第15話 雷雲を探しに
――今隼太とフローレンスがいるのは首都ウェリスにおける『終焉』の襲撃の最前線だ。二人は手元に小さな盾と、片手で扱える剣を装備したガタイの良い男の元に向かう。彼の名はエルヴィス・フェンダー。フローレンスやアゼルらと同じ、近衛騎士団の一員だ。全身を金属の鎧で固めており、それを彼の筋肉が窮屈そうに押し上げている。
二人と彼との間の距離はそう遠くなかったので、小走りでもすぐに彼の元に着くことができた。彼は深い緑色の頭髪をしており、本当にこの世界はいろんな色の髪を持つ人が多いと感じる。彼はフローレンスに会うと、笑顔で握手をした。
「よう、フローレンス。お前がわざわざこんなとこに来るなんて珍しいじゃねぇか!よく許可が出たな!」
「やぁエルヴィス。いつも苦労を掛けるね。今回は特例なんだ。ずっと来たかった前線に来られて嬉しいよ。無事君にも会えたしね。」
二人は久々の対面なのか、明るい顔で談笑している。だが、ここは前線だ。無論敵がこの隙を見逃すはずはない。
「危ない!!」
前方から黒装束の者が放ったであろう火の玉のような物体が、唸りを上げてこちらへ飛んで来る。いち早く危険に気付いた隼太だが、口に出した時にはそれはもう50mほど先にまで迫っていた。
「おっ、危ね。」
エルヴィスが全く危機感のない声でそう呟いたと思った瞬間...
「うおぉお!?」
目の前に先ほどの巨大な壁が出現し、一気に影が視界に広がった。瞳孔が急な明るさの変化に対応出来ず、一時的に目の前が暗くなるが、しばらくしたらそれも収まり、すぐにそれの本質が見えてきた。
「これ...もしかして『盾』か...??」
「そう。これこそが彼が『剛壁』と呼ばれる由縁だよ。」
さっきまで彼の腕に装備されていた盾が、信じられないほどの大きさに広がっている。ここが異世界でなければ、誰もこれが『盾』であったとは思わないだろう。
「おぉ、驚いたか?あんちゃん。」
「ま、まぁかなり...てか誰でもビビると思います...」
「こいつはな、ただの武器じゃあねぇんだ。一般的には『宝具』なんて呼ばれ方してる特殊なもんでな。」
「なにもかもが特殊すぎて段々なにが普通なのかも分からなくなってきたぞ...」
「ハハハ!まぁ世の中そんなもんだ!だがそんな中でもこれは群を抜いて貴重な代物だ。何てったって伸縮自在、さらに絶対に貫かれない盾だ!その名も宝具『ストラート=テレス』!かっけぇだろ??」
「かっけぇ...が、マジで言ってる通りならとんでもない性能ですね...伸縮の制限は?絶対に貫かれないって本当ですか?」
「ん?疑ってんのか?こいつは何処までだって伸びるし、貫かれるなんて事は天地がひっくり返ろうがあり得ねぇんだぞ。だから俺はこいつに命を預けられるし、ここまで生きて来られた。こいつのお陰で兵の生存率だって飛び抜けてる。まぁ初めて見る奴は信じられないだろうが、まぁ安心してくれあんちゃん。俺が大丈夫ってんなら大丈夫だ!ハハハ!」
彼は自分の武器を心から信じている。その瞳には一片たりとも曇りがない。これだけ言うのだ。この盾は伸縮自在、制限無しで貫通不可というとんでもない代物だという事で間違いないのだろう。なにより彼の仲間であるフローレンスが全く否定しなかったのだから。
「...ん?なんか音しないか?」
ふと、隼太の耳に、不自然に瓦礫を崩すような音が聞こえた。それを聞いたのは隼太だけではないらしく、3人は近くの瓦礫を見回す。すると...
「......ッもう!!またあなたですか!!よくもこんなでっかいの出してくれやがりましたね!!さっきやめてって言ったじゃないですか!!これじゃあ私のデバイスが使えないですよ!!」
突然、瓦礫の間から包子頭を付け、所々破けた白いチャイナドレスのような物を着ている10代半ば程の少女が叫び声と共に姿を現した。
「うげっ!何かと思えばまたあんたか姉ちゃん...」
「どうかしたのか?エルヴィス。...おや?彼女は誰だい?」
「あ、あぁ...この子は俺がさっき保護した民間人だ。この前線で一人で何かしてやがったもんだから、後方に連れ出す隙がなかなか出来ずに一旦側に置いて守っていたんだが、敵の攻撃を防ぐために盾を展開する度に、なぜかこうやって俺にケチ付けて来るんだよ...なぁ、どうにかなんねぇか、この姉ちゃん。」
「それはこっちの台詞ですよ!!そこのカッコいい騎士のお兄さん、このおじさんどうにかして下さい!!私は実験途中だったんです!!こんな貴重なチャンスなかなか無いんですから!!」
先ほどにも増して激しくエルヴィスを責め立てる少女。あのガタイの良いエルヴィスがまだ年端も行かない娘を相手に完全に押し負けている。
「...なぁ、この娘、ちょっと俺に任せてくれない?」
「ん?ハヤタ、彼女に何か用でもあるのかい?」
「まぁちょっと気になった事が...なぁ、そこの君、ちょっといいかな?」
「おや?これまたカッコいいお兄さんですね。でもそんなの関係ないですからね!私の実験は邪魔させませんよ!!」
「いや邪魔する気はさらさらないんだけど...君がさっき言ってた『デバイス』って言葉...昔から聞かされてた言葉?それとも、最近誰かに聞いた?」
「おや!お兄さん、私のデバイスに興味がおありですか!!なかなか話が分かるじゃないですか~」
「いやそれもそうなんだが...言葉の方だよ。言葉。デバイスって言葉は、俺がいた世界では主に電子機器を指すものなんだ。この世界に電気を使うほどの文明はないし、あまりに不自然なんだよ。誰かその言葉を君に教えてくれた人がいるんじゃないか?」
「言葉ですか?ん~、確かにそうですね。聞きましたよ、馴染みのない言葉だったので覚えてます。私が店番の片手間にデバイスを組み立てていたら、知らない男の人が話しかけてきやがったんですよ。『驚いたな。こっちにもこんな立派なデバイスを作る人がいるのか』って。」
「本当か!?どんな奴だった!?いつ聞いたんだ??」
「え、えぇ...なんですかお兄さんいきなり興奮して...そうですねぇ、なんというか普通の人でしたよ。出会ったのは大体2年前くらいですかね。で、これはデバイスって言うのか~って思って、それから私もそう呼んでるってわけです。でもこんな話聞いてどうしやがるんです?何の役にも立たないですよ?」
彼女は不思議そうな顔で首をかしげているが、隼太にとってはもの凄い情報だ。驚いた。正直、とても冷静にはなれないほどの情報だ。もしかしたら元の世界に戻れるかもしれないという期待さえ持てる。彼女の言葉はつまりこういう仮説の信用性を増すに足るものだ。
自分の他にもこちらに転移してきた者がいる。
此方の世界に電気を使用した道具や文明はなく、時代相応の道具や魔法を使うことで生活している。この世界出身の者なら確実に知り得ない言葉だ。
「......いや、十分だ。ありがとう。知りたいことは分かった。それで、実験していたっていうのは??是非そっちも話を聞きたいんだけど。」
「お、よくぞ聞いてくれましたね!これです!!これを試したかったんですよ!!」
彼女はそう言うと、かなり自慢げに謎の装置を両手で掴み、薄い胸の前に突きだした。
3人は目を細めてその物体を見つめて首をかしげる。だが...
「...これは何なんだい??」
「『全自動攻撃阻止装置』です!!」
「「「『全自動攻撃阻止装置』...?」」」
彼女の手に握られたデバイスをよく見てみると、だんだんその全容が見えてきた。
「なるほど、APSか。」
「「「えーぴーえす??」」」
今度は隼太の言葉に残りの3人が首をかしげた。
「APS。敵の遠距離攻撃に対して、まだ空中にある間に撃ち落としてしまう機械の事だよ。まぁ俺の予想が外れてなければの話だけど...」
隼太はそう言いながら彼女の方を見ると、彼女はなんとも良い表せないような表情で隼太の方を見ていた。
「ほあぁぁ~~~!!驚きました!!なんで見ただけで機能が分かりやがったんですか!!ビックリです!初めてです!こんな事!」
彼女は隼太の手を握り、上下にブンブンと激しく振った。
「わ、分かったから、とりあえず手を離してくれ!...まぁとりあえずデバイスの事は置いておいて、君の名前を聞かせてもらえる?」
「むぅ、デバイスの話をもっとさせろ、って感じですがまぁいいでしょう。私の名前はリン・シャオエンっていいます!短い付き合いですが、是非ともよろしくお願いしますね、お兄さん方!」
彼女は自分の名を告げると、まるで小さな梅の花のようにニッコリと笑った。
**********************
「行ってはなりません!!」
...うるさい。黙っていろ。何を言われようと、俺は行かねばならんのだ。
「この場にいる治癒魔術師では貴方の傷を完全に治すことはできません!どうか戻って治療を受けて下さい!」
そんな事は分かっている。自分が受けた傷の深さも、未だ体に残る痛みも、自分が一番良く分かっている。
「もう、本当にいい加減にして下さい!これ以上怪我をしたら簡単には治りません!貴方は公国内でも有数の戦力なのです!失う訳にはいきません!」
その戦力を欲している者が大勢いるのだ。俺はそいつらを助けなければならない。足を引きずってでも剣を振って敵を斬る。それが神が俺に与えた運命だ。だから神は俺にこんな『加護』を授けたのだ。
「...ありゃ~、こりゃまたヒドいねぇ、ハウエル。」
突然、必死さの欠片も感じさせない声が耳に入ってきた。顔をふと上げると、軽装に剣を差した桃色の髪が目に映った。
「...何だ、ベルタか。お前、アニトラ様の護衛はどうした...」
「何言ってんの、終わらせたよ。キッチリね。ちゃんと基地まで送り届けた。」
「なら何故ここに...」
「決まってんじゃん、あんたが怪我したって聞いたから飛んできたんだよ~。でも珍しいね。ハウエルが怪我するなんて。相当ヤバい奴とやり合ったみたい。」
「油断しただけだ。俺の実力不足さ。」
「なぁ~に言っちゃってんの!『剣友の加護』の調子が悪かったとか?」
「『加護』に調子の良し悪しはない事くらいお前も知ってるだろう。お前こそ『軽身の加護』持ちだったはずだが?」
「やだ~女の子に体重の話するとかハウエルもデリカシーないね~!...で、そんな体でどうすんの?まさか前線まで行くつもり?」
ふと、ベルタの声が軽薄さを無くし、冷たく重みを帯びたものになった。
「...もちろんだ。」
「ぜぇ~ったいそう言うと思った。まぁ止めはしないけどね。」
「....止めないのか?」
「なに~?止めてもらいたいの?ハウエル、意外とかまってもらいたいタイプだったり?」
「ハァ...お前と話してると疲れるよ。俺の事はいい。お前は近衛騎士としての役目を果たせ。俺も後で合流する。」
「......でも前に行くなら急いだ方がいいかもよ。『師団長』が来てるって噂、聞いてない?」
「...それは本当か?」
「さぁね~、辛うじて帰ってきた兵が言ってた情報だし、確証はないけど、まぁ簡単に嘘だとは言えないかな。今回の襲撃は村とかそこらの町の規模じゃないから、それくらいの大物が来たって全然不思議じゃ無いよ。」
ベルタは口調こそ適当だが、言っている情報は意外と信憑性のあるものだ。いくら『終焉』が手練れ揃いだとしても、国内でも最高クラスの防衛力を持つ首都を攻撃するなど通常考えられない。相手の有力幹部が率いている大勢の部隊ならばそれの説明もつく。
「それに、ハウエルだって師団長クラスの大物と戦いたいでしょ?」
「俺には手に負えないさ。黒騎士一人にこの有様だ。そういうのはフローレンスに任せればいい。」
「嘘。ホントはそんな事思ってないクセに。怪我だらけだけどハウエル、なんだか嬉しそうな顔してた。」
「そんな訳ないだろう...」
「いっつもそうだもん、ハウエル。自分が生きるか死ぬかの戦いしてるとき、絶対笑ってる。」
「.......」
「私そういうハウエル見てるときいっつもこう思うの。きっと自分の満足のいく死を求めてるんだって...」
「俺が死を...求めてる?」
桃色の髪が切なげな瞳を隠すように揺れている。虚ろで寂しげな表情。普段の彼女からは想像もつかないだろう。
「これは私が勝手に思ってる事だもん。違ったらごめん、でも私にはそう見えるんだ。ハウエルが騎士になる前にどんな生活してたか、私知ってるよ?」
「...そうか。なるほど、確かにお前の言う通りかもしれんな。...だが俺はまだ死なない。お前が以前の俺を本当に知っているならば、俺が簡単に死ねない事くらい、分かるだろう。」
「へぇ、その言葉、本当だといいな。言葉を交わした仲間が死んでいくの、私見たくないもん。」
「それは俺も同じだ。俺もお前も騎士だ。見たくない物を見ないで済むように、それを守っていく必要がある。」
二人の騎士は静かにそう語ると、目を合わせて軽く顎を引いた。腰に着いた剣だけが、彼らを騎士たらしめる由縁ではないと、本物はそう知っている。
**********************
駆けろ。前へ。
――復讐の時だ。




