家族
クレオパスはしっかりとルーカスから目を離さなかった。離したら負けてしまう気がする。
「それで曖昧にしていいわけない」
ルーカスがポツリと呟く。
「どういうこと? ……ですかワン?」
リルが、じれったくなったのか、口を挟んできた。そこは黙っていて欲しい。そして最初は敬語を抜きで、しかも犬語で喋っていた事が分かる。通訳魔術できちんと意味が理解出来るからなんとかなっているが。
「そんな簡単に解決していいわけがないという事だ。だってそうだろう。あんな罪があんなわけの分からない解決法で済まされていいわけがない!」
「まだ物心もつかない子供をあんな風に攻め立てるよりはずっとよかったと思っていますよ」
静かな、そして懐かしい声が聞こえてきた。
まさか、と思った。でも、この声は間違いない。クレオパスはゆっくりと声の方を振り返った。
声の主は穏やかにクレオパスに微笑んでくれる。
「……父さん」
心の中では、つい、いつものように『師匠』と思ってしまったのに、口からはそんな言葉が出てくる。
操られているわけではない。自分がそう呼びたかったのだ。ずっと、六年間呼びたくても呼べなかった呼び名。
「久しぶりだな、クレオパス」
「父さん!」
もう一度呼ぶ。本当はかけ寄りたかったが、久しぶりの再会とはいえ、年下の女の子達の前で成人済みの男性が父親に甘えるのは恥ずかしいので我慢する。
父はそれを察したかのようにクレオパスに近づいてきて軽く頭をポンポンと撫でた。それだけで心が温かくなる。
「……ごめんなさい」
きちんと謝る。被害者とはいえ、『師匠の言いつけ』を破ったからあんな目に遭ったのだ。
その言葉を聞いて父は苦笑した。
「そういう話は後にしようか。こちらも言いたい事はたくさんあるけど」
「はい」
お説教は決定のようだ。まあ、当たり前だろう。
「離してください!」
不意にルーカスの声が聞こえて我に帰る。そちらを見ると彼と人身売買犯たちが拘束されている。これも当たり前の事かもしれない。謹慎中だったのに人身売買組織まで連れて脱走したのだから。
近くにエルピダとバシレイオスがいるから、命令を出したのは彼らだろう。
そのまんま、エルピダは、後をバシレイオスに任せ、側付きと一緒にルーカス達を連れて転移していった。ルーカス達は投獄されるのだと分かる。
自分の一族の当主の跡取りがこんな事になったのはすごく複雑だ。でも、クレオパスにはどうする事も出来ない。大体、彼の自業自得なのだ。
きちんと罪を償ってくれればいいと思う。
「クレオパス様!」
ビオンがふわりと飛んでこちらに来た。きちんとエルピダ達を呼んでくれたようだ。『ありがとう』と言ってねぎらう。
「ビオンちゃん! よかった無事で」
ミーアが安心したように呟いているのが聞こえる。どういう事だろうと思って尋ねる。
どうやらビオンは、ミーアがルーカス達に絡まれている所に遭遇したようだ。でも、ルーカスに見つからないうちにミーアが必死に目線で逃がしたという。
それで、エルピダ達に助けを求めに行ってくれていたようだ。結果的に無事に解決したのでよかったと思う。あとでよくやったと褒めようと決める。
それにしても、父まで来てくれるとは思わなかった。なんとなく嬉しくて頬が緩んでしまう。
その時、エルピダの側近の何人かがアマーリャともう一人の猫獣人の男性を連れて来た。きちんと保護されたようだ。ホッとする。
アマーリャ達はたくさんの人間達を見て目を丸くしている。『ものすごく大事になってるじゃないの』と呟いたのが聞こえた。実際、大事件なので、『大事』なのである。
アマーリャとミーアの目が合う。そして同時に安心した顔をした。お互いにお互いを心配していたのだろう。
「通りかかっただけなのに、巻き込んじゃってごめんなさい」
ミーアがすまなそうな顔をしている。尻尾もだらんと下がっている。
「わしらが勝手に巻き込まれたから大丈夫だ。ちびっこがそんな心配する必要はない」
シモンがそんな事を言っている。
「そうよ。ちびっこはただ『よかったー』って喜んでればいいの。それになんか不穏だったから声をかけただけで、別に可愛い孫が心配なわけじゃないんだから!」
「え?」
アマーリャの言葉につい声が出た。思わずミーアの方を見てしまう。
ミーアは苦笑いをしながらひとつ頷いた。
「お母さんの両親なの。だからあたしとリルにとっては祖父母」
きちんと説明してくれる。そういう話ならそうなのだろうが、急すぎて理解が追いつかない。
「そうなの?」
「そうなの」
びっくりした? と聞かれてもどう答えていいのか分からない。びっくりどころの騒ぎではないのだが。
「ぜんぜん会わないもんね。リルも顔忘れてたよ」
リルが笑いながらとんでもない事を言っている。そして、いつの間にか側に来ていたミメットに『これ』と叱られている。
直後に『でもそうだよなぁ』というような複雑そうな表情をしていたから、きっと、ミメットもリルの言いたい事自体は分かるのだろう。本人の前で言ってはいけないが。
アマーリャ達はどこかバツが悪そうにうつむいていた。




