第16話 Don't Stop Me Now
埃臭い部屋の中。それに似合うように男達の虚ろげな声がブツブツと、小さく塊になって薄汚れたテントの布に反響すること無く消えて行く。
部屋に女性の姿は2つ。いや、片方は女性のような姿をしているだけだろうか。何にせよ何とも言えない地味でつまらない戦線後方の基地。退屈と心配に耐えかねたアーガイルが、ふと口を開いた。
「...なんか静かになったね~。」
「あの馬鹿がいないだけでだいぶ過ごしやすくなったじゃないか。できればしばらくアイツの顔は見たくないね。」
アーガイルの小さな声に反応したのは女性の姿をしている高位精霊、ホルクスだ。
「ホルクスは心配じゃないの~??エリクが前に出て戦ってるかもしれないのに。」
「自分から言い出したことじゃないか。どうなろうとアタシの知ったことじゃないさ。」
「...本当にそう思ってるの??」
「当たり前じゃないか。悪いがアタシはあんたのばぁちゃんが生まれるよりずっと前からこの世界を見てるんだ。知り合った人間が死んでいくのなんて何百、何千、何万と経験してる。アイツはその中の一人でしかないんだよ。」
「......」
「悪いがね、アタシやアンタがここでアイツの身を案じたところで何か変わるかい?何も変わらないだろう。どうしようもない事にいちいち囚われてても、何も得られるものはないんだから、適当にしてればいいのさ。」
確かに言っている事は正しいのかもしれない。でも、冷たい。彼女はいつもそうだ。常に世の中を冷めた目で見つめている。アーガイルがこういう経験をするのは今回が初めてではない。人間と精霊は契約によって通じ合うことができるが、本質的な物は全く違うものだ。それ故に生じる感情や倫理観の違いは仕方の無い事なのだろう。
アーガイルはウェルド公国の西部、トルガという町の地方貴族出身だ。彼女の家は地方の政治を行っているため忙しく、両親が滅多に家に帰らなかった。その為アーガイルが家族と共に食卓を囲んだ経験は今までに数回ほどしかない。彼女は13歳の時、そんな退屈で寂しい生活に耐えかね、家を飛び出した事があった。だが屋敷の周りでしか生活したことがなく、土地勘のない彼女は付近の森で道を見失ってしまったのだ。そんな、家に帰れず困っていたアーガイルを助けたのが、今彼女と契約を交わしているホルクスだ。
2人はすぐに仲良くなったという訳では無い。ホルクスは元々人間が好きな性格ではないらしく、アーガイルを助けたというのも、風で追い出すように吹き飛ばしただけだ。だがアーガイルはその事を非常に不思議に思い、道も分からないのに何度も森を訪れるようになった。毎回彼女は案の定道に迷い、それを毎度ホルクスが森の入り口まで吹き飛ばす形で送り出す。そんな関係が数十回続いた時、ついに痺れを切らしたホルクスが初めてアーガイルの前に自身の姿を晒した。
それから2人が契約を交わすまで掛かった時間はそう長くない。アーガイルはホルクスとの出会いを種族の違いを抜きに喜び、そんな純粋なアーガイルの事を、ホルクスは次第に気に入っていった。
人間同士の友達とは少し違うかもしれないが、それでもアーガイルはホルクスとの絆を感じているし、それが一方通行の感情でないことも分かる。
「あたしはホルクスのこと、全部はわかんない。でも、ホルクスが本当はエリクの事心配してるの、分かるよ。」
「はっ、こんな短い付き合いでアタシの事知ったような口利いてくれるじゃないか。アタシは嘘が嫌いなんだ。アンタが本当にアタシの事分かってるなら、それくらい分かってて当然だろう?」
「うん、分かるよ。でも、そういう事じゃないんだよ。多分もっと、自分でもよく分からない心の奥では、そんな事思ってないはず。私たち契約したんだもん。きっと心の奥で通じ合ってる。そうでしょ?」
「...知らないね。皆目見当もつかない。」
「フフ、またそんな事言って~。でもホルクスのそういうとこ、可愛いって思うな、あたし。」
アーガイルがホルクスの白い頬に薄い紅が乗ったのを微笑むと、すぐにホルクスは拳でアーガイルの頭をぐりぐりと押さえつける。
「ハァ...ったく、仕方ない。ちょっとくらい考えてやろうじゃないか。ここにいても暇するだけだからね。」
「ホルクスって意外とちょろいよね。」
「前言撤回だ、この小娘。」
人間と精霊、2つの全く違う種族間に、血の通った暖かい会話が流れる。言葉こそ荒いが、お互いの口角は低い角度で上に上がり、どこか安らかな表情をしている。
1人は祈るように、もう1人は片手間に、祈った。同じ事を。自分の陣営だけでなく、今回の騒動が無事に収まるようにと。
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1つ。2つ。3つ。
今となっては人の命を奪う事に対して、何の感情も抱かない。
庭に生えた雑草の目を摘むように、首を飛ばし、血を噴き出させ、その目から光を奪う。
この作業を繰り返す度に、自分の魂が穢らわしいものだと確認させられる。
「.........」
交わす言葉はない。殺戮が行われているとは思えないほど静かだ。
何度同じ光景を繰り返しただろう。
相手はいつも同じだ。決まった服装で向かってくる。彼らの素性は知らない。
知る必要もない。
息切れもしない。体の疲れも感じない。
この身にあるのはただ一つ。
復讐を果たす。
その為に今まで生きてきた。
妻子を亡くした今、自分を支えるのはその感情ただ一つ。
これは必ず果たさねばならない。
そのために魂を穢したのだ。
彼、ジャック・リーパーは今、前線の中央を進んでいる。
無論彼の周りには無数の『終焉』の戦闘員が居り、視界が黒で埋まるほどの攻撃を彼に浴びせる。
時には魔法で、時には矢や剣、拳などの物理攻撃で。
だがそれらの攻撃は、事実何もしていないのに等しい。
実力差は圧倒的、いや、彼のそれは既に人間の考え出した言葉では形容することさえできない程だろう。
黒装束の者達に、同じ色をした黒い死神が襲いかかる。討ち漏らしはない。彼の通った後には、死体の道が広がっている。
「――ここから先には、行かせませんよ。」
ふと、今までの静寂を破るように穏やかな男の声が聞こえてきた。一体いつ、どこから沸いて出たのか。奴らはいつもそうだ。意識の外から滑るように姿を現し、攻撃を仕掛けてくる。此奴もその中の1人。ただそれだけだ。
「どうも、ジャック・リーパー。初めてお目にかかります。私は黒騎士ドリトル・ケネディと申します。」
「・・・・・・」
「...無視、ですか。まぁそれも良いでしょう。」
ドリトルと名乗る黒騎士は、一つ咳払いをすると、こう続けた。
「貴方の目的は『童殺師団長リガイアス』の殺害でしょう?騎士団も彼女の首を狙っていますからね。貴方は騎士団と結託しようとはお思いにならないのですか?」
「...これ以上の話は無益。直ちに首を晒せ。だが楽に死ねると思うな。」
「これはこれは...まぁ良いでしょう。質問は大したことではありませんしね。ですが今までと同じようにいくと思ったら大間違い。黒騎士と戦うことがどういう事なのか、貴方もすぐに分かるでしょう。」
ドリトルはそう言うと、腰に差していた長剣を小さな金属音と共に引き抜いた。そしてその鋒をジャックに向ける。
戦闘開始の合図だ。
「さて、この世界で我々の同胞を最も殺害した、穢らわしい殺人鬼の腕前を見せて頂き――」
――声が、途切れた。
突然だ。
何も知らない人間が見れば、この一瞬の間に何が起きたのかすら分からないだろう。
いや、どれだけの実力者であろうと、今起きた出来事を的確に説明することはできない。
今言える事はたったこれだけだ。
既に、ここにジャックの姿はない。
ここにはただ、彼の残像に取り残されるようにドリトルの死体が、多数の戦闘員の死体の中に、埋もれるように転がっているだけだ。
「口ほどにもない。」
彼らの勝負を決するのに、秒という時間の単位は必要なかった。
黒い死神は遠い黒騎士の死体を横目に、さらに『終焉』が訪れた方向へ進む。
『――もっと手際よくやるのだジャックよ。あのような三流にわざわざ構うな。』
「...貴様の発言を許した覚えは無い。すぐに消えろ。私が貴様に身を委ねるような事は決してない。」
『...強がりは止めろジャック。すぐに必要になる。』
そよ風に消えた、彼の中のその小さな呟きを聴いた者はいない。
ジャックは再び静けさの中に身を潜らせる。
足はイメージ通りに動き、止まっている世界が後ろ向きに流れる。
「...おにいさ...わ...デバ...おありです...」
「......あれは...?」
ジャックはふいに、途切れ途切れに聞こえた女性の声の方へ目を向ける。
そこには見たことのある者が1人。剣聖のフローレンス。
だがその他の3人は初めて見る顔だ。
その中の一人が騎士団員なのは装備で分かる。だが残りの2人は何者だ?
だがまぁ良い。知る必要もないだろう。どうせ騎士団が保護した一般人だ。
「...騎士団もここまで進んできたか。」
『――急げジャック...剣聖より先に目標に辿り着かねば...」
「貴様は黙っていろと言ったはずだが?」
『お前の復讐のために力を貸してやるのが儂の役目だ...これはその一環よ。』
「必要ない。が、貴様の言っている事は正しい。先を急がねば。」
ジャックは4人に目を向けるのをやめ、再び前に進む。
墨跡のように残像を残して黒い風はその場を離れた。
あまりに速く、静かな彼の動き。常人でなくとも見ることさえ敵わない彼の走りを、
剣聖、フローレンス・ノーリッシュだけが渋い顔でその行く末を見つめていた。
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「この辺りでいいかい?」
「あ、そんな感じで大丈夫ですね。まぁ適当でも大丈夫です。多分。」
「意外と緩いんだね。分かったよ。」
マイペースなリンと、それに優しく対応するフローレンス。
2人の手にはリンが作ったAPSが握られている。
「配置が済んだら盾を縮めるぞ!急げ!」
「分かってますよ!今やってるんですから静かにして下さい!」
「ぐぅ...だがこの奇天烈な装置が機能しなかった場合はすぐに戦闘を開始するからな!その時はその装置を回収できなくても文句は言うなよ!」
「まぁ実験ですからね。失敗は付きものです。...これでよし!いいですよ!始めましょうか!」
荒れ地に電子機器という組み合わせはなかなかシュールだが、隼太はこの装置の性能がどれほどの物なのか期待せずにはいられなかった。
かつて隼太が暮らしていた世界では、電気が文明を支配し、電力を得るために多大なリスクを背負いながら社会を維持していた。原子力発電所などはその最も分かりやすい例だろう。
常に身近にあったが、常に危険を伴うもの。それが電気であり、文明を支える電子機器であった。
それが今、この世界にある。
リンという少女が作りあげたその機械は間違いなく電子機器だ。
しかも、隼太がいた世界の機器よりも明らかに小型化されている。
APSという機械はそもそも、戦車などに搭載されているシステムで、小型化は難しいとされてきた。
しかし、彼女の作ったものが十分な働きをするのなら、それは驚くべきものだ。
その場合彼女は、現代の技術者を上回る腕の持ち主だと言えるかもしれない。
「よし!盾を縮めるぞ!」
エルヴィスの声の後、絶壁のように巨大化した盾が見る見るうちに収縮し、彼の手の元に収まった。
と、同時に――
「...来た!」
エルヴィスの盾が縮んだ途端、攻撃を中断していた終焉の戦闘員達が再び攻撃を仕掛けてきた。
魔法や弓などで遠距離からの攻撃を仕掛ける者もいれば、剣などの近接武器を構えて近づいて来る者もいる。
放たれた魔法と矢は走ってくる戦闘員よりも先にこちらに到達する。
色とりどりの破壊のエネルギーが迫る。
矢は言わずもがなだが、魔法の攻撃は直撃すればどのような効果があるのかは分からない。分からないが、とにかく危険だという事だけは分かる。
エルヴィスは実験の失敗時に備え、盾を展開する用意をし、フローレンスは未だに腰の剣を抜かずに腕を組んで立っている。隼太は未だに身内にしか見せていない自分の中の力に話かけ、いつでも行動できるようにスタンバイさせている。
そんな中、リンだけがただ1人キラキラと目を輝かせ、期待通りの状況だと言わんばかりにわくわくしている。
「さぁ、とくとご覧下さい!私の自慢のデバイスの性能を!」
彼女はかけ声と共に両手を広げ、迫る攻撃を避けようともしない。
すると、そんな彼女の期待に応えるように、彼女作のAPSは静かに仕事を始める。
飛んで来る魔法攻撃に反応し、APSからパシュッという音が放たれる。
その瞬間、攻撃がキラキラと分解し、勢いを失って空中に消えてしまった。
矢などの物理攻撃に対しても同じだ。一定の範囲内に入った攻撃は、装置から高速で発射される何かによって撃ち落とされる。
「これは...予想以上だ...」
彼女の装置は、隼太の予想を遙かに上回る性能を持っていた。
範囲に入った攻撃を無力化するというAPSの仕事を完璧にこなしているのだ。
無論、迫る攻撃の全てを撃ち落とせる訳ではなく、範囲の外を通過してくる攻撃は変わらず向ってくる。
それでもこの装置は素晴らしいものだ。現代に持ち込んだとしても最高の評価を受けられるだろう。
「おぉ...おおお!!実験は大成功です!!見ましたかこれ!!」
彼女は自分のデバイスが予想通りの動きを発揮したことに興奮しているようだ。
「なんか腹立つなあのリアクション...」
腹は立てども物は良いので、イジってやれないのが少し悔しい。
彼女は高低差の無い胸を突き出し、上がった口角と顎でこちらを見下してくる。
「驚いたよ、リン嬢。君の作ったものは誇るに値するものだ。」
「えへへ、騎士さんに褒められるとは、嬉しいですね。」
フローレンスの賞賛を、謙遜なしに喜ぶリン。
俺にはあんなにキツい態度だったのに...とでも言いたげなエルヴィスのジト目には同情の念を抱かずにはいられなかったが。
「これは一般人用の自己防衛にも良さそうだね。」
「ええ勿論!あ、でも気をつけて下さい。」
「??」
「...そろそろ中の弾薬が切れる頃なので。」
彼女がそう言うと、さっきまで元気に動いていた装置が情けない音を立てて一斉に静かになった。つまりどうなるか、それは考えずとも分かるだろう。
無論、敵の攻撃が装置を通過してこちらに真っ直ぐ向ってきた。
舌を出してとぼける彼女に、もっと早く言えと言いたくなったが、そこは黙っておく事にしよう。
隼太が早々にリンを後ろに避難させると、騎士団の2人が前に出た。
自分も前に出るつもりでいたが、その考えはすぐに打ち砕かれた。
気迫が全く違う。
一般人には手出しさせないと言わんばかりの2人の圧力に圧倒された。これが長きに渡り国を守ってきた人間とこの前までただの学生だった人間との覚悟の違いなのだろう。隼太はすぐに気持ちを切り替えて大人しくリンの護衛につく事にした。
エルヴィスは自身の体を覆える程度に盾を伸ばし、腰に差していた短めの剣を取り出す。フローレンスは未だ自身の剣を抜かないずに、どこで拾ったのか分からないようなぼろぼろの剣を手に握っている。
なぜ彼は自分の剣を使わずに、あんな汚い剣を使うのだろう。
不慣れな武器では十分な動きは出来ないのではないだろうか。
だが、隼太のそんな不安と疑問は一瞬にして失われる。
彼の手に握られていた剣が徐々にその姿を変えてゆく。
刃こぼれを起こし、錆付いていた刀身が淡い光と共に修復され、
簡易で安っぽい柄は、上品で実用性に溢れた装飾が加えられてゆく。
あっと言う間に彼の手の剣は別物に変化した。美しい。いや、もはや神々しいとも言える剣だ。
「あれも魔法なのか...?」
「違うよハヤタ。これは僕が授かった『加護』による効果だ。」
「...なるほど、『加護』持ちか。まぁ当たり前といえば当たり前だが目にするのは初めてかもな。」
―――『加護』。
隼太もそれについては既に勉強している。
魔法関連の書物にも度々登場してきた言葉だったので、同時進行的に調べていたのだ。
『加護』とは何か。未だその存在がどのようにして授けられるのかは解明されておらず、書物の中でも「世界から与えられる特別な力」というなんとも曖昧な定義になっていた。
加護を授けられる人間は本当に極僅かで、希少な加護になれば数千万、数億分の1という確率でしか授かることはできないらしい。
それだけに加護持ちと呼ばれる加護を授かった人間は常人を圧倒する力を保有することも多く、実力者の多くは加護持ちである事が多いそうだ。
そうなれば『剣聖』と呼ばれる彼が加護持ちであることなど当然なのかもしれない。
「これは『聖剣の加護』による効果。聞いた事はないかい?」
「すまんが忙しかったもんで、そこまで詳しく知らないんだよ。今見つかってる加護に関する書物だけでもかなりの厚さだったし...」
「別に知らなくても大丈夫さ。効果は簡単、この加護を保有している者、つまり僕が握った刃物は全て『聖剣』に変化するだけ。」
「なんだそのクソチート能力は...」
異世界転移モノや、RPGのお約束の一つであるアイテム『聖剣』。大抵勇者や主人公がボスキャラとの決戦前に苦労して手に入れ、その圧倒的な力で敵を倒す。ありふれたシナリオだ。それだけに『聖剣』という言葉は世間に広く知れ渡っている。
伝説の武器であるべき『聖剣』も、彼の加護さえあればいつでもどこでも刃物さえあれば生成できるというのだ。恐るべき剣聖。確かにそれほどの能力ならばその名にふさわしいだろう。
「でもその腰に差してある剣は使わないんだな。なんか理由でもあんの?」
「あぁ...これかい、これは特別な物なんだ。いろいろ事情があって今は使えないんだよ。」
「へぇ、そうなのか。まぁ、お前もいろいろと大変な時期なんだろうよ。」
さっきから彼に何度も質問を投げかけているが、そのどれも核心的な答えを貰えていない。彼も『剣聖』という責任ある立場なのだろう。無理に聞くのも申し訳ないので、深い質問はその時が来るまで答えを待つ事にする。
さて、一通り知りたい事は知れた。2人はアイコンタクトで会話の終了を確かめ合うと、1人は敵の方に、もう1人は護衛の対象に目を向ける。
「遅いじゃねぇか。もう俺は何人か片付けちまったぞ?」
「本当に苦労をかけるねエルヴィス。でももう大丈夫。今こそ正義の剣を振るう時だ。」
「ハッ、そんな台詞、お前じゃないと言えんな...さぁ行くぞ!」
敵が迫り、大量の戦闘員からものすごい質量の攻撃がたった二人の人間にぶつけられる。2人の騎士は一瞬にして纏っている雰囲気を変え、ピリピリと張り詰めた空気だけが戦場に漂う。
――だがその空気を感じたのはほんの一瞬だった。
「...なん...だ、これ?」
自分の目をここまで疑ったことはない。ここの荒れ地はかなりの広さで、平野と呼んでもいいだろう。地平線とまでは言わないものの、遠くの山脈が障害なく見られる程度には開けた場所だった。そんな場所を埋め尽くすように敵がいたはずだった。
こんな開けた場所で目の前の動きを見失うなどあり得ないはずなのに。
捕らえられなかった。すぐ近くにいた『剣聖』の動きを。
「――さぁ、前に進もうか。」
ここは地獄か。違うのなら、目の前で笑いかけるこの男をなんと言い表せば良い。この平野一杯の敵を、一瞬たりとも時間を掛けずに切り捨てるこの男を。
力の差だとかそういう次元を通り越している。
どんな作戦を立て、どんな兵器を揃え、どれだけの兵を用意したとしても、彼にかかれば一瞬も掛からずに処理できてしまうだろう。
「.......ちょっと想定外すぎて頭の処理が追いついていないんですが、もしかして時間停止系の能力者の方でしょうか...?」
「なんだか面白い話し方になってるけど...大丈夫かい?」
「いや、全然大丈夫じゃない。なんだこの世界。ちょっとは常識の範囲内で設定できなかったのか!!」
「何に対して怒ってるんだい、ハヤタ...」
「この世界の不条理に対してちょっと...まぁいいか、こればっかりは割り切って考えた方がいい。」
雑な言葉で言えば意味不明とでも言いたくなるほどの戦力を目にして、完全に呆気にとられていたが、もうこれに関しては此方の世界に来た時から何度も感じたものだ。流石に剣聖レベルは何度見ても慣れないだろうが、余計な事は考えないに限る。
「んで、これからどうするんだ?」
「僕らは無論前進するよ。エルヴィスや兵達も連れてね。」
「いや兵を連れて行く必要性を感じないんだが...まぁいいか。で?俺はどうすんだ?」
「...できれば君にも来てもらいたいところだが...事情が変わったね。逃げ遅れた一般人を1人で安全な場所に避難しろ、とは言えない。」
彼はそう言うと、視線を隼太から逸らす。
隼太も同じ方向を見てみると、女性らしからぬ格好でデバイスを回収するリンの姿があった。
「あのアホ...」
「ハハハ、まぁまぁそう言わずに。できれば君には彼女を戦線後方にある基地まで連れて行ってもらいたい。お願いできるかな?」
「そんな諭すように言わないでくれ。あぁ、もちろんいいよ。どうせ俺がフローレンス達に付いていっても出来ることはなさそうだし。」
「そんな事はないさ。僕の非力の支えになってくれる人は多い方が助かるからね。」
「爽やかな顔でいうな、全く。冗談じゃないぞ。」
「?僕としても冗談を言ったつもりはないんだけど...まぁいいか。すまないね、よろしく頼む。」
「あい。承りました、騎士様。」
彼は本気で自分を非力だと言っているのだから驚きだ。
ここまで来ると嫌みにしか聞こえないが彼は全くその気がないので気にしないことにする。
「お~い、避難だってよ、俺も君も。ほれ行こう。」
「ちょいとお待ちを...ぐぅ...重い...」
避難の指示が出たというのに、彼女は両腕一杯にデバイスを抱えている。一個の大きさが大体30cm強、重さは6~7kgほどあるだろう。それを5、6個抱えているのだ。
「そんなに1人で持てないだろ...ほれ、貸してみな。すまんグロース、ちょっと持ってくれるか?」
『お安いご用です。』
隼太が問いかけると、グロースは隼太から半身ほど出現し、両手で合計4個デバイスを持った。
「んで残りは俺が持てばOKだな。」
「うへー...なんですかこれ...お兄さん何者なんですか...」
「あ~...気にしないでいいよ。魔法だ魔法。」
隼太とグロースの共同作業だ。もちろん精霊使いでない者に精霊は見えないので、リンには隼太の周りに4つのデバイスが浮いているように見えるだろう。不思議に思って当たり前だ。
彼女の方は気持ち悪いものを見ているような顔をしているが―――
「―――え?いや...魔法とかじゃなくて...なんですか、その背中の人形みたいなやつ...??」
遅くなりました。次回も多分そんなすぐには来ないので気長にお待ち頂けると嬉しいです。