帰途での考察
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「美香さ……美香、日向子さん、大丈夫だった?」
『スイッチ』が切れた悠哉が、振り返って二人に訊く。
「お疲れ、悠哉。わたしは血が出てるくらいだから大丈夫」
「ありがとう、ございます葛城さん……」
美香が最初に、続いて日向子が少しおどおどしながら言う。
「美香さ……美香の傷は何とも無いとは思うけど、念のため病院には行った方が良いと思う。見たところ傷は浅そうだけど長いしね。傷が残ったら大変だし」
「ゆ、悠哉……それはどういう……?」
だが、悠哉の次の言葉に逆に美香がおどおどし始め、日向子から極寒の視線が放たれた。
「葛城さん、何言ってるんですか?」
……おら、悠哉の不意打ちで胸キュンしてないで謝れや美香……っ!
「う、うっさいわね、なんでわたしがあんたに謝らないといけないのよ。少し黙ってなさい」
誰が黙るか、美香のせいでこちとら
「と、とりあえず帰ろう。……一時半か、少なくとも1時間、長いと2時間くらい運ばれてた計算だなぁ、遠い所では無いと良いんだけど」
被せるなっっ! 俺と美香が話してただろっ!?
「でもまだ残党がいるんじゃ?」
お前も無視かい美香っ!
美香からの質問に、悠哉は横に首を振って否定した。
「いいや、あれだけ音をさせて戦ったんだ、まだいるならとっくに出てきてる。逆に出てきて無いということはもういないという事だよ」
「……」
という訳で誰もいなくなった静かな倉庫の外へ出る。
悠哉は早速スマホの地図アプリを呼び出して、現在位置を確認した。
「ええと……。なんだ、特森町内じゃないか」
「えっ、特森町内に『我々』の拠点があったの?」
「そういうことになるね、ちょっと家の方の警戒を強化しないと」
「……」
どうしたんだろう、日向子ちゃん、さっきから黙ってばっかりだけど……。なにか悩み事でもあるのか? というより美香さっさと俺と話ししろ!
「とりあえず、あれで帰ろう」
悠哉が指差した先には、三人が乗ってきたタクシーがあった。
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「『我々』は、少しおかしかった」
悠哉は改造タクシーのハンドルを握りながら話しはじめた。
「日向子さんの話から聞いていた『我々』は、基本的に周りの人間を巻き込んで日向子さんに恐怖を与えることで『鍵』の自白を促そうというものだった」
「それは本当に悠哉をこの件から手を引かせたかった、て言うことだけじゃないの?」
「いや、そうでは無いんだ」
悠哉はきっぱりと美香の言葉を否定した。……馬鹿め、そんなことやってないでさっさと俺と話しに来ーいっ!
「美香なら分かると思うんだけど、この場合日向子さんに一番強く恐怖を与えるのは、どんな事をしても同じように頼れなくなる、という感覚だよ。自分が頼った先々で事件が起きて、手を引かざるを得なくなる。その事件自体は突発的なものである必要があって、かつそこに『我々』の影を見せてはならない。その一連の流れの連続性から『我々』を想起させ、疑心暗鬼に陥れて恐怖を増大させる。これが王道であり、最も効果的な恐怖の与え方なんだ」
悠哉の言葉に、美香は納得したように顔を綻ばすと悠哉の疑問点を口に出した。
「あぁ! つまりは、ヒナの前に出てきてはいけない『我々』が姿を現したことがおかしいって事ね」
「……」
日向子からの返事が無いままに、悠哉は話を続けた。
「それに、もっと根本的におかしいことも言われた」
悠哉はそこで言葉を切ると、高級スーツ男から言われた不可解な言葉を再現した。
「向こうはこう言ったんだ。『断行して依頼主を殺すかどちらが良い?』」
……っ! まさかっ、どうしてっ、そうかつまりは…………どういうことだ?
「分からないなら黙れよ地の文」
お、やっと反応したな? さあ悠哉なんて放っておいて謝罪会見だぞ美香ぁぁぁああああっっ! ブギャボッ!
「ヒナを、殺すっ? ヒナから『鍵』の在り処を訊き出したい『我々』がっ?」
……おーい、殴って無視しないでくれますー?
有り得ない、という思いで叫ぶ美香。実際、悠哉から見てもあの高級スーツ男の言葉は衝撃的だったのだ。それを表情に出さないのが『スイッチ』の入った悠哉なのだが。
「これで分かったのが、恐らく『我々』は一枚板ではないということ。日向子さんから『鍵』の情報を得ようという一派と、自分で探そうとする一派があるのかもしれない。装備も整っていたから、大きな組織が後ろにいるんだと思う。だからこそ意見が割れるほど人がいるって事なんだろうけど」
「良いわね、敵が大きいほど潰しがいがあるし。落とし前はきちんとつけさせてもらうわよ」
「……」
盛り上がる美香に黙り続ける日向子。そこで、悠哉は訊いてみた。
「美香さ……美香はどこまでついて来るの?」
「あいつらが壊したわたしの家を補填出来るまでよ」
美香の答えに息を吐く悠哉。結局悠哉の苦労はまだまだ続きそうだ。
「そういえば葛城さん、運転出来たんですね……」
ふと日向子が呟いた。
「本当はまだとれる年齢じゃないけどね。免許も持ってるから職質受けても大丈夫だよ」
車のハンドルを握る悠哉は答える。
「……」
日向子はまた黙り込んだ。
悠哉はさっきからたびたび日向子が黙り込むことに当然気付いていた。悠哉はなぜかを確かめるために、そっと日向子の顔に浮かぶ表情を観察した。
そして悠哉は納得した。日向子がさっきの行為からそう思うのは至極当然の事と思えたからだ。
日向子がそう思うのならば、そっとしていようと悠哉は思い、口を閉ざした。
……おい美香謝れよ!
「なんでよ、小学生みたいな事言ってないで彼女と別れる方法でも考えたら?」
……逆だよ、俺はあいつと仲直りしたいんだよっ! お前のせいであいつが俺をき、きら、嫌いに……泣きたい……あいつがいなくなったら世界の終わりだ……あいつがいない世界なんて滅びても良いマジで……。
「……そんなにあの娘のことが好きなの?」
……当たり前だよ……。……美香、ちょっと死んでくる。あいつのいない世界に生きていたってしょうがない。
「なんでヒロイン消失絶望系ラノベの主人公みたいになってんのよ。まだよりを戻せる可能性はあるでしょうに」
……いいや、あいつは疑い深いんだよ、俺が告白した時もネタじゃないか疑って、デートの時も本当に俺があいつの事を好きか疑って、やっとデレて可愛くなってきた頃合いだったのに……。
「わたしの前で惚気るな、あてつけか?」
……なんでも良いよ、あいつが俺の傍からいないなら……。
…………私もそう思う……。
……っ! いたのかっ!
…………うん、ちょっと離れたところから見てた。やっぱり、私にはあなたが必要……。
……ぐすっ、ぐすっ、ありがとう、本当にありがとう……。
…………私こそごめんなさい、あなたは疑って……。
「二回目だけど言うわよ? 地の文がラブコメやってんじゃ無いわよっっ!」
「美香さ……美香」
「なによ」
地の文のあてつけラブコメに不機嫌になった美香に悠哉の言葉が降りかかる。
「つまりは日向子さんへのさりげない説明だったって事?」
「何の話よ」
「いや、配送センターでの説明口調自分で考えろって」
「違うわよっ!」
美香は悠哉が言い終わる前に噛み付くように答えた。
……これからも一緒にいような。
…………うん、私も一緒にいたい……。
「うるさいっっ」
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