1-31 死を恐れぬ紫の蝶 デッドエンド・バタフライ #1
図書館を出る前。稔もラクトも、カオス・アマテラスの顔を見ることは出来なかった。何処かへ行ったのかと思った稔だったが、デートが許された時間も少ないわけで、図書館を急いで出て路地裏へと向かった。
「図書館の周りも美しい街並みなんだな。……なんか、絵に描いたような感じ」
「んなもんどうでもいいんだよ。早く、早く!」
「お前なぁ……」
笑顔で言われるのも、稔からすると苦痛だった。はしゃがれるのは嫌ではないのだが、急かされるのは困ったものである、ということだ。
「で、路地裏で召喚するわけだが」
「呪文教えてなかったってのは無いぞ。呪文なんて、精霊を自分の仲間にした後じゃなきゃ効果無いんだし」
「そ、そうなのか……?」
「そうだそうだ。だから最初は、言ってみればいい。『タラータカルテット・アメジスト』って」
「そ、それで精霊が誕生するのか……?」
稔のその質問には、ラクトは何の動作もしなかった。
「おいおい、答えようぜ……」
「悪いな、誕生するとは限らないんだ」
「え……」
簡単にいくわけではないということをラクトが説明すると、それによって稔が悲しい表情を取る。……が、そこまで悲しい話でもないようなものではある。元々ネトゲとかが好きな人間なのだから、稔はもっと喜ぶべきだ。
「降臨――いや、敵対するか、甘えてくるか。どちらかだ」
「敵対ってことは……バトルするのか?」
「そうだ」
「捕獲用道具とかはあるのか?」
「無い。キスをすれば契約完了だ」
何だかんだ言って、稔はまた驚く。本日何度目かのキスである。
「キスしなければ、完了じゃないからな。あと……」
「あと?」
「攻略とか考えたら終了。そんなに簡単にいくようなチョロインは、降臨キャラじゃない」
「……」
稔がアニメの見過ぎによって、口説けばすぐ落ちるようなことを考えていたのだが、すぐにラクトにバレる。降臨キャラはノーマルキャラとは違うのである。ネットゲームやソーシャルゲームと同じように。
「さあ、試験召喚だ」
「分かった」
ツンツンキャラとなるか、デレデレキャラとなるか。稔は、できれば後者の方で召喚時に出てきて欲しかったのだが、もはや運。どうなるかはわからない。
「――第三の騎士召使四重奏――ッ!」
稔は、何も叫ぶわけではない。ただ、脳裏に女性の精霊を思い浮かべて言った。
「――貴様が、私をこの地に呼んだ者、即ち契約をしようとしたい主人か? 答えよ!」
召喚されたキャラクターもとい精霊は、紫色の髪の毛をしていた。紫色を母体とし、水色の斑点が浮かぶ蝶の翼も見受けられる。服装は非常に露出度が高く、ドレスのようなものであるといえる。
また、右手には剣を持っていて紫色の光を放っていた。とはいえ武器といえば剣くらいしか無く、盾などはなかった。
一方で、稔の身体にも変化が見られた。
「俺、なんで髪の毛紫に染まってんの……?」
「それが、貴様の戦闘モードだ。さぁ、これを着用したまえ」
「これは……」
召喚された精霊は、稔に黒色のサングラスを手渡した。
「バトル専用サングラス。さあついてこい。貴様を、『デッドエンド・バタフライ降臨』へと誘う」
「『デッドエンド・バタフライ』……?」
聞く稔。召喚された精霊は、そんな稔にこう答えた。
「そう。我こそが『デッドエンド・バタフライ』。死ぬことは恐れない紫の蝶――」
「……」
「さぁ。その召使とともに来たまえ。エルフィリア王国空軍の開発した空中空母、『ブラッド・ニューレ』へ――。ふふっ……」
「うわっ……!」
デッドエンド・バタフライと名乗る稔の精霊は、そう言って空中空母へと稔とラクトを誘った。
「こ、ここは……?」
「ここは闘技場。空中空母の中心にある闘技場だ」
「ここは……」
闘技場の中央には丸い球体が浮かんでいた。そこには、相当な高画質で映像も静止画も撮影できるカメラが付いていた。――そして、何よりも稔が驚いたことが有った。
「なんでヒットポイントゲージが有るんだ……?」
「ここは闘技場だ。そして、これは降臨。――これが何を示すのか、貴様には分かるだろう?」
「ああ、それは召使から聞いた。……取り敢えず、バタフライ。楽しもうじゃないか」
「そんなことを言える自信があるとは――。貴様、私を精霊にして何をするつもりなのだ?」
稔の厨二病てきな心が刺激され、稔も格好つけたな発言になっていく。
「世界征服だ。エルフィリアを主導とした新世界を作ること、それをするつもりだ」
「分かった。……要は、そんな無謀なことをするような貴様に契約を申し込まれた事自体、運の尽きということか」
そんなことを言っているつもりは稔にはなかったのだが、稔はバタフライをそのままにしておいた。誤解した所で、結局はキスをすれば自分のものになると稔は考えたのである。
「さあ、戦うが良い。――どうせ、貴様に勝ち目はないが」
「その挑発、受けて立とうじゃねえか。絶対に、お前を俺の精霊にする……」
「ふっ」
バタフライは稔を鼻で笑い、自分の強さが相当なものであることをニヤけ顔で示した。
そして、カウントダウンが始まる。スタートは一〇だ。
「さあ、始めよう……」
「ああ、始めよう」
サングラスはHPをゲージで表すだけではなく、カウントダウンの文字もポップアップで表示する。そしてその中で、バタフライからの願いを一つ、稔は受理した。
『開始時、【コメンスメント】と宣言せよ』
「……ったく、しゃーねーな」
そう言った後、稔はラクトの方を見た。見てみれば、ラクトは戦闘モードになっている。それだけではない。周囲には、ヘルとスルトの姿も有る。自動的に召喚されたのである。
「――さあ、タラータカルテットの初陣だ!」
稔は黒色の鎧を着て黒色のサングラスを掛けている。引かれた六本の紫色の線は、稔のネットゲームで培った様々なものを呼び起こさせ、それは石の力すら強化する。
「――開幕――!」
カウントダウンはゼロ。刹那稔は剣を持ち、前方方向へと光を放つ。紫色の光は、一直線でバタフライに直撃する。――しかし、それは吸収されてしまう。
「……っ!」
「先制攻撃の権は与えてあげました。しかし、貴方たちには勝つことは不可能でしょう」
「また煽っ――」
言い切る前、稔にバタフライは言った。
「――状態異常無効化――」
「なっ――」
状態異常攻撃は使用不可能となった。即ち、ラクトの特別魔法の一つは使えなくなった。そして、ラクトが使用可能な特別魔法は戦闘に役立つようなものではなく、稔は歯を食いしばる。
「そんなもので、貴方は失われた七人の騎士を名乗る気なのか――?」
「ああ。名乗ってやるよ。俺は、この称号を誰にも渡す訳にはいかない。あの男の意思も詰まっているんだ」
「そう……。なら――」
バタフライは状態異常攻撃を使用不可とする攻撃の後、顔をニヤけさせてまた魔法を使用した。
「――S・F――」
「うごっ……!」
全員のヒットポイントゲージが五〇パーセントカットされた。状態異常攻撃を使用することは不可能な状況下、時間を稼ぐことは無理だ。いくら防御系の魔法を使用するといっても、バタフライが稔の知らぬ魔法を使ってくる可能性は否定できない。
「ラクト、何か使える魔法は有るか?」
「……無い。そんなものは無い」
「くっ――」
ラクトに使用できる魔法が無いわけではないが、それは効果が大きいものではない。
「ヘルはどうだ?」
「使ってみるだけ、使ってみるべきっすか?」
「ああ。やってみてくれ」
「わかりましたっす」
ヘルの魔法使用。それを稔が認める。次に稔は、スルトにも魔法使用をしてほしいことを告げる。
「スルト。お前も使える魔法があれば、使ってくれ」
「ギュルリル(うん)!」
そして、ラクトには特別魔法の使用効果は殆どなくなってしまったため、稔、ヘル、スルトが使用できるものから魔法をどんどん使用していく。
「――六方向爆弾――」
「――死者の歌声――」
「――ギュレリラリル(大噴火)――」
一度に三攻撃。連撃ができれば、更に効果は大きくなるのだが、そこまで運良くいくわけがない。
しかし、効果は有った。
「くっ――」
バタフライのヒットポイントに現象が見られた。一方、ラクトが効力は低いながらも、魔法を使用する。
「――光斬り裂く吸血鬼――!」
「ラクト……?」
「――ハァァァァァァァッ!」
稔の持っていた紫色の剣を奪取し、ラクトは戦闘モードでバタフライの方向へと向かう。しかし、バタフライはバリアを張る。
「そんな攻撃は無駄だ。貴様には、この攻撃をお見舞いして――」
しかし、バリアは破られた。
「レアリー……?」
聞こえるバタフライの悲鳴。引き裂かれる紫色の蝶の翼。そして、減っていくヒットポイントゲージ。一方、ラクトは剣を振りかざした後も攻撃を続け、吸血鬼の父の血が入っていることを稔に示すことも含め、バタフライの首を齧る。
「なっ――」
ラクトは、血を吐き捨てながら血を吸う。
「稔を……私の主人を侮辱した奴は許さない――っ!」
「そう。へえ、そうですか」
「バタフライ、お前何を考えている……?」
「ふふふ」
血を吸って、それを空中で吐きながら、ラクトは開けたバリアの穴からバリアの外へ出た。
ラクトだけの活躍――でもないが、ラクトの多いな活躍によって、バタフライのヒットポイントゲージは相当減った。しかし、まだヒットポイントは半分を切っているわけではない。
「くっ……!」
その時。バタフライの張っていた防御系バリアが壊されたことに続き、バタフライの張っていた状態異常攻撃無効化バリアも破壊された。つまり、バタフライは無防備になった。
「そう。小作な真似を――」
「えっ……?」
稔は何を言っているのか分からず、思わず聞き返した。危機感といったもなく聞き返した。
「さあ……。始めましょうか」
「こ、これは……?」
「貴方と我の間の中の現在の親密性ゲージです。それ、見せておいてあげます」
「そうか。――優しいな」
「褒めて貰う必要はない。……さあ、もう一度」
稔のサングラスには、自分自身のヒットポイントゲージに加え、ラクト、ヘル、スルト、バタフライのヒットポイントゲージが描かれている。ヒットポイントゲージが五〇パーセント減少している稔たちだが、更にここでバタフライは使う。
「――S・F――」
「何故、何故また――っ!」
「決まっているだろう。割合ダメージは敵を殺すことはないんだ。だから、じっくりと楽しむことが出来るってわけさ」
「バタフライ、お前……」
切り裂かれた紫色の翼は、斑点こそないものの、ふと稔が見た時には復活していた。
「嘘だろ――」
残りヒットポイントは二五パーセント。ここでまた『シェイヴ・フィフティ』を使われれば、残りヒットポイントは一二.五パーセント。攻撃を加えられぬまま、稔達はバタフライの手のひらの上で転がされるばかりだ。
「勝ち目は……無いのか?」
稔は、ラクトに貸していた剣の方向へ視線を移す。紫色の光が更に大きな光になって、漆黒の光が一部に見受けられる。
「稔。これは返すよ。私には使えなかった」
「だが、俺も俺で――」
しかし、ここで稔は思い出す。
「「――失われた七人の騎士が持っている石は、魔法の効力が適応しているかしていないかで変わるんだけど、二倍から二〇倍までに魔法の効力を強めてくれる、有り難い存在なんだ――」」
ありがたい存在――。
魔法の効力を強めてくれる――。
稔は汗を流す。緊張の汗である。目の前、まだヒットポイントが半分も切っていないようなバタフライという精霊を前に、自分の剣や魔法は効果を発揮するのか、ということで汗を出したのだ。
だが、緊張などは消える。
「スルト、ヘル。後方から、魔法を使用してくれ。――さあ、ラクト。行くぞ!」
「でも、私は剣なんか……」
自信なさげなラクトに、稔は言った。
「お前の得意な技は、なんだ?」
「服をコピーすること……」
「だろ? ……それじゃ、お前は剣くらいコピーすること出来るだろ」
「――」
ラクトの特別魔法は使えないわけではない。彼女の特別魔法は、ご主人様が思ったことをなんでもかんでも現実にしてくれるようなものである。物に限られるのは確かだが、大体のものは現実になる。
稔は、紫色の光を放つ自身の剣を脳裏に焼き付ける。そしてそれを、ラクトはコピーしていく。
そして、コピーが終わったと同時に稔は走りだし、その後方からラクトが追う。
「さぁ、ここからワンパンを狙っていこうか」
「ワンパン……?」
「ああ。あいつを一撃で仕留めようって話だ」
「けど、そんなことしたら――」
「心配はいらない」
剣の柄を強く握り、稔はそのまままっすぐ走って行く。紫色の光は、走って行くにつれて風が吹くために、左右に靡いて光の範囲が増す。
「これが……。これが、第三の騎士の――」
「第三の騎士・四重奏の――」
剣から光を出しつつ走りながら、ラクトは状態異常攻撃を行う。
「――力だァァァァァァァァァ――ッ!」
「くっ……!」
状態異常系魔法をまとめてバタフライに向け、それが全て命中した事に伴い、バタフライの素早さは減少していた。結果として減少した素早さは、稔とラクトの剣が命中する確率を増加させていた。
「ぐっ!」
歯を食いしばるバタフライ。紫の翼ではなく、着ていた服に剣の刃が入った。




