第14話 青年は荒野を目指す
「「「やっと着いた...!!」」」
ウェリス北部の「終焉」による襲撃が行われている場所から少し後方にあるこの基地で、同時に3つ、ため息交じりの声が上がった。
「ったく...こんなに疲れるたぁ思ってなかったぞ...」
「全く...いい年して情けないねぇ。この子はピンピンしてるってのに。」
「姫さんは戦ってないから当然っちゃ当然だが...まぁ確かに言う通りだな。よし、元気元気。」
「全然そんな風に見えないんだけど~...」
エリクの適当な受け答えに肩を落とすのはアーガイルとその契約精霊であるホルクスだ。ここは横に広く展開されている戦線のまさに左端。ここに辿り着いたのは陣営ごとに分かれて行動を始めてから2時間ほど経った時だ。
「全く護衛の一人も付けないなんて気が狂ってやがる...こんな国、さっさとてっぺん獲って改革でもするしかねぇな。」
「まぁそれに関しては同意だね。まぁ、そうは言ってもちっとばかし優秀な騎士なんて居ても居なくても変わらないだろうさ。」
「お前の化け物加減は長い間一緒に居る俺らが一番よく分かってるが、安全性だとかの話じゃねぇ。大事なのはそこじゃねぇだろうが。なぁ姫さん。」
高位精霊であるホルクスが同行していれば、大抵の危機なんてものは危機にさえならない事をエリクとアーガイルは知っている。だが彼が怒りを表しているのは戦力的な不足に対してなどではない。
「不誠実...ってことでしょ~?エリクが言いたいのは」
「そう!そうなんだよ~、やっぱり分かってんなぁ姫さんは!...どっかの脳筋精霊さんにも見習ってもらいてぇよ。」
エリクは自分の求めていた答えがアーガイルの口からすんなり出てきたことに喜び、アーガイルの低い頭を乱雑に撫でると、彼の主は怪訝そうな顔をしてみせた。運良くホルクスには最後の一言が聞こえていなかったらしい。
騎士団の自分達に対する不誠実な行動――それがエリクを怒らせている要因だった。何故騎士団は王選候補者である自分達に満足な護衛を付けていないのか。騎士でなくとも、兵士の少しくらいは護衛役として付けてくれても良かったのでは無いか。無論、並の兵士ではホルクスや自分の邪魔になるだけだと分かってはいるが、騎士団側は初めからまるでその気がなかった。
「まぁ、それはいいとして、とりあえずシガラ吸わせてくれや。一服してからじゃねぇと頭もスッキリしねぇからよ。」
エリクはそういうと、服のポケットから革で出来た手のひらに収まる程の小さなケースを取り出した。その中には棒状の物体がギッシリ詰まっている。その中から一つ、棒を抜き取ると、もう片方の手に握っていた小さな火の魔鉱石を、金属の道具を使い少し削る。刺激を受けると魔鉱石の削られた部分が熱くなり、そこにその棒を付けて先端に火を付けた。
先端からは煙が立ち上り、エリクはそれを加えて軽く吸った。そしてしばらくしてそれをゆっくりと吐く。隼太が元いた世界のタバコによく似ていた。
「――ここは禁煙ですよ。」
「あ?」
基地の入り口にいた3人にそう声をかけたのは、中から出てきた一人の兵士だ。
「いいだろ別に、中に煙が入ってるわけでもねぇしよ。」
「規則ですので。戦場からそう遠くないこの場所でそのようなものを嗜んでいる者がいると、兵の集中力にも多少なりとも変化が出ます。」
兵士は冷たくエリクに対して注意をする。エリクは不服そうにシガラを地面に捨て、荒くそれを踏み潰した。
「チッ、調子狂うぜ。吸う前より気分が悪くなっちまった...」
「ご協力感謝します。...まずは中へ。現在の戦況をお伝えしますので。」
兵士はそう言うと、中に3人を案内する。基地は簡易テントのようなものの中に、派遣された参謀部の者が机を囲んで座っている。机には地図が広げられており、そこを指差してなにやら作戦会議を行っているようだ。
「このようなものしか無くて申し訳ありませんが、どうかお許し下さい。」
先ほどの兵士が、お世辞にも綺麗とは言えない椅子を3つ差し出し、水を人数分用意した。
「全然大丈夫ですよ~なんかこういうの面白いかも~」
この場で唯一機嫌良さげにしているアーガイルを余所に、エリクとホルクスは兵士に現状の説明を求める。
「で?現状はどうなんだい?ここを見る限りあまり戦況は芳しくなさそうだね。」
「いえ、そんな事は。決して悪くはありません。」
「...だが良くもねぇんだろ?」
「...悔しいですが、仰る通りです。」
兵士は悔しそうに少し俯き、手を強く握った。カチャリと静かに鎧が鳴る。
「なるほど、最前線は膠着状態って訳かい。」
「はい。騎士の方々の中からは未だ死者が出たという報告はありませんが、兵士の損失は大きいです。奴らは我々よりも数こそ少ないですが、奇妙な技を使う者も多く...」
「キッチリ統制のとれた軍の脆い部分はそこだね。アタシも一応長いことこの世を見てきたからね。何度かそういう場面を見てきたさ。」
「...なんだか不思議ですね。」
緊迫した会話のなかでふと兵士が少し緊張感の無い声を出した。
「なにがだい?」
「あ、いえ。私のような一兵士が高位精霊の方とお話させて頂く機会があるとは思っていなかったので...本当に目には見えないのですね。」
「あぁ、そういう事かい。アタシらは基本的に自ら人に姿を晒すようなマネはしないからね。このポンコツも霊調液さえなければアタシを見れないし。」
「当然です。すみません、話が逸れましたね。」
兵士は一つ咳払いをすると、3人の前に地図を広げた。
「これが今回戦闘が行われている場所です。」
「...なるほど、本当に横に広がってんだな。」
「えぇ。そしてここが今居る基地、今最も激しい戦闘が行われているのがこの中央と右端の間の区間。近衛騎士エルヴィスの部下からの報告によれば、ここに『終焉』の『童殺の師団長』がいると予想されています。」
「...『師団長』かい。それもよりによって『童殺』とはね。タチが悪い。」
「えぇ。彼の存在のせいで、今回の戦闘の危険度は桁違いです。」
「だろうね。...何か有効な手は打ってあるのかい?」
「...『剣聖』がいます。」
『剣聖』。その言葉を兵士が口にした途端、エリクとホルクスの目が見開き、表情が少し軽くなった。
「はぁ、なんだい。それじゃあ心配無用じゃないか。『剛壁』もいるならなおさらだ。」
「確かにそれなら『師団長』を警戒する必要はねぇな。それで、こっちには何か厄介な奴はいるのか?」
「黒騎士が数名...ですが近衛騎士団の援軍が到着しましたので、場が収まるのは時間の問題かと。」
「俺たちは何もしなくていいのか?」
「まだ動けるようでしたら、前線を抜け出してきた『終焉』の戦闘員の処理をお願いしたいところですが...無理は言えません。可能でしたら是非、としか...」
その言葉を告げる兵士の口元はどこか力なく、申し訳なさげな顔をしている。ここを守る人手が足りていないのはさっき一目見た時にすぐ分かった。基地の横には負傷した兵士や遺体が相当数並べられており、当初の人数からかなり削られたことは当時の戦況を知らないアーガイルたちにも分かる。
「ハァ~ったく、世話が焼けるねぇ。仕方ない、アタシらが一丁一肌脱いでやろうじゃあないか。」
「え、行くの??」
「マジで言ってんのか、お前」
2人ともホルクスが義に厚い性格だということは知っていたが、彼女は大抵自分と関わり合いのない人間には基本的に感心がなく、指示が無ければ放っておく事が多いという一面も知っている。故に、自分と初対面の一兵士の頼みなど聞くハズもないと思っていた。返答はそれらを裏切るものだったが。
「仕方ないだろう、ここで敵を迎え撃つのも、打って出て処理するのも変わらないさ。」
「心配してるのはそこじゃない。お前が前に出て戦うって事は、姫さんも前に出なきゃいけないって事だ。契約精霊の行動範囲は精霊や契約の形態によって異なるが、お前は契約者の近くでないと力を存分に発揮できないタイプだ。不便だが。」
「じゃあどうするんだい?アタシがいつ、どこから責めてくるかも分からない敵をただ待ってられる性格じゃない事は2人とも良く分かってるハズだ。」
「性格がどうとかじゃねぇ。ここを離れるのはマズいって話をしてるんだ。」
「も~こんな時に喧嘩するのは止めなよ~」
身内の喧嘩やそれを余った1人が仲裁に入るのはアーガイル陣営においてよく見られる光景だが、今回はいつものつまらない事がきっかけで怒った言い合いではない。ホルクスは自分より少し背の高いエリクを睨みつけ、ホルクスの姿が見えていないはずのエリクもそれを返すようにホルクスのいる方向に向かって鋭い目線を突きつけている。
「だが、お前がそんなに前の敵が気になるってんなら...」
まるで火花が散りそうな睨み合いの中、エリクが静かに口を開き、こう告げた。
「...前には俺が出る。お前はここで姫さんを守れ。」
**************************
「既にレティシア様、アーガイル様、アニトラ様、ミッシェラ様の四候補は戦域後方の基地に入られたとのご報告がありました。」
「そうか。報告ご苦労。」
ここは首都ウェリス内の宮殿だ。兵士の報告を聞いているのはウェルド公国最高軍事司令官兼、近衛騎士団長であるアダム・ロジャースだ。彼は宮殿内に今回の戦いの対策室を設け、作戦の作成、実行の許可、戦線への指示を行っている。
「そういえば、ウォルト様は戦線を離脱されたようだな。」
「えぇ。黒騎士の襲撃に遭ったそうです。ウォルト様の従者オリヴィエ、近衛騎士ハウエル様、共に重傷。ハウエル様のご報告によれば敵の名はレイノー・ランシファー、幻魔法の使い手だとか。」
「幻魔法か...敵もなかなか厄介な役者を集めて来たようだ...」
「左様ですな。ただでさえ珍しい幻属性の使い手が敵に回っているのは残念で御座います。」
「全くだ。しかしこれも試練を行う良い機会。候補者の方々を絶対に死なせずに、本質を見抜くよう兵や騎士に念押ししておけ。」
「了解で御座います。」
兵士はその返事を最後に、鉄の鎧を五月蠅く鳴らしながら対策室の扉を去る。
「基地に到着したのは四候補...体調不良でこの場に立ち会わせていなかったリアーナ様はこの戦いで武功を挙げられない代わりに、危機から自分の身を守ったとも言える。良くも悪くも人の運は奇妙なものだ。」
体調不良を原因に、今回の騒ぎに関与していないリアーナ。王選の自己紹介の場に居合わせていない事による彼女の損失は大きいが、今回の騒ぎで前線付近まで行かねばならなくなったという危機は回避している。メリットもデメリットもスケールの大きすぎる話ではあるが。
「無事目的地点へ辿り着いた四候補に関してはとりあえず評価を上げておけ。目覚ましい武功を挙げた候補はさらに加点。」
「御意。」
「さて、この危機をどれだけ少ない損失で切り抜けられるか...これもまた王選の一部。これからどう動くか楽しみだ。」
**************************
地面に転がる瓦礫の中に、血の付いた武器が時折混ざっている。魂が抜けた傷だらけの人間は、想像していたよりも生々しく、生死の境さえ曖昧に見える。死者の魂は長い時を経て低位の精霊になると言うが、彼らの魂もその道を辿るのだろうか。
剣聖フローレンス・ノーリッシュに連れられ、隼太は今基地と前線の間の地点を前進している。先ほど街を抜け、今いる場所は、ほとんど荒れ果てた平地のような場所だ。並んで街を歩けば全ての女性が思わず振り返りそうな2人だが、今はそのような反応は期待できない。
「んで?俺を前線に連れ出して何がしたいんだ?」
並ぶ美丈夫の片割れである隼太の目は決して穏やかではなかった。彼が自分を戦闘の最中に連れ込もうというのだから。
「理由を聞きたいんだね?分かった。僕の頼みを君が呑んでくれたんだ。僕も君の頼みを受け入れないといけないね。」
彼は隼太とは真逆の穏やかな声色でそう答えた。
「君だけに言おう。これは国の極秘事項だが、君にはそれを知るだけの権利と資質、そして功績がある。」
「権利?資質?それに功績?俺は別に大したことした覚えはないぞ?」
「ほう、君は極めて謙虚な人だね。まさか覚えがないとは。」
「何を...」
「――レティシア様を宮殿にお送りする際に現れた敵を排除したのは君と君の精霊だろう?」
「....誰に聞いた?」
隼太が高位精霊術士であることや、宮殿へ向かう途中で敵の襲撃に遭った事は一応ではあるが秘密事項であるはずだ。それをなぜフローレンスが知っているのか。
「それは今大事な事じゃないよ、ハヤタ。大事なのは君が貴重な高位精霊術士であるという事、自らの主人をその能力で守った、という事だ。」
「十分大事な事だ。俺はこの事を自分の身内にしか話していないはずだ。それもごく少数。それに、その事が何で前線へ向かう事に繋がるんだ?そこに関してもよく分からないんだが...」
「誰に聞いたか、という事はその本人のためにも気軽に話すことはできない...何も教えられなくてすまないね。だがもう一つの質問には答えさせてもらうよ。」
「まぁ初めから期待はしていないが...それはいい。もう片方は?」
初めから最初の質問に答えられないことは予想できていた。だが今進行している状況下で知るべき情報は二つめの質問の方だ。フローレンスの口元が静かに開くのをしっかりと見つめる。
「――簡単に言うと君を『試す』必要がある。」
「『試す』...?」
「そう。聞くところによると君はつい最近レティシア様に仕え始めたらしいね。さらに限りなく貴重な高位精霊術士でもある...そこで、本当に君が信用に足る人物かどうか、主人が如何なる状況下に置かれても確実に救出させられるだけの実力があるのか。それを確かめる必要があると判断したんだ。」
「...そういう事か。」
「もし君が裏切り者ならば僕が死に物狂いで君を止める。もし君に前線から生きて帰れるだけの実力がないと判断した場合、僕は君を命懸けで救う。だから僕は君を連れて前線に出向くんだ。」
「そりゃ適任だ。失敗はあり得ないだろうな。」
「身に余る信頼を有り難う。全力で取り組ませてもらう所存だよ。」
フローレンスが隼太を前線に連れて行く理由を聞いた隼太は、自分が今どういった立場に置かれているのかを再認識した。
「まぁこんな短期間で完全な信頼を得ようとは俺も思わないさ。お前と築いた友情を無為にしたくないしな。」
「僕もそれには全面的に同意するよ。お互い正しい判断をしよう。」
「そうなるといいが――お?」
フローレンスとの会話の途中、2人の200m程先の場所で小爆発が起こった。
「...もうそろそろ着きそうだ。気を引き締めておいてくれ。」
フローレンスはその声に緊張感を纏わせる。
「分かってる。いつでもスタンバイはできてる。」
その声に応えるように、隼太の目にも鋭さが宿る。
と、次の瞬間――
「うおぉおお!?」
突然、目の前に広がっていた荒れ地の広い視界に、馬鹿でかい壁が出現した。
「なんだ!?また何かの術か!?」
「落ち着いて、ハヤタ。...あれは味方だ。」
突然の事で困惑するハヤタと対照的に、フローレンスは至って冷静だ。
「エルヴィス!!無事で良かった!!」
フローレンスは口に手を添え、壁の中央下に向かって声を掛ける。すると、
「おぉ!!!なんだフローレンス!!!来てたのか!!!」
壁の下からまるで耳元で叫ばれたような規格外の大声が聞こえてきた。
すると、広がっていた壁が出現した時と同じ速度で一瞬のうちに収縮し、壁の中央下に収まった。その時それの正体が初めて分かった。あれは、壁ではなかったのだ。変化した形はあまりに小さく、持ち主の片手に装着できるほどだ。
「あれは盾...か?」
「そう。よく分かったね。そして彼こそが近衛騎士団員...『剛壁』のエルヴィス・フェンダーだよ。」
フローレンスの説明の直後、鼓膜を直に揺らされるような声量で、「剛壁」の豪快な笑い声が、荒れた平野に五月蠅いほど響き渡った。
更新大幅に遅れてすいません!
時期が時期なもんで...
身の回りの事が落ち着いたらもう少し早く更新したいですねぇ。
それではまた次回。




