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襲撃される探偵

  17



 「ふん、早いお目覚めだな。薬が足りなかったか?」


 「……っ、まだタクシーの中か……。どこへ行く?」


 悠哉の問いに、しかし運転手が答えるはずがない。


 「ふっ、ハロタンの導入も速いが覚醒も速い性質に救われたな」

 「僕達をどこに連れていくつもりなんだ?」

 「その質問に答えるつもりも無いし、必要も無い」


 一応答えるかもしれないと思って訊いた質問も、今度は冷ややかに拒絶された。


 運転手は悠哉達に情報を与えるつもりはなく、そして与えるかもしれない雑談をする等の危険なマネをするつもりもなさそうだ。


 タクシーの窓は、乗った時は普通のクリアガラスだったはずが、いつの間にかスモークガラスに切り替わっている。窓ガラスの種類を切り替えることが出来る改造でもしてあるのだろう、と悠哉は推測した。


 「美香さん、起きてっ!」


 悠屋は美香の肩を揺すって起こそうとするが、一向に起きる気配は無い。

 「おいおい、男であるお前を眠らせる量の麻酔だぞ? 薬の有効量は体重に比例する、女がお前と同じくらいで目覚める訳が無いだろう。それにもう着く。いまさら無駄だ、諦めろ」


 (美香さ……美香が今の聞いていたらお前死んでたぞ……。なんて命知らずな……)


 もちろん、運転手がそんなことを知っているはずが無い。


 悠哉は運転手の忠告通り起こすことを諦めて、椅子に深く座り直した。


 運転手の言う通り、誘拐専門改造タクシーは数分後に止まった。


 少し経って、運転手が右のスモークガラスを開く。


 「降りろ」


 スモークガラスの向こう側から現れた漆黒のスーツにサングラスをかけた男達の指示に従って、悠哉はタクシーから降りる。


 止まったのは、大きな倉庫の前のようだ。ちらっと周りを見回すと、波鉄板製の巨大倉庫が横にも広がっている。港町の倉庫街みたいな風景だ。


 (ハロタンやジエチルエーテルに耐性をつけておいて良かった……。目を覚ますのがあと数分遅かったら何をされていたか分からなかった……)


 この状況下で悠哉は思う。


 悠哉が改造タクシーで運転手の予測より速く回復することが出来たのは、これまでに何回もハロタンを使ってきたからだ。体に薬剤耐性をつけて薬を効きにくくすることは、自分が使った時にも相手に使われた時にも、探偵という職業の上では得でしかないのだ。


 悠哉は自分の前と後ろをサンドイッチするスーツ男達を歩きながら観察する。


 わずかに中心線からずれている重心、微妙に下がっている左肩、不自然なまでに音を出さない歩行法、そして靴。


 それらの事を踏まえて悠哉はこういう印象を抱く。


 (統率された軍隊……? 左脇に拳銃の携行、分かりにくいけど靴には空洞音……。全て企画化された装備だ、バックにはかなりの大物がついているな……)


 男達に連れられて少し歩いて、がらんどうの倉庫の中にぽつんと置かれた椅子に悠哉は座らされた。まだ別に拘束はされていない。……ん?


 「これは警告だ。この件から手を引け」


 少し経って、今までの男達とは明らかに違う、高級感漂うピカピカのスーツを着た男がやって来て、悠哉の目の前で言った。……ってなんでお前がいるんだよっ?


 「金ならいくらか払おう。いらないのならそうでなければなにか望みはなんだ? 出来る範囲で叶えてやろう」


 悠哉は周囲全てを黒スーツ男に囲まれながらも、冷静に答えた。


 「断る」


 そのこ言葉に高級スーツ男は眉を一瞬ピクリと動かして、不快感をあらわにする。


 …………? 私があなたの所に来るのは自然。

 ……いや違う、そこじゃなくてどうやってここに来たかだよっ!


 …………? あなたが寝ている時に地の文として潜入した。


 「一応聞こう。理由はなぜだ?」

 「探偵だからね。どんなことがあっても、未解決で放る訳にはいかない」

 「……そうか。連れて来い」


 高級スーツ男は悠哉の答えに一瞬黙ると、黒スーツ男に指示を出した。


 ……潜入って言っちゃってんじゃねえか!


 …………? 私は出来ることをやっただけ。


 ……これがごまかしてるんじゃないことがこいつのあれな所なんだが……。


 …………? 地の文代わったの、迷惑だった?


 ……いやそういう訳では無くてな……。むしろ嬉しい方だと言うか……。


 …………なら良かった。


 両手を抱えられて連れて来られたのは、予想通り美香と日向子だ。高級スーツ男は日向子に向けて懐から取り出した拳銃を向けると、淡々と悠哉に選択肢を突き付ける。


 「なら依頼主が死ねば中断せざるを得ないな? 諦めて全員で帰るか、断行して依頼主を殺すかどちらが良い?」


 悠哉は諦めたように力を抜いて椅子に座り込む。


 悠哉は諦めたように力を抜いて椅子に座り込む。

 ……ちょ、被せるなよ、地の文は全てが本番なんだぞ?


 …………? あなたが被せてきた。あなたは私が言わない方が良いの? 寝起きなんだからもうちょっと私がやる。


 ……ったく、しょうがねえなぁ、もうちょっとだけな?


 「うるっさーいっっ! なんで地の文がラブコメやってんのよーっっ!」


 ……うわっ、何だよ美香。いきなりだと驚くだろ。


 …………ねぇ、この女だれ?


 ……? っ違うぞ! 浮気とか全然そんなんじゃ無いからっ!


 …………信じてたのに。サイテー。だから私は心配だった。


 ……本当に違うんだ、待ってくれぇええええええええええっっ!


 唐突に。




 パンッッ!




 という銃声が響いた。


 「きゃぁっっ!」


 日向子は反射的に身を小さくしただけだったが、美香は右頬に痛みを感じて悲鳴を上げる。見れば、長いが浅い切り傷から血がにじみ出ていた。


 「うるさいぞ、女。お前は現地協力者か何かだろう、みせしめに死んでも構わない立場だと言うことを忘れるな」


 高級スーツ男の言葉に俯く美香。


 銃弾は美香の横数センチを通って行き、衝撃波が美香の頬を切り裂いて行ったらしい。……浮気じゃないんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 「探偵さんも分かって頂けたようだし、ではお帰り頂こうか。礼金の方は車に乗るときに渡そう」


 高級スーツ男がそう言って車へ移動するよう促したが、しかし悠哉は座ったままだった。


 強引に車に引き連れられて行く日向子と美香だが、高級スーツ男にあれほど言われたのにも関わらず、しかし美香は声をはりあげた。


 「悠哉、あんた悔しくないの? こんな事で依頼がパァになってっ」


 黙れと言わんばかりに黒スーツ男が美香の口をふさごうとする。


 悠哉は座ったまま動かない。


 「葛城さん、私はどうなるんですか……!? 葛城さんっ!」


 ちょうど黒スーツ男の注意が美香に向いた瞬間、日向子も声を出した。日向子の知っている、変態で、しかし頭は回る悠哉は、こんな選択をするはずが無い。だから気の迷いを断ち切ってしまえば、元に戻るはずだ。日向子はそういう思いで呼び掛けたのだ。


 こんな、出会ってまだ三日も経っていない日向子にさえ悠哉らしくないと思えるこの状況を、少なくとも日向子よりはずっと一緒にいる美香がおかしく思わない訳が無い。


 黒スーツ男が口を完全にふさぎ終える前に、美香は渾身の力を振りしぼって叫んだ。


 「黙ってないでさっさと『スイッチ』いれなさいよバカ悠哉っ!」


 その声に反応したように……、いや違う。まるで今の今までアイドリングしていて、そして今アクセルペダルを奥底まで踏み込んだかのように、悠哉は一瞬で立ち上がる。




 「もう入ってる(・・・・・・)




 そう呟いた声の残滓が日向子の耳に届く前に、悠哉の肩が高級スーツ男の胸にめり込んだ。……戻って来てくれぇぇぇぇぇぇええええええええええっっ!


 高級スーツ男が白目をむいて背中から倒れる。


 「美香(・・)依頼人(・・・)、動くなよ」


 『スイッチ』の入った悠哉がそう言った瞬間、遅れて周りの黒スーツ男達が金属音をさせて拳銃を取り出す。


 しかし、それは絶望的なほどに遅かった。


 悠哉を取り囲むように布陣していたことが、どんな事になっても対応出来るという慢心を生み出していたのか、悠哉は動きが遅い美香達に一番近い黒スーツ男に素早く肉薄し、当て身を喰らわせ意識を奪う。取り出し途中に気絶したため中途半端に空中を落ちる拳銃のグリップをつかみ取り三発発砲。拳銃などよほど小さいものではないと片手で撃てるものではないが、火薬を減らした弱装弾なら話は別だ。体を気絶した男の後ろに隠しつつ一発目で気付いて、残り二発を前方の黒スーツ男二人のみぞおちにそれぞれ当てて意識を奪う。


 やっと銃口を向けた黒スーツ男達だが、悠哉が盾にしている黒スーツ男を見て同士撃ち(フレンドリーファイア)を防ぐために銃口を上へ逃がす。その瞬間を狙って逆に気絶した黒スーツ男を一番近い黒スーツ男に向かって叩き付け、まとめて無力化。自ら盾を放棄した悠哉に再び向けられる銃口に、しかし悠哉は揺らがない。


 「そうか、お前の答えはノーで良いんだな? とりあえず行方不明者リストに仲間入りさせてやるから覚悟しておけ」


 残り悠哉から見て、残り五人ほどの黒スーツ男の中の一人がそう言った。……っっ!? いつの間にこんな状況に! 悠哉慌て過ぎだろ……。


 「やめて欲しいな、まだ依頼人からの依頼が終わっていないものでな」


 悠哉はポケットの煙草箱から新品の煙草を取り出し右手の人差し指と中指で挟み、左手で取り出したライターで火をつける。どこまでも余裕で不遜な態度に、黒スーツ男に顔が引きつった。


 悠哉は口元に煙草を持って行き、大きく息を吐いて、手首のスナップだけで煙草を前方へ投げ捨てる。


 「もう最後の晩餐は良いのか? 最後の煙草だ、味は格別だっただろう?」


 黒スーツ男達がそんな悠哉の仕種に攻撃を仕掛けようとして。煙草がジジッと燃えて行き。黒スーツ男達の視線が全て悠哉の方向に、煙草を視界に収めるように向けられた瞬間。




 宙を舞う煙草が凄まじい閃光を放った。




 「がああああああっっ!」


 悲鳴を上げる黒スーツ男達。美香と日向子は悠哉の背で煙草自体は見えなかったが、それでも閉じたまぶたを貫通して、いっそ痛いほどの光が目に突き刺さる。


 スタングレネード。


 麻痺手榴弾と訳されるそれは、閃光と大音量で感覚を麻痺させる非殺傷兵器として有名だが、実はその説明は少し異なる。


 麻痺させるのでは無く、普通は遭遇することのない大量の情報を入力することで、脳の情報処理能力をフリーズさせるのだ。……って分かりにくい説明だなぁ。要は大量の宿題出されて脳がテンパるってことだろ? 逆に言えば、テンパる程の情報量があれば音は要らないってことか。で、誤解だぁぁぁぁああああああああああああああああああああっっ!


 直訳すれば『失神させる手榴弾』、その効果は十数秒から数十秒の間テンパった脳が体に何も指令を出せないことにある。


 悠哉が煙草もどきに仕込んでいたのはマグネシウム粉末。酸化反応時に凄まじい光を出すこの仕組みは、軍用スタングレネードと全く同一であると言えばその有効性は分かるだろう。


 目をつぶり、その上で腕を使い目を覆った悠哉だが、完全に閃光煙草の影響から逃れられた訳ではない。何しろ一番近い距離で閃光を浴びたのは他でもない、悠哉なのだから。……やーい悠哉のあほー。お願いだぁぁぁぁあああガホゲホッ、かはっかはっ……。おい美香、恨むぞ……。


 だが完全に思考が停止している訳ではない。脳の演算リソースを全て奪われた訳ではない。だからまだ体は動く。やり慣れた作業を無意識の内に行うように、体に染み付くほど反復した動作は考えなくても勝手に動く。


 よって、悠哉が完全に思考能力を取り戻した時には黒スーツ男達は完全に沈黙していた。

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