たぶん明日には名前忘れてる。
ハルさんの心情がサブタイトル。
うん、寛容なエヴァンじゃなきゃ、彼は死んでると思う。
「あー、話は見えないが、組合長として、私闘を認める訳にはいかない」
(おー。エヴァンが普通に組合長してる)
ギロッと睨まれた。
私もふざけてる場合じゃないよね。
リュートが当事者なんだし。
「しかし、仲間もいないような弱い冒険者に、彼女を守れる訳がありません! 僕のような優れた仲間を持つ冒険者ならともかく……」
エヴァン、転けそうにならないで。ため息吐かないで。何処か行こうとするな!
「あー、つまりは、お前は……」
「僕にはデブリという名があります」
熱いのはわかったけど、自分より目上の言葉を遮っちゃいけないよ、デブリくん?
しかし凡庸過ぎるんだよね、デブリくん。女神様の鑑定でも、普通で面白くないって出たし。
「デブリとか言ったか、お前らは全員新人で、見習い冒険者だろ? このリュートは……」
「冒険者になったばかりで、仲間には役立たずだと捨てられたんですよね? エメラさんから、話は聞いてます」
おう? 嫌な名前が聞こえた。
「そんな冒険者に騙されている少女を、俺達は見過ごせません」
ついにエヴァンが頭を抱えた。頑張って!
これは素直じゃなくて、思い込みだよね。
悪い冒険者から、美しい少女を救う、イケてる自分的な。
「……つまりは、リュートと勝負が出来れば良いんだろ? 冒険者なら冒険者らしく、依頼で勝負したらどうだ?」
何か目が死んでるエヴァンが、どうでも良いと言わんばかりの口調で提案する。
「そんな、危ない事を……」
私のために争わないで、的な顔をしたお嬢様が、リュートに抱きついて、弱々しく囁いてる。
「アンナ、適当な依頼はあるか?」
「うふふ、なら、これはどうかしら? 山々ナメクジの納品。数は自由。上限はなし」
「……ナリキ男爵か?」
「宿屋のおかみさんが代表で、食べ物関係の店主が連名になってるわ。ノクの町の名物を開発してるみたいよ?」
(……気に入ってたもんね、おかみさん)
「そうだな」
エヴァンが何か遠い目をしながら、頷いてる。
「よし、日を改めて、リュートとそちらのパーティーで、この依頼をこなしてもらう。勝敗は、山々ナメクジの数で決める。それでいいか?」
今まで見守っていたノリの良い冒険者達が、歓声を上げて囃し立てる。
リュートは静かだけど、どうした?
「リュートもそれで良いな?」
エヴァンに声をかけられると、リュートはハッとした表情で頷く。
「はい。俺の大切な存在を譲れる訳がないですから……」
ベタ惚れだね、リュート。
ノリの良い冒険者達が、ひゅーひゅーとまた囃し立ててる。
「っ、僕らだって負ける訳にはいかない。明日の十時に、ダンジョンの前に集合だ! 逃げるなよ?」
言うだけ言って、デブリは去っていった。
(リュート、どうして彼らに絡まれたんだろ?)
「本人に聞けば早いだろ」
エヴァンはひょいっとアンナさんから私を奪い、リュートの元へと歩いていく。
「おい、どうしてこんな騒ぎになった?」
「普通に買い物をしてたんですが、近くで俺達の会話が聞いていた彼らが、急に絡んできて……。無視してたんですが、冒険者組合までついてきたんです」
「怖かったです……」
お嬢様が弱々しくリュートに続いて口を開く。
演技じゃなくて、本当に怖かったのかもしれない。
何か話通じてない集団だったし。
「リュートさん、負けないで……。信じてますから」
「はい。俺の大切な人を寄越せだなんて、許せる訳ないですから」
静かに怒りを露わにするリュートは、微笑んでお嬢様を見つめている。
「今日は、私の家にお泊まりください。父も兄も、リュートさんを呼べと申していましたから」
「光栄です」
「では、早速向かって、夕飯をご一緒しましょう?」
無邪気に笑う美少女は、腹黒ちゃんだと知っていても愛らしい。
リュートは見惚れる気配は欠片もないけど。
「はい。でも、ちょっと待ってください。ハルさんを……」
華奢に見えるが、グイグイと引っ張るお嬢様に、リュートは苦笑して私を連れて行こうとするが……。
「あ、あの、すみません! 実は、母がモンスターアレルギーで、ケダマモドキはちょっと……」
必死に言葉を探し、お嬢様は名案とばかりに、申し訳なさそうな顔で私を見ている。
見え見えの演技はともかく、ついにお嬢様は私の名前すら呼ばなくなったね。別にいいけど。
「そうなんですか? ハルさんが駄目なら、俺も……」
「それは駄目です! 父も兄も、リュートさんが来るのを楽しみにしてるんですから」
「ですが、ハルさんを置いていく訳には……」
「モンスターなんだから、一晩ぐらい外でも平気ですよ、きっと」
私の耳には、何ならそのまま帰ってくるな、的な副音声が聞こえる気がする。
「……」
あ。相手がか弱い女の子だから、リュートが怒るの堪えてる。
うちの子は、本当にいい子で可愛い。
(リュート、行ってきなよ。私は組合で一晩お世話になるから。貴族との縁は、大事にして損はないと思うよ)
「ハルさん……」
シュンとしたリュートを、本当は飛び付いてワシワシしてあげたいけど、お嬢様が嫌がるのは目に見えてるからね。
私はエヴァンの腕に抱かれたまま、出来るだけ明るく声をかける。
(ね、たった一晩だよ。明日は、勝負なんだから、栄養つけて、ゆっくり休みなさい)
「わかりました。……ハルさんを一晩お願いします」
そう言ったリュートの顔は、まさに不承不承だ。
それでも、アンナさんへ向けて微笑むと、深々と頭を下げてから、お嬢様に引っ張られて去っていく。 朝の再現みたいだけど、リュートの表情は真逆で、後ろ髪を引かれまくってるようだった。
「よし、明日暇なパーティーはあるか?」
唐突なエヴァンの声かけに、今現在組合にいる冒険者ほぼ全員が手を挙げる。
「報酬はほとんど出せないが、頼めるか?」
「もちろんだ! どうせ見に行こうと思ってたからな」
「あたしは、リュートを応援しに行くわよ!」
「公平にいけよ、公平に」
「くそ、俺達は外せない依頼があるんだよ! どうなったか教えてくれよ?」
うん、何だかわかったよ。
ノリが良いし、付き合いも良いね、相変わらずここの冒険者達は。
つまりは、リュート達の勝負を監視というか、見守ってくれるんだろう。
(エヴァン、ありがと)
「あ? リュートのためじゃねぇよ。下手に遭難とかされたり、私闘に発展したら俺が困るんだよ」
エヴァンを見上げてお礼を言ったら、ツンデレいただきました。デレてはないけど。
「じゃあ帰るぞ。あー、帰りに酒と食い物買って帰るか」
もふもふを揺らして笑ってると、エヴァンに鷲掴まれ、肩へと乗せられ、何の前置きもなく、そう言われた。
「……約束しただろうが」
私がきょとんとしていたら、忘れたのかよ、とエヴァンが拗ねたように洩らす。
(泊めてくれるんだ?)
「あぁ。飲み明かすって言っただろ」
ガシガシと私を撫でたエヴァンは、アンナさんへ指示を出してから、冒険者達の挨拶を背に受けつつ、私を乗せたまま組合の外に出る。
「……リュートさんにバレたら、怒られそうね」
「いや、ハルに泣きつくんじゃないか?」
「俺は泣く方に銅貨一枚だ」
「なら、俺は怒る方に銅貨一枚!」
去り際、小声で話すアンナさんと冒険者達。最終的には、賭けになってたけど。
(私は泣いて怒る方に一枚かな)
「誰がだ?」
モンスターな私の耳だから聞き取れたらしく、エヴァンは私の独り言に首を傾げてる。
(何でもないよ)
「ならいいが……」
まぁ、二人(?)っきりじゃないし、ルーもいるから大丈夫かな。
デートするような相手が出来たし、そんなに妬かないよね、と思いながら、私達は好奇の眼差しを受けて買い物を続けたのだが……。
「組合長さん、あの子に、何かあったのかい?」
はい、これで、この質問五回目です。
「……いや、事情があって預かっただけだ」
答えるエヴァンの顔は笑顔だが、若干引きつっている。
今回尋ねてきたのは、クズ野菜をくれたおばあさんだ。
皆さん、リュートと一緒にいない私を見て、声をかけてくるのだ。
「お前ら、町に馴染みすぎだ」
呆れたような物言いだが、私を小突くエヴァンの表情は柔らかい。
(リュートはいい子だから、当然でしょ?)
「いい子か。そうだな」
くく、と笑ったエヴァンは、ルーの方も軽く小突く。ルーは、ぷるんぷるんと喜んでる。そこへ、
「リュートさんに何があったの?」
六回目がやって来たよ。
で、結局、エヴァンの家に辿り着くまで、十回ほど同じ質問を受ける事になった。
「何か無駄に疲れたな。とりあえず、その辺で寛いでろ」
示されたのは、デンッと部屋の真ん中に置かれている、黒い革のソファだ。
(何か高そうだけど)
「貴族様のお下がりだからな、家具は」
そう言って、私とルーをソファに置いたエヴァンは、奥へと姿を消す。
人間だったら、手伝うよ、とか気を利かすとこだけど、私とルーじゃ出来る事は少ないからね。
しかし、少し古ぼけてるけど、貴族の屋敷だっただけあって見渡した内装は豪華だ。
黒い革のソファ。丸いローテーブル。壁際にはしっかりした木の棚。
どれも、高そうに見える。うん、貴族っぽい。そして、エヴァンぽくない。
それと、空の酒瓶が転がってるけど、掃除は行き届いてる。
床とか、棚の上とか転がり回ってみたけど、ホコリは付かない。
夢中になっていると、いつの間にかエヴァンが部屋の入口に立ち、呆れたような顔で私を見ている。
「……何してるんだ、お前は」
(お掃除?)
「通いの家政婦がいるから、そこまで汚れてないだろ」
エヴァンは手にしていた皿をテーブルに置くと、苦笑しながら、棚の上にいた私を回収する。
(あの酒瓶は?)
「毎日来る訳じゃないからな。昨日飲んだ分だ」
私の指摘に、エヴァンはポリポリと頬を掻く。
(片付けても良い?)
「片付けて……って、食うのか? 別に構わないが……」
エヴァンの反応に、私はルーと一緒に床へと降り立ち、転がってる酒瓶へ近寄る。
(いただきます)
ぷるぷる。
ん。数本あった酒瓶は、あっという間に私とルーのおやつに変わり、床には何も無くなる。
「ほら、こっちがメインだ」
部屋着なのか簡素なシャツとズボン姿のエヴァンは、私とルーを拾い上げ、テーブルの端に置いてくれる。
テーブルには屋台で買った串焼きが盛られた皿と、チーズとかクラッカーが乗った皿。それと、果物が丸のままゴロゴロと入ったカゴ。
大きな酒瓶(中身あり)と、陶器のコップが二つ並んでいる。
「さぁ、約束通り飲み明かすか」
ニィと笑ったエヴァンの言葉を合図に、私達の酒盛りは始まりを告げた。
あ、一応、ルーにはジュースを用意してもらいました。
未成年だからね。
酒盛り開始しました。
アダルティにはならないと……。
とりあえず、リュートにバレたら……。
何か想像したら怖いです。
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