好敵手
ようやく洛陽に辿り着いた。
漢中から長安を通ってきた。
曹操の勢力域まっただ中だ。
もちろん、偽名を使って入城した。
ただの武芸者で流離(さすら)いの旅をしている、と言う設定だ。
「さて、まずは情報収集だね。廬植先生がどこにいるか聞かないと」
「音沙汰がなかったのか?」
星がいつも通りに言った。
旅の途中、星と宿に泊まったその夜。
一部屋に俺と星の二人で寝る訳で、二人きりで気まずい雰囲気があった。
星は俺の武器を気にしてるから仕方ないけど。
だから俺は二人きりの時に言った。
(「星。武器のこと、まだ気にしてるの?」
「……当たり前であろう。武人にとって武器は心その物だ。雛斗は違う、と言うのか?」
「そんなことないよ。廬植先生からいただいた物だから、なおさら大事にしてたよ。だけど──武器より星が大事だから」
「え……?」
「確かに黒槍が折れた時は多少は落ち込んだけど、あの後折れた矛が星に当たらなくて良かった、て思ったんだ。あの時の星、無防備だったから矛が落ちてきても、もしかしたら刺さったかもしれなかったから」
「雛斗……」
「そしたら俺、槍が折れたことより星が怪我したことで落ち込むし、俺の武器で怪我したんだから罪悪感があったと思う」
「それは事故だろう。だからその時は私は気にしない」
「それでも落ち込んでるよ。今の星みたいにね」
「あ……」
「星が落ち込むのはわかるよ。そして俺が許す、て言っても自分を許せない気持ちも。──だけど、それじゃ俺が落ち込んじゃうよ。星だって、俺が落ち込むと嫌でしょ?」
「……はぁ。わかった。やはり雛斗には敵わないな」
「わかってくれた?」
「ああ。もっと惚れてしまったぞ、雛斗?」
「……ありがと」
「礼を言うのは私の方だ。ありがとう、雛斗」)
──て、ことがあって星が元に戻ったのだ。
心持ちホッとした。
やっぱり俺は星のことが好きなんだ。
好きな人の落ち込む姿は見たくない。
「だって黄巾の乱があって洛陽、遼東、徐州、益州って転々としてたしそんな暇ないよ」
「それもそうか。しかし、だからと言ってどうするのだ?」
街を歩きながら記憶を頼りに探す。
「俺の実家に行ってみる」
「雛斗の実家?」
「元は俺、洛陽の警備部隊だったからね。家は洛陽にあるんだよ」
懐かしい店を眺めながら言った。
「実家に行けば廬植先生からの一方通行の手紙くらいは届いてるかもしれない」
「なるほど」
「そこのお二方、待ってください!」
「ところで飯はどうする? もうそろそろ昼飯時だけど」
「うむ、メンマを食べたいな」
「拉麺ね。どこか探そうか」
「雛斗はときどき冷たい。……まあ、拉麺にメンマがあるから良しとしよう」
「待ってくださいと言っているでしょう!」
さっきから叫んでるのは誰だろう。
誰かに置いてきぼりにされたのかな。
「黒薙殿! 待てと言っているでしょう!」
「俺!?」
その声が俺の名前を怒鳴った。
それに振り返ると知った顔をいた。
「楽進?」
「やっと止まってくれましたか」
ため息をつきたそうな顔で後ろにいたのは魏の将、楽進だった。
会ったのは漢中の時以来だ。
「どうした? 血相変えて俺を呼んだりして」
「そのように警戒されなくとも、戦場でなければ争いはしません。確かに黒薙殿とはまた戦いたい、とは思いますが」
流石に剣に手をやっていたことに気づいたらしい。
星もどこか警戒している。
「ところで黒薙殿は何故洛陽に? まさか、また我々の調練の見学にでも参られましたか?」
「夏候惇に聞いたな?」
「はい。今のように冷静沈着としているのに、思い切ったこともなさるのですね」
「誉め言葉としてもらっとく。まあ、今日は別に調練の見学に来たわけじゃない」
口調が変わるのは気の置けない仲間以外の者がいるからだ。
将軍であるからには威厳も大切だから、こうして兵の前や仲間以外の将がいる前では口調を変えている。
「俺の実家を見に来ただけだ」
「黒薙殿の実家ですか。華琳様……曹操様が保護しておくように、と命ぜられたはずです」
「曹操が?」
「英雄の住居だった家にどんなお宝が眠ってるからわからない。だから盗人が入らないよう、厳重に保護しておくように──と」
「──英雄、ね」
苦笑しながら漢中で会った曹操を思い出す。
あそこで曹操に示したんだったね。
俺の志。
「でしたら、私もお供させていただいても構いませんか?」
「洛陽に来たからって何もしない。ここにも民たちの安寧がある」
「別に監視のためについていくのではありません。黒薙殿の住居を一度見てみたいだけです」
「そんなに高価な物は置いていないが」
「敵である私が言うのも変な話ですが、私は黒薙殿を尊敬しています。夏候惇様と互角に戦われるその武、曹操様と互角に戦われるその軍略、知謀。黒薙殿は将軍の模範のような、名将中の名将です。私も黒薙殿のようになりたいのです。だから、尊敬する方の住居も見たくなるのです」
「……そこまでほめられると照れる」
ちょっと頬をかく。
敵にまでそう言われて、しかも好敵手である楽進に言われたら恥ずかしくなった。
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「……星、廬植先生はまだ私塾の住居にいるらしい」
興味深そうに建物を見つめる星に言った。
洛陽で警備部隊を率いていた頃の家、まあちょっとした屋敷かな。
置いといてある木箱を探っていた。
俺が作った郵便受けだ。
「ではそこに行けば良い訳か」
「廬植殿は一度は曹操様が登用を試みようとしたのですが、辞しています」
楽進が補足するように言った。
まあ、廬植先生はそういう人だろう。
水鏡先生だって断ると思う。
「廬植殿を訪ねられるのですか?」
「ちょっと野暮用でな。洛陽での用はこれで終わり。ああ、そうだ」
手紙を一つ畳んでから楽進に振り向いた。
「曹操に言っといて。家を保護してくれてありがと、て」
「伝えておきましょう」
「…………」
「どうかされましたか?」
楽進の顔を見つめていたら、楽進が訊いてきた。
「……曹操につく前のお前に会っていたら、きっと登用しただろうな──と、考えてた。今は好敵手だが、仲間にしたいと思った」
「……お言葉はありがたいですが、既に我が主は曹操様と決めています」
「天命がなかっただけか。──まあ、戯れ言と思って忘れて。じゃ、俺たちは行く。次の戦場で会おう、楽進」
「はい。黒薙殿」
楽進が一礼するのを見てから、実家を去った。
「……雛斗」
「なに? 星」
「飯はどうしようか?」
「拉麺」
「……流石に忘れてはいなかったか」
ちょっと口を尖らせながら星が愚痴った。
妬いてるのかな、楽進とばかり話してたから。
試しに手を握ったら避けて手の甲をつねってきた。




