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侵攻 悠哉

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 悠哉は、悠々と『特森エレクトロニック』社員寮に近づいて行った。悠哉には見えていないが、地の文もその後ろに隠れるように付いて行っている。


 美香はいない。


 美香は行きたがっていたが、美香程度の戦闘力では『組織』に一瞬で殺されておしまいだ。


 『特森エレクトロニック』の社員寮は、広大な敷地を持つ。


 本社は特森町中心地近くにあるが、社員寮はわざと郊外近くに作られており、普通の社員寮ではありえない、運動場やダーツ、クレー射撃等各種レクリエーション施設まであることで有名だ。


 悠哉が目指すのはそんな社員寮施設の社員寮、その最上階だ。


 一応社員寮入所者名簿は公開されており、それによって分かった結果だ。


 大宮宗太郎の自宅は別にあるため、内部的には『あの大宮宗太郎でさえ入っている』というブランド付けのためなのだろうが、実質は大宮が『組織』を運用する際の指令室のような役割を果たしている。


 「さて」


 悠哉は社員寮施設に近づいたことで意識を意識的に切り替える。


 完全防御屋敷を攻略するために、必要な状態へと精神を作り替える。


 「まずは」


 悠哉は周りを見渡すと、社員寮施設に繋がる電線を捜す。


 どんなに大きなマンション等でも、基本的に建物へ繋がる電線は一本だ。というより、たくさんの電線があっても管理が簡単にしやすくなるよう同じ所を通して配線している。その電線の集合体を上から被服しているので知らなければ一本にしか見えない。


 それは、管理する側から見ればやりやすいのであろうが、切断したい側から見れば、ライフラインの一つが非常に切りやすくなっていることを意味するのだ。


 ところで話を変えるが、電線の材料とはなんだろうか。


 鉄だろうが、それとも電気伝導性が良いことで有名な銅だろうか。


 実際に使う場合は素材の安さと電気伝導性を秤にかけて電力会社が決めるのだが、現在の電力会社はアルミニウムを使うことでバランスを保っているとしている。


 「アルミニウムか」


 悠哉はそう呟くと、ここまで担いできた脚立を電柱に立てかけた。


 ちなみに今の悠哉の服装は、各所に蛍光イエローでポイントされている、灰色のつなぎである。胸にはオレンジ色で『特盛電力』とかかれており、つまりは電力会社の人間に扮していた。


 ……とりあえず悠哉、最初の一手を頼む。俺は悠哉が侵入する糸口を作ってくれないとなにも出来ないからな。


 脚立を使って2メートル辺りの高さまで到達すると、後は横に延びている足場を使ってみるみる上に昇って行く悠哉。


 あっという間に電線の辺りにまで到達すると、社員寮へと繋がる電線を前にして、電柱の足場に座った。


 社員寮に繋がる電線は、やはり太かった。それだけの電力を消費しているのは明らかだ。それは表向きはレクリエーション施設の運営などで辻褄を合わせているのだろう。


 悠哉が両掌を使っても円周を覆いきれないであろう太さの電線に、悠哉はプラスチックナイフを使って被服を剥ぎ取った。


 やっと覗いた金属光沢の色に、悠哉の顔に笑みが浮かべられる。


 そこへ悠哉は、ベンガラの粉末を流し込んだ。

 電線は、寄り集まって一つの大きな被服によってコーティングされている。


 悠哉が剥ぎ取ったのは上部だけなので、ベンガラは下の被服で留まって落ちることはない。


 そしてベンガラは、別にアルミニウムと接触している必要は無い。化学反応が届く範囲にいれば良いだけだ。


 持ってきたベンガラを全て振り掛け終えた悠哉は、信菅とマグネシウムリボンを置いて、電柱の下に下りた。


 ベンガラ。


 別名紅殻。赤色顔料の一種で、着色料、金属用研摩剤、防錆剤等に使われる。主成分は酸化鉄。


 脚立を担ぎ、口笛を吹きながらその場から遠ざかる悠哉の姿は、普通の電力会社作業員にしか見えない。


 ……まだか、悠哉まだなのか?


 「98、99、100」


 悠哉が信菅をセットしてから100秒。口ずさみながら数えたその数字が悠哉の口から告げられると同時、悠哉がベンガラを置いた電線から巨大な火柱が上がった。


 「テルミット反応」


 悠哉の呟きが漏れる。


 ……なんだそれ?


 簡潔に言えば、酸化鉄とアルミニウムの混合材料から引き起こされる、酸化還元反応を指す。


 この混合材料そのものもテルミットと呼び、テルミットは複雑な設備が必要無いことから鉄道レールの現場でも使われる。


 その用途は、溶接。


 テルミット反応は、お手軽に3000度以上の超高熱を出すことが出来ることで有名な、第二次世界大戦で焼夷弾として使われた反応だ。


 当然融点660度、沸点2477度のアルミニウムは一瞬で気化し、液体にまで冷やされたところで灼熱の雨を降らせる。


 根本から切れた電線は、しかし幸いな事に送電所とは既に繋がっていないので触っても感電することはない。ただし死ぬほど熱いだろうが。


 平日の昼間なので交通量が少なかったか、悲鳴は上がらない。しかし、雰囲気は確実に慌ただしくなっている。


 これによって、完全防御屋敷の電気的警備システムは完全に失わなれた、という訳ではない。


 絶対にサブ電源システムがあるため、一つを切ってもまた復活する。


 だが。


 その切り替えの合間だけ、確実に警備網は空白になる。


 ……っ! なるほど! 『誇張表現』、本来は10秒程度で終わる切り替えだが、電線が焼き切られた事と関係があるのか、周辺機器も一部熱でやられて1分程度に広がった。


 地の文の『誇張表現』で広がった時間を無駄にする事なく、悠哉は正々堂々正門から中に入る。


 地の文の方は基本的に見える心配をしなくて良いので、走って建物内部に入って行く。


 「特森電力の者ですー、大丈夫ですかー?」


 悠哉はそんな嘘を吐きながら、進んで行った。


 「(【防護】の専門家(エキスパート)が関わった、完全防御な施設? だったら正面から回らなければ良い。MMの対人地雷トラップの時みたいに、正面からすることも出来るけど、今回の場合は違う角度から攻めて行った方がやりやすい。)」


 この状況では、どんな専門家(エキスパート)が仕掛けた防御策であっても、完全には機能しない。


 感圧、感熱といった電子的な対人センサは役に立たないし、電気を使わないアナログセンサの場合でもこの状況下できちんと監視が続行されているかどうかも怪しい。


 気付かないように配置された狙撃・銃撃スポットも混乱時には以下略だ。


 だがある程度奥に行ってしまえば、そんな安全策など関係なく目視で危険人物扱いされ、自動的に葬ろうとされる。


 悠哉としては雑魚は放っておいて、大宮宗太郎を直接説得(・・)することで終わらせたいのだが、そうは問屋が卸さない。


 しかし各個に出てくる人間など、例え拳銃を持っていても悠哉の足止めにすらならない。


 これなら一人一人の強さはMMの方が強いとさえ思えるほどだった。


 (……でもMMはBMIを使った未知のテクノロジーで強化していた事もある。既存戦力の練度でいうならこっちの方がマシなのか。……既存戦力ということは、対抗策は星の数ほど練られているということにもなるんだが。)


 つまりは、単純な戦闘力なら『組織』の構成員の方が強いが、MMの方は対処法が確立されていないためやりにくかった、ということだろうか。


 そんなことを考えながら、悠哉は部屋から出てきた男を一人、また倒す。


 事前の仕込みさえしてあれば、悠哉だって近距離攻撃以外の攻撃をすることが出来る。


 現在は日向子の依頼により殺すことは無いようにしているが、現代の暗器術の発展は目覚ましい。


 バネ仕掛け、ぜんまい仕掛けで簡単に中距離で痛みを感じられる程度の威力を出せるし、そんなことをしなくても古来より『弾き玉』と呼ばれる中指の先ほどの鉄球を手首の力だけで放つ技術もある。


 弾体さえあれば、全てを極め終わった悠哉には意外と攻撃手段はあるものだ。


 眉間に鉄球ではなく、超硬質ゴムの球をぶち当てられ意識が一時飛んだ敵に確実に当て身を食らわせて無力化した悠哉は、敵を各個撃破しながら最上階を目指す。

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