春が来た?
ハルさん、お見合いおばさんと化す。
ちょっと、アダルティな会話があります。
ほんのちょっとです。
(エヴァンの大胸筋……)
これはこれで安定感があっていいな、と思いながら、私はエヴァンの腕の中で寛いでいる。
「複雑な気分になるんだが?」
(気にしないで)
私の中にいるルーも、大胸筋を堪能しているようだ。
(それより、リュートは?)
私は話を逸らす事にした。
「あー、空気を読んだんだよ、俺は」
ニヤリと意味ありげに笑うエヴァンに、私は体を傾げて奥の部屋に視線をやる。
(そう言えば、ナリキ男爵の代理人って、私見てないんだけど……)
「ナリキ男爵は、奥方がとんでもなく美人なんだよ」
(そうなんだ?)
唐突な台詞に、どうした? と私が思っていると、奥の部屋からリュートが出て来る。
一人ではなく、ナリキ男爵の代理人が一緒だった。
ガタイの良い護衛を連れているのは、
(……美少女だ)
思わずそう呟いてしまうぐらいの、美少女だ。
「だろ? カネノの妹だぜ、あれで。母親が違うとしても、似て無さすぎだよな」
エヴァンの失礼な発言も気にせず、私は美少女に釘付けだ。
緩やかに波打つ栗色の長い髪に、顔立ちは清楚で愛らしい。大きな濡れた目と華奢な体が、男性の庇護欲を誘うだろう。
その美少女は、頬を染めてリュートの腕に触れていて、リュートも嫌そうではない。
二人が並ぶと、まるで絵画のようだ。
(……確かに空気を読みたくなるね)
「だろ?」
むむ。これは、リュートに春が来たのか?
リュートがデートとかしてる間、私は何処にいようかな。
(エヴァン、モンスターの預かりって組合で出来るの?)
「あ? 一応可能だ。モンスター使いは、少ないがいるからな。リュートもそうだろ。それがどうした?」
私は怪訝そうな顔をしたエヴァンの肩へよじ登ると、耳元へ甘えるように体を寄せる。
(……リュートが、デートとかの時、私とルーを預かってもらえるかなって)
美少女と楽しそうに話しているリュートに聞こえないよう、私は小声で囁く。
少し寂しいけど、リュートの幸せの邪魔はしたくないよね。
「あぁ、そういう事か。ハルとルーなら、俺の部屋で預かっても良いぜ」
私の視線をたどり、エヴァンは納得した様子で頷くと、私の頭を撫でてくれる。
(そっか。エヴァン、組合長だもんね。執務室あるのか)
「そんな大したもんじゃないがな」
くく、と笑いながら、エヴァンは私を撫で続けている。
何か慰めてくれてる?
(うむ、苦しゅうない)
「何だ、その口調は」
苦笑したエヴァンから、ガシガシと乱雑に撫でられる。
嫌いじゃないんだよね、本当に。
エヴァンのこういうところ。
存分に慰められてやった。
筋肉ってぬくいよね。
何が言いたいかって?
エヴァンの腕に抱かれてたら、眠くなったんだよ。
逞しい腕は、温かいし、安定感抜群だし。
うとうとしてきた私は、ぐりぐりと体を動かし、落ち着く場所を見つけて目を閉じる。
「ん? 眠いのか?」
(うん、ねる……)
「モンスターとして、その緊張感の無さは大丈夫なのか?」
(エヴァンの腕の中なら、あんしん……)
「そりゃ、どうも……」
素っ気ないエヴァンの答えを聞きながら、私は安心感のある腕の中で、深い眠りに落ちていった。
だから、私が眠った後、受付嬢三人からエヴァンが……。
「あら、珍しい」
「本当です〜。明日は雨ですかね〜」
「組合長、照れてる……」
そんな風に弄られていたなんて知らなかった。
「ハルさん、起きてください」
いーやー。ねーむーいー。
「ハルさん、エヴァンさんから、離れて……」
いーやー。ぬくぬくから、離れたくないです!
「ハルさん……」
「おい、ハル。リュートが半泣きだぞ?」
(う?)
熟睡していた私は、エヴァンの声を聞き、眠りの淵から引っ張り上げられた。
微睡んでる時に何か聞こえた気もするけど、と思いながら目を開けると、目の前には半泣きというか、ほぼ泣く寸前なリュートの顔があった。
(リュート、エヴァンにいじめられたの?)
報復しないと、と真っ黒く考えた私の後頭部を、軽い衝撃が襲う。犯人はエヴァンだ。
「寝惚けたお前が、俺から離れたくないって駄々こねたんだよ。そのせいだ」
(……私、そんな事言った?)
そう言えば、言った気もしないでもないような?
「ハルさん……」
(何か、ごめんね?)
謝りながら私は、エヴァンの腕から、慣れ親しんだリュートの腕へ戻る。
「リュートさん、それがハルですか?」
「はい、ハルさんです」
ビックリした。
美少女なお嬢様もいたんだね。
リュート、ひかれちゃうから、私に頬擦りするの止めなさい!
「ふふ、仲良しなんですね」
慌てる私に対し、美少女なお嬢様は、鈴を転がすような笑い声を洩らし、微笑ましげにリュートを見ている。
お。これは好感触じゃないか?
「はい! 仲良しです! ハルさん、抱っこしてもらいますか?」
(リュート、そこは、抱っこしてみませんか? だよ)
何故に私目線にしたんだろ。
「まぁ、良いんですか?」
気にしないお嬢様は、いい子だと思う。
うふふ、と微笑んで、リュートの腕から私を受け取り、私はお嬢様の腕の中だ。
緊張してるのか、下から見上げるお嬢様の顔は、微妙に強張っている。
「ハルさんの触り心地は良いでしょう?」
「そ、そうですね。とても素晴らしいです」
うんうん、可愛い子が微笑み合う姿は、癒しだよねぇ。
思わずもふっと膨らむと、お嬢様からヒッという声が聞こえた。
ん? 見上げても、お嬢様は可愛らしく笑ってるし、気のせいか。
「お返しします。ハルもリュートさんの方に帰りたそうですから」
(何も言ってないけど……)
駄々漏れたかな?
私は若干訝しみながらも、リュートの差し出した腕へと落ち着く。
――そうそう。私って、モンスターだから、耳が良いんだよね。
突然、どうしたって話だけど、聞こえちゃったんだから、仕方無いよね。
『汚らわしいです』
可愛らしい声が、そう吐き捨てたのが。
したくないけど、恐る恐る鑑定してみる。
リュートを頬を染めて見ている愛らしい姿を見て、聞き間違いだったと思いたくなるけど。
『鑑定結果
名前 キャリー(女)
ナリキ男爵の娘。母に似た美少女。それを鼻にかけている。
汚いものや見目が悪いものが嫌いなので、父や兄も嫌い。
かなりの面食い。
外面は完璧で、気付かれた事はないみたいだけど、完全な腹黒ちゃんだからね?』
腹黒ちゃんだったか……。ありがとうございます、女神様。
でも、リュートは気に入ってるみたいだし、私が我慢すれば大丈夫だろ。
外面が良いなら、素直でいい子なリュートに嫌われる心配はないよね。
リュートの腕に抱かれながら、私は保護者気分でため息を吐いて、無言を貫く事にする。
リュートが私へ話しかける度に、一瞬お嬢様が嫌そうな顔をするのが、少々気に食わない……って、私は小姑か。
リュートがお嬢様を選んだなら、我慢するしかないよね。
しかし、リュートも面食いだったのか?
でも、私の事も可愛いって言うし、リュートの可愛いの基準は何処だ?
「ハルさん、キャリー様が帰るそうですから、お見送りしましょう」
リュートが見てないところで、お嬢様が一瞬嫌そうな顔したよ。まだまだ甘いね、腹黒ちゃん?
私は空気を読ませてもらおう。
(私はルーとここにいるよ)
そう言ってリュートの腕から飛び降りた私は、面白そうに傍観していたエヴァンの体をよじ登る。
(後は若い子でってね)
お見合いの定番な台詞を告げ、私はエヴァンの頭に陣取る。
「白アフロです〜」
「ハルさん、ぐっじょぶ……」
イリスさんとウィナさんが大ウケだ。
冒険者達は笑いたいのを堪えてるのか、皆さん肩がプルプルしている。
リュートは捨てられた子犬みたいな顔をしていたが、お嬢様を見送りするため、私達へ背を向けて、とぼとぼと歩いていった。
「いいのかよ?」
リュートを見送ったエヴァンが、主語のない問いかけをくれた。
(モンスターだって、空気は読めるからね)
「ったく、モンスターにしとくのは勿体無いイイ女だよ、ハルは」
(ふふ、ありがと)
エヴァンの頭に陣取ったまま、ゆらゆらと体を揺らす。
鍛え抜かれた肉体を持つエヴァンは、私が揺れたぐらいじゃ、ビクともしない。
(……ちなみに、リュートが外泊とかになったら、泊めてくれる?)
「いいぜ? 飲み明かすか?」
(良いね。そのまま、大人な夜を過ごしちゃったり?)
「……それもいいか」
ボソリと呟いたエヴァンに頭から下ろされ、怪しい手つきで撫でられ……。
「寝かせないぜ? ――なんて、な」
ニィと無駄に色気のある肉食獣な笑顔を浮かべ、唇を舐めるエヴァンに、私と、何人かいた女性冒険者がノックアウトされた。
(何か、妊娠しちゃいそう)
思わずそう洩らすと、エヴァンがブッと吹き出し、腕の中にいた私を二度見してたので、今回は引き分けって事で。
ちなみに、私の呟きが聞こえたのか、ダッシュで戻ってきたリュートは、かなり焦っていて。
「は、ハルさん、妊娠したんですか?」
(してません)
後が怖いので、食い気味に否定しておいた。
キャリーは自分で書いてて嫌いです。
勝手に動いてくれてます。
リュートがキャリーに惚れてるかは、次回以降で。
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