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第20話 遠路の苦悩

お待たせ致しました!これからはペース上げられると思いますので、引き続き本作をよろしくお願いいたします!

―大変な事になった。


それがマーティン家一同の心境であった。

一同は突如として告げられた宣戦布告に驚きと困惑を隠せないでいる。

布告の差出人は国家指定魔術師『霹靂のロッタ』ことロッタ・T・アーチボルト、内容は「一週間後、海底都市ミレーにて伝説の魔法漿液まほうしょうえき『ノロメナスルの涙』を相手よりも先に入手する事」だった。


「それにしても不思議なのじゃが、何故君はあの方からそんなに気に入られているんじゃ?」


「それが俺にもよく分からなくて...」


「ふむ…まぁロッタ殿は生来気まぐれな方じゃからな。そこは今更騒ぎ立てる程の事では無いかのぅ。」


そう呟くと、そのままアロイジウスは白い髭の生えた顎を押さえ、眉間にシワを寄せながら唸り声を上げる。


「お爺さま、どうかしたのですか?」


すかさずレティシアが顔を覗き込むと、何とも難儀なんぎそうな声でアロイジウスはさらにこう呟いた。


「しかし『ノロメナスルの涙』...これはまた珍妙ちんみょうな物の話を出して来よったなあの娘...」


「…そういえばアロイジウスさん、その『ノロメナスルの涙』って何のことなんですか?それに『海底都市ミレー』ってのも...俺には分からない事だらけなんですが。」


「そうか、君は知らんじゃろうなぁ。いや、この場でもその存在を知っているのは儂とレティシア、それにシクリーのみか。なにせ海底都市の話は長らく隠蔽いんぺいされ続けてきとるからのぅ。」


隠蔽いんぺいですか?」


「うむ。海底都市の話は高い社会的地位を持っている者達の間で隠されておる。まぁそれは良い。とりあえず具体的に説明しよう。となれば、みんな一旦広間に移動したほうが良いじゃろう。玄関は暑くて耐えられんのでな。」


確かに外の気温はこちらに来た時よりも確実に高くなっている。こちらにも夏があることは知っていたが、意外とそこまで苦ではない。湿気が高くない分日本よりはいくらか過ごしやすそうだ。


マーティン家の一同はアロイジウスの提案に従い、全員が席に着ける広間へ移動した。石造りの屋敷の中はひんやりとして涼しい。


「さて、まずは海底都市の話から。レティシアとシクリーは知っておるだろうが、そのほかの者は詳しく知らんかっただろう。簡単に言えば名の通り、海底に存在する都市の事じゃ。」


「海底に、都市...?って事はもう沈んでいる古代の大遺跡って事ですか?」


「いや、そうではない。多くはないが今でも都市と呼べるほどの数の人間がそこで暮らしておる。風と水の属性の高位な魔法使いが、都市を巨大なドーム状の気泡で包み、その中で生活が営まれておるのじゃ。」


「それは凄いですね...!なるほど、海底都市の大まかな雰囲気は掴めました。それで、もう片方のノロメナスルの涙ってのは一体?」


「うむ、まぁなんじゃ、端的に言えば、世界的に見ても伝説的に希少な魔法漿液まほうしょうえき、という事なんじゃが、これも一般の人間に知らされることはまず無いじゃろうし、もし仮に在処や入手方法を知っていたとしても、それを本気で取りに行こうとする者は少ないじゃろう。」


「...場所も入手方法も分かる者でも取りにいかない?貴重だけど使い道がないからって事ですか?」


「いいや、『ノロメナスルの涙』には強大な効果がある。多少の制約はあるにしても、それを飲めば...」


「飲めば...?」






「――半永久的な不死が手に入る。」






「..............え?それホントですか?」


驚いた。この世界では不死もあってもおかしくはないのだろうが、魔法の勉強をこなす中で、いかに偉大な魔法使いであろうと、理論上いかなる手段を用いても不死を成すことはできないと証明されていたからだ。


「そんな効果があるのに誰も取りに行かないって...相当入手するのは難しいんですね?」


「うむ。この長い年月の間に何百、いや何千という魔法使いがノロメナスルの涙を求めてミレーに訪れたというが、今までにそれを手にできたものはたった一人だけ。そしてその一人以外は皆帰らぬ者となった。」


「...でもそれを取りに行かなければならないと。」


そう呟くと、静かに隼太は俯いた。彼らにそんな危険な行為を行わせるだけの価値が自分にあるのかと。これは自分が勝手に持ち込んだ問題だ。主人である者たちに苦労を掛けさせるのも気が引ける。


そうして下を向く隼太とは対照的に、アロイジウスがしっかりと前を向いて立ち上がり、こう述べた。


「しかし儂等はやり遂げなければならん。通らぬ道理で決められた約束でも、通されてしまったなら受けねばならん。儂は相手が誰であれ、儂と共に同じ飯を食い、同じ戦場に出向き、儂に忠義を誓った者の事を救わねばならん。それがマーティン家の誇りじゃからな。」


「アロイジウスさん…!」


「安心せい。君が心配する事はない。必ずこの勝負に勝つ。そして皆んなでまた同じ屋敷で暮らそう。」


アロイジウスは優しくも強い目つきで隼太に言葉をかけた。


「ありがとうございます、ここまで言ってもらったなら、俺も覚悟を決めます。本当に申し訳ありませんが、どうか俺と一緒に戦って下さい!」


隼太はそう言って深々と頭を下げた。そこに異論を唱える者はいなかった。皆がやれやれといった感じで目を合わせ、ついにマーティン家はロッタの勝負に向かう事を決めた。


**************


会議から1週間が経ち、ついに海底都市ミレーへ出発する日がやってきた。今回の旅に向かうメンバーは隼太、レティシア、アロイジウス、駄々をこねて聞かないので連れてきたリン、そしてまさかの…


「お前がこんな朝に起きてるところ初めて見たぞ…」


「うん…だって眠いんだもん…朝なんて起きる時間じゃないでしょ…?」


「どんな認識だよ!本来朝は人間が目覚める時間なの!お前がおかしいんだからな!?」


「うるさぃなぁもう…あぁだめだ〜ねむい〜………」


「おいこら寝るな!ったく、本当にエラを連れて行っても大丈夫なんですか!?」


「あら、自分の心配よりも他人を心配するなんて。どうやら危機感が足りてないみたいね。半殺しになるまで痛めつけないと理解できないのかしら…」


「ダリアさん本当冗談キツいですよね…でもこんな寝てばっかなのに戦力になるんですか?この前の幻魔法もエラが操ってたなんて信じられないですよ。」


「まぁ。自分の仲間も信じられないなんて器の狭い男ね。信じられないならそれでも良いわ。いずれ目の当たりにする事だし………はぁ、しょうがない…まだロッタ様はいらっしゃっていないわね?」


「?えぇ。まだ来てないみたいですが…」


「そう。なら特別に小声で教えてあげる。………実はあの子には、ある特別な加護が与えられているの。」


「加護…!?エラにですか…?」


「えぇ。あの子がいつも眠たそうにしているのもその加護のせい。だから私もカリーナもエラに厳しくしたりしない。だってあの子にはメイドなんかよりずっと大事な仕事があるんだもの。」


「……それは知らなかった。で?その加護ってどんなですか?」


「少し話したくらいで調子に乗らないで。」


冷静な声とは裏腹に、家事で鍛え上げられた右手が、唸りを上げて隼太の頬を叩いた。


「いだっ!?何してんですか!!」


「馬鹿ね。それくらい本人に聞きなさい。これ以上詳しいことは本人の許しを得て聞くべきよ。」


「いたた…いやまぁ確かにそうなんですけど…」


「とりあえず無事に帰っていらっしゃい。そうでないとストレスが発散できなくて困るもの。」


ダリアは最後にそう言い残すと、アロイジウスやレティシアへ挨拶をしてから、メイドの仕事が忙しいからと屋敷に戻っていった。憎たらしい人ではあるものの、その背中はどこか寂しげだった。


「ハヤタ大丈夫?なんだか緊張してるみたいだけど…それにその顔…腫れてるけど、治してあげようか?」


「おわっ!?レティシア!びっくりした…」


「あっ、ごめんね!驚かせちゃって…」


「あぁ、いや大丈夫だよ。顔もまぁ、これくらいなら平気。」


「そう、なら良かった。なんだか寂しそうだったから、大丈夫かなーと思って。」


そう言うと、彼女は少し笑った。


「いや、なんだ、さっきまで少し緊張してたけど、レティシアと話したらなんだか楽になったよ。」


「ほんとに!?良かった!そう言ってもらえると嬉しいな〜!」


純粋な笑顔で笑う彼女の顔を見るとなんだか癒される。張り詰めていた心が緩んでいく感じだ。



「ーーあら、皆さんお揃いで。」



しかし、その一声で再び心に緊張が走る。青と白のまだら色の髪、黄色と紫の互い違いの瞳、ドレスのようなローブ姿。間違いない。ロッタ・トール・アーチボルトだ。マーティン家の前に、ロッタが突然姿を現わした。


「旅の用意は十分ですか?支度が済んでいるならば今すぐにでも出発したいのですけれど。」


「ほほほ、これはこれはロッタ殿。随分と急いでいらっしゃいますな。」


「あらアロイジウス様。再び会えて光栄ですわ。フフ、そう見えますかしら?」


「いや失敬、儂も早めに出立するのは賛成ですぞ。では早速竜車を走らせましょうかな。」


「えぇ、そうしましょう。まず南町のパーシィまで行かなければなりませんからね。」


「…パーシィ?」


「あら、御機嫌よう。貴方はもうすぐ私の物になるのよ?嬉しいでしょう?えぇ、そうでしょうとも。」


「……それはさておき、パーシィと言いましたか?あの海沿いの南町の?」


「あら乙女の話を無視するなんて野暮な人。まぁいいわ。えぇ。パーシィはウェルド公国で深い海に通じる海路が最も発達している地ですからね。そこで数日休息を取り、海底都市に向かう予定です。何か問題でも?」


「いえ、なんでもありません。お手を煩わせて申し訳ありません。」


「フフフ、いいのよ。出来るだけ貴方は自由になさい。ですが手綱を握るのは私。それを忘れないように。」


ロッタはそう言うと、自ら用意していた竜車に乗り込んだ。隼太は肝の冷えるような思いをしたが、ため息を一つついて、マーティン家の竜車に乗り込む。


「全く、疲れるよ本当。絶対あの人の元では働きたくないね。」


本音を漏らしながら中に入ると、それを聞いたレティシアがクスクスと笑った。車内には既にアロイジウス、シクリー、レティシア、エラの4人が座っていた。


「ふふふ、正直だね隼太。でもロッタ様は本当に凄い方なんだから、あんまり失礼の無いようにね?」


「いやいや、俺ならまだしも、王選候補者のレティシアがそんなに下手にならなくても…」


「そういう事じゃなくて、私はあの人の魔法の腕を尊敬してるの。たしかに今は私の方が立場は上かもしれないけど…」


「なるほどね。レティシアにそこまで言わせる程凄いんだ、あの人。国家指定魔術師か…」


隼太は今一度、ロッタが背負う『国家指定魔術師』の称号を思い返してみた。属性ごとの国内最高の魔法の使い手を示す称号。レティシアの治癒魔法もかなりのレベルだが、国家指定魔術師の称号を背負う程の使い手は他にいる。


実際にロッタの本気を見たことがないので、そのスケール感はイマイチ掴めないが、この魔法の世界でそこまでの実力を持っているというのは相当なのだろう。


そんな事を考えていると、竜車がガタガタと音を立てて進み始めた。


「おにぃさん、今回は竜車を『成長』させる技やらないのぉ〜?」


アロイジウスの膝の上に座るシクリーがニヤついた顔でそう呟く。


「あれはそんな簡単に出せる手じゃねぇの。いざという時に使うから効くんだよ。」


「え〜つまんないの〜」


隼太が説明すると、シクリーは拗ねたように頬を膨らませて、窓の外を睨むように眺めるようになってしまった。


アロイジウスはパーシィへの地図を無言で眺め、レティシアは足をブラブラさせながら移りゆく外の眺めを楽しそうに見ている。エラはもちろん寝ている。


今回は大変な旅になりそうだと、隼太は今改めて実感した。


**********



「…………………はっ…!寝てた…?」


さっきまで俯いたままだったレティシアが、不意にバッと顔を上げる。


「あれ、レティシア起きた?」


「ひゃ〜、寝てたの見た?恥ずかしい〜!」


微睡みから目を覚ましたレティシアは、真っ赤になった顔を白い手で恥ずかしそうにパタパタと扇いでいる。そんなレティシアとは対照的に、エラはいつもの調子で恥ずかしげもなく眠っている。ガラガラと音を鳴らす竜車の車輪は、のどかな平原の風景を引き裂くようにして走って行く。


「・・・なんだか暇だわぁ。」


ぐでーっとした様子のシクリーが、呟くようにそう言った。


「まぁ気持ちは分かるがそうめんどくさそうにするなよ。みんな思ってる事だ。」


「だってあと丸一日以上もこのまんまなのよぉ~?嫌になるに決まってるじゃなぁい。」


「ん~・・・まぁ確かに。休憩が欲しくなるなぁ。」


竜車の中は豪華な造りで、窮屈きゅうくつさは感じないものの、さすがに丸一日以上同じ空間に居続けるのは骨が折れる。竜を休ませるため、一時間に一回ほどの間隔で休憩を挟むものの、その間が退屈なのは否めない。なにせ窓の外を眺めるか、誰かと話しをする他の娯楽ごらくが存在しないのだ。大人でもなかなかに苦痛なこの状況を、精神年齢が子供並のシクリーが嘆く事になんの不思議があるだろうか。


あぁ、次の休憩はまだだろうか。


精霊の不満や愚痴ぐちの絶えない車内ではあるものの、それはそれで気が紛らわせる。なんやかんやで時間は経ち、そろそろ休憩の頃合いだ。


竜車を2台、路肩に並べ、車内から降りると、なんだかまだ揺れているような感覚がする。それにずっと座っていたせいで、腰痛にも襲われるようになった。


「はぁ、さすがに体が振動に慣れすぎて、何もない地面でも揺れているような錯覚に陥るようになってしまった・・・」


「あら、随分と疲れているのね。」


隼太がため息をつきながら腰を叩いていると、前の竜車からロッタが現れた。


「そりゃそうですよ。逆にロッタ様が疲れていないご様子なのが信じられない。」


「嫌だわ、か弱い女性にそんな事を言うなんて。もう少し労ってもらいたいものだわ。」


ロッタは機嫌良さげにニヤッと笑う。しかしそれもすぐに彼女の扇に隠されてしまうので、俺はまだ彼女の表情がイマイチ読めないでいる。表情どころか、笑いのツボさえ分からない。


「のどかな所ね。こんなに開けたところ、久々に来ました。」


「そうなんですか?ロッタ様なら行きたいところがあればすぐに行けるのでは?」


「私は別に田舎に行きたいとは思わないわ。都会の方が何かと面白いことが起こるんですもの。」


なるほど、確かに彼女の性格上、こんな田舎に癒やしを求めて訪れるタイプではないだろう。面白いことが好きだと言うのもよく分かる。


「あら、あんな所に・・・ほらご覧なさいな。」


不意にロッタが草原の向こうに扇を向ける。釣られて隼太もその方向を向くと、翼の生えた白い龍が一頭、首をもたげて草原に佇んでいた。その姿はどこか高貴で、敬意を表したくなるほどの威厳いげんに溢れている。図鑑や本で見たことはあるが、実物を目にするのは始めてだ。


「私、龍は好きよ。美しくて恐ろしい。人間なんかあっと言う間すらもなく、一瞬で殺されてしまうのよ。どう?恐ろしいでしょう?」


「嘘をおっしゃいます。貴女に恐ろしいものなど、この世に存在しないでしょう。」


「あら失礼な事を言うのね。私にだって怖い物の一つや二つ、ありますのよ。」


「普通の人間は、怖い物ってのは一つや二つじゃ収まらないんですよ。」


隼太がそう言うと、ロッタはまた小さく鼻で笑うと、口元に扇を当てた。


「じゃあ僕はレティシアに腰痛を治してもらいますので。また後で。」


隼太は適当な口実を作ってロッタの元を離れる。彼女はまだ龍を眺めているままだ。


少し離れたところで、マーティン家の人間が固まって休んでいる。


「いや~なかなか応えるね・・・公爵邸までの道のりも長かったけど、今回はもっと辛く感じる・・・」


「あの時は隼太が変な車を出してくれたおかげで後半は快適だったもの。ほら、そこで横になって。」


隼太は、レティシアの言うがままに、地面に引かれたマットのようなものに寝そべる。

レティシアが腰の上に手を当てると、じんわりと患部が暖かくなり、痛みがスーっと抜けていく。ものの1分足らずで完全に不調が解消された。


「やっぱ凄いなぁ。久々にお世話になったけど、やってもらうと改めて感心するよ。」


「もう、下手におだてても何もでないからね!」


レティシアは恥ずかしそうにそっぽを向くと、慣れた手つきで道具を片付けていく。


「アロイジウスさん、大丈夫ですか?」


「うむ。確かに乗っておる時は辛いが、レティシアがすぐに治してくれるのでな。心配には及ばんよ。」


隼太が心配するまでもなく、アロイジウスはいつもと変わらない様子だった。


「さて、もうすぐ出発の時間じゃ。みんな、竜車に乗り込むぞ。」


気乗りはしないし、シクリーに至っては駄々をこね始める始末だが、なんとか街に着くまでは頑張れそうだ。まぁ、実際に街に着いた時には、もうそんな事を考える気力は無くなっていたのだが。



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