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到達、そして絶体絶命

   52



 防御を考えた社員寮は、その防御線を次々と破られて行く。


 それは、専門家(エキスパート)がその技術の粋を尽くして作ったものも、たった一人の万能家(ジェネラリスト)と少しのイレギュラー(地の文)によって崩れ去ることを象徴していた。





 カランッ、と鳴る落下音が上から聞こえ、階段の途中にいた悠哉は踊り場を見上げる。


 (MK3A1っ!? やばい、これは避けられないっ!)


 踊り場まではどう足掻いても数秒かかる。入れ代わるように蹴落としても、起爆時間が短すぎて爆風からは逃げられない。


 (ならっ!)


 以上のことを一瞬で加味したうえで、悠哉は痛みを無視しして階段の上で横向きに伏せる。


 (踊り場の上で起爆する以上、階段の角で必ず爆風と破片の届かない死角が出来るはずだっ、そこに潜り込むことが出来ればあるいは……っ!)


 直後、手榴弾は起爆する。


 ……『曖昧表現』、しかしその威力は、容赦無く襲い掛かる。……投げた自分自身に。


 そんな地の文の声とともに。


 幸運にもほとんどダメージを負わなかった悠哉が機敏に上を見上げると、男達は自らの投げた手榴弾で倒れていた。


 (幸運だったな。)


 少しの疑問点もあるが、それをおいて悠哉は集中する。


 ……なあ悠哉、早く行こうぜ?


 ここは4階。


 大宮宗太郎がいる、5階の一つ下なのだから。


 悠哉と地の文は、最後の階段を昇って行く。悠哉のその足取りは軽い。


 「(誰だって、自分がよく通るところに罠は置か無いだろう。ここはそんな所の一つだ、トラップは絶対にない。)」


 地の文の足取りは逆に、重くなっていた。


 ……ここまで下の階層にあいつはいなかった。


 そして5階に近づくに連れて、あいつを強く感じる……。悠哉と大宮がやり合っているその目の前で、あいつを取り戻さないといけない。


 達観と緊張、二つの感情を引き連れて、彼等はようやっとそこへ到達する。


 階段を昇りきった先には、華美な装飾が施された扉があった。


 「成金主義だな」


 悠哉はそう呟くと、なんの躊躇も無くそれを開け放つ。


 ……やっと、ここまで来た……っ!


 開かれた中には、赤色のカーペットが敷かれ、古い木製の家具で揃えられた豪奢な空間があった。


 その椅子の上には、精悍な顔付きの男が座っていた。


 その名はもちろん、


 「大宮宗太郎だな?」


 この事件の黒幕だ。


 ……あっ! おいっ!


 地の文も、部屋の隅に縛られて転がされている彼女を見つけた。


 駆け寄ろうとするが、しかし大宮が唐突に手を横に広げる。


 悠哉の方にはなにかを通せん坊しているように見え、全く意味の分からない行動だったが、しかし。


 (おっと、まだ仕事をしていないのに報酬は与えられないな。この物語の地の文がここにいるとは丁度良い、この状況を収束させる事に協力してもらおうか。)


 直後に響いた大宮の心の声に、大宮が悠哉を介すことなく地の文と会話しようとしていることが、地の文にも明らかになる。


 ……こいつ、心の声を利用して会話を……っ!


 (君がここにいることで、私が望む状況への収斂が楽になったことに気づいているかね?)


 ……どういう事だよ。


 悠哉のことそっちのけで会話を続ける大宮。


 (この物語を紡ぐ地の文が気絶すると、そこで物語は一時停止になる。すぐに代わりの地の文が補填に来るが、その時間は章の変わり目等で表される。)


 ……まさかっ!


 地の文が何かに気付くが、もう遅い。大宮はこれをもっと前から知っていたのだ。


 (つまり、ここで君を気絶させれば物語は一時停止する。その間に、私の息がかかった地の文が状況を書き換えれば、全ては私の望む方向へ収束することとなる。)


 そう言って、腰から拳銃を取り出す大宮。


 それを悠哉は、あたかもパントマイムをしている人を見るような目で眺めていた。


 さっき悠哉が


 「大宮宗太郎だな?」


 と声を掛けた時から、心ここにあらずといった風情で意味の分からない行為を繰り返す大宮への対処に、悠哉も困っていたのだ。


 そして、悠哉に見えないということは、それは地の文側の兵器。人間側の攻撃は通用しないという裏技も関係ない。


 (安心しろ、ゴム弾だ。ちなみに避けられると思うなよ? こちらには地下倉庫にいる以外にも数十人の地の文がいるんだ、どちらが出力不足になるか、考えるまでも無いだろう。)


 絶体絶命。


 地の文に打つ手はない。例える謎の力に救援を依頼したとしても、謎の力が制御できるのは地の文だけ。それもどこにいるか分からない地の文にも効くかどうか、保証はない。


 地の文自体に拳銃から発射される弾を避ける運動能力が無い限り、拳銃の弾を避けることは叶わないが、そんな物あるはずも無い。


 大宮にとって、現在悠哉はどうでも良い存在なのだ。


 この地の文さえ気絶させられれば、大宮のいうとおり全てが大宮に有利な方に働く。


 一人一人の地の文に美香が勝つことが出来ても、これには敵わない。


 組織的に統御された地の文の集合体に、世界を書き換えることで勝てる訳が無い。


 地の文は、下を向いてしまう。余程悔しいのか、その身がぶるぶる震えている。


 (覚悟は据わったか? では、また後でな。)


 大宮はそう言って、引き金を引いた。


 一瞬でハンマーが落ち、薬莢の尻の火薬に点火され、固体が気体になる膨張圧でゴム弾が加速される。


 それと同時に諦めたか、地の文の顔が前を見据え、震える体を大宮に見せ付けた。


 そして。


 歓喜とともに。


 驚愕とともに。


 ゴム弾は、地の文の額に命中する。


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