道しるべ
「やっぱり坊ちゃんも、そう考えていらっしゃいますよね。私は、坊ちゃんが本心で今、兎を返してしまおうと言ってらっしゃるならこれ以上は話しません。でも、もし、私と同じ考えを持たれているようなら、喜んでそれに協力させていただきますよ。」
# ザーザー・・・
雨は、いっこうにおさまる気配はないようです。
2人は暫く何も言わなくなりました。いえ、よくよく考え直している沈黙なのです。
こんなに雨が激しいんですが、何も聞こえないように感じます。そう、静寂とは不思議なもの。つまり、総ては物事に対する意識がつかさどっているのです。この時、2人の意識は周りの物音には働いていないのです。しかし別の者にとっては、この雨音は耐えられないほど煩く感じるのかもしれません。そしてついに、こう言葉が出ます。
「どうして此処に来たんだろうね?、僕は、この兎君に本当は何をしなければいけないんだろう?、よ~く考えていたんだよ。」
悩んだ末に、幸四郎はやっと辿り着いた終着点を口にしたのです。すると、それを待っていたのでしょう。吉野は、既に答えを用意していたようです。
「坊ちゃん、そう言っていただけると思ってました。早速明日、役所に行って兎君のこれまでの経緯を確かめてきますよ。届けることに決めるのは、それからでも十分です。」
# ザーザー・・・
降り続いています。
お日様の光を絶対に通さないぞ、と頑張っている様な分厚い雨雲です。今日は、昼間でも照明を点け、部屋の中で過ごします。それまで、幸四郎の心の中もずっとぐずついて、向かうべき方向が見えていませんでした。しかしながら兎の声は、然るべき進路を示してくれる道しるべだったのです。そして吉野の後押しが支えてくれます。もう、迷いはなくなったことでしょう。
「そうだ、僕の部屋にあるCDプレーヤーを此処に持って来ようと思うんだ。手伝ってくれないかい。僕からのご褒美に、取っておきのお気に入りを聴かせてあげたいんだよ。」
「それは良いですね。それじゃあ坊ちゃんのお部屋に行きましょう。私が用意する間に、選曲をお願いしますね。でも、また兎君は歌ってくれるでしょう、そうなると、私達へのご褒美になってしまいますね。」
「やっぱりそうかぁ、ご褒美って難しいよね。」
「そんなことありませんよ。気持ちがあれば、いつかは分かってもらえますよ。それに、歌う兎なんて、今まで聞いたこともなかったんですよね。もう一度確かめてみたいんですよ。」
「そうだよね、それに兎君の声は、音楽の様に作り上げたものじゃない、元々からのものなんだよね、凄く驚いているし、新発見なんだよ。」
「ひょっとすると、自然の音の方が、ずっと素晴らしいものかもしれませんよ。」
外が雨音で騒がしい一日でした。そして、快適な人間の部屋では、美しい音楽の音色でいっぱいになっていました。




