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見知らぬ人間達

 恐怖で歯がカタカタ震える。


 きっと、この人間達は人攫いだ。


 前に、クレオパスが信頼している人間から、とても強い力を持つ人間——確かルーカスという名前だった——がここに来る用意をしていると聞いた。その人間はクレオパスを恨み、苦しめようと企んでいるとも。そして、人攫いの犯罪者と手を結んだという。

 それが目の前にいる彼らなのだ。


 でもおかしい。クレオパスにもらった『アミュレット』は今日も付けている。なのに、目の前にいる男はミーアの腕を掴んでいる。効力が切れてしまったのだろうか。

 一昨日、何故か新しい細工をしていたから不具合でも出たに違いない。少しだけ恨んでおく。


「君がクレオパスが迷惑をかけたという獣人ちゃんだね?」

「は?」


 そうとしか反応が出来ない。現在進行形でミーアに『迷惑をかけている』のは彼の方である。


 クレオパスの名前を出してくるという事は、きっとこの男がルーカスなのだろう。


「何を言って……」

「庇わなくていいんだよ。全部分かってるからね」


 いいえ、何にも分かってないです、と言い返したい。でもまだ恐怖が収まらない。


「は、離してくださ……」

「大丈夫。僕は味方だよ」


 絶対にこの男は敵である。ミーアの必死の懇願を無視しているのがその証拠だ。


 ぶんぶんと腕を振ってみるがルーカスは手を離してくれない。


 視界の端にビオンの姿が見える。ミーアを探しに来たのだろうか。そういえば、しばらく朝登校の時にビオンをつけようかとクレオパスが提案したのを断っていたのを思い出す。やっぱり心配でこっそり様子を見るように頼んだに違いない。

 精霊もその力を保持するために睡眠が必要だと聞いている。とても悪い事をした気がする。


 ビオンは、ルーカスに腕を掴まれているミーアを見て、驚いたように目を見開き、こちらに向かってこようとする。


 幸い、ルーカスからは死角だ。だからミーアは目線だけで『逃げて!』と必死に訴える。ルーカスはクレオパスを憎んでいるのだ。だからミーアにこんな事をしているのだ。

 クレオパスの『友人』でさえこんな目にあうのだ。『使い魔』という名の相棒が目の前に現れたらルーカスはビオンに何をするか分からない。


「大丈夫だよ、猫ちゃん」


 誘拐犯までがミーアに手を伸ばしてくる。いやだ! と思い目を瞑ったところで『うわっ!』という声が聞こえる。


 驚いて目を開けると、誘拐犯は少し遠くの方に吹っ飛ばされていた。


 アミュレットの力だと分かった。なのに、本当にどうしてルーカスには効かないのだろう。効けばこの手から逃れられるのに、と苛立つ。彼の『力』はそれほど強いのだろうか。


 でも、みんなが吹っ飛ばされた男の方を見ている隙にビオンが逃げてくれて良かった。きっと、クレオパスに知らせに行ってくれるだろう。


 安堵のため息を吐きたいのをこらえる。ミーアの問題は何も解決していない。


 おまけにルーカスが剣呑な表情をして、ミーアの髪を見ている。


「クレオパスの……か……」


 視線からして憎まれているのはアミュレットだ。


 ルーカスがもう一つの手をアミュレットに伸ばす。途端にバシーン! とすごい音がして彼の指が弾かれた。


「ニャ!?」


 びっくりして声が出てしまった。こんな効能もあったらしい。だったらこの掴んでいる手の方もバシーン! として欲しいが無理なのだろうか。


「可哀想に。こんなものまでつけられて……」

「こんなもの!?」


 何だかひどい言い草だ。これは確かに誘拐犯には『こんなもの』だが、ミーアには『とってもいいもの』だ。ルーカスのもう一つの手も弾いてくれればもっといいのだが、先ほどの『こんなもの』とはそういう意味ではないはずだ。


「今、解放してあげるからね」


 そう言いながらルーカスはまた手をアミュレットに伸ばした。そして弾かれている。

 でも、先ほどと何かが違う。あまり痛がってる感じはないのだ。多分クレオパスの言うところの魔力のようなものを手に帯びているのかもしれない。


 ルーカスはアミュレットを壊そうとしているのだろうか。なのに、アミュレットは壊れない。

 だが、ルーカスは手を何度も何度もアミュレットに伸ばしては弾かれて引っ込めている。とても不気味な行動だ。おまけにその目がどこか怖い。何だか仄暗い感じがするのだ。


「や、やめてくださ……」

「大丈夫だからね。怖い事はないからね」


 大丈夫ではないし、とっても怖い。何が起きているのか、ルーカスは何をやっているのかさっぱり分からない。


「すぐ解放してあげるからね」


 解放すると言うのなら手を離して怪しげな行動もやめて欲しい。それで充分に『解放』である。


「何をやってんの! あんた達!」


 その時、聞き覚えのある声がした。


 アマーリャだ。アマーリャが憤怒の表情で男達を睨みつけている。その隣にいる彼女の夫のシモンも不愉快そうな顔をしていた。


 二つの言葉がミーアの口から出そうになる。でも引っ込めた。それを言ったらアマーリャとシモンが気持ちを害するかもしれない。


「うるせえな! ババアは引っ込んでろ!」


 誘拐犯がアマーリャに怒鳴る。


「そんなわけにはいかないニャ。大勢の男で寄ってたかって女の子を囲んでるなんて、ろくな事じゃないって一発で分かるニャ!」

「てめえには関係ねえだろ!」


 誘拐犯とアマーリャが口論をしている。シモンが『アマーリャ! ここはわしが対処しとくからお前はミメッ……おい、アマーリャ! 聞いとんのか!』と話しかけているが、どちらも聞いていない。


 その様子をルーカスはどこかぽかんとして見ていた。

 もしかして、ルーカスはこの男達が誘拐犯だと知らないのだろうか。そういえば聞かせてもらった音声でも、『獣人の仕事を斡旋している』と言っていた。そうやってルーカスを味方につけたのだ。


「あの……」


 思い切って話しかける。ルーカスはこちらを見て聞く体制になってくれた。


「あの()()()()()()の一味じゃないのなら手を離してください」


 静かにそう訴える。でも気持ちは必至だ。


「あ、う……うん」


 ようやく離してもらった。ほっとする。でもほっとしている場合ではない。まだ危機は去っていない。


「で、お嬢さんはクレオパスとはどういう……?」


 この質問にはなんと答えたらいいのだろう。ミーアは『友達以上恋人未満』だと思っているが、そんな事を言ったら改めて人質になってしまうのだろうか。


「えっと……」

「さっきの男の子が好きだけど、クレオパスに邪魔されてると聞いたんだけど」


 そんなわけないでしょ! とミーアは叫びたかった。変な勘違いをされている。と、いうか、そう誘拐犯に聞かされてるのだろう。そうやってクレオパスへの敵意を増やしたのだ。


「そういうのじゃ……」


 どう説明したらいいのだろうと戸惑ってると、アマーリャの『ミギャア!』という悲鳴が聞こえた。

 慌ててそちらを見ると、アマーリャが地面に倒れている。誘拐犯に殴られてしまったらしい。


「妻に何をするんだ!」


 シモンの焦った声が聞こえる。なのに、誘拐犯は『うるせえんだよ、ジジイ。同じ目に遭わすぞ』なんて言って脅している。

 ミーアのせいでアマーリャとシモンが酷い目に遭ってしまった。恐怖とショックで涙がにじむ。


「お、ばあ……」

「飲んでよぉぉぉーーーーーー!」


 突然、妹の泣き叫ぶ声が聞こえた。今まさに泣き叫びそうになっていたミーアはびっくりして涙を止めてしまった。


 意味が分からない。今頃、リルは家にいるはずだ。なのにどうしてここにいるのだろう。空耳だろうか。

 でも、少し遠いので途切れ途切れだが、やっぱり妹の声が聞こえている。どうやら誰かと口論しているらしいというのは分かる。


「リルを無力にさせないでよぉー!」


 そしてわんわん泣いているのもよくわかる。


 それにしてもこんな所で誰と口論しているのだろう。そして、誰がリルを泣かせたのだろう。後で文句を言ってやりたい。今はそれどころではないが。


「大丈夫じゃないっていうのはクレオパスさんが一番分かってるくせに!」


 思いがけない言葉にミーアは目を見開く。


 クレオパスもここに来ているという事だろうか。ビオンが呼んできてくれたのだろうか。


 だが、問題はそこにいるルーカスだ。何を誤解したのか剣呑な表情になっている。そして声のする方に駆け出した。


 このままではクレオパスの身が危ない。ミーアも慌ててルーカスを追いかける事にした。

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