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「父の誇り」

 魔術式を読み取ったらしいルーカスが難しい顔をしている。

 とりあえず、効能については分かってもらえたのだろうか。不安に思いながら彼の言葉を待つ。


「何故こんなものを……」


 ルーカスが困惑したようにそう呟く。


 隣でミーアが『こんなもの!?』と憤っているが、とりあえず、爪を立てているのはクレオパスの腕だという事に気づいて欲しい。


「命の恩人の家族を人身売買組織から守るためです」


 ストレートに答える。この言葉には抗議も含んでいるが、気づくだろうか。

 ルーカスはクレオパスの言葉を聞いてぽかんとしている。


「人身売買? 誘拐犯だとこの子は言っていたが?」

「誘拐した上で遠い土地でその少女達を売るのだと、娘の学校の先生から聞いていますワン」


 カーロが補足してくれた。リルもうんうんと頷いている。助かる。クレオパスが説明するより聞きやすいだろう。

 ルーカスはなんとも言えない表情をしている。真実だとは分かるが、まだ気持ちが追いつかないというところだろうか。


「それより、ミーア。クレオパスくんの腕から血が出てるよ」

「え!?」


 カーロの指摘で、ミーアはようやく自分がクレオパスの腕に爪を立てていた事に気付いたようだ。慌てて飛び退き、必死に謝罪している。

 とりあえず大丈夫だと言っておく。すぐに治療出来る程度の軽い傷だ。


「……ごめんなさい」

「うん。おれこそ、説明するためとはいえ、怖い思いさせちゃってごめん」


 お互いに謝る。それでこの話はおしまいにしようと決める。

 クレオパスは改めてルーカスに向き合った。


「ところで、ルーカス様は、今、謹慎中だと伺ったのですが?」


 厳しい声で指摘する。ルーカスがギクリとした。


「そんなこと、誰から……」

「エルピダ様からです」


 クレオパスの返答にルーカスの顔がさらに引きつった。脱走はいけないということはさすがにルーカスも知っているようだ。


「エ、エルピダ様を取り込んだのか!」


 酷い言い草だ。クレオパスがルーカスの思うような悪者だったとして、シンガス一族の方々が『取り込まれる』わけがない。ルーカスにはそんな事も分からないのだろうか。

 つい呆れた目で見てしまう。ついでにため息まで出てしまった。


 またルーカスの顔が憤怒に満ちる。馬鹿にされたとでも思ったのかもしれない。いや、『かもしれない』ではない。実際にクレオパスは今回のルーカスの事を少し馬鹿なのではないかと思っている。少なくとも、ある程度恐怖が消える程度には。


 次期当主がこんなので本当にメラン一族は大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。


「ルーカス様、どうして?」


 そう問いかける。

 ただ、それだけの質問では、ルーカスには分からないはずだ。意味が広すぎる。


 どうしてこんなことをしたのだ。どうしてそこまで自分を憎むのだ。どうしてそのために関係のない獣人を狙ったのだ、どうしてよりにもよって人身売買組織などと手を組んだのだ、などなど、聞きたい事は沢山ある。


「何が聞きたい?」


 だからこう帰ってくるのは当然の事だ。


「どうしてこんなに堕ちたのですか?」

「堕ちてはいない。ホンドロヤニスが言った『ことば』の事は知っているだろう。それを成就させる気はない。それだけだ」


 その言葉を聞いて、クレオパスは自然と唾を飲んだ。


「……あれが、実現する事はないでしょう」


 前にバシレイオスが話してくれた言葉を思い出してゆっくりと言う。


 ルーカスが『なぜお前にそんな事が分かるんだ』とばかりに睨んでくる。


 説明しなければいけないのは分かる。それでもどこから説明すればいいのだろう。

 それに、それで彼が理解してくれるのか、というのも疑問だ。父までクレオパスを生かしたとして責められやしないだろうか。


 もちろん父に責任はない。自分とメラン一族の名誉を守った。それだけだ。それでも、それで納得してもらえるのだろうか。


「どうしてそんな事が言える?」


 クレオパスが考え込んでいると、ルーカスが焦れたのか、言葉で尋ねてきた。


「それは、私が師匠の……イアコボス様の子だからです」


 少し声が小さくなってしまったがそう言い切る。


「『ことば』は実現しません。ホンドロヤニスの子はもうどこにもいないのですから」


 声が震える。それでもこれは、これだけは主張したい。


「私は『クレオパス』です」


 しっかりとルーカスの目を見据えて宣言する。


 父のように言葉に魔力を乗せたわけではない。でも、『言葉だってきちんとした術になる』というのならばこれを言ったことに意味があるはずなのだ。

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