の知り合いの娘さんなのだそうだ。クレオパスが調査に行った街で昔攫われたという女性だ。
今は無事に家に帰れたそうだ。それでそのきっかけとなったクレオパスにお礼を言いに来たという。
少し後で来たポピーが驚き、嬉しそうに泣き崩れ、ジェマを驚かせていた。
それだけ先生には、彼女の失踪はショックな出来事だったのだろう。自分の生徒に必ず人間の危険性を訴えるほど。
それにしてもジェマはセクシーな人だ、とミーアは思う。スレンダーでとても色っぽい。態度も堂々としている。
ただの田舎娘としては、つい自分と比べて劣等感を抱いてしまうのだ。クレオパスは彼女を見てなんとも思わないのだろうか。
もし、気にならないのなら、『浮気者』なんて言って悪かったかな、と反省する。
とりあえず、みんなで自己紹介をし合った。
「あと、この人は向こうで知り合った私の彼のアーロンです」
ジェマという女性はわざわざミーアの方を見ながら黒豹の獣人を紹介してくれた。私には彼氏がいるから大丈夫よ、と言ってくれてるのだろう。恥ずかしい。
「よ、よろしくお願いします」
戸惑いながらもそう挨拶する。
「あと、ジェマさん、さっきはごめんなさい」
それは言っておいた方がいいと思った。失礼な事をしたと気づいたらすぐに謝るのは当たり前だ。
「いいのいいの。ミーアちゃんもびっくりしたでしょ」
「え、はい……」
つい素直に答えてしまった。すぐに恥ずかしくなって顔を覆う。
「やだ、この子かわいいっ!」
ジェマがそう呟いている。あの酷い態度のどこがかわいいというのだろうか。
「それにしても、ジェマちゃんは向こうではどうしてたの?」
ポピーが気になっていたであろう事を聞く。それは彼女の傷を刺激しないだろうか、と心配になってしまう。
でも、ジェマは気にしないようで、すぐに話し始めた。
どうやらジェマはどこかの家に愛人奴隷として売られるのが嫌だという事で、踊り子として自活をしていたらしい。名の売れた踊り子なら誰かの愛人などやらなくて良くなるから、と言っていた。だから色っぽいのか、と納得する。
そして、親には自分が無事であるという事を示すために、渋々だが、仲介した——ジェマを騙して売った——男を通して手紙と仕送りのお金を送らせていたそうだ。
だが、やはり人身売買などする男は性根が腐っているようで、手紙は捨て、金は三割ほどをくすねていたそうだ。
それは、ジェマが両親と再会した事で判明した。彼女の両親は、ただ、家の前に置かれる謎のお金の意味が分からなく『こんなものいらない。娘を返して』と泣いていたそうだ。実際には娘の安否の証拠だったにもかかわらずだ。
その事を話している時、彼女の手が膝の上でプルプルと怒りで震えているのが見えた。そんな事があったら怒って当たり前である。
今はその男も捕らえられて、金も無事にジェマの元に戻った。男の財産から没収したそうだ。両親はいいと言ったらしいが、あんな男に奪われたままではジェマ本人が納得いかなかったという。
それで親孝行してあげられてら、などというのを聞くと、良かったな、と心から思う。
アーロンは同じく攫われ売られてきた獣人だそうで、当時の主人の付き人としてジェマの舞台を見に来ていたそうだ。そこでジェマに一目惚れしたらしい。
アーロンの主人もそれに気づいていて何度も連れ行ってくれたそうだ。
だが、現実は残酷だった。コウテイというその土地の一番偉い人がジェマを見初め、愛人にしようとしたという。おまけにそのコウテイの奥さんがそれを嗅ぎつけ、怒りのためにジェマを殺そうとしたそうだ。
アーロンが主人と一緒に駆けつけて助けてくれたが、さすがにお偉いさんの奥さんに逆らうのは許されなかったらしく、無礼と言われ、二人も危機的状況になったという。
そこに間一髪で、クレオパスの父を含む、保護隊が到着したそうだ。
さすがに彼女も、国外との関係を悪くするのは避けたかったらしく、しぶしぶ矛を収めた。
というより、罪のない獣人を殺そうとしたということで、コウテイに罰せられたらしい。どんな罰かはジェマも知らないようだ。クレオパスの父達は知っているようだが、そこまで広める事はないだろうと教えてくれなかった。クレオパスは何かを察したような表情をしていたが、何も言わなかった。
とにかく、そのおかげでみんな無事だったそうだ。
「ひ、酷い話……」
リルが絶句している。ミーアも同じだ。ポピーなどショックで泣きだしている。こんな壮絶な話を聞く事になるとは思わなかった。
「よかったですね、本当に。無事で……」
母もジェマを労っている。当たり前だ。こんな恐ろしい体験をしたのだ。
やっぱり、誘拐、人身売買はとんでもない事である。
そんな体験をしたなら自分が助かるきっかけになったクレオパスに感謝し、直接お礼を言いに来るは当たり前だ。クレオパスの調査とミュコスへの報告がなければジェマは死んでいたのだから。
ミーアは先ほどの自分の発言を心の底から恥じたのだった。




